僕と義妹と家族会議と ~あなたにとって~
「話だけ聞いていると、雄漂木さん、あなたは間違いなく変態ですの」
生徒会会計・七竈香子がそんなことをのたまった。
昼休みに生徒会室に来たら七竈しかいなくて、二人で昼飯食いつつ雑談などしていたわけだが、まあ僕が家での凛々恵の話をしたら、心外なことを言い出したわけだ。
さすがの僕も反駁せざるをえない。
「ちょっとまてよ七竈。何で僕が変態扱いされなきゃいけないんだ。まったく心外と言うほかないぜ。この高校で僕ほどの紳士がいるか?」
「その芸風いつまで続くんですの……。まあ、雄漂木さんの気持ちも分からなくはないですわ。両親が再婚したとはいえ、いきなり金髪巨乳の美少女と一つ屋根の下とか、常識的に考えておいしすぎるシチュですもの。むしろ何も起きないほうが難しいといいますか」
呆れ顔で嘆息する七竈。この場合、素直に頷くのは間違っているというべきなのか。
七竈はいつの間にやらメモ帳を取り出してすらすらシャーペンを走らせている。
「まあ、後学のためにも伺っておきますけれど、ぶっちゃけどうなんですの?」
「どうなんですの、って何ですの?」
っていうか同人誌のネタにする気満々じゃねーか。何が「後学」だ何が。そういえばこないだ、僕と杉村とのホモ同人じゃなくて、血の繋がらない兄妹の同人誌を書くとか言ってたなあ。
実名を出したら訴訟も辞さない。
「だーかーら、凛々恵さんのこと、正直な話、どう思っていますの?」
「どうって。どうもこうもあるかよ。凛々恵は僕の義妹だぜ」
それ以上でもそれ以下でもない。
……あれ、前にも似たようなことを考えなかったっけ。
少し記憶を辿ってみる。前にも僕は、誰かとの関係について尋ねられたような気が……。確かあの時の相手は凛々恵じゃなくて……。
ああ、そうだ。凛々恵に山桜桃との関係を聞かれたときか。
僕と山桜桃との間柄には幼馴染であって、それ以上もそれ以下も無いのだと。そんなことを――僕は考えたのだ。否、思考にも値しない、常識の類だ。
「……雄漂木さんは、人間と人間との関係って、どれくらい難しいものだと思いますか?」
「は?」
いきなり、随分と趣旨の変わった質問だった。僕は少々面食らってしまって、七竈の言葉を咀嚼するのに少しばかり時間を要した。
「ああ、すみません。ちょっと舌足らずでしたの。つまり、雄漂木さん。例えばあなたは今、凛々恵さんとの関係について、『義兄妹』という一言で片付けたわけですの。なるほどそれは確かに的確であり、それ以上ぴったりくる言葉など無いのでしょう」
「持って回った言い方をするなよ、七竈。つまるところ、何が言いたいんだ」
「まあお聞き下さい、雄漂木さん。雑談ですの」
シャーペンを指先で器用にくるくる回しながら、七竈は言う。
「親しくなればなるほど、人間関係というのはより多くの要素を内包するわけでしょう? 家族間においても、いえむしろ家族だからこそ――人間同士の関係性というのは、続柄だけで表現しきれるほど単純明快なものではないでしょう」
「つまりアレか。僕が凛々恵に対して『義妹』だと一言で片付けるのは短絡的だってこと?」
「短絡的――とまではいいませんが」
もう少し踏み込んでみてもいいのでは、と七竈は微笑を口元に湛えながら言う。多分、こいつにとっては同人誌のネタでしかないんだろうなあ。いや、むしろ創作のネタだからこそ、こんなに食いついてきてるわけか。
七竈香子は、こと創作に関して一切の妥協を許さない。完璧主義――とまでは行かずとも、徹底した思索を重ね、必要とあらば取材も万全に行って、彼女は作品を作っている。七竈だけじゃなく、ウチの漫画研究会は、そういうストイックさを持った部活動なのだ。部活に向き合う姿勢、という点を見れば、甲子園を目指す野球部ともそう大差は無いんじゃないか、と僕は勝手に考えている。
だからこそ七竈は、個人的な感情の部分では、だらだら時間を浪費するだけの部活動を好ましく思っていないのだ。だが部活の在り方を決めるのは当事者であるべきで、外の誰かが押し付けるべきではない。それを分かっているから、七竈は会計として公平たろうとしている。
高校生ながら、色んなことを考えている奴なのだ、七竈は。僕はそんな七竈を密に尊敬していたりする。こいつの話はいろいろ含蓄があって、聞いていて面白いものだ。
「例えば雄漂木さんとあの女――櫻井山桜桃との関係もまた、本当に『幼馴染同士』の一言で片付けられるものですの?」
かなり不愉快そうな表情を浮かべる七竈。例示のためとはいえ山桜桃の名前を会話に出すことがもう嫌で仕方がないといった感じだ。
溝は深いらしい。こればかりは僕にどうにかできる話でもないのだが。
「まあ……僕はそう思っているけど……まあ、でもそうか。そんなに単純でもないのか」
「雄漂木さんはあの女と長い間幼馴染として親しくしているそうですのね。なればこそ、『幼馴染』なんて抽象的な言葉では、お二人の関係を言い表すことなど出来ませんの。なのに、雄漂木さんはその一言で満足して、それ以上に踏み込まれないご様子……」
何故ですの? と七竈が僕の目を見て問うてきた。
何故だろう。
今まで考えたこともなかったな。だって僕と山桜桃との関係を言い表すのに、「幼馴染」という言葉は的確で、適格だった。
じゃあ、僕と凛々恵との関係は?
義理の兄妹――それ以上の何かが、あるか?
「まあ、結局のところは定義と言葉選びの問題なのですけれど。けど一つ考えてみる価値はあると思いますわよ」
「価値って?」
「人は他者との関係性の中でのみ生きられる存在である――。だとすれば、親しい人間との関係性が如何なるモノなのか、考えてみることに価値があるとは思いませんの? 単なる定義付けだけで思考停止するのはあまりにも勿体無いでしょう。簡潔に言うならば――」
一息。
「――あなたにとって、雄漂木凛々恵とは何ですか?」
お考え下さいの、と七竈が意地悪そうに笑ったところで、予鈴が鳴った。
「それでは、また放課後に」
そう言って、七竈は鼻歌交じりに生徒会室を出て行った。僕も弁当箱を持って、さっさと誰もいない部屋を後にする。
2年A組の教室まで歩いていくと、教室の前で山桜桃に会った。
櫻井山桜桃。僕の幼馴染。
「あら悠輔。今日はお昼、生徒会室?」
「ああ。そっちは弓道部?」
「いえ、茶道部よ。新入生も交えてね」
新入生、入ったんだ。これで茶道部もとりあえず存亡の危機からは脱したということなのか。
「ええ。しかも2人も。2人ともおっぱい凄く大きいんだから」
着目すべきはそこなのかよ。
でも山桜桃も学年トップクラスの巨乳の持ち主なはずだが、その山桜桃をして「凄く大きい」と言わしめる新入生2人、一体何者なんだ……?
「まあうち1人は凛々恵ちゃんなんだけどね」
「身内だった!?」
結局凛々恵のやつ、茶道部に決めたのか……。
まあ山桜桃という気心知れた先輩がいれば、いろいろやりやすいだろうからな。間違ってはいないと思うけど。ただ不安も拭いきれない。
「もう1人の子はもっと凄いのよ。おっぱいが。まさか新入生に私より大きい子がいるとは思ってなかったから度肝を抜かれたわ」
「へえ……」
割とどうでもいい……いやどうでもよくはないか。願わくば一度お目にかかりたいものではあるが。
いや、しかし今はほかの事に興味が行く。
「……なあ山桜桃。お前にとって僕って何?」
「幼馴染よ? それがどうかしたの」
即答かあ。
やっぱ、そうだよなあ。それしかないよなあ。
「何よ。じゃあ悠輔にとって、私って何だというの?」
「勿論、幼馴染だよ」
「……何で今更のような質問を、今?」
怪訝そうな表情で尋ねてくる山桜桃。
僕は適当に誤魔化して、教室に入った。