僕と生徒会長と学校と ~あの日この場所で~
「にしても、あの先輩、ぶっ飛んでたな」
生徒総会があった日の、放課後。
僕は友人の杉村と、ファーストフード店にいた。
別に何かをするわけでもなく、コーヒーを飲みながら適当に喋るだけである。
僕も杉村も、特に部活動に入っているわけでもない。
何故か、と問われると困ってしまう。
理由など、特に無かった。
別にスポーツをしたいわけでもないし、特別趣味があるわけでもない。
何かの部に入部しよう、という意欲があまり湧いてこないのだった。
山桜桃なんかは、興味本位で弓道部と茶道部に入部して、立派に活動しているのだけれど。
「ああ、あのアニメ声の」
「そーそー。岩千鳥先輩だっけ? 見た目もちっこかったし、金田朋子の後を継ぐのはあの人かもしれねーな」
中学時代は荒れに荒れていた杉村も、今ではすっかりオタクである。
アニメやゲームのお陰で更正できた――とか言っておけば、結構聞こえが良くなるな。
杉村とて、好きで不良でいた訳でもないんだろうけど。
ただ。
出る杭は、打たれてしまうものだ。
それだけ、杉村が強かったということなのだろう。
実際――あの山桜桃と互角にやり合える人間を、僕は殆ど見たことがなかった。
まあ、中学時代のあれこれなんてのは最早過去の話――カコバナであって、今ここで殊更に語る必要も無いわけだ。
重要なのは今。
ナウである。
「雄漂木、お前どっちにした?」
杉村が聞いているのは、岩千鳥先輩を信任にしたか不信任にしたか、だ。
役員による演説の後、生徒は教室に戻り、そこで紙を配られる。紙には立候補者の名前と、信任不信任をつける欄が書いてあるのだ。
これが信任投票のシステムである。
ちなみに、今まで不信任になった候補者が出たことはないらしい。
「僕は……信任にしたよ。別に不信任にする理由なんて無いだろ」
「どうだかな。俺も信任にしたけどよ、不信任にする奴も結構いるんじゃねえかと俺は踏んでんだよ」
「どうしてだ?」
「出る杭は打たれるってことだよ」
杉村はポテトを十本近く一気に摘んで口に入れる。
「……どこ行ってもそうだろ。変に目立つ奴――『周りと違うことをする奴』ってのは、結構反感抱かれたりするんだよな」
杉村の言葉には、何か説得力というか、重みがある。
それは杉村自身も、やはり『目立つ奴』の一種だったからなのかもしれない。
「でもさ、あの人の言ってることは何ら間違ってない。僕はそう思ったけど」
「この場合、正しいかどうかは大して問題じゃねえんだよな。言ってみれば、アレだ、面白半分、興味本位」
「それじゃ……」
それでは、意味が無いだろう。
岩千鳥先輩は、自分の頭で考えた上で投票をして欲しいと言っていたのに。
「それによ、あの先輩の言うことが必ずしも正しいとは限らねーぜ。今までどおりにやってりゃ良かったものを、ある種のリスクも承知でぶっ壊す――改革ってのはそういうもんだろ。
それが正しかったかどうかなんて、終わった後じゃなきゃわからねえ。判断しようがない」
改革。
大げさに聞こえるけれど、岩千鳥先輩がやろうとしているのは、紛れも無く、改革なのだった。
岩千鳥先輩は、学校という小さな社会の中で、一つの改革を試みようとしているのだ。
「……分からないなあ。何だってして岩千鳥先輩はそこまでやるんだ?」
僕は疑問をそのまま言葉にする。
今のままだって、特に困ることなんかないだろうに。
たかが、生徒会。
その存在が与える影響などたかが知れている。
「あの人、言ってたよな。『私のこの一年を捧げる覚悟』って……。
何があの人にそこまでさせるのかな」
「その質問、お答えしましょう」
唐突に。
第三者(文字通り!)の声が、僕と杉村の間に割って入ってきた。
一つのテーブルに向かい合う形で座っていた僕らは、同時にテーブルの横を見る。
そこに立っていたのは、僕らと同じ学校の制服を着た、小学生だった。
「……コスプレ?」
思わず僕と杉村は声を漏らしてしまう。
「誰がコスプレだよっ。普通逆でしょっ」
対する小学生――もとい女子高生は、眉を立てて反論。
そりゃそうだ。小学生のコスプレをする女子高生はいても(いるか?)女子高生のコスプレをする小学生はいまい。
「君たちうちの生徒でしょ? 今日の演説、聴いてくれてた?」
どうやらこの小学生が、件の岩千鳥携先輩であるらしい。
いや、薄々感づいてはいたけどさ。
こんな女子高生、他にいないし。
演説の時とは違って、随分フランクな喋り方だ。
「聴いてましたよ、岩千鳥携先輩」
「わお。名前も覚えていてくれるなんて嬉しいな、雄漂木悠輔君」
んん?
僕が岩千鳥先輩の名前を知っていることに不思議は無いが、逆はそうもいかない。
「何だ悠輔、知り合いだったのか?」
「いや、僕は……」
「今日が初対面だよ、杉村恭一君」
何と、僕のみならず杉村の名前も知っていた。
あ、でも、杉村は割と有名人だったからな……悪い意味で。
「どうして俺たちの名を?」
杉村が尋ねると、先輩は得意げに笑みを浮かべる。
「あたしはこれから生徒会長になろうって人間だよ。生徒の顔と名前とクラスくらいは覚えておかなくっちゃね」
「……嘘だろ」
絶句した。
全校生徒、何百人いると思ってるんだ……?
生半可な記憶力ではない。否、それ以上に驚嘆すべきは、全校生徒の顔と名前とクラスを覚えようというその意欲。
「毎日毎日、注意深く見ていれば意外と覚えられるよ。好きだしね、人間観察」
それにしたって無理があるだろう。
一学年、一クラスも危ういぞ、僕なら。
「ま、改めて挨拶しとこうかな。
初めまして、2年B組の岩千鳥携です」
「1年C組の杉村恭一だ」
「……同じくC組の雄漂木悠輔です。よろしくお願いします」
と、まあ自己紹介を終えて。
僕は先ほどの疑問を、直接先輩にぶつけることにした。
「それで、先輩。さっきの話の続きなんですけど……」
「どうして私が、熱心に生徒会を変えたがるか、でしょう?」
僕と杉村の会話をどれだけ聞いていたのか知らないが、話は早そうだった。
「別に……特別な理由があるわけじゃないけど。
私さ、去年も生徒会役員だったんだけどさ。選挙の時、だーれも私たちの演説とか聞いてくれなくてさ。選挙だけじゃなく、他の生徒総会の時もそう。みーんな興味無さげで。そういうの、やっぱり寂しいじゃない? 私たちだって遊んでるわけじゃないんだし」
一生懸命に話しているのに誰も聞いてくれない。
それは確かに、辛いよな……。
「でも、それだけじゃないだろ、先輩」
と、杉村。
相変わらず敬語の使えない奴である。
「そんな理由だけで、そこまで頑張れるとは思えねえな」
「……杉村君は、聞いていた噂とは大分違う人みたいだね。噂は噂、ってとこなのかな」
どんな噂を聞き及んでいたのか定かではないが、ろくな噂ではあるまい。
中学時代の杉村は、本当に荒れていたから。
「そうね、勿論それだけじゃないんだよ。でも根本的なとこでは一緒でさ。
生徒は生徒会の活動に関心を持つべきだし、生徒会はもっと生徒のために色んなことをすべきだと思うんだよね。
大人ウケのいいボランディア活動もいいけれど、もっと、色々なことを生徒会はやっていけるはずだと思うんだ。
やっぱり生徒には、学校生活を楽しんで、将来の役に立つような経験をしてもらうのが一番だと思うのよね」
教師みたいなことを言う人だった。
一年後の僕には、きっと、こんなことは言えない。
「生徒会は確かに裏方の組織かもしれないけど、今の状況は縁の下の力持ち、ですらない。ホントに先生に言われたことやってるだけ、周囲にウケの良いことしてるだけ、なんだよね。それじゃー、ダメでしょう? だって、生徒の代表なんだから」
「確かに……そうですね」
「変えようとしなきゃ、何も変わらないよ」
真剣な表情で先輩は言う。
僕もまた真剣に、先輩の言葉を受け止めていた。
「それにホラ、今日の演説を聴いて、少なくとも君たち二人は、私に対して何らかの興味を抱いたでしょう。雑談の話題に上るくらいに」
言われて、僕と杉村は目を見合わせる。
岩千鳥先輩は口元を緩めた。
「今日の演説で、少しでも多くの人が何かを考えてくれたなら、私にとってこれ以上の成功は無いよ。
そうやっていろんな人が自分で考えてくれるようになれば、上手くいくんじゃないかって私は思ってるの」
何より怖いのは無関心だよ、と。
先輩はそう言った。
それは分かる。政治とかにしたって、そうだろう。
何ら評価されず。
何ら思考されず。
何ら認識されず。
何ら干渉されず。
これほど怖いことは――ない。
「あとはまあ、この一年でどれだけやれるか……だよ」
「先輩は、何だ、政治家にでもなりたいのか?」
杉村の問いに対し、先輩は首を横に振った。
可愛らしい仕草である。
「そこまでは考えてない。っていうか別に、将来の夢があるわけでもないんだ、あたし。
でもさー、一生に一度の高校生活、何かやることがないと寂しいじゃない。後で高校生活を振り返った時に、何一つ成し遂げられなかったという事実だけを思い返すのは物悲しいでしょ」
「……そういうの、凄いと思いますよ」
僕は率直にそう言った。
先輩がやっているのは、僕には出来ないことだ。
「ところでさあ」
先輩は両手をテーブルに乗せ、少し身を乗り出してきた。
「今日の演説の後、役員候補の子が軒並み辞退を申し出ちゃってね。役員候補、あたししかいなくなっちゃったんだよね。
まあ、あたしの当選が決まるまで待ってと言っておいたけど、止める気は基本無いんだよね」
「それはそれは……」
皆今日の生徒総会で結構な熱弁を振るっていたと思ったけれど、どれもこれも上っ面だけだったということなのか。
「――そこで」
何となく、この時点――岩千鳥先輩がなにやら含みのある笑みを見せた時点で、嫌な予感はしていたのだ。
そしてそういうときの予感というものは、結構な的中率を誇るものなのである。
「どうでしょう君達、生徒会に入ってみない?」
突然の、勧誘だった。
時は戻って、現在。
入学式前日。
夕方になって、僕と杉村と岩千鳥先輩は、ファーストフード店を訪れていた。
それは去年、僕と杉村が先輩と初めて会った場所だ。
「そういえばさ、覚えてる? ここであたしが二人を生徒会に誘ったの」
「懐かしいな。あん時は確か、俺も雄漂木も断ったよな」
「いきなり『入ってみない?』とか言われても、そりゃ『?』ってなるよ」
三人で四人掛けの席に座って、雑談に興じる。
他の二人――松風先輩や七竈が来られなかったのは残念だったけれど。
「だって岩千鳥先輩、色気ねえもん。これがさー、もっとパイオツカイデーのチャンネーだったら話は違ったけどよ」
「む、聞き捨てならないね杉村ちゃん。これでもあたし、Bカップあるんだからっ」
僕と杉村の向かい側の席で、先輩はない胸を張ってみせる。
まあ断崖絶壁というわけではないけど、やっぱりボリュームが無い。
今朝、山桜桃が胸を張って見せた時とか、正直、包み隠さずに言うのであれば、恥ずかしながら、ちょっとムラッときたよな。
そこ行くと先輩は色気がない。
何か見てて微笑ましいもん。
「おいおい、Bカップ(笑)程度で胸を張られてもな」
「今(笑)とか言った? ちょっと待ってよ、全国のBカップの人に謝るべき!」
「最低でもDカップ無ければおっぱいとは認めません」
「暴言だあっ!」
杉村と先輩のアホな掛け合い。
今でこそ日常風景の一部だけれど、最初はそうもいかなかった。
僕にしても杉村にしても、よく生徒会役員になんかなったと思うよ。
「ちょっとちょっと雄漂木君、杉村君があたしのおっぱいの悪口言うよ!」
「悪口じゃねえ。正当な評価だ」
「至極不当だよっ。何ならちょっと触ってみ? やわいから」
杉村は触った。
神速で。
「揺るぎないっ!」
岩千鳥先輩は杉村の手を振り払って、ガードするように自分の身を抱いた。
「うわ、嘘、信じられないっ。乙女の胸に気安く触れるなんて」
「いや、触ってみろって言ったのは先輩じゃね?」
「ホントに触るなんて思わないでしょーっ! どうしよう、まだ誰にも触られたことないのに!
ファーストタッチが! あたしのファーストタッチが!」
何だファーストタッチって。
ファーストキスみたいなものか?
「これからあたしは結婚した時、将来の旦那様に『これからおっぱい触らせてあげるけど、ごめんなさい、あたしのおっぱいを触るのはあなたが初めてじゃないの』って断りを入れなきゃならないじゃないっ。どうしてくれるの!」
かつてないほどに要らん心配だった。
変なところで貞操観念がしっかりしているのも岩千鳥先輩の萌えポイント……もとい特徴である。
って言うか公共の場で女子がおっぱい連呼するものじゃない。
「杉村、あんまり先輩をいじめると後が怖いぜ。一部には熱烈なファン層がいるからな」
「確かにな……つか雄漂木、お前も若干目が笑ってないんだけどよ」
まあ、僕もその一部に所属していると、見方次第ではそう解釈することが出来なくもない。
「まーでもアレだ、もうじき先輩も引退だろ? 今のうちにいじり倒しておいた方がいいかなと思ってさあ」
「どういう理由だよ。……でも、そうか、もう四月か」
来月には、現生徒会も解散である。
それはちょっと……寂しいよな。
「でも、あと一月もあるんだよ」
先輩は明るい表情で言う。
先輩とて思うところはあるだろうに、そういうところを全然見せないんだよな。
思えばこの一年、先輩は殆ど弱みを見せなかったような気がする。
数多くのことを、先輩は達成してきた。
時には教師に直談判し、校長と直接交渉し、色々なものを変えてきた。
生徒から直接意見を集める『目安箱』を作って、投じられた一つ一つの意見に対して先輩は何らかのリアクションを取った。それがどれだけ些細な投書でも。例えいたずら半分で書かれた投書などであっても先輩は真摯に対応した。
新聞部と協力して、逐次生徒会の活動については報告をした。生徒が関心を持ってくれるよう、本当に色々な工夫をしたものだった。
学校行事についてはそれぞれの実行委員会と協働し、より充実した内容にした。
部活動の予算についてもより納得のいく編成をした。
そうして地道な努力が実って、数多くの生徒が、生徒会の活動に関心を持ってくれるようになった。
勿論それは岩千鳥先輩一人の手柄ではなく、副会長の杉村、書記の松風先輩、会計の七竈、そして庶務の僕も協力して成し遂げたことではあったけど。
やはり、生徒会長――岩千鳥先輩なくして成しえなかったことなのだ。
正直言って、この一年、生徒会の仕事は結構大変だった。当時は家事もしなきゃいけなかったし。
でも、楽しかった。
そして充実していた。
いい一年だったと――振り返ることが出来る。
「だからあと一月、やれることを精一杯やろ? ね、雄漂木君、杉村君」
僕も杉村も、神妙に頷いた。
言葉にこそしないけれど。
僕たちは、この小さくて大きい先輩のことを、とても尊敬しているのだ。
無関心というのは本当に怖いものです。
今の日本を見ていると特にそれを感じます。
というわけでやたら長引きましたが、生徒会長・岩千鳥携のお話でした。
ちなみに彼女のあだ名は『たずにゃん』推奨。
かなり明かされていない部分があるのですが、まあ機会があれば明かされることもあるのかもしれません。
どうもこの作品、巨乳成分が多いらしく、そういう意味で貧乳成分が必要かということで登場したのが彼女です。
作中では割と常識人な立ち位置にいるので、必然、悠輔もボケに走る訳ですね。
次のお話は、凛々恵・山桜桃などの家族方面か、携・杉村などの学校方面か、どちらかに偏ったお話にする予定です。
どっちかは未定ですが、まあ順番が違うだけで両方書きます。
それではよいお年を。