第八話 悪夢と記憶と能力
夢の中という設定です
戦火が燃える。野営の時に出会った魔物の群れ、それは類をみない程の軍勢だった。騎士達は善戦していたが、やがてあちらこちらで肉が裂け、骨を砕き、消滅していく。そんな音が鳴り響く中、騎士団長は叫んだ。
『聖女様!お逃げください!』
『いえ、あなた方を置いて逃げるわけには…』
『聖女様がお逃げにならなければ私たちの同胞達は何のために死んだのですか!』
『…っ!』
(そうだ、あたしは聖女だ。この国の希望、そして、平和への道しるべ。そんなあたしがもしここで倒れたら、この国は終わる。)
『だからと言って、あなた方の護衛もなしに、この魔物の群れをどうしろと言うのですか!』
『…』
『今から再生魔法をかけます。最期くらい、あたしのそばについてください』
『ダメだ!貴女の命まで削るわけには…』
騎士団長の静止の声も聞かず、あたしは騎士団全員を回復する。魔法陣を周りに展開させ、宙に浮きながら広がる。その魔法陣から降り注ぐ光で、周りで戦っていた騎士達の傷や打撲、体の欠損部分がみるみるうちに治り、五体満足の体になる。
騎士達は己を鼓舞するために身体強化魔法を使い、魔物を退けていく。その様子を見ていたあたしはグワリとめまいがおこる。それもそうだ、あれほどの無茶をしたから。
『なぜ…なぜ回復魔法を使ったのです!貴女の命は…もう少しと、言うのに…』
『そんなに悲しまないでください。聖女とは、あたしただ1人だけの存在ではないのですから。』
『しかし、貴女だけだ!私たち王国騎士団をここまで導き、強くしてくださったのは、』
『いいえ、それはあなた方の努力の果実です。あたしこそ、ここまで導いてきた道を先んじて歩いて下さり、大変嬉しく思います。』
そこまで話し、またもやめまいがおこる。騎士団長は心配そうな顔をしているが、そんな顔をしないで欲しい。
「「「ウボオオオオオオオォォォオオォォオブオエエエアエエエエエエァァァアァァアァァァ!!!!!」」」
突如、とてつもないほどの咆哮が響き渡る。空気が震え、体の芯から感じる【死】という言葉。禍々しいほどに歪み肥大化した体は鋼のような毛で覆われている。頭のツノはもはやツノと形容し難い形になった。そこにいたのはとてつもないほどの大きさの特大鬼だ。本来よりもさらに大きく、突然変異レベルの魔物がいる。
そんな中、騎士団長が立ち上がり、特大鬼に立ち向かう。
『我が名は、ーーーーーーーーーーーー。聖女様のために我が命、燃やし尽くそうぞ!』
ああ、やめてください、やめてください。あなたには、生きていて欲しいのです。やめてください、やめてください。ここで死んではなりません。ここで死ぬべきお人はあなたではありません。
明け方までたった一人で立ち向かった騎士団長は、その特大鬼を倒すことができた。
命を全て燃やして。
夜通し戦っていたからか、空は紫色の雲と薄いピンクで染まり、太陽が顔を見せる。
騎士達はいつのまにか湧いた魔物を退けているのに手一杯そうだ。
『この命、燃やし尽くしましょう。あなたのために。』
『……完全蘇生魔法』
突如、巨大な魔法陣が飛び出す。騎士団長の体にその魔法陣から一心に光が注ぎ、だんだんと魔法陣は小さくなる。魔法陣が体の中に入り、騎士団長の目が開く。
私は達成感に浸るままなくめまいが起こり、倒れた。騎士団長はこちらを見て近づく。
『なぜ使ったのです!貴女が亡くなれば、この国は…』
『…そ、んな顔を…しない、でください…あな、た…には、伝える…べきこ、とばがあ、るの、です。』
『…』
『………愛しています』
刹那、騎士団長は涙を流す。涙を拭き、顔をあげた団長はあたしが燃やし尽くした命に感謝をしているように敬礼をした。
そして、だんだんと視界がぼやける。息もできなくなり、体が動かなくなる。目、耳、口が動かななった。最期に涙の匂いがした気がする。
そうして聖女が死んだ。
ピンクがかったゆったりとしたワンピースを着た聖女が。