第四十話 現代日本に於いて司法を歪ませるあまりにも力を持ちすぎた言葉
「キャッ!」
胸に当てられた手を跳ね除けようと反射的に手を出す。だが、私の暴は避けることも流すこともせず受けられて終わった。己の無力さを再確認させられたが、未だに魔の手は収まらない。
「ん、んっ、んぁっ」
変な感触がする。変に艶めいた声も出る。自分の喉に自分で驚き、嫌になって抑える。
それでも魔の手は収まらない。
「っ、ん、…っ!」
揉まれる強さと速度が不規則になった。痛みを感じるほどではないが、今は痛覚から生じるアドレナリンに頼りたい。下限の触り方がいやらしい。一文字に閉じた口から微かに漏れ出す息遣い。両の手を用いて口を固く閉ざす。
「んっ、んっ、ぁ」
何か温かいものが流れ込んでくる。人肌ほどぬるくはなく、所謂ところの熱湯風呂よかぬるい。丁度気持ちがいい温度。身体が蕩けていくような、一体となっていくかのような。
「お終いです。」
「…んえ?もう、おわり?」
アナウンスのような声が流れる。働かない頭が反射で動かした口は、本当に蕩けていた。
「もっと…もっと、ちょうだい?…んべぇ」
急な冷水に頭が醒める。そして己の行為と身体の違和感を感じる。
頬の高揚とはまた違う、全身の熱を。
「何だか体がポカポカする…!」
「成功ですね。その温もりこそが魔力。魔法を使う為、誰もが意識せざるを得ない物です。」
そう言って微笑みを作る獣売り。少し顔が怖い気がするけれどもまあ気にしない。自分に集中する。
この温かみがめぐる場所…まあ恐らく血管なんだろう。身体中から発せられるその温もりは程よい心地良さを生み出す。心なしか体も軽く……
「あれ?身体が軽い?」
「よくお分かりで。魔力を巡らせることで最も影響のあるもの。それは身体能力の向上です。他にも魔法を素早く出せる、回復が早まるといったことが有ります。」
想定よりも遥かに凄い技術だった。そしてなによりも、こんな凄いものをどうして隠し持っていたのだろうか。
「どうしてギルドでは教えてくれなかったのかな?」
「ああ、それはですね、ギルドではコレが最低ラインです。つまりあなたはその言の葉だけで戦っていたのです。」
「そうなの!?」
コレには驚いた。他よりも魔法の発動が遅いから、何かしらの理由があるのではと思ってはいた。が、聖女の魔法がそういうものを付随して存在しているのではと思い、それで解決してきたつもりでいた。なのにまさかまさかの基礎ができてないと来た。それでは救えるものも救えない。
「じゃあ、コレを続けていれば私もいつしか……」
「その通り。まあせいぜい気張りんす。」
いつの間にか、恐怖の仮面が剥がれ落ちていた。
…
……
………
一週間後、中々上々の結果を出した。まだ少し雑な部分の存在が気に食わないと獣売りにチクチクお小言を聞かされたが、相手にしないことにした。少しは学習している。
…昨日は一言も喋らずにいたので、流石に話しかけようと思い始めた。
「あ、あの………っあの!」
「ん?なんざんす、セイジョサマ?」
「あ、あ…き、今日は良い天気ですね!」
「あい確かに。見なんし、この曇天を。」
「う…」
言葉に詰まり、口を噤む。何やらニヤニヤニヒルなご機嫌笑顔に少し沸点が上がってきた。蝋燭なら溶かせる。
「セイジョサマ。お一つお話しでもどうごさりんす?」
「お話?」
一体何を話すのだろうか。一番可能性が高いのは今後についてだろう。自分から切り出した過去を持ちながらこんな事を思うのは野暮だが、私はここにすでに愛着を持ち始めている。ギルドの一室には馴染めなかったが、ここにはすぐに馴染むことができた。自分の部屋のような感覚だ。
次に高いのは労働についてのことだろうか。町に行って働け、それが出来なければ帰れ。そんな簡単なことすら出来ぬお前に貸すものなどない。et cetera.
(うーん、どっちだとしても嫌だな…。)
また、大穴もある。
聖女として売られることだ。あの記録を見る限り、聖女は国が管理していたのだろう。よって聖女に関するワンテッド、指名手配がある可能性がある。要は本来国が管理するべきものを一個人が所有してはならない的な理屈をつらつらと並べ、よく回る口からさあさあさあと急かされるのかもしれない。
そんな淡い期待と大部分の恐怖を持ちながらも脚を運ぶ。ふと見ると、昔見たときよりもすこしふっくらした気がする。まあ、もやしと牛蒡ぐらいの違いだからよく分からないが。
「話って何?ケモノウリ」
「セイジョサマ、主さんと戦いいたしんす。」
「はあ?」
はあ?
「いやいやいや、戦い、って…勝負って事?」
「そう言い換えられるでござりんす。」
「勝負って言っても、え?あー」
「何ざんす?」
「一対一?」
「その通りで。」
まだよく理解していないが、どうやら獣売りと勝負をするらしい。今まで考えてきたことは全て無に帰り、懸念が絶えないことになるが、何故だろう。
少し楽しみになっている自分がいる。
Q:どうして胸に手を当てたの?
A:胸の血管から直接魔力をぶち込むため
Q:揉む必要性は?
A:ない。ただの怨嗟




