第二十九話 そういうこと
筆の赴くままに走らせた結果
アサリのパブロの様に〜
睡眠。それは生物の本来あるべき姿。近年の研究により、生物は睡眠を進化させたのではなく、覚醒を進化させたことが分かったそう。ならば、と本来あるべき姿に強制的にすることで、精神と少しの肉体的な不調を治そうとする。安静にしてもらうためにどこかに寝かそうとベッドを探すものの、ベッドがないので近くにあったソファで横になってもらう。
(一旦の処理は出来た…かな?)
これで一度経過観察を行う事にする。しかし、今は他の生徒を待たせている状況。
(こういう時、自分が二人いればなぁ…)
しかし、想いを馳せるだけでは駄目だ。その想いを掴み取るか、無謀だと諦めるか。この学校はどちらかといえば掴み取った方だ。だがしかし、今はまだ生徒陣も教師陣も人数がない。その為には賃金で人を雇ったりする事が必要だ。しかし今はまだ、お金を頂いていない。その為、この事はできないが、ゆくゆくはお金が発生する事になるだろう。そうなると、そのお金が賃金となり背負う事になる責任と共に僕を縛り付けるだろう。
(ダメだ、思考が明後日の方向に進んでいる。悪い癖だな、治さないと)
ハッと流れた電流が思考を停める。経過観察を行う為に一度職員室に向かい、記録できる紙とペン…墨壺と羽ペン…を持ってくる。これは涼しげな風が最近吹いてきた自分の懐から出したものだ。顔色、熱、心拍数。今のムンドボーデンくんの容体を記録していく。
(顔色は先程よりかは戻ってきている、熱は少しある。心拍数は…大丈夫そう、落ち着いてきているね)
ホッと胸を撫で下ろす。このまま容体を観察して記録して行くのが良いだろうが、それでは待たせている生徒との扱いの差が生まれてしまう。特にお貴族様はそういうのが嫌いだろう。それに、自分が嫌だ。
(…目の前にあるから、何か異常があれば直ぐに対処できる位置だから…)
誰に対してでもなく、只自分を納得させ、無責任感を少しでも感じさせまいと自分自身を洗脳する。
「あっ」
いつの間にか歩き回っていた。そのせいでソファにぶつかり転ぶ。ソファの方に転んだので怪我は無いと思う。
ドアが開く。
「せんせ…」
心配した表情もこちらの様子を見にきた、とでも良いだけな声色から何か尋ねてきたのだろう。絶句しているのは何故だろうか。虫でもいたのだろうと、短絡的な考えから楽観的な結論を出す。その対応をする為に立ちあがろうと埋もれた顔を声がした方に向ける。
「シャウンちゃん、どうしたのかな?」
「せんせい…?なにやってるんです…?」
なにやっているのか。答えは簡単、ムンドボーデンくんの診察をして些細な傷を刻んだ璧の処方をしただけだ。そんな、[やましいものを見た]様な声を出す意味が…
…状況を理解した。完全に把握した。
まず、僕はムンドボーデンくんをベッドがないからとソファに寝かせた。次に、僕は考え事をしていたせいでそのソファ周りをぐるぐる回っており、回り方を間違えてソファにぶつかってしまった。ソファといっても背もたれや肘掛けはなく、僕の使っていたベッドに物凄く似ている。つまり、肘掛けや背もたれに体をぶつけてしまう事なくソファ本体に体を預ける。ムンドボーデンくんの上に覆い被さるように。
つまりは、だ。
「あー…」
「あ、あ、あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎわゎゎゎゎゎゎわゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎ」
少々、刺激の強い体勢になっているわけだ。それに、ちょうど下腹部同士が重なる様になっている。性教育は事前に聞いた限りだとかなりしっかりしているので、それを少なくとも友達以上の関係性を持つ男子が、自分と同性の人と人目につかない密室で二人きり、更に体勢が体勢であることと、こちらの世界の教育がそういうことだと認識させたのだろう。
現にシャウンちゃんの顔色は赤く、常にパクパクと開閉する口から聞こえるあわあわとした叫びが今もなお続いていることから困惑が見て取れる。
「シャウンちゃん、何を想像してるかは知らないけど、やましいことは何一つしていないよ。」
普通にこちらの面子にクリティカルでダメージがくるので、いち早く、いちはやく誤解を解きたい。なので、ムンドボーデンくんからいち早く離れる。
しかし、混乱している人に対して説得して[そうだったんだ!]とやる事は難しい。しかも野次馬が来た。更に難しくなっている。
「取り敢えずリタ、部屋に戻って。」
「ん、面白い事が起きているのに目を離す必要はどこにある?」
(…自分でもそういって見続けてしまう人間だから言い返す事ができない…!)
いつの間にそんな事を何処で学習してしまったのか。十中百九僕だろう。若しくはギルド長。
「今からシャウンちゃんを説得しないとだから、部屋に戻って。」
「ん、以下同文」
息を吸い込む。
「ん、分かった。」
「物分かりがよくて宜しい。」
そういうことです。