第三話 蜘蛛の糸
「まさか、ここまで可愛くなっちゃうとはおもわないよなぁ。誰も。」
僕は自分の顔を見てそう呟く。
パッとしない高校生男子が、ここまで可愛い女子になるとは誰も思えないだろう。それに、元々低かった身長もかなり縮んでしまっているので、見た目はもう小学生だ。
そんなことを思って一人でクフフと笑っていたら、お腹からも、くきゅううとこれまた可愛らしい音がなった。驚いて辺りを見渡すも誰もいないことを確認する。ふぃー。
「さ、さて、お腹も空いたしさっき人がいそうなところも見つけたしで行ってみようか!」
そう意気込んで山を下ろうとするものの、今の装備はスポーツサンダル。軽装と言えるこの装備でかなりのデコボコがある斜面をそれも足のサイズと合っていないのもあって小高い山を降りた頃には日は暮れ始め、かなりボロボロの状態になってしまった。
(こんなはずでは、こんなはずではなかったんだかなぁ…)
嘆いていても仕方がないので街があるであろう方向を向く。そこにはかなりの堅牢な雰囲気の城門に囲まれた、とても大きそうな町があった。
「こっちでいいはずだよね…」
私は確認のためにぐるっと周りを見渡す。うん、あれしかなかったわ。
確認ができたのでそちらに行こう!と足を前に出した途端、視界の端でパチパチと何かが弾けた。
「え?」
前に出した足はガクガクと震え、そんな揺れに耐えきれずに膝から倒れる。ぐわんぐわんと脳が揺れる。息は浅く、視界は狭く、全身から血が引いていく。何か吐き気を感じて地面に上半身だけプランクのような状態になり、そのまま吐くと、鮮やかな紅の血が出てきた。起きあがろうと腕を上げようとしても体が言うことを聞かず、そのまま倒れる。間一髪のところで、喀血は服にはつかなかった。
(…なに、これは!なにがおこっているの!?)
揺れる脳に恐怖と不安、焦燥が一気に染まる。
視界のすみで一際大きく何かが弾け飛んだと思ったら。
…
……
………
…………何か、体が浮いている感覚がする…
…あれ…ここ、どこだ…?
私は…
「…知らない天井…」
ここがどこなのかが分からないが自分はベットに寝かされ上から布団をかぶっている。まだ重い頭を精一杯の力で動かしてみると服装は真っ白い病院でよく見るような患者服をしている。また、左右も見てみるとどうやら同じようなベットと布団があるようだ。
(…ここは病室かな?となると、ここに寝かされているのは私だけってことになるけれども)
そんなことを考えていると、ドタバタと足音が聞こえる。
(…誰!?)
身構える時間もなく無防備な体制でソレと対面する。自分とは斜向かいの方向のドアを開けて出てきたのは…
「おっ!起きたか!いや〜、生きてて良かったよ〜」
現れたのは180はある身長に無駄な筋肉がないながらもガッチリとした体。少々右腕が太い気がするのは右利きだからか。リーゼントのようにまとめられた所々に白髪のある短い髪の毛は、どことなく芸人のようなものを感じさせる。目尻をはじめとした色々なところに皺を刻んである様はおっさんである。
「えっ、誰」
「ああ、そういえば初めまして…かな?」
僕の疑問に何か納得を見せたおっさんは一つ咳払いをしてこちらに向き直る。
「初めまして、俺はエイナ・フェスト。見ての通り、しがないおっさんの傭兵さ。お嬢ちゃんはなんて言うんだい?」
「あ、えっと…」
ここで僕は二つ、とても恐ろしいことに気づく。
一つ目は、自分が今は女の子であることを忘れていたこと。
二つ目は、自分の名前を、決めていなかったこと。
(…まずいまずいまずいまずいまずい!早く決めないと!なんだ?何がいい?真野だから…いやだめだ!何も思いつかない!)
「どうしたんだい?まさか…記憶処理された捨て子かい!?」
『いえ、それだけは違います!』
くわっと目を見開いて必死に訴えながらも頭を回して考える
(…なんだ、なんだ、なんだ?なんだ!考えろ考えろ考えろ考えろ!)
「わ、わかったから…そんな睨まなくても…
それで、名前は思い出したかい?」
…
「ぼ…私の名前は…」
「名前は?」
『メイです。』
この瞬間、僕は七全真野ではなくメイになった。