第二十二話 阿鼻叫喚のなかで
この光景を第三者が見たら珍妙不可思議な光景に首を傾げるもしくは、鼻で笑うだろう。なぜなら、彼らは逃げる選択肢があるように見えるからだ。では、その選択肢すらも畏怖に塗り替えられたのか。
否。
彼らも大容量の脳を持ち、言葉を介して考えることのできる人間だ。そのようなことは考えている。
しかし、出来ないのだ。しない、のではなくできない。それもそのはず、聖女は『話を聴いて』と喋った。その場から逃げ出す者に話を聴かせることは大の大人でもとても難しいだろう。それを大の大人よりも力のない腕と脚では不可能だ。
つまり、逃げ出すという選択肢は端から無いのだ。
…
……
(うるせーーーー!)
僕は最初にそう感じた。それもそうだ、50は優に超えているだろう人たちが肺胞の一つ一つまで余すことなく使いながら声を一斉に作っている。彼らの鼓膜が少し心配になるが先ずは自分の身体からと、耳を塞ぐ。幾分にかマシになったが、マシになっただけでかなり五月蝿い。
(口に出すか?いや、悪化してしまう!…でも)
でも、やるしか無い。
自分の声が掻き消されて発動しなくなる可能性に怯えながら、先ほどとは打って変わってヘリウムのような軽さの口を開く。
『黙って!!!』
その声は灰色の叫びに掻き消された…が、効力はしっかりと効いたようで、今度は口が開かなくなったようだ。
(ふぅ…これでお話ができるぞ…疲れた…)
驚きで見開いた目で横の人と目線を交わし、今の感情を共有する。共感性の高さで生き残ってきた人間は、言葉を話さずとも気持ちは一つになっていた。
そんなことには目もくれずに安心の一呼吸を置いてから、先程の出来事を一から説明する。耳も塞がず、言葉も言わず、逃げ出すことなど毛頭無いようなその人らは、とても不気味で恐怖を感じた。
ワンピースが茜色に染まる頃、僕とその人らは解放された。僕の話が終わると同時に効力が消えたようで、それぞれが一斉に立ち上がって一目散に逃げていく様は、まるで蜘蛛の母となった気分だ。
(まぁ、僕は蜘蛛になったことがないので分からないけどもね)
不自然に静かな町に鳴り響く印刷機の音は閉店を知らせる音楽のようで、おうち…ギルドの宿屋に帰ろうと思い、足を進める。来る時とは違ってとても歩きやすく、行きの時には見えなかった屋台からイモモチのようなものを買ってからでも、陽が落ちると同時にギルドの扉を開けられた。
自分の部屋に戻ってイモモチ的なもの…ライフェンというらしい…を口に運ぶ。フライドポテトの衣に噛めば噛むほど芋本来の味が染み出る、ニャクニャクとした食感の本体に甘辛いタレがとてもよく合う。とても美味しかったため明日も食べよう、と思いながらあの頃とはすっかりと変わってしまったナイトルーティンを終わらせ、ベットに潜り込む。
意識はすぐに落ち、翌朝はぱっちりと起きられ…なかった。
体がだるく、熱を帯びていたので、またもやあの女医さんの元に向かい、診察を受ける。
風邪だった。2日安静にしていろと言われたので、学校の開校日は2日ほど遅れた。
ごめんギルド長
強制的に腰が抜けて強制的に見えない猿轡を嵌められて強制的に少女の話を聞かされる…
怖いよね、話の節々で知性を感じるし