第二十話 印刷までの道のり④
みなさん初夢は何を見ましたか?
私は睡眠の質がとても良いのでね!そんなもの見ないんですよね!
『では、そこに座ってください!』
随分と甲高い怒号が響き渡る。怒りが溢れ出てくるほどに頭が冷えていく。
(小説のあの表現というのは間違いなどではなかったんだな)
怒号の矛先で傷つけられているその人は地べたに正座の姿勢で座っており、困惑と恐怖が入り混じった顔でこちらを見上げる。
「あなたは、本というものがどれほど優れていて、どれほど作るのが困難なのかが分かってその言葉を出したのですか!?」
その人の額には汗が垂れている。この状況でなかったら水も滴る〜と言えるのかもしれないが、今の僕には関係のない事だ。
「いいですか!本という物は、いわば人類の叡智、知識の塊!人々の生活の些細な知恵から温めた歴史から未来を学び知ることのできる最高の発明品!口伝えでは改編されてしまう物語が何千の時が過ぎても風化しない最強の保存技術!共通の話題を持って話を弾ませられる最速の手段!そんな素晴らしい物がこんなもの〜!?あなたはこの本の素晴らしさをなぁーんにも分かっていないのに、そんな、そんな、そーんなことをよぉーく言えますねぇ!」
「こんなものだなんて言ってな…」
『五月蝿いです、煩わしい』
「!」
何か抗議をしようとしているようだが、生憎本の素晴らしさを理解しようとしない人には私との発言権は無い。心の底から侮蔑の冷たい視線を浴びせながら僕は話す。
「いいですか、本というものはあなたの思っているよりもずっと最高で最強で素敵で高貴で万能で堅実で斬新な物なのです。それに、あなたのその発言は聖女への侮辱、引いてはこの国に対する不敬へと発展するのですよ?」
「!!」
青白く染まった顔で驚愕という感情を精一杯表している。驚愕が不安へと姿を切り替えているが、何も間違ったことは言っていない。何時ぞやの聖女が印刷の技術を出してるし、王国でも使われている技術だ。嘘八百では無い。
(…いや、八十はあるかも。)
「あなたのその発言が、挙手が、投足が。あなたの立場を危うくしているのですよ。その事を…分かっていますか?」
そこまで話して、ふう と息を吐く。溜め込んでいた鬱憤を晴らすことができたのですっきりした。まあ、すっきりしたからと言ってこの感情が消える、なんて道理は僕の中にはない。
説教垂れてた時にはまだ伸びていた影は、もう見えなくなるほど短くなった。
「………俺は、なんて事を…」
これまでずっと黙りこくってこじんまりと座っていたその人が恐る恐る、と言った様子で口を開く。
「それほど凄いものを…俺は、俺はぁ…」
そう言って涙を垂らす。まさかの泣き崩れるという行動にあたふたし、憤怒も忘れてしまう。
「あ、あの、どうされまし…た?」
「いや…自分は…愚か、な…人だなと…思っ、た…だけ…だ、」
「そうですか。わかればいいのですよ、分かれば。」
この人はちゃんと自分の過ちを直せる人みたいだ。自分の中でのこの人への評価を少し上げておこう。男の人の涙を枯らしてから、僕は話し始める。どうせならと、自分の立場をブンブン振り回してみる。
「あなたは、自分の過ちを見つめ直し、改めることができました。それは誰もができることではありません。」
「え、あ…はい、」
「過ちというものは誰にでもあります。だから、愚か などと己を卑下しないでください」
「はい…」
「いいですか、本というものは素晴らしいものなのです。あなたはそれを粗末に扱いました。本来ならば然るべき行いをするのですが…」
流石にそれはしない、というかできない。だからと、実質的な労働を与えようと画策する。
「あなたはこの本を作っているのでしょう?ですので、このように乱雑に作られた本を回収し、綺麗な新しい本を作ってはくれませんか?」
「はい、やります。俺に…いや、わたくしにお任せください。」
「よろしい。頑張ってくださいね。」
(なんかずっと説教してる気がする)
聖女RP…ってコト!?