第二話 鏡よ鏡…
(なんなんだろう、この声は…)
狼が私の声で怯み、死んだ。そんなことになるとは誰も思うまい。
(…誰があんなヤバそうな狼を意のままにできると思った?無理だと思ったもの、僕)
けれども、これで分かった事がある。
それは私のこの「声」にはほぼ確実に何かがあることだ。
それは操る事ができる…かもしれない。
「とはいえ、あのオオカミが普通にタイミングよく老衰した可能性も…」
そんなことを考えていると、突然突風が吹き、ひらひらと自分の着ているものが舞う。
そういえば、自分が何を着ているのか確認をとっていないことに今更気づき、自分の服を見る。
(…わお、何これ)
私がきていた服はピンク色がかったゆったりとしたワンピースに白衣で、足は足首がギリギリ見える程度。白衣の袖はまあまあ長く、捲らなくてもいいけどもそれでもギリギリだ。
首元にはかなりゆったりと空いた襟があり、そこにはリボンの形をしたネクタイのようなものがある。
そうして確認をしている僕の視線はある一点で釘付けになる。
そこには控えめだがちゃんと存在している胸があった。周りをキョロキョロと人がいないかを確認して恐る恐る触って見ると、ちゃんと質量を持っている。
(…結構ある方なのかな?まだちゃんと見れてないからわからないけど)
そして靴も見てみる。運動靴のように動きやすかったが、運動靴ではないようで、がっちりとロックされたサンダルのような感じがした。
(こういうのって、たしか…スポーツサンダルっていうのかな?)
それらを全て見た総評としては、この服装はかなり可愛らしく、高い声と元からのあまり高くないのに更に縮んだような身長とあいまって完全な女子である。
そういや、まだ自分の顔もみていないな、まえみたいにカワイイといいけれど
と言うわけで、顔を見るために、そして喉の渇きを抑えるために池か湖、川を探すため、山の中をフラフラと呑気に歩いていく。
木々の隙間からこぼれる陽の光がジリジリと照りつけてくるようになった頃、周りに木が少ない、開けた場所に出る。
(…え、ひろーーい!なにここ!?北海道よりずっとひろーーい!)
そう感じざるを得ないほど、大きな平野がそこにはあった。
眼下に広がる景色には、現代日本では見ることが難しくなってしまった地平線まである大きな大草原と、その周囲と僕が今立っている山を含めたいくつかの山をまるで城壁のように囲う、青々とした森林が広がっている。山には、滝のある山や山頂に雪が積もっているほど標高の高い山、森林が全くと言っていいほど見当たらない山などがある。中央には大きな湖と、そこに隣接した明らかに人工物な壁があった。
(…少なくとも、人がいない無人のところに飛ばされたわけじゃないってことが確定したのは…まだマシだけど…)
だからとはいえ、言語が伝わる可能性は低い。日本語はまず通用しないと見ていいだろう。英語だとしても伝わる人がいない可能性があるが。
しかし、野生動物しかいないような場所でサバイバル知識も全くない状況で生き残るよりかは、人の助けを借りて生きる方がよっぽど生存率は高い…はず。
そんなことを悶々と考えていたところで、ハッと正気に戻る。今は遭難中の身だ。自分のしなくてはいけないことをしなくては。
(まずは水がある所に行かないとな、水分の確保と…あ、あと自分の顔も見てみたいし。)
そう言って山を慎重に降りていく。靴が靴だし、自分の貧弱さを考えるとあんまり急ぐと普通に死にかねないので、ゆっくり慎重に山を下っていく。幸いなのは、天高く陽が登っていることだった。
陽がまた別の色をみせた頃に湖についた。自分の体を舐めていた。ぜえぜえと絶え絶えの息を整え、湖を見てみる。遠目には湖に見えたが、近づいてみるとそれどころではない大きさをしていた。何も知らない日本人にこの湖を見せると、琵琶湖だと答えることが容易に想像できるほど大きい。
そんな湖の岸に座り、手で水を掬う。その水を飲もうとして手を止める。テレビか本かは分からないが、このようなとこの水は野生動物の糞尿が溶けてたり、寄生虫がいる、と言うのを聞いた事があったのだ。
そのため、濾過しようとするが芋づる式で出てきた記憶では、濾過するために必要な物、炭や紙がないので出来ないことにも気づいた。
喉の渇きをおさえることができないとは言え、自分の顔を見るためにここにきたのだ、早速見てみる。
「えっ、可愛い」
そう思うほどに自分の顔は可愛かった。水面に映った自分の顔は線が細く、そばかすやホクロもない。肌は健康的な小麦色…とは言えないが、それでも健康的に見えるぺールオレンジ色。大きな、パッチリとした琥珀のような黄色い目があり、その下にはちょこんと小さな鼻と口があった。
可愛いと見惚れているが、今まで散々否定し続けていたある考えがほとんど確定してしまった。
この場所は、日本という国でも地球と言う星でもない別の場所であり、僕は僕ではなく、私であることが。
こいつ適応早くね?