第十七話 印刷までの道のり①
聖女症候群と診断されてから時が過ぎるのは早いもので、もう一週間が経過しました。
一週間前、僕は4代目の聖女さんが広めた文化の一つ…[印刷]を使って教科書を作ろうとしたが、
「印刷機がひとっつもない!!」
そう、[印刷]と言う言葉はあるし、印刷機もあるらしいが、この町にはないのだ。なんなら印刷機はかなりの高額で、薬草が万単位で必要になってくる。一応、自分の懐から出すこともできるが、せいぜい一、二個だ。そんな数では教科書を作るのに時間がかかりすぎなので、あんまりやりたくはない。
「あー、印刷機がひとつもないなんて…」
愚痴が自然と口から漏れる。名前も知らない聖女さん、もう少し何とか頑張って印刷機を普及させといてください…
「そんなもんですよ。何せ、あの『聖女』の技術ですから。」
「ああ、ギルドでも持ってるのは中央の奴らか、力のついた大ギルドぐらいだ。ちなみに俺のギルドは中だ」
…ドヤ顔で言うくらいのことか?
ちなみに愚痴っているのはいつものギルド長室で、ギルド長とチェガーさんの二人がいる。この二人には僕の秘密を話しておいたので、心の内をぶちまけられる唯一の場所だ。
「とはいえ、このままでは現状維持ですね…」
「現状維持は後退、らしいぞ」
「どこの誰が言ったんですか」
そんな会話をしていると、ギルド長室の机の上の魔道具が鳴る。それに気づいたギルド長は、指を魔道具の上にのせ、魔力を送り込む。すぐさま魔道具を起動され、魔道具が光る。数秒たった後、魔力が行き渡ったのかにわかに光っている鳥が出てくる。
…え?鳥?
「俺だ。シュトレンだ。」
「こちらはギルド協会本部です。」
…声しっぶ!どんだけダンディなんだよ…
「印刷機が必要とのお話をお聞きましたが、こちらから何か…」
「いらん」
ブツゥンと鈍い音音を立てて魔道具からは光と鳥が消える。ギルド長は長いため息を吐き、椅子に座り込み、項垂れる。
…なんか、休日のサラリーマンみたいな
「…なんで、印刷機についての話を断ったのです?」
僕は純粋に思った素朴な疑問をぶん投げる。
「ああ、そうだな。メイには言ってなかったか。…ギルド協会本部はな、かなりの曲者しか生き残れないと言われているレベルで曲者が多い。そして、普段と変わらない日常に刺激を求めて、噂を聞いたらすぐに連絡する。」
そこで一息つき、もう一度話し始める。
「そしてそいつらはからかうためにこんなかんじで連絡をよこしてきやがる。今回のは粗方印刷機を法外な値段で売り捌こう!…みたいな感じのことをやってるんじゃあないか?」
「ええ…最低ですね」
「だろ?」
「メイさん、ギルド長、シーーッ!…ですよ」
後にチェガーさんから聞いたが、ギルド協会はなんと国営の企業なんだそう。だから手出しをしたら国から刺客と「そこは潰すね♡」みたいな通知が来るそうな。そして国営の中でも上位の存在で、王族もギルド協会に登録し、もはや国の要のようなものだそう。つまり、ギルドへの悪口は国に不敬罪をはたらいたのと同じだそう。この国こっわ。
「なあ、メイ。あんた、腐っても『聖女』なんだろ?印刷の技術とか持ってないのか?」
「誰が肥料ですか」
肥料…?と首を傾げるギルド長と意味を理解したのか小刻みに震えているチェガーさんを流し目で見つつも考える。…まあでも、一応、あるとは言える。私はいろいろな本が好きだった。その中でも、グーテンベルクに関してのお話が載っていた伝記が特に好きで、家に何冊か別の出版社の伝記があるくらいだ。そこで印刷について書かれており、それにハマりまくっていた僕は、頭に叩き込んだことがある。
しかし、この国…ひいてはこの世界に[特許]のようなもので、作るのが規制されているのかどうなのかがわからず、そのことについてしゃべり、『聖女』の技術を漏洩させたとしていろいろ被害を被る可能性があると考えている。だから、情報を出していいのか、ダメなのかがわからない。
「この国…この世界では、何か専売特許とかは何かあるんですか?…その、言ってしまっても大丈夫…なのでしょうか…?」
「ああ、ええっと…なんだっけな……あ、そうだそうだ。特許のことか?何代目なのかは忘れたが、聖女様が何か提案をしたそうだが、当時の王に却下されたそうだ。この国を衰退させる気か!…って、怒ってしまったから、確かないと思うぞ。」
「はい。私もそのようなことは聞いておりませんので」
つまり無いのか。だったら……
だったら、いろいろなことができる。紙の作り方、印刷機の作り方、印刷の方法、そして物の売買。本当に、なんでもできる。
「ギルド長、労働力って貰えます?」
ギルド長はニカッと笑った。
そして今、印刷機を工場に運んでいる。鉄で作った活字をインクにつけ、それを紙におすグーテンベルク考案のやつを作った。それを稼働させるために必要な場所も、もう使われていなかった工場を掃除して中に設置し…終わった。これの設計図は、あの本にのっていたことを思い出しながら矛盾やちゃんと動くかの机上論で試行錯誤を繰り返しながら作り、それと並列して教科書の内容作成もした。
…教科書の内容が一番難しかったな…数少ない子供達に同じ質問をして、そこから教育レベルの逆算、そしてそれに最適な教科書を作る…我ながら頑張ったものだわ
とはいえ、印刷機も完成し、教科書の内容もできあがった。全く考慮していなかったインクは4代目聖女が元々持ち込んでいた技術でギルドでも使われていたので、なんとかしてくれたのでなんとかなった。4代目崇めようかな。
「よし、これで完成です!お疲れさまでした!」
「「「お疲れさまでしたァーーーッ!!!」」」
…やっぱりむさ苦しいんだよなここの男どもは。まあでも、子供のためだと言ったらせっせと働いてくれてたし、子供好きなのかな?
「おお、メイ。終わったのか。」
「はい。終わりました」
「…因みに、教科書の内容はどんな感じだ?」
僕は無言で教科書の見本を渡す。ギルド長はそれを隅から隅までじっくりと観察した後、
「…この町の教育レベルはメイに任せた」
と言われた。丸投げやめろや!
4代目聖女に祈りを!
4代目聖女に感謝を!