行方
ヴィベルはノートパソコンを開き、電波の届く社長室で明かりもつけずにメールの確認をした。里桜がアルマゲドンにダイブしてしまうという最悪な状況だというのに、仕事を放棄することもできない自分が嫌になる。
止めたはずのタバコが恋しい。と、視線を走らせて、アダムの物と思わしきタバコを見つけると、心の中で「一本貰いますね」と断って、手慣れた手つきでタバコを一本取り出した。口に加え、前髪をかきあげて火を灯す。
暗い室内にオレンジ色の明かりが眩い程に光を放ち、瞳を細めた。
——里桜。無事ですか? 泣いていませんか? 何かに怯えたり、危ない目に遭っていませんか?
煙をすぅっと肺に入れた時、ヴィベルは思わずむせて咳込んだ。
つ、っと涙が頬を伝い、唇を噛みしめる。
「どうしていつも私を置いて行っちゃうんです?」
彼女は目の前で姿を消してしまった。レアンの様に自分もちゃんと手を伸ばしていれば、一緒に行けたのだろうか? どうして咄嗟にそれができなかったのか。なんと情けない……。
ポン……と、ノートパソコンが音を発した。メール着信の音だ。ヴィベルは灰皿の上にタバコを置くと、モニタを覗き込んだ。
『ラファエル副社長。社長の居場所について、未だ調査中ではございますが、いくつかご報告致します。
先月フランス、パリ行きの片道航空券を秘書が手配し、社長が向かっております。フランス支社には数日滞在されましたが、現地の社員ジエルを連れて社を出たとの事です。ただし、その後の消息はつかめておらず、滞在先のホテルの部屋も不在である確認がとれました。
尚、現地の社員から、パリ市内の古い家屋への行き方を聞かれたと報告がございました。確認しましたが、現在空き家となっております。住所は……』
ヴィベルはノートパソコンの画面を表示させたままマシンルームへと向かった。むせ返るような甘い香木の香りと、白く咲き乱れる夢現逃花に包まれながら、ファメールとアダムがアルカの捜索プログラムの進捗率と睨めっこをしている姿があった。
ヴィベルが室内に入ってきたことに気づくと、ファメールは顔を上げて申し訳なさそうに僅かに笑みを浮かべた。天才的な頭脳の持ち主でありながら、コンピュータに関してはさほど詳しくはない自分を責めているのだろう。
「仕事の方はもういいのかい?」
「ええ。一旦は」
「全く、迂闊だったよ。パスワードが『アルカ』。つまり、『アダム』だと思っていたからね。アダムがこの部屋にいない限り、眠ろうとも気を失おうともアルマゲドンにダイブなんかできやしないと思っていたんだ」
なるほど、だからファメールはアダムをマシンルームに入れないようにしていたのか、と、ヴィベルは考えて、「では、パスワードは一体何だったのでしょうか」と、ポツリと言葉を発した。
ファメールは俯くと、「わからない」と小さくため息交じりに応えて、金色の瞳を細めた。
「夢現逃花じゃねーのか?」
アダムの言葉に、ファメールは首を左右に振った。
「もしもそうなら、あの時あの場に居た全員がダイブしていたはずさ」
「あの、アルカに似た黒い靄のせいでしょうか? 里桜が触れ、その里桜の手をレアンが掴みましたよね?」
「状況的にはそうなんだけれど。それがパスワードとは思えない。そうじゃなければ、ユーザが自由にログインできる手段が無い訳だろう? あの黒い靄に迎えに来て貰わなきゃならないだなんて、不合理過ぎるよ」
「里桜はエデンにもダイブしていますから、なにか権限のようなものがあるのでしょうか」
「権限があったのだとしても、結局の所パスワードが無ければログインできないはずだろう? そして、それが分からなければ僕達もダイブすることなんか不可能さ」
今時点で里桜を追う為に必要不可欠な『パスワード』が分からない。
「……そうですね」
はぁ、とため息をついて項垂れるヴィベルに、ファメールは「すまない」と、言葉を吐いた。力になれない事がもどかしく情けないのだろう。ヴィベルは自分も同じ気持ちだというのに、励ます言葉が見つからずに開きかけた唇を閉じた。
レアンならば、こんな時もファメールを励ます気の利いた言葉の一つや二つ簡単に出たのだろうなと考えて、ノートパソコンを持つ手に僅かに力が入った。
「あ。そうでした。ファメール、この住所に見覚えはありませんか? フランスの、パリ市内にある古い家屋の様なのですが」
ファメールに画面を見せながら言うと、その住所を見つめて「え?」と、小さく言葉を発した。
「僕達が住んでいた邸宅だ。もう空き家になっているはずだけれど」
そう言うと、忌々し気に眉を寄せ、金色の瞳を細めた。
「どうしてキミがそれを?」
「どうやら総一朗はそこに行った様なのです。そして、そこで消息が途絶えました」
「あの家で姿を消したということか。けれど、何の用事があってそんな所に行ったんだい?」
「わかりません。アメリカに居るはずの総一朗が、なぜフランスに向かったのかも」
「確か音信不通だと言っていたね」
ヴィベルが頷き、ファメールはため息をつきながら黒い筐体を見つめた。暫く考え込んでじっと押し黙った後、金色の瞳を上げた。
しかし、その瞳は先ほどまでの自信の無い光ではなく、何か殺気の様な物が込められている様に感じ、ヴィベルは思わず後ずさった。
「……里桜の父親は、既にアルマゲドンにダイブしているかもしれないね」
憎しみが込められているかの様なファメールのその声色に、言い知れない不安が過り、ヴィベルは疑問を問う事も忘れてゴクリと息を呑んだ。




