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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
91/169

穢れ

 っくしゅん!!


 クシャミをして目を開けると、自分を(のぞ)き込む沢山の瞳に驚き、里桜は慌てて上体を起こした。


ゴチッ!!


「ったいっ!!」

「あ、ごめんなさい!」


 覗き込んでいた一人に頭突きをくらわせ、里桜は慌てて謝った。悶絶しながら涙目で里桜を恨めしそうに睨みつけたのは六~七歳程の少年で、他に里桜を覗き込んでいたのも皆同じ年ごろの少年達だった。彼らは五人で里桜を物珍しそうに恐る恐る見つめていた。

 服装はと言えば白い布を腰に巻き付けただけの随分と簡素な装いだ。


「えーと、ごめんね。痛かったでしょ?」


里桜が申し訳無さそうに頭突きを食らわせた少年に声を掛けると、少年は「めちゃくちゃ痛かったよ!」と、額を擦り擦り唇を尖らせた。皆金髪に蒼い瞳をし、まだあどけない顔立ちで、五つ子かと思わせる程によく似ていた。


「ホントにごめんなさい。驚いちゃって」

「ボク達だって驚いたさ。どうして人間がこんなところに居るの?」

「え? 人間? ここってどこ?」


キョロキョロと辺りを見回す里桜に、少年の一人は「天上のエデンだよ」と、呆れたように声を放った。


「天上のエデン!?」


素っ頓狂な声を上げ、里桜は瞳を見開いた。


「天国!? 私、死んじゃったの!?」

「うーん。まあ、そうとも言うかも」

「どうだろう」

「言うかな?」

「言うよ」

「言うかしら?」


先ほどまで自分はマシンルームに居たはずだ。


ということは、ここは夢の中か? いや、少年に頭突きを食らわせてしまった時の痛みが額にまだ残っている。


 キョロキョロと辺りを見回してもだだっ広い黄金色の草原が広がっているばかりで、この五人の少年を除く誰かの姿は全く無い。


 空を見上げると黄金色の雲で覆われており、時折雲の隙間から見える空の色は白く、明らかに地球では無い場所であることを知らしめていた。この感じはエデンにダイブした時と似た感覚だ。それならば自分はアルマゲドンにダイブしてしまったと考えた方がしっくりくるなと里桜は思った。


 そうだとしたら、目的を達成しなければ。アルカを探そう……!


「ねえ、人間のお姉ちゃん、どうやってここに来たの?」

「私もわかんない……帰り方もわかんないし」

「お姉ちゃん迷子?」

「そうみたい。ねぇ、どうして私を『人間』って呼ぶの? あなた達は人間じゃないの?」


少年達は顔を見合わせると、「ボク達、プティタンジュ!」と、声を(そろ)えて答えた。


「プティタンジュ?」

「うん。小さい天使。大人にはなれないの」

「え?」


 ここがアルマゲドンなのだとしたら、アルカが創成者で、プティタンジュ達を創成したのもアルカだということになる。

 大人になれない小さな天使達をどういった意図で創成したのだろうか……。


「あの、ここには他に誰も居ないの?」


ひょっとしたら彼らはアルカを知っているかもしれない。と、里桜は少年たちに聞いたが、彼らは里桜を警戒している様で、僅かに後ずさって距離を取った。その様子はまるで訓練でもされているかの様な身構え方で、妙な違和感を持った。


「あれ? 怖がらせちゃってる? 私、怖くないよ? 何もしないから! 頭突きしちゃったのにアレだけど……えーと、誰か物知りな人を紹介してくれないかな?」


『大人』というワードは控えて、『物知りな人』という言い方をした。

 里桜の頼みに少年達は首を捻りながら相談を始めた。


「どうする? 悪い人じゃなさそうだけど」

「どうしようか」

「一番の物知りと言えばミカエル様だよね」

「でも、叱られないかな?」

「どちらにせよ報告しないと叱られる」

「あー、確かにね」

「おっかないもんねぇ」

「ガミガミ親父」

「しっ! 聞こえたらもっと怒るよ」

「お尻百叩きかな」

「お尻がいくつあっても足りない」

「割れちゃうよ」

「もともと割れてる」

「もっと割れちゃう」

「粉々んなっちゃう!」


 え……そんな怖い人になんて嫌だなぁ。と、里桜は苦笑いを浮かべた。少年達は更に相談を続け、ヒソヒソと話をする。しかし、相談というよりは悪口大会だ。


「すぐ杖で殴るし」

「何を考えてるのかわかんないし」

「大天使のくせに無慈悲だし」

「見下すし」

「すぐ怒るし」

「目が怖いし」

「怒ると三角になるよね」

「そうそう、悪魔みたいだ」

「天使なのに」

「捻くれてるし」


里桜は困ったな、と思いながら「あの、もっと優しい人を紹介して貰えると嬉しいなぁ」と、言うと、少年達は一様に頷いた。


「ガブリエル様がいいんじゃないかな」

「えー。真面目で堅物過ぎないかしら?」

「いきなり怒鳴ったりはしないでしょ」

「でも、女の子苦手だよ?」

「ああ、確かに」

「しゃべれなくなっちゃうもんね」

「あれはあれで……」


「何かお困りかな?」


トンと大地に降り立って、艶やかな灰色の頭髪を掻き上げて男が現れた。その顔はアルカそのもので、里桜は思わずアッと声を上げたが、彼が僅かに小首を傾げ、神妙そうに眉を吊り上げた仕草を見て、アルカはああいった表情を浮かべはしない、と、口を(つぐ)んだ。


「エル!」

「エルだ!」

「わぁい! 何して遊ぶ?」


エルと呼ばれた灰色の髪の男は少年達にワッと囲まれて、衣服をあちこちへと引っ張られた。


「すまないが、今日は時間が無いのだよ」

「えー!」


申し訳なさそうに少年達にそう言った後、里桜へと視線を向け、ニコリと愛想よく微笑んだ。


「あ、あの。こんにちは」


慌てて挨拶をした里桜に、エルは「こんにちは」と返すと、再び少年達に服を引っ張られた。


「時間が無いの? 毎日どこに行ってるの?」

「じゃあ次はいつ遊べるの?」

「ボク達、いい子にして待ってたんだよ」

「遊ぼうよ、エルー」


「さあ、ほら。お嬢さんが困っているよ。困っている人には手を差し伸べなければいけないね」


エルが少年達に優しく言い聞かせると、少年達はアッと思いだした様に声を発した。


「そうだ。僕達なんか聞かれてたんだった」

「何だっけ?」

「物知りな人?」

「そうそう、物知りな人」

「エルは物知り?」

「まさかねー。僕達と遊んでばっかりだもの」

「じゃあやっぱりダメ元でミカエル様じゃない?」

「叱られるよ?」

「でもどうせ報告しないとでしょ? ボク嫌だけど」

「ボクもいやだ」

「ボクだっていやだ」


少年達が言い合っている間に、灰色の髪の男は困った様にふっと笑い、里桜が声をかけるか迷っているうちにふっと姿を消した。


「あ……行っちゃった」

「エルはいっつも神出鬼没だし」

「またすぐ来るかな」

「来るよ」

「じゃあお姉ちゃんを助けないと」

「でもミカエル様に話すのはボク嫌だ」

「ボクだっていやだ!」

「ボクもいやだ!」


 一体あのエルという人は誰なんだろう? アルカにあんなにそっくりだなんて……。でも、似ているのは顔だけで、仕草や声、言葉遣いや表情はどれも全く違う人。アダムさんを見た時もアルカとは別人だと思ったけれど、もっと何か根本的に違う人の印象が強い。


 少年たちは尚も言い合っており、皆で「いやだ」とばかり言っているので、これでは(らち)が明かない、と、里桜は呆れた。


「ボクはいやだったら!」

「ボクもいやだってばっ!」

「皆いやだ」

「そうさ、みんないやだっ!」

「あ、あの。もういいよ。私自分で……」

「それもいやだ」

「全部いやだっ!」


「何が嫌だって?」


 フワリと柔らかな風と共に、凛とした声が放たれた。五人の少年達と里桜の前に、プラチナブロンドの髪に金色の瞳をした男性が現れて、不機嫌そうに眉を寄せた。少年達は蜘蛛の子を散らす様に「わっ!」と叫んで立ち去ってしまい、その場にポツンと残された里桜は男性の顔を見て思わず叫んだ。


「ファメールさん!」


 白地に銀の刺繍の入った詰襟に、白金の輝くプレートが付けられたマントを羽織り、彼は一見女性かと見間違える程に美しい顔を僅かに(しか)め、訝し気な瞳を里桜に向けた。この表情に声、仕草。ファメールさん本人に間違いない、と、里桜は思った。


「良かった! 会えて! 私一人だけアルマゲドンにダイブしちゃったのかと思って心配だったの! レアンやヴィベルさんも来てるのかな? 一緒にマシンルームに居たものね」


彼はチラリと視線を辺りに走らせた後、再び里桜を見つめた。


「それは、僕に話しかけているのかい?」

「へ? う、うん」

「申し訳ないけれど、キミが言っている言葉の半分も理解ができない」

「えっ!?」


まさか人違い!? と、里桜は考えて、あっと息を呑んだ。

 彼はアルマゲドンで創成されたファメールなのかもしれない。もしもアルマゲドンにダイブしたのが里桜のみで、ファメールは現実世界にいたままなのだとするなら里桜の事を知らないのも当然だ。


 ……まさか創成されたファメールさんと現実世界から来たファメールさんとで二人居るって事は無いよね? 何にせよ、この人は私の知ってるファメールさんじゃないって事は確かだ。


「えーと、ごめんなさい。人違いかも……」

「だろうね。けれどそれはそれで聞き捨てならないね。僕に似た者が他に居るということなんだろう? 妙な真似をされても困るし、詳しく話を聞こうじゃないか」


ギラリと冷たく光る金色の瞳を細め、彼が言った。その眼差しは殺気すら込められている様にも思え、里桜はゾクリと悪寒を走らせ息を呑んだ。


「あ、あの、えーと……」


おどおどとする里桜に彼は不機嫌そうに眉を(しか)めた。


「そもそも人間と会話するのすら僕は嫌なんだ。質問に忠実に応えなよ。僕に似たそれは今どこに居るんだい? そしてキミはどうやってここに来たのか」

「私も探してるの。その、迷子になっちゃって」

「バカな事を言わないでくれないかな。どれほどに迷ったところで人間が一人でここに来れるはずが無い。ここは天上のエデンだ。何者かがキミをここへ連れて来た以外考えられない。嘘をつくならばキミを神の御名に於いて裁かせて貰うけれど、覚悟はできているのかい?」


怒りを(あら)わにしたその様子に里桜はドキリとして慌てて首を左右に振った。


「う、嘘なんかついていないよ!」

「じゃあどこからどうやって道に迷ったというのさ?」

「それがわかんないから迷子なんでしょう!?」


里桜はファメールにそっくりな彼の冷たい態度に悲しくなってしまった。心細さも伴ってじんわりと涙が浮かびそうになり、慌てて唇を噛んだ。


「泣き落としなんて僕には無駄だよ」

「そ、そんなんじゃないもん!」

「何はともあれ尋問が必要だね」

「じ……尋問!? そんなことしなくても何も隠してなんか無いよ!?」

「正直に答えていない節があるから言っているんだ」

「そんな!」


ムッとして里桜はつい言い返した。


「貴方だってどこの誰かもわかんないのに失礼じゃない!」

「僕の名を知らないと言うのか!?」

「知らないから聞いているんでしょ!? ファメールさんじゃないなら、一体誰なの!?」

「失礼にも程があるね!」

「どっちが失礼なの!?」

「キミだって名乗っていないじゃないか!」


あっ! と、里桜は考えて、素直に謝った。


「確かに! ごめんなさい! 私は里桜と言います。道に迷ったというのは本当なの。信じてください!」


しまった! ついカッとなっちゃった、と、急にしょんぼりと反省しながら言う里桜を見つめ、彼は瞳をパチクリと瞬きさせた。


「……へぇ? 人間の女はヒステリックでそのくせウジウジと長ったらしく引きずって頭が悪いイメージだけれど、キミはそこまでバカじゃないようだね」

「それは偏見だと思うけど、でも悪いと思ったら謝らないと。ごめんなさい。私、ちょっと慌てちゃって。失礼な態度取っちゃった。その、ホントに知り合いに似てて、とってもびっくりしちゃったの」

「ふーん?」


金色の瞳を細めると、彼は長い指を頬に宛て、吟味する様に里桜を見つめた。


「僕は大天使ミカエルさ」

「……え!?」


アルマゲドンのファメールさんは、天使なんだ! エデンの時は魔族の参謀だったのに、なんだか設定が全然違い過ぎる! 違うけれど、でもなんか……美しいからすっごく似合ってる……。いや、神々しいわ!

 と、里桜は瞳をまん丸くした。


 ポカンとする里桜の様子に苛立った様に眉を寄せ、ミカエルはため息をついた。


「やれやれ。やはり人間は嫌いさ。愚行が目に余るよ」

「え? 愚行って?」

「お、おねーちゃん!」


遠くから先ほどの少年の一人が、黄金色の草の影に隠れながら叫んだ。


「大天使ミカエル様は熾天使(してんし)なんだよ! 天使の中でも最上級地位でえっらーいの!」


あ、ひょっとして、偉い人相手にボケボケしてたから、私怒らせちゃってるの? と、里桜はヒヤリとして慌ててお辞儀をした。


「もう遅いよ」


パチンとミカエルが指を鳴らすと、サラサラの金髪をしたサファイアの様な瞳の女性が現れて「お呼びですか?」と跪いた。


「アリエルさん!」


里桜の言葉に彼女は「え!?」っと瞳を僅かに上げ、ミカエルに睨みつけられて慌てて頭を垂れた。


「あ、あれ? そっか、アリエルさんも違うの? ごめんなさい、私、また人違いを……」


そっくりさんが居すぎて混乱しちゃうよ! と、里桜は涙目になってこの場から逃げたい気分になった。

 里桜の発言にミカエルはツンと片眉を吊り上げて、不機嫌そうにため息をついた。


「アリエル、まさかこの人間の女と知り合いだなんて言わないよね?」

「まさか! こんな可愛い女の子は初めて見たわ!」


……そんなことは聞いていない。と、ミカエルが面倒そうに顔を顰めたが、アリエルは気にも留めずにニコニコと微笑んだ。


「ミカエルが私を呼んでくれるなんて何事かと思って急いで来たら、一体どうしたの? この子が気に入ったの?」

「そんなわけあるものか!」


ミカエルがバスン! と頭から湯気を出して怒り狂うと、アリエルはケラケラと笑った。


「怒った顔も素敵よミカエル!」

「少し黙れ!」

「じゃあ、可愛いわ、ミカエル!」

「死ね!」

「カッコイイわ、ミカエル!」

「……」


現実世界同様アリエルは強靭なメンタルの持ち主のようだ。ミカエルは眉をピクピクと動かしながら、必死に怒りを抑え込み、アリエルに指示を出した。


「アリエル。とにかくこの娘を独房に連れて行ってくれないか」

「独房? どうして? こんなに可愛いのに」

「顔なんか関係無いだろう! いいかい? どこからどうやってここに来たのか尋問して吐かせるんだ」

「でも、可愛いでしょう?」

「いいから尋問しろったらっ! 僕は忙しいんだ、これ以上煩わせるなら消してやるからねっ!?」

「はーい。ミカエル様」


二人のやり取りを唖然として見ていた里桜はハッとして慌てて首を左右に振った。


「え!? ちょっと! だから嘘なんかついていないってば!」


信じて! と、伸ばした里桜の手をピシャリと払い、「僕に触るなっ!」と、ミカエルは汚いものでも見るかのように顔を顰めた。


……あれ? 確か、ここにダイブする前にも同じように手を払いのけられたような? 

 と、里桜はショックを隠し切れずにミカエルを見上げた。ミカエルは不機嫌極まりないといった様子で「人間の女なんかに触れられたら汚れるだろう!」と吐き捨てる様に言い放った。


……え? 汚れる? なにそれ……。


 里桜の脳裏に浮かぶ、高校時代の酷い虐めの記憶。


『げ。里桜が触ったドアノブ、触りたくない!』

『やだ、汚い!』

『次、誰触るかじゃんけんで決めよう』


……汚くなんか、無いもん……


「汚くなんかない! 酷いよ、ミカエルさんっ!!」

「黙れ。騒ぐな。汚れたその声を僕に聴かせるな、汚らわしい人間風情め。腹立たしいったらありゃしない! アリエル、拷問を与えてでも白状させるように。嘘は罪だ。慈悲の心は要らないからね」


里桜は呆然とし、ミカエルの行動が余りにショックで口を閉ざした。

 冷たい視線を向けた後、「あとは任せた」と、言い残してミカエルがふっと姿を消し、里桜は込み上げてくる涙を必死に抑えようと歯を食いしばった。


 うそ……ファメールさんじゃないって分かってるけど。分かってるけど……


 頭を撫で、優しく見つめてくれた事がまるで嘘だったかの様に思えた。どちらが本当の彼なのだろう、と、里桜は不安で堪らなくなり、恐怖すら覚えた。

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