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王の不在

「王よ! アルカイン王はどちらですか!」


 ムアンドゥルガの王城に来るなり怒鳴り散らすレアンに、アルカと同じ灰色の髪をした男が顔を(しか)め、金色の瞳で睨みつけた。


「うるさいよレアン。キミは今日非番のはずじゃないのかい?」


 彼の名はファメール。灰色の長い髪を緩やかに束ね、耳にはドラゴンの羽を模したピアスが揺れている。嫌に色気のある男で、女性の様な顔立ちは妖艶とも言える冷たさと美しさが備わっていた。

  ファメールはレアンの兄で、王城の軍師であり執政官として仕えていた。他国との外交も全て実権を握り、キレ者で有名であり、ムアンドゥルガの国王よりも決定権があると言われる男だった。


「兄上! アルカはどちらに?」

「アルカならまたどこぞでナンパでもしてるんじゃない? 城にいる事なんかほとんどないじゃないか」


ファメールはフンと鼻を鳴らすと、肩を竦めてみせた。

 アルカイン・ダレル・ムアンドゥルガ。魔国ムアンドゥルガの国王で、灰色の髪と瞳を持つ男だ。他国においても彼の名や風貌を知る者は多く、当然アシェントリアでも恐ろしい魔族の王としてその名を轟かせていた。


「ナンパ等と! あの男は一体どこまで醜態を晒す気ですか!」

「僕に言われてもね。まぁ、直接言ったところで聞く耳なんか持ちはしないんだけれど」


 大きくため息をつくファメールに、レアンは困ったなと頭を掻いた。


 里桜は疲れ果てたのか心労がたたったのかぐっすりと眠っている。今のうちにアルカに里桜についての事をもう少し問いただそうと思って城に来てみたが、宛てが外れてしまいどうしたものかと俯くと、ファメールが片眉を吊り上げてレアンを見つめた。


「何か困りごとかい? アルカよりも僕の方が頼りになるつもりだけれど?」

「……まあ、確かにそうですね」


 レアンはファメールにアルカが突然里桜という少年を連れて来た事を話して聞かせた。話していくうちに、ファメールが金色の瞳を閉じ、こめかみに青筋を浮かべていく事に気が付いたが、他に相談すべき者が居ない以上はどうしようもない。

 曲がりなりにもこの国の王であるアルカの奇行を愚痴れる相手など、選べる程いるはずがないのだから。


「あのバカ……!」


 と、ファメールはわなわなと震えた。アシェントリアとの国境にただの人間が迷い込んだりなんかするものか。大方また魔王討伐に送り出された哀れな人身御供だろうと考えて、苛立ちを押えることもせず、不機嫌さ丸出しで大きなため息を吐いた。

 アシェントリアとムアンドゥルガは表向き上は同盟を結んでおり、外交もあるというのに、時折そうして人身御供を送り込み、さも魔王と対峙して人間の国を守ろうとしているのだと民を安心させる為にくだらない計画を企てるのだ。

 ファメールはその度に人知れずそれらを処理してきたが、一度だけ先にアルカに見つかってしまい、勇者として送り込まれたその男を仕方なく騎士団に入団させた事があった。

 おかしな行動を取らないか見張る為にも騎士団に入れてしまうのが丁度いいと考えたのだが、余りにも横柄過ぎてとてもではないが手に負えないと、騎士団長であるレアンが幾度となく警告をした後、それでも改心することない態度に見かね、つい先日その男をクビにしたところだった。それほど図太い精神力の持ち主ならば、アシェントリアに自力で帰る事も大して苦労はしないだろう。


 その里桜とやらについても今すぐ処理しないとやっかいな事になるかもしれないと考えたが、誠実で正義感の塊であるレアンを前に、今は敢えて余計な事は言わないようにと、ファメールは言葉を飲み込んだ。

 レアンの話しぶりからして、彼はすでにその人間に対して情を抱いている風だったからだ。アルカとも面識がある以上、事は既にややこしくなっている。


「わかった。とりあえずキミの邸宅に行くよ。その少年に直接会ってみないことにはね」

「兄上、リオは酷く辛労を抱えているのか怯えています。怖がらせる様な行動は慎んで頂きたい」

「怯えている? どうしてさ?」


 ファメールは歩きながら話そうと、レアンを促して城の廊下を歩いた。公務に追われて忙しいファメールにとっては、一時(いっとき)でも時間が惜しい。


「変わった出で立ちでして。恐らく奴隷か何かだったのではと」

「ふぅん?」


ファメールは僅かに唸った後、「それ、子供?」と、聞いた。


「見た様子ですと十四歳程の少年です。痩せていて、邸宅に来るなり倒れてしまう程憔悴(しょうすい)しておりました」


 アシェントリアはどういう思惑でその少年を送り付けたのだろうか。単純に想像するなら子供を送り込む事でこちらの警戒を弱め、同情を(あお)る裏で、アルカの暗殺を企てているとでもいうのだろうか。まさか、そう簡単に事が運ぶはずもない……と、考えて、チラリとファメールはレアンを見た。


「……何です? さあ、早く行きましょう。リオが心配です」


ファメールを急かすレアンに大きなため息をついた。何でも素直に信じ込む単純バカがここに居るじゃないか、と。


「それで? キミの見立てはどうなんだい? 危険が無いと判断したからこそ、きっと邸宅に置いて来たんだろうとは察しがつくんだけれど」

「ええ。あれはただの可哀想な少年ですよ」


 そんなバカなと、ファメールは苦笑いを浮かべた。レアンの愚直さと言ったらこの魔国一と言っていいだろう。それ故頑固で一度決めたら融通が利かない。そのリオという少年がアルカからレアンの手に渡った時点で手遅れだと言っても過言ではない程にだ。

 厄介なのはレアンの言う通りの『ただの可哀想な少年』であったのだとしても、その存在はこのムアンドゥルガには不要だということを、この男が理解できない事だ。


 ファメールはうんざりしてため息をついた。


 アルカといい、レアンといい、二人は優しすぎる。その二人の情が移った対象を処理するのはこの上無く気が重い。


「厄介だなぁ……」


ボソリとそう言うと、ファメールはレアンと急ぎ邸宅へと足を運んだ。

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