摩擦
ホテル内のレストランへと五人は向かい、テーブルについた。ファメールはアリエルと一緒に食事をするのは絶対に嫌だと抵抗していたものの、レアンに宥められて仕方なく同席した。
「全く、どうしてアリエルなんか連れてきたのさ!?」
腹立たしそうに言うファメールに、レアンは困った様に微笑んだ。
「兄上の所在を聞かれまして……」
「適当に誤魔化しておけばよかったじゃないか!」
誠実さの塊のようなレアンが適当に誤魔化したりなどできるはずもない。レアンが悪いわけではないということを分かっていながらも、ファメールは苛立つ気持ちをついぶつけてしまった。
チラリと里桜の様子を見ると、居心地が悪そうに作り笑いを顔に貼り付けて、緊張しているのか動きが固い。気を使わせて申し訳ない事をしたとため息をついた。
アリエルに一切視線を向けようとはせず、里桜に対しては時折笑みを向けたり話しかけたりとするファメールの態度に、里桜はアリエルに対して申し訳無くてぎこちない応対をした。
アダムは何一つ気にも留めずに飄々としており、テーブルマナーについてアダムに教えようとするレアンの話もあまり聞いてもいない様だった。
アリエルは里桜とファメールの様子を観察でもしているかのように見つめており、里桜にはその視線が恐ろしくて仕方がなかった。
料理が運ばれてくると食事を進めながらアリエルはアダムを見つめた。
「それにしてもカイン、本当に久しぶりね! 元気になって良かったわ。何年ぶりかしら?」
「おめーのことなんか知らねえって言ってんだろ?」
「ずっと小さい頃だったから、覚えてないのも仕方ないわね。子供の頃と随分と雰囲気が変わったわね。前よりずっと野性的で男らしくなったわ。今の貴方も素敵よ」
「そりゃあな。俺ぁカインぢゃねーし」
「どういうことなの?」
「俺はアダムだ」
「は?」
ファメールがアダムを止めるのかと思いきや、全く無視をし、黙々と食事を続けるので、里桜はそれはそれで怖い、と苦笑いを浮かべた。
「まあ、でも安心しろよ。カインのヤツは必ず連れ戻すからよ」
「連れ戻す?」
「ああ。アルマゲドンにダイブしてな」
「アルマゲドン? なあに? カインったら、暗号かなにかなのかしら?」
「だーかーらー、俺はカインの野郎じゃねぇっつーのっ!」
「里桜、味はどうだい?」
ファメールの問いにビクリと手を止めて、「う、うん。美味しいよ」と、答えながら、実のところ緊張で全く味がわからない、と、里桜は愛想笑いを浮かべた。
「折角の食事なのにこんな状況になってしまって悪かったね」
「え!? ううん! 全然!」
「アリエルは養父が勝手に僕の婚約者だと決めつけただけだから、気にする必要は無いよ。僕はアリエルの事が嫌いだし、勿論結婚するつもりもない」
「あ、兄上! それはいくらなんでも……」
慌ててフォローを入れようとしたレアンに、アリエルはニッコリと笑いかけると、「ガブリエルは相変わらず優しいのね」と言った。
「彼が私に冷たいのは今に始まった事じゃないから、そんなのは別にいいのよ。でもね、私の側を離れるのは絶対に嫌なの。だって、心配で仕方ないんですもの」
「迷惑だって言っているじゃないか、このストーカー」
「ミシェルったら、相変わらず冷たいわ。でもそこが好きなんだから仕方無いわね。ねぇミシェル。貴方が私に冷たくする度に私は貴方を一層好きになるのよ。わからないかしら」
ファメールはつっとワインを飲むと、ナフキンで口を拭った。
「変態」
「まあ、ぞくぞくするわ!」
里桜は二人の会話を聞きながら心の中で、(この二人、すっごくお似合いなんじゃ?)と思い、苦笑いを浮かべた。
「アリエルさんはファメールさんといつから婚約者だったの?」
「ファメール? ミシェルのことかしら?」
「あ、うん! そう!」
里桜の問いに、アリエルは嬉しそうに微笑んだ。
「十年以上前からよ! アンジュ」
「アンジュ?」
「里桜は可愛らしい天使の様だから、アンジュと呼ぶことにしたの! 私の名前も天使の名前だから、お揃いね。素敵でしょう!?」
「え、なんか恐縮しちゃう。アリエルさんこそ凄く綺麗だよ。モデルさんみたい」
「あら、ありがと! ミシェル、素直で可愛い子じゃない。貴方と真逆ね!」
「……キミともね!」
ツン! と鼻先を高くして顔を背けるファメールに、里桜は冷や冷やしながら口を開いた。
「それにしても皆天使の名前で素敵だよね」
「里桜という名も素敵な名だと思いますよ。響きも美しいですね」
レアンのフォローにホッとして「ありがとう」と里桜が微笑んだ。
「漢字があるというのも羨ましいわ」
「日本の名は神秘的ですよね」
「そう言って貰えると嬉しいな。でも、海外だと『リオ』ってどんな意味があるんだろ?」
里桜の問いにファメールがニコリと微笑んだ。
「そうだね、『リオ』はポルトガル語で『川』かな」
「……川……?」
「うん。『川』」
……かっこ悪っ! と、里桜は少し落ち込んで、やっぱり天使の名前は羨ましいなと思った。
アダムは身を乗り出すと、ヘラヘラしながら話に入って来た。
「漢字、なぁ。確かにカッコイイよなぁ。俺も漢字にしようかなぁ。『亜駄夢』とかどうよ?」
「バカが輪をかけてバカになるから止めてよね!」
「えー!? じゃあミシェルが考えてくれよ。何かいいヤツをさぁ!」
「嫌だ。どうして僕がキミの名前なんかに頭を捻らなくちゃならないのさ!?」
「ちょっとくらいいいじゃねぇか。ケチ!」
「ケチで結構!」
「アダム、我儘を言って兄上を困らせないでください」
レアンのフォローにアダムが残念そうに唇を尖らせて、里桜はそんなアダムが可愛らしく思い、くすくすと笑った。
「アダムさんったら、ファメールさんが名づけ親になっちゃうじゃない」
里桜のその発言に、アリエルがきょとんとした様に小首を傾げた。
「ねぇアンジュ。貴方、さっきからどうしてミシェルを愛称で呼ぶの?」
「愛称?」
「ええ。その呼び方はカインが勝手に呼んでいたことなのに。ミシェルの事をファメール。ガブリエルをレアンと偶に呼んでいたわ」
エデンの中ではなく、現実でも呼んでいたというのは初耳だと驚いて、里桜がファメールを見ると、ファメールが面倒そうにため息をついた。
「そうさ。確かにカインが偶に僕達をそう呼んでいたよ。でも、呼んだ後には決まってバツが悪そうに呼び直していた。アリエル、どうでもいいことをいちいち聞かないでよね」
「まあ! 私が冗談でそう呼んだら怒り狂ったのに、アンジュには怒らないのねっ!」
「キミには何て呼ばれても腹立たしいよ!」
プイっとファメールが顔を背けて、ムッしたアリエルをレアンが慌てて宥めた。
確かに、アルカが創成者のエデンで何故二人の名前が異なったのか疑問だと、里桜は今更ながらに考えた。
アルカはどうして全く違う愛称で二人を呼んだのだろうか。
「……アルカは養父の一番最初の養子だった。僕やレアンを孤児院から引き取る時にもアルカが既に養父と一緒に居たんだ。…つまり、エデンは意図して創成されたものだと言う事さ」
里桜の疑問を察してファメールが静かにそう言った。エデンの中で里桜が創成した国は、幼少期に好きだった絵本の登場人物をそのまま自分や父親に当てはめたようなものだった。尤も、エルティナやラウディという名がそれ程に珍しい名とも思わず、エデンに居る時は大して気にも留めていなかった事だったが。
アルカもまた、何か原作のようなものがあったという事なのだろうか。
「養父だなんて、随分他人行儀な言い方をするのねミシェル。エルネストさんは立派な方だったのに」
「キミなんかにズケズケと言われたくないものだね!!」
「彼は聖人なのに、一体何が不満だというのかしら。彼が養父であることにもっと誇りを持つべきだわ」
「アリエル! いい加減少し控えてください!」
レアンが珍しく声を上げてアリエルを叱りつけた。
「私達の問題は貴方が知らない事もあるのです」
「聞いても教えてくれないじゃないの!」
「誰しも人に知って欲しくない事の一つや二つあるでしょう」
「私は全部ミシェルに知って欲しいと思ってるわ! 婚約者なのだもの、当然でしょう!?」
「例え夫婦であったとしても、話したくない事というのはあるでしょう。別々の人として生まれたのですから、お互いの気遣いはずっと続くものですよ」
レアンの言った『夫婦』という言葉にアリエルは嬉しそうに顔をほころばせて、ニコニコとしながら頷いた。
「そう。そうね。結婚したって秘密くらいあったっていいわよね」
アリエルはファメールの顔に見とれるように見つめていて、それに対してファメールは一切彼女の方を見ようともしなかった。相当な怒りを醸し出しており、里桜の目にはファメールの身体からもやもやと空気を歪めた様な怒りのオーラが見えるような気さえした。
アリエルはそんなファメール相手にも全く動じることなく、うっとりと見とれる様にファメールを見つめており、恐らく夫婦生活を想像して、一人で陶酔しているのだろうと伺い知れた。羨ましくなるほどのマイペースぶりだ。
「相変わらず本当に綺麗ねミシェル」
「キミに褒められたってちっとも嬉しくないね。煩わしいからその視線を向けないでくれるかな。気分が悪い」
「ねぇミシェル。一体私のどこが気に入らないというわけ?」
「全部」
ファメールからズバリと言われ、アリエルは口をパクパクとさせた。
「ミシェルったらっ! 私はIQも高いし美人で八ヶ国語話せて完璧でしょ!? 男性達は皆私に憧れるのに!」
「それはそれは、さぞやキミはモテモテで気分が良い事だろう! だったら僕に構わずそのくだらない男達の相手をしてやったらどうだい? 全く、ばかばかしいったらないね。何度言っても分からない様だけれど、僕はキミが大嫌いだ!」
「兄上!」
「アリエル、つったか? 確かにおめぇは美人だし、頭もよくて地位もあるかもしれねぇが」
アダムが再び会話に割り込んでくると、ニマニマと笑いながら里桜の胸を見つめた。里桜は嫌な予感がして眉を寄せ、アダムさん、それ以上何も言わない方が……と、心配したが、そんな心配も他所にアダムは自信満々に言い放った。
「肝心の乳がねぇんじゃなぁ」
「なによ! 胸なんか、ただの脂肪の塊じゃない」
「お前! 男の浪漫をンな言い方すんぢゃねぇっ!! いいか!? 小娘の最大の魅力は何てったってこのおっぱいだっ!!」
いきり立つアダムに里桜は苦笑いを浮かべ、この人の頭の中ってどうなってるんだろ……と、不安になった。
「あれ? おい、小娘。それどうしたんだ? 怪我してんのか?」
アダムが里桜の胸元をじっと見つめながら言うので、里桜は「へ? 怪我??」と、自分の胸元へと視線を向けた。そこには先ほどファメールにつけられたキスマークが赤くついていたので、里桜は茹でタコの様に顔を真っ赤にした。
「おい、ガブリエル。小娘に薬でも塗ってやれよ。どうやったらンな怪我すんだかなー。お前結構そそっかしいよなぁ」
「ち、違うの! えっと、これは怪我なんかじゃなくってっ!」
「怪我じゃねぇならなんなんだ? 真っ赤じゃねぇか」
……やば。墓穴掘っちゃった。と、里桜が恥ずかしくて頭からボン! と湯気を上げていると、ファメールがクスクスと笑った。
ちょ、ちょっとぉ! 完全に私の反応を楽しんでるでしょ!? と、涙目になっていると、レアンがハンカチを広げてパッと里桜の胸元へと掛けた。
「アダム。女性の胸元をそんな風に見つめるものではありませんよ」
「あ、ありがと。レアン」
流石紳士! と、感動して里桜がレアンを見つめると、ファメールが顔を背けて失笑していたので、思わずカチンときて頬を膨らませたい気持ちになった。
ファメールとしては、その後のレアンのハンカチをどうする気なのかと、想像して失笑したのだが、里桜には自分の反応が彼にとって可笑しくて笑った様に思えたのだ。
「それで? カイン。私とアンジュの差が胸だけって言いたいのかしら? だったら、シリコンでも入れれば解決よ? さあ、短所は埋まったわ! 他になにか不足があるかしら?」
「その切替の速さは確かに長所と言えるよ。同じように僕への執着もさっさと切り替えて欲しいものだね」
うんざりしたように言い放つファメールに、アリエルはクスリと笑った。
「すぐに諦めないのも私の長所よ?」
「それをしつこいって言うんだよ」
「しつこかったからこうして側にいられるんじゃない。貴方に嫌われたってずっとつきまとうわ!」
「警察に突き出してやろうかな」
「違法な事はしていないわ。ミシェル。何度も言うけれど、私が貴方の婚約者だって、エルネストさんも認めてくれたじゃない」
「僕は認めてなんかいないって何度も言っているだろう」
「不満なところがあるなら治すから、何でも言ってちょうだい!」
「だから、全部だって言っているじゃないかっ!」
「じゃあアンジュの様になればいいの?」
「話にならない」
クッとワインを飲み干してグラスを置くと、「料金は部屋付けにしてあるから、僕は先に失礼するよ」と、ファメールは席を立った。
「ファメールさん……」
困ったように見上げる里桜の肩に僅かに触れ、金色の瞳を優しく向けると、ファメールはすまなそうに言った。
「キミはゆっくり食事をしていて構わないから。楽しめないかもしれないけれど」
「え……」
チラリと里桜はアリエルに視線を向け、遠慮がちに俯いた。
アリエルは里桜に対して友好的な態度をとってくれているとはいえ、さきほどからのやりとりから見ても、彼女にとってはきっと里桜の存在を面白く思っていないに違いない、と心配になったのだ。
それにやはり、ヴィベルの事が気がかりだ。とてもではないが、アリエルと楽しく会話をしたい気分でない事は確かだ。
「行っちゃうの? ファメールさん」
寂しげに放った里桜の言葉に、ファメールはピタリと動きを止め、溜息をついた。
「ここの居心地が僕にとって最悪だからね」
「その、ごめんなさい。私もヴィベルさんが心配で……」
そう言ってため息をついた里桜にハッとして、里桜の気持ちをおろそかにしていた事に気づき、ファメールは情けなく思った。
彼女の自宅が消失しまったばかりだというのに、アリエルの乱入で増々混乱させてしまった事だろう。
おかしいな、いつもならこんな気遣いなんて呼吸するようにできているはずなのにと、知らず知らずアリエルが来た事に動揺している自分に気づいて、ファメールは不愉快に思った。
「ヴィベルなら心配ないさ。彼はあれでも優秀だからね」
「そうだね、そう、なんだけど……」
私が居てもかえってヴィベルさんに気を使わせちゃうだけだって分かってるけど、でも、ここに居ても……と、里桜は自分の居場所の無さに寂しくなって俯いた。
里桜が居心地悪そうにするのも尤もだろう。アリエルの件については自分の責任だとファメールはそっと里桜の髪に触れた。
「……食事が終わった後、少し僕との会話につきあってくれないか」
「うん。分かった」
「すまないね」
そう言ってファメールは里桜の頬にキスをしてその場を去った。
アダムは全く気にも留めずに「ここの料理、美味いなぁ!」と食事を続けていたが、ファメールの立ち去る直前のキスに、里桜はアリエルに申し訳無くてフリーズしており、レアンはがっくりと項垂れて微妙な空気が流れていた。
「驚いたわ。ミシェルったら、アンジュには潔癖が全然出ないのね! いつもはビズ(※フランス式の挨拶)なんて絶対にしないのに」
「そうなんですよ。兄上は里桜にだけは……」
二人の言葉に里桜は小首を傾げた。
「へ? ファメールさんて潔癖なの?」
「ええ。いつも皮の手袋をはめていて、他人に素手で触れたりなんか絶対にしないわ」
「えっ! すぐ触ってくるから、実は女誑しなのかと思ってたんだけど」
「まさか! ミシェルは人間嫌いよ! 人を毛嫌いして全く寄せ付けないわ。だから付きまとうしか無いのよ」
「あの兄上にこうもつきまとえるのはアリエルくらいでしょうね」
「私は絶対に離さないわっ!」
ふと、普段のファメールの様子を思い起こしてみる。先ほどもホテルの部屋に入ってすぐに颯爽と手を洗いに行っていた。フランスから里桜を訪ねて来た時も、すぐにシャワーを浴びていたし、確かにアリエルの言う通りいつも皮の手袋を身に着けていた。
子供の事も『不衛生だ』と嫌っていた……。
「ところで、ガブリエル。貴方もアンジュ相手には触れられるのね。それはどういう事なのかしら?」
アリエルの指摘にレアンは顔を真っ赤にして固まった。その態度にアリエルは成程と納得し、料理を口へと運び、飲み込んだ。
「分かったわ。私、アンジュに寄せるわ! そうしたらミシェルも私を見てくれるでしょう? まずは、そうね。髪をブラウンに染めようかしら。胸はパットを詰めて…」
「そういう事では無いと思いますよ?」
「じゃあガブリエルはアンジュのどこが好きなの?」
突然の質問に、レアンはきょとんとしてマリンブルーの瞳をパチクリとさせた。
「そうですね……見た目は勿論美しいですが、礼儀正しく気品のある所も良いと思いますし」
「れ、レアン! なんかすっごく恥ずかしいんだけどっ!」
顔を真っ赤にする里桜にレアンは「本当の事ですよ」と微笑んだ。
「里桜は思いやりがあるのです。自分の意見ばかりではなく、相手を尊重してくれる奥ゆかしさ。それに、他人の事をまるで自分の事の様に考えて怒ったり泣いてくれたりもしてくれますよね。里桜のそういった心の温かさが素晴らしいと思います」
面と向かってそうも褒められるとどんな顔をしていいのかわからない、と、里桜は恥ずかしくて両頬を押えた。その仕草が可愛らしく、アリエルはなるほど、確かにこれはモテモテなのも頷けるわと納得した様に頷いた。
「性格まで丸写しは不可能だわ。ミシェルには私の良いところを見て貰いたいけれど、彼は見る気も無いのだもの。どうしたらいいのかしら」
「兄上の事はもう諦めたらどうです?」
「絶対に嫌よっ!!」
苦笑いを浮かべるレアンを後目に、アダムが料理を口に運びながら話した。
「アリエルよぉ、ミシェルに振られたなら、俺とつきあってみるか?」
シン……と間が開いたが、その間黙々とアダムは食事を続けていた。アリエルが怒り出すんじゃないかと思い、里桜がヒヤヒヤしていると、顔を真っ赤にし、その両頬を慌てた様にアリエルが両手で覆うので、呆気にとられた。
「やだ、カインったら! 本気にするでしょう!?」
「別に嘘なんかついちゃいねーさ。ぺちゃパイは寂しいが…まぁ……」
里桜は嫌な予感がしてアダムを見た。アダムはアリエルをニヤニヤとしながら見つめており、それはどう考えても身体目的なのだと言わんばかりだった。アリエルにアダムはやめておけと忠告した方がいいだろう、と思っていると、アリエルが上ずった声を発した。
「だ、ダメよ! 私、貴方への想いは断ち切ったのよ!」
アリエルの言葉に里桜は「え?」と、小首を傾げた。するとレアンが小声で、「アリエルは、以前アルカを好いていたのです」と言った。
「確かに、久々に会った貴方は大人になってて野性的でとっても素敵よ!? でも、私は今ミシェルの婚約者なのだもの! ミシェルにもカインへの思いはもう無いと言い切ってるのだから、今更だめよっ!」
「ミシェルはお前を何とも想ってねぇんだろ? だったら別にいいじゃねぇか」
里桜はドキリとした。
ファメールがアリエルを嫌うのも無理はない。ファメールにとってはアルカを諦めて乗り換えられたという風に感じているのかもしれない。
そう考えて、里桜自身もアルカの身代わりと、ファメールの心に思っているよりもずっと深く傷をつけているのではと恐ろしくなった。
アリエルが来た事で、その傷は尚更に抉られてしまったのかもしれない。誰からも自分はアルカの代わりにされているのだと、今一人でファメールはその憂鬱に耐えているのだろうか。
里桜は居てもたってもいられずにナイフとフォークを置くと、ナフキンで唇を拭った。
「私、ファメールさんのところに行くね。ご馳走様でした」
三人に深々とお辞儀をすると、里桜は席を立った。
急ぎ足でレストランから出ようとすると、給仕係が里桜を呼び止めて、小さなカードを手渡した。お礼を言って受け取ってカードを見ると、『シガーバーで待つ』と書かれていた。




