炎情
里桜の自宅に近づくにつれ、野次馬に向かう人々がチラホラと見え、パトカー、消防車のサイレンが鳴り響く。赤色灯の灯りが忙しなく回転する中、燃え盛る炎が黒煙をもうもうと立てながら暴れ狂う、我が家を目にした。
里桜は呆然としたまま一言も発せず、その代わりに頭の中では目まぐるしく物事を考えていた。
自宅PCのデータのバックアップはクラウドに全てとってある。最新は恐らくバッチが流れた朝方だが、そこから更新をかけてはいないはずだ。銀行のカード、免許証、クレジットカードは幸いな事に財布の中だ。ヴィベルから連絡があったということは、当然彼も無事だということだ。印鑑類は全て銀行の貸金庫に保管してある。
そこまで考えた後、ポツリと言葉を放った。
「……燃えちゃったものは仕方ないよね」
里桜のその言葉に、ファメールはふっと笑った。
「いいのかい? キミのかわいがっているMINI太が燃えちゃったけれど」
「ああああああああっ!!!!」
里桜は悲鳴を上げると、「MINI太っ!!」と、燃え盛る自宅へと向かおうとし、それを見つけたヴィベルが慌てて取り押さえた。
「里桜! ちょっと、落ち着いてください!」
「いやぁああ!! MINI太ぁあああ!!」
ファメールはやれやれと肩を竦め、スマートフォンを取り出すと、フランス語であれこれと会話を始めた。
「危ないですから!」
「私のヘリテイジコレクションがぁーっ!!」
「里桜、同じモデルのものをまた探しましょう! ですから落ち着いてください!」
必死に里桜を宥めながら、ヴィベルはどう慰めたものかと悩んだ。あの家には里桜の思い出の品が沢山……と、考えて、いや、ほとんど無いなと思い直した。
写真類は総一朗がデータを消してしまったし、里桜が元々両親と住んでいた家から移り住む時に、家に戻るのを嫌がってほとんどの品を処分してしまった。
彼女にとって大事なものと言えば、車くらいしか思い当たらない。自分はというと、大量の本が燃えてしまったのはカナリのダメージだ。そしてクローゼットの奥に隠してあるアレが……。
「ヴィベルさんのコレクションが燃えちゃったね……」
里桜の言葉にヴィベルはドキリとして「え!? こ……コレクションって、何のコトです? ほ、本ですか?」と、ぎこちない言葉を発した。
「なんか、女の子のフィギュア沢山集めてたじゃない」
「あ! あれはっ!!」
気づかれてたのかっ! と、ヴィベルは顔を真っ赤にした。
ヴィベルの部屋の奥にあるウォークインクローゼットの中には、里桜に似た女性アニメキャラのフィギュアが所狭しに並べられていた。
「いや、あれは! その! えーとっ!!!」
「堂々とヲタク宣言しても別に気にしないのに」
「違います!」
ヲタクではない、とはいえ、里桜に似ているから集めていたのだとも言えず、それはそれでかなり拙い動機だと、ヴィベルは項垂れた。
ファメールは電話をし終わると首を左右に動かし、ため息をついた。
「じゃあ、とりあえず消火しておこうか」
と、瞳を閉じ、ぶつぶつと詠唱を始めた。ファメールの体の周りを薄い光が包み込む様子を、里桜とヴィベルは驚愕の顔で見つめ、こんなところで魔法を使うのかと青ざめた。
「ちょっと! ファメールさん!」
止めようと慌てて里桜が声を発したが間に合わず、ファメールが印を切り、手を翳した。
その途端燃え盛る家屋の上に凄まじい水量の水が掛けられて、ジュワーっと激しく抵抗する炎が断末魔の悲鳴をあげるも空しく、モクモクと白い水蒸気が辺りを包み込んだ。
辺りに居た人々が騒然となり、里桜とヴィベルは大慌てでファメールの服を掴んでその場から脱出した。
「ファメールさん! なんてことを!」
「そうですよ! あんなところで魔術を使うだなんて!」
「大パニックじゃないの!」
「いきなり何をとち狂ったんですかっ!」
「……何慌てているのさ? 魔術なんて誰も信じるワケないじゃないか。何かしらの奇跡が起こったとしか思わないったら」
衣服を正すと、ファメールは「皺になっちゃったじゃないか」と愚痴を言い、ムっとした様に眉を寄せた。
ファメールの言う通り、騒然としたものの誰もこちらを気にする様子は無く、ヴィベルはホッとしながらも無茶苦茶だと苦笑いを浮かべた。
「火事は恐らく意図的だろうね」
衣服を正しながら言うファメールの言葉に、ヴィベルは頷いた。
「ええ。私もそう思います。セキュリティが検知しないように仕組まれていたのでしょう」
ハッとして里桜は自分のスマホを確認して眉を寄せる。
「確かに、スマホに何にも通知が来てない。火災報知器が作動すれば、通知が来るはずなのにどうして?」
「何者かが家のセキュリティに侵入したとしか思えません。かなりガードを張っていたので、考えにくい事なのですが」
「こんな酷いことするなんて許せない! 一体誰の仕業なの!? 私のMINI太……」
「誰かから恨みを買うような事も無いだろうに、そこまで手が込んでいたとなると違和感しかないね」
ひょっとして、アルマゲドンやジグラート社と何か関係があるのでは、と、里桜は考えて、元凶となる三人の養父は亡くなっているのだからまさか、と、考えを否定した。そもそも恨まれるような筋合いもなければ、何の関係もないのだ。たまたま偶然エデンで出会っただけの関係なのだから……。
偶然……?
では、何故あの筐体が自宅にあったのだろうか……?
焦げ臭いにおいが辺りに充満する中、里桜は言い知れない不安にゾクリと背筋を強張らせた。
「とりあえず、今夜の宿を確保しないとですね」
「ああ。それならさっき予約しておいたよ。僕も今日からはホテル住まいにしようと思っていたからね。追加の部屋を頼んでおいたから、一旦向かおうか。設備を確認しておきたいだろう?」
ヴィベルはチラリと自宅の方に視線を向け、申し訳なさそうにファメールに頭を下げた。
「私は警察の方と話をしてから向かいます。ファメール、里桜をお願いします。まだ放火した犯人がこの近くに居る可能性もありますし、状況的に相手はかなり計算高いと思われます。里桜を危険に晒したくは無いので、早めにここを離れた方が良いと思います」
それくらい任せろと、ヴィベルに片手を上げて応えると、ファメールはスマートフォンを何やら操作し、スーツの胸ポケットへと納めた。
「一体何が目的なのかな。放火だなんて悪質過ぎる」
「キミに怪我が無かっただけ良しと思うしかない。じゃあホテルに向かおうか」
「あ、着替え……」
と、恨めしそうに燃え尽きた家屋の方向を見つめ、里桜はため息をついた。ファメールが「生活必需品も併せて準備する様に、秘書には伝えてあるから」と、にっこりと微笑んで、タクシーを呼び止めた。
高層ビルの上階を占めるという高級ホテルを呆然と見上げた里桜を「こっちだよ」と手を引き、ファメールがベルボーイに名を告げると、チェックイン用のラウンジの奥にある貴賓室へと案内された。
里桜が出された飲み物やお茶菓子を口にしている間にファメールが手続きを済ませ、カードキーを持った年配の男性ホテルマンが部屋へと案内をした。
セキュリティの利いたエレベーターが最上階へと到着すると、そのフロアに一つだけしかないドアを開き、ホテルマンが里桜とファメールに先に入るようにと促した。
室内に足を踏み入れるとだだっ広いリビングにソファやダイニングセットが二セットも置かれており、奥にいくつものドアが見えた。
……なんですか、ここは。と、里桜があんぐりと口を開けて呆然としているうちに、靴を脱いだホテルマンが室内の設備を説明して回った。
——土足の室内でなんで靴脱ぐの!?
と、不思議に思っていると、ファメールがホテルマンにチップを渡した。
「ご注文の品物は後ほどお届けに上がります」
「うん。問題無いよ。とりあえずひと月分抑えたはずだけど」
「はい。承ってございます。何かございましたらフロントまでお申し付けください」
ホテルマンがお辞儀をして立ち去る後ろ姿を呆然と見送った後、里桜はハッとしてファメールを問いただした。
「ここ、いくらなの!?」
「えーと、日本円で二百万くらいじゃないかな」
「一月!?」
「いや、一泊」
「………」
ファメールは颯爽と洗面所に向かい手を洗うと、先ほどホテルマンが案内してくれた部屋の中の設備を再点検し、電気や空調、カーテンの開閉スイッチを確認した。
「うん。問題無さそうだ。当分はここで我慢しようか」
「我慢っていうか、十分過ぎるよ! 勿体ない! 私なんかテント暮らしでもいいのにっ!」
あわあわとする里桜が可愛いなと思い、ファメールは微笑んでソファへと座った。
「キミにテント暮らしなんかさせるわけないじゃないか。ほら、座って少し落ち着こうか」
ファメールの言葉に里桜は小さく頷いた後、「あ、コーヒー淹れるね」と、準備を始めた。
なんだか余りにも高級な部屋過ぎて落ち着かないどころか頭の中が真っ白だ。
ヴィベルは今頃警察に色々と聞かれ、対応に追われている事だろう。そろそろ夕食の時間になる頃だし、お腹を空かせているだろうな、と考えると、「ぐぅ~~~」と里桜のお腹が鳴った。
ファメールがくすくすと笑い、里桜はカッと顔を赤らめて恥ずかしそうに両手を頬に当てた。
「折角高級ホテルに泊まっても、私ったら見合わないなぁ」
「何か軽いものを頼もうか」
ファメールがインターホンの受話器を取り、手慣れた様子で指示を出す姿を、やっぱりカッコイイなぁ……と、見惚れた後、ハッとして自分を見下ろした。
そもそも服装も適当なTシャツにハーフパンツ姿だ。場違いにも程がある。それに比べていつも高価そうな生地のスーツを着て身だしなみに素都がないファメールの素敵な事と言ったら……。
神々しくさえ見えるよ、と、里桜はため息をついた。
「私、ダサダサだね。参ったなぁ、こんなすごい所に来る事になるなんて思わなかったんだもん」
「ちゃんとお洒落すれば綺麗なのに。キミは宝の持ち腐れをしているだけだよ」
「まさか! だって私、彼氏だってできた事無いもん」
そういえば、里桜は女性とばかりとつるんで、女性が里桜を鉄壁のガードをしていて男性を寄せ付けないとヴィベルが言っていたな、と、ファメールは思い出した。
「モテないどころかモテモテじゃないか」
「どこが!?」
ドリップマシンが音を発し、ふんわりとコーヒーの良い香りが室内に広がる。部屋の扉が三回ノックされ、里桜が返事をしてドアを開けた。
数人のホテルマンがカットされたフルーツ。紙袋や箱をいそいそと部屋の中に運び入れて、ファメールが何やら書類にサインをし、チップを渡すと恭しくお辞儀をして去っていった。フルーツをつまみながら積みあがった箱の山を見上げて、「これ、何?」と聞く里桜に、ファメールは微笑んだ。
「キミとヴィベルの着替えやらなにやらさ。ああ、もう一部屋とってあるから安心して。後でそっちに運ばせるから、まずは着替えを済ませようか」
箱の山を眺めて、「これがいいかな」と、ファメールが一つ取り出すと、「着替えておいで」と、里桜に手渡した。
「汗でべたべたなの。シャワー借りていい?」
「ああ。勿論」
バスルームのシャワーの使い方等を簡単に里桜に説明すると、「僕も里桜の後に浴びようかな」と、バスタオルを手渡しながら微笑んだ。
「ねぇ、ファメールさん……」
「何?」
「ここ、どうしてシャワールームがガラス張りなの!? 丸見えじゃないっ!」
ケラケラ笑い、「わかっちゃったかい?」と、悪びれもせずに言うと、ファメールはバスルームの側にあるロールスクリーンのボタンを押した。
洗面所とバスタブのある部屋が全てリビングから目隠しされて、里桜はホッと胸を撫でおろした。
「きっとヴィベルは今夜一杯対応に追われるだろうからね。シャワーが終わったら夕食に行こうか」
「ヴィベルさん、ここのところずっと忙しいのに可哀想……」
里桜は簡単にシャワーを終え、バスローブに着替えると、後に入るファメールの事を考えて寝室の一室を借りてゆっくりと着替える事にした。
鏡の前で不安げにため息をつく。
レアンやアダムにも申し訳無いし、自分だけでもビルに戻り、何か手伝いをした方が良いのではないか。
優雅に夕食等取っている場合では無いのでは? と、髪を拭きながら考えた。
コツコツと、扉をノックされて返事をすると、ファメールが扉越しに話しかけた。
「レアンも心配していたからね。アダムと一緒に呼んでおいたから、皆で夕食を取ろう。だから余計な事は気にせずゆっくりするといいよ。今日は大変な思いをしたんだからね」
「わかった。ありがとう、ファメールさん」
流石、気配りにも素都が無い、と、里桜は肩を竦めた。
ファメールから渡された箱を開くとオーガンジーの黒いドレスが入っており、シンプルでゴテゴテし過ぎないながらも可愛らしいデザインだった。
ちょっと待って。これ、どうやって着るの!?
背中のファスナーを上げるのに悪銭苦闘しながら、なんとか着替えを終えて部屋から出ると、軽くシャワーを浴び終えてダイニングでコーヒーを飲んでいたファメールが振り返った。
里桜を見て困った様に笑い、鏡台の椅子に掛けるようにと促した。
椅子に掛け、鏡の中の自分を見つめると、髪がボサボサでドレスにはタグが付けられたままだった。慌ててタグを外していると、ファメールが里桜の背後からブラウンの髪を両手で優しくすくい上げて、綺麗にピンで纏めた。
ふんわりと金木犀の香りが里桜の鼻をくすぐる。
「上手!」
「僕も髪が長いからね」
「私不器用だから下手なの」
「ちょっとコツが要るだけさ」
「本当は髪も切っちゃいたいんだけど、ヴィベルさんが反対するの」
「ヴィベルがかい? どうしてさ?」
「お母さんが生きてた時、私の髪はずっと長いままでって頑なだったから。それだけはせめて守らないとお母さんに申し訳無いって言うの」
シュンと沈む里桜を鏡越しに見つめて、ファメールは金色の瞳を細めた。
恐らくヴィベルは、これ以上ボーイッシュにならないようにと気を使ったのだろう、と考えて、里桜の髪にキスをした。
「ショートカットも似合うだろうけれど、僕は里桜の髪を触るのが好きだからね。長い方が嬉しいかな」
「え?」
「あ、待って。まだ動かないで座っていてくれるかい?」
紙袋と小箱をいくつか持ってくると、ファメールは里桜に化粧を施し、赤い紅を引いた。アクセサリー類を付けて黒いレースの手袋をはめさせると、「よし」と、満足気に微笑んだ。
鏡の中の里桜は先ほどとはまるで別人のように美しく、清楚で可憐な大人の女性へと仕上がっていた。
「魔法!?」
ブルージルコンの瞳をまん丸くした里桜にファメールは微笑むと、「元がいいからさ」と、鏡の中の里桜を見つめた。
里桜も鏡の中のファメールを見つめた。プラチナブロンドの髪に金色の瞳。女性かと見間違う程に美しく綺麗なその容姿に見惚れながら、溜息をつく。
「おしゃれしたら、私も少しは皆と一緒に居て恥ずかしくないかな?」
「僕はキミと一緒に居て恥ずかしいと思った事なんて無いけれど」
「そうなの!?」
「勿論」
里桜は振り返り、鏡越しではなく直接ファメールを見つめた。ファメールはニコリと僅かに微笑むと、「信じていないのかい?」と、里桜の細い肩に触れた。
薄っすらと残る傷痕を優しく指で撫でる。
「この傷も里桜についているものと思えば美しく愛しくすら思えるからね」
ほのかな金木犀の香りが里桜の鼻をくすぐり、思わず顔を真っ赤にし、口をもごつかせた。
「どうしたのさ?」
「え? だって。緊張するよ! 言ったでしょ? 私、本当に免疫無いんだってば」
「ああ。レアンを特訓相手にしているんだっけ? 僕だと特訓相手にはならないのかい?」
「だって、レアンも女性が苦手でしょ? それなら、お互いの為にいいかなって思ったの! ファメールさんに迷惑をかける訳にいかないし……」
ファメールはツンと眉を片方吊り上げた。
「レアンといちゃつかれる方がずっと迷惑だよ」
「どうして?」
純粋な瞳で見上げる里桜の首筋にファメールはキスをした。
ひゃっ! と小さく声を上げて思わず瞳を閉じた里桜が可愛らしく、片眉を下げた。
——どうにも彼女は僕の心を揺さぶるのが得意な様だ……。
と、時計に一瞬だけ視線を走らせて、今度は里桜の項にキスをした。
「ふぁ……ファメールさん、あの!」
手袋を取り、スルリと首筋を長い指で撫でつけると、里桜がファメールの手をきゅっと握った。か細いその手が震えている。
握られた手を逆に包み込むように優しく握り返し、柔らかい唇にキスをした。舌を差し入れて甘い蜜の様な味わいを堪能する。
このくらいで止めておかないと止まらなくなってしまいそうだ、と、ファメールが唇を離すと、里桜が椅子から立ち上がり、ファメールに向き直って見上げた。
ブルージルコンの潤んだ瞳で見つめられ、思わず視線を外すと、里桜は恐る恐るそっとファメールの肩に触れた。
「私も、ファメールさんの身体にどんなに傷がついていても、全部大好きだよ」
「同情してくれるのかい?」
フンと鼻を鳴らして自嘲気味に言ったファメールの前で、里桜はふいに涙を零した。宝石の様な粒が白い頬を伝い、ポタリとカーペットの上に音を立てて落ちる。
「里桜?」
「悔しいの」
「え?」
里桜がぎゅっと拳を握りしめた。肩を震わせ、ブルージルコンの瞳からいくつも涙を零す様を、ファメールは困惑して見つめた。
「悔しくて、腹が立って堪らないの! 大切な人の身体に、心に、傷をつけられたんだもの。絶対に許せないよ! 悔しくて悔しくて堪らない。悲しくて、腹が立って仕方ない! ファメールさんが、どれほど悲しい思いをしたかと考えただけで腹が立つの!」
——僕の為に、彼女は怒っているのか? エデンで僕が高熱を出した時、服に火が付いた時、里桜は心から心配してくれた。今度は僕の為に怒ってくれているのか、と、ファメールは唖然としながら里桜を見つめた。
手の甲で零れる涙を擦る里桜の肩を掴み、強く抱きしめた。
「ごめんね、傷ついてるのはファメールさんなのに。私…」
ちゅっと、里桜の唇を塞ぎ、再び甘いキスを味わった。唇を離し、里桜の瞳にもキスをすると、自分の為に流してくれた涙の味を味わって、美しい首筋を強く吸った。赤い痕を残し、肩に、胸元にと口づけをする。
ふっと乱れた呼吸をする里桜の細い肩を抱き、膝の下へと腕を差し入れて抱き上げると、どこか罪悪感の籠ったような金色の瞳を向けた。
「逃げるなら今のうちだけれど……」
ファメールの言葉に里桜は答えなかった。代わりにうっとりとした熱い眼差しを向けるので、ファメールは困った様に微笑んだ。
里桜は恐らくまだ考えが及んでいないことだろうが、自宅が消失したということは、今後の住処について考える必要があるということだ。そうともなれば、いくら幼少期から一緒に育ったとはいえ、成人女性が血の繋がっていない男性。つまり、ヴィベルと同居するにはそれなりの理由がいるだろう。
ヴィベルが行動をとるきっかけになってしまった事は事実だ。たかがそんな事だと思いながらも、焦りが生じていることは確かで、そんな自分の考えにあざとさを感じ、ファメールは僅かに苛立った。
「それは、僕を受け入れてくれると考えて良いのかな?」
何も答えない里桜を優しく抱きしめて、ファメールはため息をつくと、彼女を抱き上げたまま寝室へと向かった。




