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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
82/169

童心

 クローゼットを開き、暫く考え込んだ後、里桜はいつもの様にボーイッシュな服装に身を包んだ。


 クリーム色のハーフパンツにゆったりとした白いTシャツ。カーキ色の小さめのリュックに財布とスマートフォン、ハンカチを詰め込むと、グレーのスニーカーを履いて家を出た。

 身体に(まと)わりつく様な湿気を含む暑さを肌に感じながら、黙々と駅への道のりを歩く。途中、公園内の小道を通過し、暑さにもお構いなしに(たわむ)れる子供たちを微笑ましく思いながら横目で見る。

 砂埃を立てながら駆けずり回る男の子達。自転車の横で数人固まって何やら楽しそうに会話をしている女の子達。

 今日も世界は平和だなぁなどと考えながら、駅の改札を通過して電車に乗り込んだ。


 電車内は冷房が効いていて、ひんやりとした風が里桜のブラウンの髪を撫でた。お昼も過ぎた頃だというのに、いつもより車内は混雑していた。夏休み中の為か、乗客の多くは家族連れが占めていた。

 里桜がつり革に捕まって立つ前には、可愛らしい女の子がシートにちょこんと座っていた。リボンのついた麦わら帽子がとても良く似合っていて、レースのついた余所行きのワンピースから、両親とどこか素敵なところへ向かっているのだろうと伺い知れた。


 数駅程通過し、電車を降りて改札から出ると、アスファルトからうだるような熱気が上がるオフィス街が広がっていた。とはいえ、アルカ達の養父の会社である、ジグラート社の本社は駅から直結したビルの上階だ。

 里桜は寄り道をすると喫茶店でアイスコーヒーを購入し、袋を腕に下げて暑さから逃げる様にエントランスへと戻り、ビルのエレベーターへと乗り込んだ。


「お。小娘じゃねぇか」

「あれ? アダムさん、出かけてたの?」


エレベーターでアダムと鉢合わせて、里桜はアイスコーヒーを一つ袋から出した。アダムはミルクとガムシロップが必須だ。それらを入れて手渡すと、アダムが早速ゴクゴクと飲んだ。


「サンキュー、丁度喉乾いてたんだ。なんかよく分かんねぇけど、会議とやらに出なきゃならなくってなぁ」

「アダムさん、社長だもんね。アルカの代役大変そう」

「ああ、めんどくせぇな。でも、カインの野郎が帰るまで、なんとかしのがねぇとな。夏休み取ってる連中も多いから、大した会議じゃねぇけどよ。おっかしいんだぜ? リモートで参加してる奴ら、ガキの声がキャンキャン聞こえんだ!」

「子供達も夏休みだもんね」

「ああ」


アダムはニッと楽しそうに笑った。


「ガキの声が聞こえっとなぁ、ピリピリしてた雰囲気が急に無くなるのな! さっきまで文句言ってた奴のスピーカーから、『パパァ、お仕事まだ終わらないのー?』なんて聞こえてくるんだぜ?」

「アダムさん子供好きなの?」

「ああ、鬱陶(うっとう)しいが嫌いじゃねぇな」


子供と一緒に夢中になって遊び、はしゃぎ過ぎて奥さんに叱られるアダムの姿を想像し、里桜はぷっと笑った。


「カインの野郎も多分ガキが好きだと思うぜ? 小娘、頑張って産んでやらねぇとな!」

「えっ?」

「小娘もガキが好きそうだよなぁ。賑やかで楽しそうじゃねぇか」


アダムはまだ会議があるのだと、途中の階で降りて行った。里桜は無言のままエレベーターで最上階まで行くと、IDカードを(かざ)して室内へと入っていった。


「里桜、外は暑かったでしょう」


レアンが笑顔で出迎えたが、俯いたままぼうっとしている里桜に、「大丈夫ですか?」と、声を掛け、里桜は慌ててパッと顔を上げた。


「あ、うん。平気。これ、アイスコーヒー。買ってきたの」

「有難うございます」

「ファメールさんは?」


里桜の差し出したコーヒーのショップロゴを見て、レアンは『なるほど、兄上が好んでいたショップのコーヒーだ』と悟った。社のコーヒーを不味いと顔を顰めていたファメールの為に、里桜はわざわざ寄り道をして買ってきてくれたのだろう。


「別室で兄上の会社とオンラインで会議中です。もう一時間以上会話しているので、間もなく戻るのではと思いますが」

「そっか、皆お仕事忙しいんだ」

「私もアダムの義肢性能についての報告書が出来上がりましたので、これから打ち合わせに入ります」

「そっか。じゃあ、私、マシンルームに行ってるね」


レアンは里桜にひざ掛けを手渡すと、「マシンルームは冷えますから」とニコリと微笑んだ。


「女性は男性よりも筋肉量が少ないので、冷えやすいのですから気を付けなくては」

「うん。ありがとう」

「冷え性は思わぬ病気や不妊を引き起こしますから」


 レアンの言葉に里桜は俯いた。手渡されたひざ掛けをぎゅっと握りしめる。


「……レアンは、子供好き?」

「え?」


何故突然そんな事を言い出すのだろうか、と、レアンは考えて、ああそうか。先ほど『不妊』がという言葉を出したからかと納得し、頷いた。


「ええ。好きですよ。里桜もいつか母親になるのでしょうから、ちゃんと温かくして身体を冷やさないようにしてください」


レアンは大きく温かい手で里桜の頭を優しく撫でた。


「では、打ち合わせが終わり次第私もマシンルームへ行きますから」

「うん。有難う、レアン」


 マシンルームへと向かい、里桜はコンソールを開いた。ヴィベルの作成したアルカの検索プログラムはサクサクと動いてくれている。

 ここへ来たからといって、何かできる訳でも無いのだが、だからといって家でたった一人で過ごすのは嫌だった。ここへ来れば、誰かしら居ると思ったからだ。まさか全員が仕事で忙しく、一人になるとは思いもよらなかったと、里桜はため息をついた。


 香木の様な甘い香りが充満する室内に、白く淡い光を放つ花が咲き乱れている。黒く無機質な四角い筐体がまるで墓石の様にいくつも連なり、咲き乱れる夢現逃花は、さしずめお供えの様だなと里桜は思った。


 ……縁起でもない。それじゃあまるでアルカが死んじゃったみたいじゃない。


 里桜はフルフルと首を左右に振って、アイスコーヒーを一口飲んだ。外の暑さが嘘の様に冷えた風が里桜の腕を撫でる。レアンから受け取ったひざ掛けを握りしめて、小さくため息をついた後、唇を噛みしめた。


「……アルカも、子供好き?」


ポツリと言葉を放って、再び唇を噛む。

 あの明るいアルカだもの。子供が好きに決まってるよね……。


「里桜」


凛とした声に呼びかけられて顔を上げると、プラチナブロンドの髪を肩に垂らし、金色の瞳を優しく向けるファメールの姿があった。


「ファメールさん、会議終わったの?」

「まあ、大した会議じゃないさ」

「お仕事はもういいの?」

「まあね。元々ちゃんと引き継いでいるんだから、向こうでやりくりして貰いたいところだよ」

「もう用事は無いの?」

「ああ、暇人さ」


と、言いながら肩を竦めてみせると、ファメールは小さくため息をついた。


「なんてね、少々野暮用で外出しなきゃならないんだ」

「あ、そうなんだ……」


しょんぼりと俯いた里桜の肩に手を回すと、「寂しいのかい?」と、ファメールは耳元で小さく囁いた。


「ファメールさんっ!」


 ドキリとして慌てて身を離した後、里桜は遠慮がちに頷いて、チラリとファメールを見つめた。


「あの、ただ、皆忙しそうだから」

「ああ、キミは一人が嫌なんだっけ?」

「うん……子供みたいで変かな?」

「どうかな。まあ、僕は一人が好きだけれど」


そういいながらファメールはスッと右肘を曲げた。


「ちょっと用事に付き合ってくれないかな?」

「いいの?」

「勿論」


ファメールの腕に手を掛けると、里桜は嬉しくなって照れながらも微笑んだ。


「どこに行くの?」

「シガーを調達にね。駅を挟んで反対側に専門店があるみたいなんだ。管理状況も大事だからね、自分の目で見て買っておきたいのさ」


葉巻の専門店なんて大人な場所は初めて行く、と、里桜は瞳を輝かせた。


 ファメールにエスコートされながらマシンルームを出ると、オンラインで打ち合わせ中のレアンの姿があった。レアンは二人に気づいて視線を向け、ファメールの腕に手を添える里桜の姿に一瞬言葉を止めた。


「ちょっと出かけてくるよ」


 ファメールのその一言に、レアンは慌ててガタリと立ち上がり、スピーカーから『Qu'est-ce qui ne va pas⁉ Monsieur Gabriel!?(どうしましたか!? ガブリエルさん!?)』と、聞こえてくる言葉を無視し、「どちらへ行くのです?」と、咎める様に聞いてきた。


「ああ、ちょっとデートにね。今日は帰らないかも」

「え!?」


里桜はファメールの言葉に驚いて声を上げたが、レアンは何とも言えない複雑そうな表情を浮かべると、マイクに向かって何やら早口で話し、端末をシャットダウンした。


「私も行きます!」

「え? でも、レアン、お仕事は?」

「終わりました。さあ、行きましょう!」


終わった、というより、終わらせたような……? と、里桜がキョトンとしていると、レアンはジャケットをサッと着て腕時計をカチリと嵌めた。

 机の上に置かれたスマートフォンがブブ…ブ、とバイブレーションし、必死にレアンを呼んでいる。恐らく強引に会議を打ち切ってしまったせいだろう。


「……冗談さ。ちょっとシガーを買って来るだけだから、すぐ戻るよ」


しまった、冗談が過ぎた、と、ファメールが苦笑いを浮かべて言うと、レアンは自分の慌てぶりに恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。


「わかりました……」


渋々スマートフォンを手に取ると、レアンは通話に出た。ファメールはクスクスと悪戯っぽく笑いながら部屋を後にし、エレベーターの中で声を上げて笑った。


「レアンも、ヴィベルの過保護が移ったみたいじゃないか」

「ファメールさんが変な事言うからでしょ!?」

「本当に、このまま二人でどこかに行ってしまおうか」

「私は別にいいけど」


どうせマシンルームに居ても役立たずだし、と、里桜が続けると、ファメールが里桜の腰に手を回してぎゅっと身体を引き寄せた。


「へぇ? いいんだ?」

「ファメールさん! 揶揄(からか)わないでったらっ!」


顔を真っ赤にしながら抗議する里桜からパッと手を離すと、ファメールは優しく微笑んだ。


「良かった。元気が無い様に見えたからね」

「あ……」


何かあったのかと聞いたところで、里桜の事だから『なんでもない』と答えて終わるだろうと考え、ファメールは里桜を元気づける為にわざと揶揄ってみせたのだ。

 スマートフォンを取り出してマップを表示させると、「行きたい店はここさ」と、里桜に見せた。


「連絡道を通って直ぐなのね」


二人がスマートフォンを覗き込んでいる時に、コール音が鳴り響いた。ファメールは顔を顰めると、プツリと電源を落とし、胸ポケットに仕舞い込んだ。


「ファメールさん、電話出なくていいの?」

「構わないさ。さて、近くだし、歩いて行くかい?」

「うん!」


 ファメールはエレベーターのボタンを、エントランスのある二階を押下し、地下駐車場へと続くB2のボタンをキャンセルした。

 正直なところ、ファメールはほんの少しの距離でもあまり歩きたがらない。特に蒸し暑い日本の夏の気候は彼にとっては不愉快でしかない。だが、里桜をこうして独り占めできる機会があまりないからか、ファメール自身、何故歩いて行こうだなどと提案したのか、いまいち納得がいっていなかったが、里桜が嬉しそうだったので、まぁいいか、と、彼女をエスコートしながらエントランスを突っ切った。


 ビルから出た途端、うだるような暑さに、早速自分の言動に後悔することになったわけだが。


「暑いねー!」

「ああ、最悪さ……」


 連絡道へと向かって歩いて行くと、沢山の家族連れの姿を見かけた。ジグラート社の入っているオフィスビルの低層階には商業施設が入っており、外の広場には人工の小川が作られていて、子供たちの水遊びができる憩いの場となっていた。

 水と戯れてキャッキャと遊ぶ子供たちの姿に、ファメールは眉を寄せた。


「……ああ、煩い」

「ファメールさん、子供が嫌い?」

「うん。大嫌いさ。騒がしいし不衛生だしね」


プイッとそっぽを向くファメールとは裏腹に、里桜は子供たちを見つめた。無邪気に遊ぶ姿が微笑ましい。こんなにも暑いのに、子供達は元気でいいな、と、里桜は思った。


「ホラ、早く行くよ。全く、ただでさえ暑いってのに、鼓膜にまでダメージを負ってしまうよ。蝉の鳴き声と一緒に最悪な大合唱さ」

「そうだ、ファメールさん、コレ」


 里桜はアイスコーヒーをファメールに手渡すと、「まだ氷残ってると思うけど、味が薄くなっちゃったかな」と、心配そうに言った。

 ファメールはコーヒーの味に煩い。しかし、里桜から手渡されたすっかりと薄くなってしまったアイスコーヒーを一口飲むと、「平気さ。ありがとう」と、更に飲み続けた。自分の為にわざわざ里桜が買って来てくれたのだと気づいたからだ。

 そんなちょっとしたファメールの気遣いが、里桜は嬉しく思っていた。


 子供は嫌いだなんてファメールさんは言ったけれど、きっとファメールさんの子供は可愛いだろうな……と、里桜は想像した。

 男の子でも女の子でも美しく育つに違いない。そしてさぞかし頭脳明晰な事だろう。


「ファメールさんがお父さんになったら、きっと子供に英才教育するんだろうなぁ」


里桜の言葉に瞳をパチクリとさせると、ファメールは小首を捻った。


「どうだろう。考えた事もないけれど。面倒だから放置かな。里桜に任せるよ」

「私に? どうして?」


クスリとファメールは小さく笑うと、「キミが産んでくれるんだろう?」と、片眉を吊り上げて言った。

 里桜はカッと顔を赤らめて、「そんなこと言ってないっ!」と、喚く様に反論した。


「そお? キミとの子なら居てもいいかなと思うけれど」

「変な事言わないで!」


丁度子供を間に挟んで両親と手を繋いで歩く、三人の親子連れとすれ違い、ファメールは苦笑いを浮かべた。


「あれだけは勘弁して欲しいね」

「どうして? 微笑ましくていいじゃない」

「捕まった宇宙人みたいじゃないか、みっともない。それに三人横並びで歩かれたら迷惑だよ。歩くのも遅いしね」


ファメールの結婚生活は想像がつかないな、と、里桜は改めて思ったが、「それでも」と、食い下がった。


「ファメールさんの子供はきっと可愛いだろうなぁ」

「どうかな。憎たらしいかもしれないよ?」


ぶっと噴き出す里桜に、「あれ? キミ、僕を憎たらしい奴だって思ってるのかい?」と、更に言うので、「思ってない、ファメールさん、自分で言ったんじゃない!」と、言いながらも肯定するように笑い続けた。


「心外じゃないか。こんなに素直な僕なのに」

「ファメールさん、止めて、お腹痛い!」


 連絡道を渡り、駅の反対側へとたどり着くと、マップ通り、目的の店はすぐに見つかった。若干変わったセンスのブティックの隣にひっそりと店を構えており、飲み切って空になったアイスコーヒーのカップをゴミ箱に捨てると、店内へと足を踏み入れた。

ふんわりとほろ苦いような香りが鼻を(くすぐ)る。ショーケース内に沢山のシガーが並べられており、一見文房具店の様にも見える。

 ファメールが店員にシガーの銘柄を注文した時、里桜は自分の服装がどう考えてもお店の雰囲気にそぐわないとハッとした。ファメールが恥ずかしく思っているのではと不安になり、思わず数歩後ずさった。


「ファメールさん、私、外で待ってるね?」

「え? 外は暑いだろう?」

「へ、平気! ゆっくり見ててね!」


 慌てて外に出た里桜を再びうだるような暑さが包み込んだ。ジリジリと鳴く蝉の声が暑さを一層引き立てる。

 ハア……と、溜息をついて、里桜は俯いた。


——私ってダメだな。ファメールさんと一緒に居て釣り合うはずなんか無いのに。ファメールさんが愛想良く振舞ってくれるから、勘違いしちゃってダサダサだよ。


 ……皆私よりずっと年上なんだもの。そりゃあ、アダムさんだって『小娘』って呼ぶよね。せめて女性らしくできればいいのに私にはできないし。


 店のウインドウに映った自分の姿から目を反らすと、里桜は俯いた。汗だくになったら、ファメールに余計嫌がられるのではと考えて、泣きそうになって唇を噛みしめた。


 そもそも誰とも付き合う資格なんかない。私は身体に傷もあるし、病の事もあるのだから……。


 すっかりと落ち込んだ里桜のカバンの中で、スマートフォンがバイブした。慌ててリュックを下ろし、電話に出ると、里桜が返事をする前に電話先のレアンが声を放った。


『里桜、良かった、何度かコールしたのですが! 兄上には全く繋がりませんし!』


ああ、先ほどエレベーターの中でファメールが電源を切ってしまったせいか、と、里桜は考えながら、珍しく慌てた様子のレアンに申し訳なく思った。


「どうしたの? 何かあったの?」

『ヴィベルから連絡がありまして、自宅が火事になってしまったみたいです!』

「……え!?」

『とにかく向かってください!』


 電話を切ると、レアンとヴィベルから着信が何度もあった様子が表示されていた。

——自宅が火事……? え? どういうこと??


「何かあったのかい?」


 店から出て来たファメールに、里桜は呆然としたまま「お家が火事だって……」と言うと、ファメールは素早くタクシーを呼び止め、里桜を連れて飛び乗った。

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