亡失
「アルカのデータが無い。だって?」
苛立った様に問うファメールに、ヴィベルは頷いた。
「レアンが見つけたのは器だけなのです。しかし、肝心のデータが存在しません。彼のデータも、エルティナ同様この筐体群の中から検索しなければなりません」
「アルカが居なければ、僕達がアルマゲドンにダイブする理由も無い」
「どういうこった? アルマゲドンの創成者はカインの野郎だろう? 創成者のデータが存在しねぇだなんて、んなことありえるのかよ」
話に割って入ってきたアダムに、ヴィベルは慌てて否定した。
「いえ。存在しないわけでは無いと思います。ただ、今は未だ見つかっていないという事です。アルカ検索の為のプログラムを組まなければ……。エルティナは、アルカのデータが見つかってからでないと復元も難しいので、一旦捜索を打ち切ります」
「分かった。ヴィベル、少し休みなよ。キミは昨夜会社からそのままここへと足を運んで、今まで作業していたんだからね。疲れも溜まっているだろう? まずは落ち着いて、話し合おう」
「では、少し片づけをしてきます」
ヴィベルがすっかり肩を落としてマシンルームへと戻って行き、その背を見送った後、ファメールは「あれ?」と、小首を傾げた。
「里桜はまだ来ていないのかい?」
「ああ。ガブリエルの奴も昨日から帰ってきてねぇぜ?」
「……え?」
「おめーが端末を小娘の所に見せに行って来いって言ったからじゃねぇのか?」
「いや、言ったけれど。それと一晩経っても帰ってこないのとは話は別じゃないのかい?」
「知らねぇよ。帰って来ねぇモンは帰って来ねぇんだ。小娘といちゃいちゃしてンじゃねぇのか?」
「クズアダムでもあるまいし、レアンに限ってそんな事あるものか!」
ムっとしたように言葉を放つファメールに、アダムは面白そうにニヤニヤと笑った。
「さーて、どうだかなぁ? ガブリエルの奴は小娘相手には拒絶反応が出ねぇ。唯一手を出せる相手って訳だろ?」
「無いったら無いねっ!! 腹立たしいから余計な事を言うなったらっ!」
「なんだ、ミシェル。おめぇ、妬いてんのか?」
「は!?」
「でも、どっちにだ? 小娘に妬いてんのか、それともガブリエルに妬いてんのか」
ファメールはアダムの言葉に目尻をぐっと吊り上げた。
「煩い!」
プイと顔を背けると端末を取り出し、コーヒーを注文した。すぐさま部屋の扉がノックされ、運ばれてきたコーヒーを受け取って啜ると、眉を顰めた。
……不味い。
一口だけ口にしてカップをテーブルの上に置くと、苛立った様にため息をついた。里桜の淹れてくれたコーヒーの方が数倍美味い、と、忌々し気にカップから目を反らした。
「ここのコーヒーは僕の口には合わないな」
「どうせドリップマシンなんだから、どこもかわりゃしねぇ……」
ドゴッ! と、アダムの肩に肘鉄を食らわせると、ファメールは涼しい顔をしてニコリと微笑んだ。
「アダム。レアンを迎えに行ってきなよ。何か問題が生じたのかもしれないじゃないか」
「ってぇなぁ! なんで俺が行かなきゃならねぇんだよっ! 」
「レアンはキミの主治医じゃないか。キミだってレアンが居ないと困るんじゃないのかい!?」
「そりゃ、困っけど……今すぐは困らねぇぜ?」
「このまま帰って来なかったりしたら困るだろう!?」
「うーん、まぁ、そうだけどよぉ。でもなんか腑に落ちねぇなぁ……」
ぶつぶつとぶーたれながらアダムはジャケットを羽織ると、「お、そうだ!」と、にんまりと笑った。
「出かけるついでに小娘にまたどっか連れてってもらうか」
「真っ直ぐ帰って来なよねっ!」
「別に遊びに行ったっていいだろ!? ここに居たところで何かできるワケでもねぇんだからよっ!」
「あれ? アダムさん、出かけるの?」
タイミング良く里桜とレアンの二人が室内へと入って来ると、里桜がアダムを見て声を掛けた。ファメールは気まずくなってふいっと顔を反らすと、不味いと評価を下したはずのコーヒーを飲み、ふぅとため息を漏らした。
「いや、ガブリエルを迎えに行こうと思ってたんだが、要らなかったな」
「ご心配をお掛けしてすみません。メールをお送りしようにも、端末が壊れていたので」
「レアンの端末修理、思ったより手こずっちゃって、朝までかかっちゃった。後はクラウドに上げたバックアップを戻すだけだよ」
眠そうに「ふあっ」っと欠伸をした里桜に、レアンが申し訳なさそうに「手間取らせてしまってすみません」と謝った。
「ヴィベルさんは? まだ作業続けてるの?」
「いや、片づけしてるぜ? つーか、おめーらなんで手ぇ繋いでやがんだ?」
何っ!? と、ファメールが二人を睨みつけんばかりに視線を向けた。アダムの指摘する通り、レアンと里桜は仲睦まじ気に手を繋ぎ、苦笑いを浮かべるレアンに対し、里桜は満足気にニッコリと笑った。
「これ? 良いでしょ。お互いの弱点克服の為なの!」
「里桜、やはりおかしくは無いですか?」
「どうして!? これが一番いいじゃない!」
「話が全く見えないんだけど」
面白く無さそうなファメールの問いかけに、里桜は照れた様に頬を染めた。
……なにさ。どうしてこのタイミングで照れるんだ? と、ファメールが不可解に思い、戸惑っていると、里桜が遠慮がちに話し始めた。
「レアンは女性が苦手でしょ? で、私も男性に免疫が無いじゃない? だから、お互いの弱点克服の為にも二人で恋人ごっこしてみたらいいかなって思ったの。そしたら、私の寂しい病も改善されて、ファメールさんにもヴィベルさんにも迷惑かけないし!」
「里桜、どうしても納得がいかないのですが……」
「そお? 名案じゃない!?」
レアンの言葉を受け入れない様子の里桜に、ファメールは苦笑いを浮かべると、コホンと咳払いをした。
「……恋人ごっこなのかい?」
「うん! そう!」
『ごっこ』なのだとキッパリと頷く里桜に、レアンが傷ついた様に項垂れた。
……放っておこう。これ以上突っ込みを入れたらレアンが不憫で堪らない。と、ファメールが思った矢先、里桜は嬉しそうにぎゅっとレアンの腕を抱きしめる様にひっついた。
それはそれはさも仲睦まじ気で、元々里桜とレアンは性格的に合うのだと突き付けられた気分で、ファメールは思わず「面白く無いな」と、小さく愚痴た。
「里桜、来ていたのですね。レアンの端末は直りましたか?」
マシンルームからヴィベルが疲れた様子で現れて、里桜とレアンのまるで恋人同士の様な様子を見つめ、シン……と、暫く間を開けて硬直した。
「……え?」
おかしい。寝不足で幻でも見ているのだろうか、と、ヴィベルが瞳を細めた時、アダムが「こいつら、恋人同士になったらしいぜ?」と、『ごっこ』を端折って言ったので、ヴィベルはサアッっと血の気が引いた。
顔面蒼白になったヴィベルの様子に、流石の里桜も何やらまずい事をしたのだと察し、苦笑いを浮かべた。
「なったってどういうことです!? 確かに昨夜は端末の件でレアンの宿泊を許可しましたけど、いや、ですが、レアンは決してそんな里桜に手を出すような性分ではないと信用して許可したわけでですね!?」
「ガブリエルも男だってこったなぁ。小娘、お前、もう処女じゃなくなったのか?」
「はぁ!?」
アダムの言葉にその場に居る全員が声を発すると、里桜はブンブンと首を左右に振った。
「アダムさん! おかしなこと言わないでっ!」
「里桜、総一朗に何と説明すればいいか……」
「お父さんに説明する必要なんてないっ! 違うの! ヴィベルさん、そうじゃなくて、レアンと私のお互いの弱点克服の為に!」
「弱点? 何のことです? 弱点克服に男女の契りが必要ですか?」
「違うってばっ! そんなことしてないっ!」
顔を真っ赤にして慌てて否定する里桜に、ヴィベルは訳が分からず、ただただレアンに対するヤキモチの感情が増幅していった。
ヴィベルは里桜と長く一緒に過ごしていたというのに、里桜にとって異性として微塵も意識されていなかったのだと再認識させられて、屈辱以外の何物でもない、と、泣きそうになった。
恐らくレアンが男性として里桜に意識させるような行動を取ったに違いない。そうでなければ里桜が絆されるものか。信用していた相手に裏切られた様な気分と、男として完全に負けたという思いでヴィベルは沸々と屈辱の思いが強くなった。
「これは一体どういう事なんです!? レアン、説明してください!!」
怒り狂ってレアンに抗議するヴィベルを見て、里桜は慌てて首を左右に振った。
「あの、だからね? 私は男性に免疫が無いし、レアンも女性が苦手だから、特訓の為に……」
「特訓? いえ、さっぱり意味が分かりませんが!」
「だから、ホントにつきあってるわけじゃないの! 恋愛とかそういうんじゃないの!」
「余計マズイじゃないですか!」
恋愛でもないのに男女としての付き合いをするとは、と、キッ! とヴィベルはレアンを睨みつけた。
レアンは怒り狂うヴィベルの気持ちも尤もだろう、と理解していたので、当惑する里桜とは違い、真剣なまなざしをヴィベルに向けた。
「レアン、ちゃんと責任を取るつもりなんでしょうね!?」
「責任、ですか?」
「結婚する気はあるのかと聞いているんですよ!!」
「え……」
レアンは顔を真っ赤にした後に僅かに息を飲み、コクリと頷いた。里桜はその横で首をブンブンと左右に振って、「無いってば!!」と、全否定をした。
「誤解なの! 付き合っても無いし、そんな男女の事だとかしてないったら!」
「では一体どういう事なんです!?」
「恋愛感情も何にも無いんだったら! 私もレアンも異性が苦手だから、免疫高める為だけなのっ! ただの練習なのっ! 特訓相手!」
里桜の言葉にレアンは再び傷ついて、どんよりと俯いた。
「特訓って……里桜……」
レアンの気持ちを理解しているヴィベルは、里桜の言い放つ言葉がいかに残酷なのかようやく気付き、レアンに申し訳ない思いで眉を寄せた。
「はぁ、何となく言っている事が分かった様な気がしてきましたが……」
「分かってくれた!?」
「しかし、レアンはそれで良いのですか?」
「里桜が望むのなら」
レアンの気持ちを知りえない里桜にとっては、何が拙いのか全く分からず、またヴィベルが何故怒っているのかもさっぱり分からなかった。
お互いの弱点克服の為なのに、何が悪いのだろうか……と、不安な気持ちばかりが浮かぶ。
「えっと、レアン。ごめんね? 私、なんか変な事しちゃったのかな。ヴィベルさんがこんなに怒るとは思わなかったの」
「私は構いませんよ。里桜のお役に立てるのであれば」
レアンの言葉にヴィベルは心底同情した。もしも自分がレアンの立場ならば、絶対に耐えられる自信が無い。想い人相手に手を繋ぐ程度で済むものか。
「そんな、針の筵じゃないですか、レアン……」
「……ヴィベル。そんなことはもうどうでもいいから、アルカのデータ喪失の件、もう少し詳しく説明してくれないか?」
サクリと冷たく言い放ち、ファメールは再び不味いコーヒーを啜った。これ以上レアンの傷を抉らせる訳にはいかない、と、助け船のつもりもあったのだろう。
里桜とレアンがその発言に「えっ」と、小さく声を発し、ヴィベルへと視線と向けた。
ヴィベルは頷き、ネクタイを緩めるとソファーへと腰かけてため息をついた。
「エルティナのデータ検索をしている中で、妙な点に気づいたんです。痕跡。つまり、別データからのリンクは張られているのに器となるフォルダが存在しない。当然、器が無ければデータも見つかりません。そこで、レアンの探し当てたアルカのデータについても疑問を持ち、調べを進めました。すると、アルカの場合は器が、まず二つ存在しました」
「……どういうこと? アルカが二人居るってことなの?」
里桜の言葉に、ヴィベルはため息をついた。
「二つと言うのも、極めて酷似している器と、アルカと全く同一の器でした。レアンが見つけたのは、その『極めて酷似している器』の方です。勿論、アルカとは別のデータであると思われます。そして、アルカと同一であろう器の方は、器までは存在しているのですが、データが存在しない。中に格納されているのはリンクのみだったのです。リンク先の解析はこれからですが、恐らくすぐには難しいと思われます」
「確かに、塩基情報と全くの一致がしなかったので妙だとは思いました」
「アルカとアダムさんって事なのかな? アダムさんが存在しているけれど、アルカは……」
不安げに言った里桜に、ヴィベルは「まだ詳しい事はわかりません」と、首を左右に振った。
「解析完了まで数週間程かかると思いますが、望みが無くなったわけではありません」
——やっぱり、私が聖剣で刺しちゃったせいで、アルカは……。
泣き出しそうに瞳に涙を滲ませる里桜に、ファメールは「心配要らないさ」と、言葉を放った。
「アルマゲドンの創成者は間違いなくアルカのはずなんだ。アルカ以外には創成なんか不可能なんだからね。そして、アダムが存在しているという事は、アルカもアルマゲドンから消えては居ないと思う。更に言えば、僕が魔術を使えるという事は、アルマゲドンという世界は確実に存在しているはずなんだ。残りのデータ検索で必ずアルカは見つかるはずだよ。アルカが見つかれば、エルティナの復元だってヴィベルから言わせれば可能なんだろう?」
「ええ。可能です」
小刻みに震える里桜に気づき、レアンが彼女の肩を大きな手で包み込む様に支えた。
「里桜、兄上もああ言っているんです。大丈夫。きっと見つかります」
——もしも見つからなかったらどうしよう……。
ドキン、ドキン、と、里桜の心臓が強く鼓動した。
里桜は立ち上がると、「私、ちょっとマシンルームに行ってくるね」と、パタパタと駆けて行った。
ひんやりとした室内へと足を踏み入れて、里桜はきゅっと唇を噛んだ。
ニッカリと笑うアルカの顔が脳裏に浮かぶ。異世界に行って心細い思いをしていた里桜に、初めて優しい言葉をかけ、手を差し伸べてくれたアルカ。
アルカは、闇の中で迷子になり、歩き方を忘れてしまった里桜を両手で支え、一歩一歩『さあ、こっちだ』と、自分にも傷を抱えながらも笑顔で進む道を教えてくれた、大切な存在なのだ。
アルカと出会わなければ、恐らく今の里桜は存在していなかっただろう。
孤立し続け、人に背を向け言葉を受け入れず、ヴィベルの事も父の事も拒絶した冷たい瞳の人間に仕上がっていただろうと思う。
「アルカ、絶対居るよね?」
夢現逃花の白い花が眩く、むせ返るような甘い香りが里桜の心を、痛みを伴う程に切なくさせる。
ぎゅっと歯を食いしばり、コンソールを引っ張り出すと、里桜はキーボードをカチャカチャと叩いた。
——隠れてるの? それとも、出て来たく無いの? それでも、例えどんな状態になっていても、絶対にアルカをこっちの世界に連れて来るんだから! レアンの言う様に、殴ってでも連れ帰るからね。ちゃんと現実世界で幸せになろうよ。ね、アルカ……
ポタリとキーボードに涙が零れ落ちた。
「……どうして、私に聖剣で刺させたの?」
里桜を現実世界に帰す為に必要な事だったとはいえ、こんな結果を里桜は望んでなど居なかった。
「一緒に帰ろうって、言ってたじゃない」
ニッと笑い、両手を広げて迎え入れてくれるアルカの姿を想像し、里桜は唇を噛んだ。
「逢いたいよ。アルカ……」
里桜はキーボードを叩く手を止め座り込むと、自らの膝に突っ伏した。




