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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
75/169

ガブリエルの懺悔

「やめろ! 母さんに触るな!!」


 叫び、暴れる私に、ガツリという衝撃と共に、甲高い耳鳴りの様な音が脳内に響き、凄まじい激痛が左耳を襲った。


「おい、商品を傷つけるな。アッシュブロンドの髪のガキなんて、高値で売れるんだからよぉ」

「悪い、ついな」

「母さん!!」


叫んだ私は、自分の声が妙な事に気づいた。いや、妙なのは声ではなく、耳だ。左耳が聞こえない……?


 両手両足を縛り上げられ床に転がされたまま、私は直ぐ眼前の台座に横たわっている母親の姿を必死に見上げた。微動だにせず、ぐったりとしたまま、見開いた瞳を閉じようともしない母は、恐らくすでにこと切れているだろうと、子供の私にも分かった。

 台座から白い手が垂れさがる様に伸び、真っ赤な鮮血が伝ってポトリ、ポトリと床に零れ落ちている。拘束された身をよじりながら、必死の思いで台座の下まで辿りつくと、男の一人に頭を足で踏み抑えられた。


「母さんに触るな……! 触るなぁっ!!!」

「うるせえ!!」


下腹部が大きく盛り上がった母は、もうじき私の妹を出産する予定だった。私はずっとそれを心待ちにし、日にちを数えては、母に「妹は自分が守る」と、兄として妹の騎士気取りで意気込んでいた。


「もう臨月なんだろう? なら、腹ん中のガキもアッシュブロンドの髪をしてるんじゃねぇのか?」

「もう死んでねぇか?」

「急いでばらせ。死んでいたって高く売れる」

「やめろ……!! 母さんっ!!」


悲鳴を上げる私の目の前で、母親の腹が割かれ、中から胎児が取り出された。男たちはそれが一般的な髪色であることを確認すると、残念そうに、まるでゴミの様にそのまま放置した。


台座の上から血が大量に滴り落ちる。


た……タタタタタ……ター……と、絶え間なく落ちて来る母の鮮血は、床を朱に染め私の顔を真っ赤に濡らした。


 私は縛られたまま、叫び過ぎた喉の痛みと左耳の痛みに耐えながら、何日間も二つの女性の遺体を見つめ続けた。喉の渇きに耐えきれなく、口元に伝ってくる母の鮮血を舐め、言葉では表し切れない程の罪悪感と自分に対する憎悪に包まれる。


 蛆が沸き、酷い臭いが発せられ、朽ちていく母と妹の様子を見つめながら、自分の死も望み、そして願った。


 守るべき人を死なせてしまった愚かな自分は、罰せられなければならないのだ、と。男たちに憎しみを向けるのと同時に己を責め、それだというのに生き永らえようと本能のままに乾いた血すらを貪る自分に絶望した。

 私はもう、人ではない。化け物なのだ。


「あいつ、愛想悪いよね」

「無視するし、感じ悪いよね」

「知ってる? あいつ、名前が無いんだぜ」

「ジャン・ピエールじゃないの?」

「言わないからそうなったんだって」


 六歳になった私は、フランスの孤児院に身を寄せていた。人身売買をしていた過激派組織が摘発され、粗末な倉庫の片隅で、真っ黒になった血に塗れた状態で保護されたのだ。

 誰とも口を利こうともせず、他人を一切拒絶していた。

 母の生き血を啜って生きながらえた私が、両親に与えられた名を名乗る権利など無い。名乗る事をしなかった私には、フランスではありきたりとなる名前を与えられたのだ。


「ジャン・ピエール。貴方の里親になりたいと言う人が来ているのよ」


 左耳の聞こえも悪く、周りとの協調性にも欠ける為、孤児院で厄介者扱いされていた私は、黙って頷きそれに従った。


……何故、無様に自分だけ生き続けているのだろうか。考える事と言えばそれのみで、他の事などどうでも良かった。


「うお! すっげぇ綺麗な髪だなぁ! ミシェルの髪を、少し青っぽくした様な感じじゃねぇか」


通された部屋で、自分と同じ位の年齢をした黒髪の少年が、無邪気に笑いながらそう言った。


「カイン。大人しく座っていなさい。君がジャン・ピエール君だね?」


 頭髪は白髪で覆われているというのに、顔立ちは中年程度といった男性が、穏やかな笑みを浮かべて私を見つめた。低い声は聴いていて心地が良く、ゆっくりとした瞬きや丁寧な言葉遣い、そして優しい眼差しに、暫し目を奪われた。

 これほどに穏やかな人がこの世に存在するものなのだと、私はその時初めて知ったのだ。聖人とは、正に彼の様な者を呼ぶのに相応しい。


「私はエルネスト。君の里親になりたいと思っているのだが、良いかな?」


私は頷くでも首を横に振るでも無く、戸惑う瞳をエルネストと名乗った男に向けた。カインと呼ばれた少年が満面の笑みを向けて前へと来ると、私の手を取って強引に握手をした。


「俺はカインってんだ! 兄弟になれて嬉しいぜ!」

「ジャン・ピエール君。早速で申し訳無いが、君は今日から『ガブリエル』だ。私は君をそう呼ぶからね」


 何でもいい。好きにすればいい。どうでもいい。

 母も妹も守る事一つできなかった自分など、ただの役立たずに過ぎない。

 聖人に聖名を授かったというのに、私はただ虚ろに瞳を伏せて口を閉ざした。


 あの事件以来、自から言葉を発しようとも、まして、人と視線を合わせようともせずに、何もかも言われるがままにしていた。忠実に、ただ言われた事にだけ従い動く。意思などひとつもない。まるで自分の肉体すらも放棄しているといっても過言ではなかっただろう。

 当然の如く、周囲からは気味悪がられ、『ファントム(幽霊)』と呼ばれていた。そんな者を里子として受け入れるのだから、エルネストという男は随分と物好きな男だ。


 エルネストの邸宅には、カインの他にミシェルという名の少年が同じく里子として引き取られていた。と言っても、その邸宅にエルネスト自身は住んではおらず、彼は別に住居を構えており、里子たちの邸宅に足繫く通っているような状況だった。

 邸宅には里子の三人だけしか住んではおらず、広すぎて余る程の立派な住居だった。定期的に訪れるエルネストを迎え、買いこまれた食料や生活用品を元に自分達でやりくりする生活。カインもミシェルもまともな料理をしようとしなかった為、料理担当は私が行う事となった。


 いつも適当で散らかしてばかりのカインの代わりに片づけをし、すぐにその辺で眠ってしまうカインに毛布を掛けてやったりと、私はカインの世話役の様だった。ミシェルはその様子を見ても何もせず、我関せずといった具合だ。


 私は相変わらずただ黙々と、一日一日を機械の様に過ごしていた。毎日時間割通り、一分の狂いもなく同じ時間に目を覚まし、同じ時間に食事を摂り、同じ時間に眠るのみ。人と関わる必要など無い。口を利く必要もない。目的は何もない。ただ『生きている』だけだ。

 なぜ生きている。私だけが。何故……。そんな疑問すら、もうどうでも良くなっていた。与えられたレールの上を歩く。それ以外の事は何もしない。自分から発する必要も何もない。


「ガブリエル」


エルネストはことあるごとに私を呼んだ。


「ガブリエル」


 耳の不自由な私に聞こえるまで、何度も。声を荒げる事も無く、穏やかに何度も。返事をせず、ただ彼を見つめて頷くだけの私の為に、何度も、だ。

 根気強い人だ。そう思うと共に、『何故か』という疑問が湧いた。


 何故、この人は私を呼ぶのか。


 聞こえなければ叩いたり、殴ったり、蹴飛ばしたり、物を投げつけたりして知らせればいい。皆そうしてきたのに、何故彼はそうしないのだろうか。


「エルネストさん」


 珍しく口を開いた私に、彼は瞳を細め、穏やかに「なんだね?」と、低く落ち着いた声色を発した。私は久方ぶりに聞く自分の声に違和感を覚え、再び口を噤んだ。だが、エルネストはじっと私が次の言葉を発するまで静かに待った。ただ優しく私を見つめて。


「……どうして、私を呼ぶのですか?」

「呼びたいから呼ぶのだよ。ガブリエル」

「何故、呼びたいのです?」


私の問いにふっと笑うと、「さぁて、愛しい子の名は何度だって呼びたくなるものだろう」と、大きな手で私の頭を優しく撫でた。暖かく、大きな手。殴られると思い、僅かに身を強張らせた自分が恥ずかしくなる程に優しいその手に、私は思わず触れた。


「どうした? 撫でられるのは嫌だったかね?」

「いえ。余りにも心地が良いので、何か魔法の手なのかと」


 エルネストはフム、と頷くと、自らの両掌を私の前に差し出して見せた。

 大きく、力強く、肉厚な彼の手は、ところどころ皮が厚くなっており、よく使いこまれた道具として身体の一部に備えられた、正に神から与えられた神聖なものの様に思えた。


 エルネストは敬虔なクリスチャンだ。本当に不思議な力が備わっていたのだとしても、妙に納得してしまうのは、彼の温厚な人柄も相成っているのだろう。


「まるで傷を治癒する魔法でも備わっている様です」


 純粋に羨ましく思った。彼の様な手を持っていれば、私は母と妹を守る事ができたのかもしれない。


「治癒か。なるほど。『手当』と、東洋では傷を治す事を言うのだそうだ。わかるかね? 痛みを緩和する為には手を当てる。頭を撫でれば……そうだな、心が癒されたりすれば良いな。そうなれば、皆幸せになれるとは思わないかね?」


私は彼の言葉を頭の中で反芻(はんすう)しながら自分の小さな両手を見下ろした。か細い小枝の様な指をガッカリとして見つめる。


「『手当』に、手の大きさは関係ありますか?」


そう言った私に彼は微笑むと、「そうだね」と、頷いた。


「沢山食べて、大きくならねばね、ガブリエル。お前は体が小さい。いつも遠慮して人の側から離れ、一番後ろを歩くので、孤児院では残った僅かな食事しか口にできなかっただろう。沢山食べ、大きな手になり、皆の『手当』ができる人になるのだよ」

「……なれますか?」

「勿論だとも。ガブリエル」


低く優しい穏やかなエルネストの声を聴き、私を見つめる眼差しを見上げ、せっつく様に私は言葉を放った。


「罪深い私にもなれますか?」


いつの間にか、私は頬を涙で濡らしている事に気づいた。優しく瞳を細めて頷いたエルネストに、まるで決壊したダムの様な勢いで母と妹の事を話した。彼に話せば、私の罪を償う道が見つかる、そんな気がしたのだ。


「エルネストさん。赦しを乞うことすら烏滸(おこ)がましい私が、罪を償うにはどうすべきか、道があるのならば教えてください!!」


エルネストは再び大きく温かい手で私の頭を優しく撫でた後、両手を肩の上に包み込む様に置いた。


「そうか。ガブリエル。お前の中で、母と妹は生きているのだね。私にはお前に罪は感じずとも、お前自身が償いたいと思うのならば、それでも良い。お前と母と妹と、三人で他人を癒すのだから、それはきっと素晴らしい力になるはずだとも。神は必ず、お前に力をお与えくださる」


細く弱々しい自分の手を見つめながら、私はエルネストの言った言葉を何度も自分の中で繰り返した。私の中に母と妹が生きているのであれば、その分、生きて罪を償うべきなのだと己を戒めた。


 その時から、私は医師を目指したいと思う様になった。例え守る事ができなくても、癒す事ができたのならば、それは『守る事ができた』のだと言えるのではないか。これから先、二度と母や妹の様に救えるはずの命を見殺しにだけはしないように。


「なぁ、ガブリエル。俺さぁ、気になる子がいるんだよなぁ」


 十二歳になった頃、カインが突然そんな事を言ってきた。


「花屋のエレーヌちゃん。優しいし、すっげーかわいいし」

「……バカみたい」


隣で聞いていたミシェルが本を閉じ、ため息交じりにそう言って立ち上がったので、カインはふくれっ面で反論した。


「オレが誰を好きになろうと、ミシェルには関係ねぇだろ!?」

「まあね。全然関係ないさ。キミ、年上好きなのかい?」

「いや、そういう訳じゃねぇけど……。かわいい子は皆好きだ!」

「ああそう。でもおあいにく様。そのエレーヌは確か最近婚約をしたはずだよ」

「は!? 彼女はまだ十六歳だろ!?」

「色々理由があるんだろう。あまり裕福な家庭環境でも無さそうだしね。それに、確か彼女はガブリエルを気に入っているのだと思ったけれど」

「……へ?」


灰色の瞳をひん剥いて私に向けるので、私は慌てて首を左右に振った。


「私は、そういう事に興味はありませんから」

「じゃあなんでエレーヌちゃんはガブリエルを気に入ってんだ!? 何もしてねぇのに気に入られるとか、んなことねぇだろ!?」

「知りません! 大体、花屋は学校に行く時に通り過ぎるくらいで、その人に面識もありませんし」

「お前さぁ、美女くらいチェックしろよ!」


 カインに強引に連れられて、そのエレーヌという少女を遠目に見せられた。カインは照れた様に顔を赤くしながら、「な? 美人だろ? めちゃんこ美人だろ?」と、私に同意を求めた。艶やかな栗色の髪に、瑪瑙の様な神秘的な色の瞳。彼女はカインと私に気づくと、ニコリと遠慮がちに微笑んだ。

 カインの言う通り、彼女を美しいと私は思った。だが、だからどうという事は何も無い。私から声をかける様な用事も無ければ、何の接点も無いまま月日は過ぎて、カインがエレーヌの話題を口に出す事もほとんど無くなっていった。


「さて、そろそろ皆に私のプロジェクトの手伝いをしてもらおうと思う」


 ある日、いつもの様に邸宅に足を運んできたエルネストが、そんな事を口に出した。カインは何やら思うところがあった様で、絶句し、驚愕の瞳をエルネストに向けていた。

 押し黙るカインの代わりにミシェルは本を閉じ、エルネストに承諾した様に頷いて見せた。


「エルネストさんが言うなら従うよ」

「何をすれば良いのです?」


 ミシェルに続いて声を発した私を優しく見つめ、エルネストは頷くと、「入ってきなさい」と、ドアに向かって声を掛けた。「失礼します」と遠慮がちに声が放たれて、ゆっくりと開かれたドアから姿を現したのは、エレーヌだった。唖然とする私を他所に、エレーヌは自己紹介をし、「今日から皆のお世話を致しますので、宜しくお願いします」と、深々と頭を下げた。


「……どういうことです?」

「彼女は暫くここで君達の世話役をするのだよ」

「何故彼女なのですか? 世話役というにはまだ若すぎるのでは?」


 抗議する私とは裏腹に、カインは俯き押し黙ったまま言葉を発しようとはしなかった。いつもなら、こんな時に一番に養父に口答えするのはカインのはずだというのに、と、私は違和感を覚えた。そう感じたのはミシェルも同様であったらしく、カインを一瞥した後にため息交じりに私の抗議に加勢した。


「世話役なんか、今更不要なのに一体どういうつもりか理解できないな」


エルネストは肩を竦めると、「君達、プロジェクトの手伝いをしてくれると言ったばかりだろう」と、困った様にため息をついただけで、それ以上の事は何も語らなかった。


 エルネストが帰宅し、ぎこちないながらも四人での生活が始まった。

 しかし愛想がいいはずのカインはエレーヌを避ける様に家に居る時間が短くなり、私は特にこれと言って何か特別な事をするでも無いまでも、エレーヌの仕事を手伝った。ミシェルは相変わらず我関せずといった具合ではあったものの、エレーヌに警戒する素振りをとっていた為、彼女が作る食事には手をつけない事が多かった。

 プロジェクトの手伝いと言われ身構えた割には、エレーヌが来た以外は何の変わりも無く、月日だけが平和に過ぎていった。カインはどんどん留守がちになり、夜ですら家に帰らない日もあったが、いつも軽いノリの彼の事だから、どうせ遊びまわっているのだろう。

 ミシェルは自室に籠り天体観測や本を読み漁り、邸宅に居てもリビングにはほとんど姿を見せなかった。


「私、家が貧しくて。それで、エルネストさんの所でこうして働く事になったの」


ある日、皿を洗いながらエレーヌがポツリとそんな事を話した。私は彼女の隣で皿を拭きながら、黙って耳を傾けていた。エレーヌは、私の左耳が不自由である事を知っていたので、会話をする時は必ず右側から話しかけてくれていた。


「エレーヌ、顔色が優れない様ですね。後は私がやりますから、貴方は休んでいてください」


エレーヌを気遣ってそう言った私に、彼女は慌てて首を左右に振った。


「平気よ! 全然大丈夫だから」

「いいえ、駄目です」


強引に皿洗いを代わろうとした私に、エレーヌは悲しそうな瞳を向けた。


「ちゃんと仕事をしなきゃ。ここを追い出される訳にはいかないわ」

「休んだくらいで追い出されなどしませんよ」

「でも、ミシェルは私の作った食事を食べてくれないもの。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないわ」


頑なに休むことを拒否した後、エレーヌはため息交じりに言葉を吐いた。


「……私。病気なの」

「え?」

「ドナーも見つからないし、そもそも医療費が高すぎて払えないわ。数年後にはお墓の中。婚約も解消よ」


私はエレーヌを見つめた。エレーヌは嬉しそうに微笑んで、「ガブリエルが私をちゃんと見つめるのは初めてね」と、瑪瑙の様な瞳を向けた。


「お腹に、ね。子供がいるの。産めるかもわからないわ」


その発言に、私はゾクリと鳥肌を立てた。脳内に浮かぶ母と妹の亡骸を必死に追い出し、私はエレーヌを見つめた。


「ちょっと待ってください。その事をエルネストさんはご存じなのですか?」

「……ええ。ここで皆の世話係をしたら、万が一の時の費用は負担してくださるそうなの。私の家は兄弟も多くて迷惑をかけられないから、とても助かるわ」

「何故婚約を解消したのです!? もしや病気だからといって……?」

「違うの! 私の方から申し出たことなのよ。彼に一生引きずって欲しくないから。妊娠したことも伝えていないわ。彼は全然悪くないの!」


元婚約者を必死に庇い、「彼、凄くいい人なの。だから私の事なんか忘れて生きた方が幸せに決まっているわ」と無理に笑顔を取り繕うエレーヌが不憫で堪らない。


「……カインや兄上は知っているのですか?」


首を左右に振り、エレーヌは皿を洗い終えると、エプロンで手を拭いた。


「私と、ガブリエルだけの秘密にしてくれないかしら? 腫物扱いだなんてされたら、私、居場所がなくなっちゃうわ」

「何故私に?」

「お医者様を目指しているのでしょう? だからかな、ガブリエルは私を良く観察しているもの、遅かれ早かれバレちゃうかなって思ったの。だから、ね。お願い。皆には内緒にしていてね」


 カインやミシェルが知ったのなら、恐らく養父に異議を唱え、エレーヌをこの邸宅から追い出す事になるだろう。だが、二人とも、エレーヌに干渉する事はほとんどない。私さえ気を付けて気遣ってやれば、彼女の負担を軽減し、このまま仕事を続ける事も可能かもしれない。


 腹部が目立つ頃には安定期にも入っているはずだ。そう考えて、溜息をついた。


「……分かりました」

「有難う! やっぱり優しいのね」

「何か、私にできることはありますか? エレーヌの支えに少しでもなれるように協力させてください。絶対に、無理はしないように」

「ありがとう。ガブリエル。貴方はその名前通り、天使の様に優しいのね。知ってる? 聖マリアへの受胎告知をしたのは、大天使ガブリエルなのよ。貴方が側に居れば、この子も無事に産んであげられるかもしれないわ」


そう言って微笑んだエレーヌは、聖母マリアの様に慈愛に満ち溢れ美しいと思った。


 今思えば、里桜は彼女に似ている。だからだろうか、痛みを伴うほどに心が揺さぶられ惹かれるのは……。

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