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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
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風煙

 里桜に追い出され、ヴィベルとファメールの二人はコーヒーを啜りながら、お互い沈黙のままリビングのソファに腰かけていた。


 ヴィベルがチロリとファメールを見つめた。自分よりも数段頭も良く、誰もがほぅっと唸る程の美青年で、世界中でも珍しいプラチナブロンドの髪を持つこの男に自分が敵うはずが無い、と、肩を落とす。


「なにさ? 言いたい事があるなら言いなよ」

「あ、いえ、何も……」

「里桜はFカップよりありそうだよ」


ぶっ! とコーヒーを吹いて、ゲホゲホと咽るヴィベルを見て、くすくすとファメールが笑った。


「一緒に住んでて知らなかったのかい? キミはなかなかに奥手だしウブだね」

「ファメール、キャラ変わってませんか? エデンではあれほどに女性を毛嫌いしていたというのに!」

「毛嫌いというか、忙しかったから邪魔以外の何者でも無かったね。次から次へとひっきりなしに来るんだから」

「現実世界でもさぞおモテでしょう!?」

「……ああ。まあね。うんざりさ」

「では里桜に妙な事をするのは止してください!」


怒りを露わにして喚くヴィベルを、ファメールは面白可笑しそうに見つめた。


「彼女は特別さ」

「では、やはり里桜の事を?」

「まさか。面白いからに決まっているじゃないか」

「揶揄うのは止してくださいと言っているんです! 貴方が思っているよりも里桜はずっと純粋なのですからっ!」

「お断りだね」

「いい加減にしてくださいっ!」


バスン! と、頭の上から湯気を出しながら顔を真っ赤にして怒るヴィベルに、ファメールはケラケラと笑った。


「キャラが変わったという点では、キミに勝る者はいないんじゃないかな。異世界でのキミはもう少し落ち着きがあったと思うんだけれど」

「貴方に翻弄されているだけでしょう! 楽しんでいませんか!?」

「ああ、面白い玩具だね。キミも里桜も」

「こっちはちっとも面白くありませんっ!」

「成程、里桜を揶揄うとキミの事も同時に揶揄う事ができるのか。これは面白いね」

「ファメール……!」


悪びれもせずに微笑むと、「シガー、いいかい?」と、シガレットケースから葉巻を取り出した。


「キミだってそれなりにモテるんじゃないのかい? ああ、里桜が結婚するまでキミも結婚しないんだっけ?」

「ええ。私は保護者として見守ると決めたんです」

「だからかな」


ファメールは人の悪い笑みを浮かべ、葉巻をカットし、色っぽく火をつけた。つけ終わって浅く吸い、味わいを楽しむと、金色の瞳でヴィベルを見つめた。ふんわりと燻製の様な香りが室内に漂う。


「里桜はキミに対しての警戒心が全く無いよね。確か襲い掛けたって聞いたのに、今のキミと彼女はまるで兄妹の様に仲良しじゃないか」

「襲いかけたは誤解です!」

「へぇ?」

「過って暴力を振るってしまった事には違いがありませんが」

「どうしてそんな誤解が生まれるわけさ?」

「元々兄妹の様に仲は良かったんです。母親の事件のせいもあって、ぎくしゃくしてしまっただけで。わだかまりのある中で手が顔に当たれば、襲われたとも思うでしょう」


 ——それに、寝起きだったし……

 と、ヴィベルは頭の中で続けながらコホンと咳払いをした。


「それにしても、彼女は男性に対して無防備過ぎる。あの状態で外に出すのはまずいんじゃないかな」

「だから、言ったでしょう。里桜は純粋過ぎるんですよ。高校生活もほとんど習い事ばかりで友人と遊ぶ時間がありませんでしたし、転校後は酷いいじめに遭っていましたから。大学に上がってからも女性ばかりとつるんでいますし、それに何故か女性にもモテるのですよ。ですから、友人達が里桜にはやたら過保護で、お陰であのような感じに」

「確かに、前からボーイッシュな部分はあった様に思えたけれど。車の趣味といい、家の特異な事情といい、あらゆるものが彼女をあんなふうに仕上げたというわけか」

「友人と遊びに行くとなると、男性顔負けに完璧なデートプランを組み上げるのですから。バレンタインデーになるとチョコレートを山ほど持って帰るのですよ。更にコンピュータにまで得意になって、友人宅でやテレビの接続は勿論ネットワークの構築、ちょっとした機械の修理までしてしまうのですから、その辺の男性よりもずっと魅力的なのは頷けます」

「せめて女性らしい服装でもしてくれればいいんだけれどね」


ヴィベルはファメールの言葉に項垂れると、「私の言う事なんか訊きませんよ」と、ため息をついた。


「母親を亡くした後、里桜は女性らしい衣類を全て捨ててしまいましたし」


ヴィベルの言葉にファメールは「どうしてさ?」と、小首を傾げた。


「制服が切り刻まれてしまった事も起因するのでしょう」

「制服が? 虐めのせいでかい? そんなの訴訟問題じゃないか」

「そういった行動に出られる程、虐められた側の気力は残っていないものですよ。そもそも虐められたという事実を隠したいのですから」


ヴィベルはため息を吐くと、「以来、スカートを穿きたがらなくなりました」と悔し気に拳を握り締めた。


「女性らしくすると虐められるとかかい?」

「思春期の過敏でいて、まだまだ幼い思考の少女達が、自分達の自尊心を必死に護ろうとしている中、見目麗しい里桜に敵対心を抱くのは当然なのかもしれません」


なるほど。それでエデンに来た時も雰囲気がボーイッシュだったのか、と、ファメールは納得した。女性だと発覚した後も動きやすいからと理由づけをして、男性物の服ばかりを身に着けていたのもそのせいなのだろう。


「何にせよ、里桜は純粋なのですから、揶揄うのは止してください! 結婚前の女性なんですからね!」

「何言ってるのさ? 結婚した後に肌が合わないなんて事が発覚したら、それこそ一大事じゃないか。今時結婚まで貞操を守るだなんて、キミ、どこの宗教信仰してるんだい?」


ヴィベルはカッと顔を赤らめると、慌てて椅子から立ち上がりファメールを睨みつけた。


「それは、里桜と結婚する気があると言っているのですか!?」

「は? まさか。ガードが固すぎるのはどうかって話だよ。僕が彼女とどうこうだなんて考えてなんかいるわけないだろう」

「ファメール! 何度も言いますが、私は里桜の保護者なのですから!」

「あのねぇ。日本は形式に拘り過ぎているんだよ。結婚だなんて、紙切れ一枚の事に過ぎないじゃないか。フランスだと結婚しないで子供を産む事実婚なんてざらな話さ。六割以上がそうなんじゃないかな」

「フランスがどうだとかどうでもいいんです! 里桜に限っては絶対にダメだと言ってるんですっ!」


 鼻息を荒くして怒り狂うヴィベルに、ファメールはツンと片眉を吊り上げて葉巻を浅く吸い、ふわりと煙を吹いた。あからさまに小ばかにされているというのに、その姿が妙に美しく、つい口を噤んでしまう自分にヴィベルは情けないとため息をついた。


 パタパタと階段を下りて来る音がし、リビングのドアが開かれた。大き目のTシャツにカーゴパンツといった姿に着替えた里桜が、ブラウンの髪を無造作に後ろに三つ編みをして現れたので、ファメールは苦笑いを浮かべた。


「キミさ、もう少しお洒落したらどうなのさ? これじゃあ僕の方が女性みたいだよ」

「あー、それ、エデンでも同じ事言われた!」

「昨日買った服が届くまでは我慢するか」

「え? 着るの? 普段着で?」

「……何のために買ったんだと思ってるの?」


申し訳無さそうに苦笑いを浮かべる里桜を見つめ、ファメールは葉巻を浅く吸い、フゥーっと煙を吐いた。里桜は瞳をまん丸くして興味深そうに葉巻を見つめた。


「なにそれ、葉巻って初めて見た! かっこいい! 甘い良い匂いがするのね、知らなかった!」


 里桜の脳裏には『ヘイ!』と、良く分からない金髪で筋肉質な男が、アメ車に肩乗りで葉巻を咥えながら現れる不可解なシーンが想像されていた。

 瞳を輝かせて、さも憧れの品でも見つめる様子に、なんとなく里桜の思考はくだらなそうだな、と、ファメールは思いながら「吸ってみるかい?」と、差し出した。


「うん!」

「肺に入れちゃダメだからね」

「里桜、体に良くないですよ!」

「少しだけ!」


ファメールから葉巻を受け取り、僅かに吸い込んだ里桜は、豪快にむせ返った。


「だから肺に入れたら駄目だって言ったじゃないか」

「言わんこっちゃない……」


涙を浮かべながら咽る里桜の背をヴィベルが慌てて撫でて、里桜の手から葉巻を取り上げてファメールへと渡した。


「うええ。舌が変な感じがするー。ファメールさん、味覚無くなっちゃうよ?」

「そう?」

「大人の嗜みはまだ早かった。お酒はいけるのにな」

「里桜はかなりの酒豪ですからね」


ファメールが再び葉巻を浅く吸った。窓から差し込む日差しにプラチナブロンドの髪が輝き、長く伏せられた睫毛から見える金色の瞳が美しく、里桜はつい見惚れた。


 ——なんだか、同じ人間とは思えない程綺麗な人なのに、私ったらさっきこの人に胸触られたんだよね……。ファメールさんにとってはただ揶揄ってるだけなんだろうけど、それでもきっと揶揄われたい女性は沢山居るだろうなぁ。っていうか、彼女居ないのかな? それより、結婚してないのかな? 実は奥さんも子供も居たりして……。居ても全然不思議じゃないよね。むしろフリーで居る方がずっと不思議だもの。


 じっと見つめる里桜に気づいて、ファメールが小首を傾げた。


「何? まだ吸いたいの?」

「ううん! そうじゃないよ! あ、コーヒー、冷めちゃったでしょ? 淹れ直すよ」

「いや、もう結構だよ」


ファメールに見惚れる里桜を気まずい思いで見つめた後、ヴィベルは小さくため息を吐いた。


「里桜、私は会社に行って来ます。夕方には帰りますので、アダムの所で合流しましょう」

「え? ヴィベルさん、今日お休みじゃないの?」

「社で少し調べたい事がありますので出社してきます」

「ごめん、もっと早く起きれば良かった。朝食が」

「大丈夫です。いつもありがとうございます」


ヴィベルはネクタイを締めなおすと、上着を羽織り、腕時計のバンドをカチリと締めた。そしてハッとしたようにファメールを見ると、「里桜におかしな真似をしないでくださいね!」と、念を押す様に言った。


「キミはそればかりだね」

「当然です。私は里桜の保護者なのですから」

「歳の差十歳か。ふ~ん、なるほどね」

「何か問題でも?」


ムッとした様にファメールを見つめるヴィベルに、ファメールはフッと笑った。


「何の問題も無いよ。キミは保護者なんだろう?」

「何が言いたいのです?」

「家族愛ねぇ」

「悪いですか?」

「別に、悪いとは言ってないさ」


二人のやりとりに里桜は小首を傾げながら、コーヒーカップを片付けた。ヴィベルはファメールの挑発に苛立って、「何です!?」と、眉間に皺を寄せた。


「何も? 薄っぺらだと思っただけさ」

「薄っぺら?」

「そう。薄っぺらな関係だね」

「バカにするのは止してください。私は貴方よりも里桜と過ごした時間が長いのですから!」

「保護者だから仕方なく?」

「違いますとも!」

「でも、家族愛なんだろう?」

「何が言いたいんです!?」

「全く女性扱いしてもいないって事なんだろう? だから彼女はああなんだ」

「そうじゃありません! ()()()()()()()()()よ!」

「……ふーん?」


ニヤニヤと笑うファメールにヴィベルはハッとし、サァーっと青ざめた。恐る恐る里桜に視線を送ると、里桜はコーヒーカップを片付けてキッチンから戻って来て、「どうしたの? ヴィベルさん、遅刻しちゃうよ?」と、ケロリとした調子で言ったので、ヴィベルとファメールがガクリと項垂れた。


 テーブルの上に置かれたファメールのスマートフォンが震動し、やれやれといった風に電話に出ると、フランス語で会話を始めた。ヴィベルは苦笑いを浮かべながら、「では、行ってきますね」と里桜に言い、「いってらっしゃい! 気を付けてね!」と里桜は笑顔で見送った。

 電話の応答をしながらファメールは横目でその様子を見て、夫婦さながらじゃないか、と、ツンと片眉を吊り上げた。


 リビングの吹き抜けから差し込む日差しに瞳を細めて、ブラインドの開閉スイッチを入れると、思い出した様に掃除ロボットも起動させ、里桜はファメールが電話をしている間にサッと部屋の掃除を開始した。


「家政婦を雇っているんじゃないのかい?」


電話を終えたファメールが小首を傾げてそう言ったので、「できる事くらいはやっておかないと」と、里桜はテーブルを拭き始めた。ファメールは微笑み、掃除をする里桜を眺めた。


 ファメールの視線を感じ、里桜が瞳を上げると、「どうしたのさ? 続けて」と、促されたので、やりづらいなと思いながらも掃除を続けた。

 ふんわりと部屋に漂うアロマオイルの香りがファメールの鼻を擽る。背伸びをし、高い棚の上の埃を払おうとする里桜の手を掴むと、代わりに掃除をした後にふきんを里桜に返した。


「ありがと……」


 ——うっわ。ファメールさんてば家庭的な様子が似合わない……。

 と、思いながらも、だからこそ余計にドキリとさせられるファメールの行動に、里桜は申し訳なさそうにお礼を言って掃除を続けようとした。


「……里桜、レアンからの電話でね。今から昨日のビル。ジグラート本社に行かなきゃならない」

「あ、じゃあ私も行くよ。先に行ってヴィベルさんを待ってればいいもの」


 ファメールは里桜を背中から抱きしめた。里桜は瞳を白黒させてドキドキしながら「えっと、ファメールさん?」と、問いかけた。


「キミをアルマゲドンに関わらせたくないな……」

「ど、どうして?」


 ファメールは小さくため息をついた。

 ——アルカに再会したのなら、里桜はアルカだけのものになってしまうだろうな。

 と、考えて、それを口にはせずに「さあ?」とはぐらかして、里桜の首筋にキスをした。


「頼みがあるんだけど」

「な、なに?」


 里桜はドキドキとしながら聞いた。全くもって男性慣れのしていない里桜にとって、ファメールの行動一つ一つにすぐに心臓が反応する。呼吸の仕方を忘れ、息苦しくなって里桜はしゃがみ込んだ。


 スーハーと深呼吸をしながら胸を抑える里桜に、ファメールが小首を傾げた。


「どうしたのさ?」

「えーと、ファメールさんと居ると心臓がもたない……」


クスリと笑うと、ファメールもしゃがみ、里桜の頭を優しく撫でた。


「キミがウブ過ぎるんだよ」

「そうかなぁ……」

「もう少し慣れたらどうかな」


 ——ファメールさんがかっこよすぎるような……

 と、里桜は困った様に微笑んだ。


「それで、頼みって何?」

「うん……それがね、すごく嫌なんだけれど」


ファメールが項垂れて、それはそれは大きなため息をついた。


挿絵(By みてみん)

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