ダミー
「兄上、どういう事です?」
レアンが眉を顰め、ファメールに問いかけると、ファメールはコクリと頷いた。
「画面のカウンターとアダムのカウンターはリンクしていたのさ。しくじったね。完全にネットワークから遮断していた様で、アダムの義手が中継点になっていた。カウンターなんてものはいい目くらましさ。それそのものには大して意味も成さないというのに、まんまと翻弄されたってことさ」
「目くらましだとぉ?」
アダムが慌てて自分の義手をじっと見つめた。
「システム『アルマゲドン』から発せられた命令が、そのカウントが0になる2026年11月13日に、軌道衛星『メギド』で実行される。つまり、もう既に命令は発信済みだって事さ。そして現在進行形でじわじわと世界の浸食は進んでいる。以前よりも僕の魔力が強くなっているからおかしいと思ったんだ」
ファメールが苛立った様に金色の瞳を細め、口を噤んだので、ヴィベルがファメールの代わりに言葉を発した。
「……軌道衛星からの実行プログラムが何なのかまではこの筐体からは分かりません。ですが、もう一つ分かった事があります。世界の浸食も、軌道衛星への命令解除も、アルカの意思ですべて止める事ができるということです」
ファメールは頷くと、ぎゅっと拳を握りしめた。
「軌道衛星からの命令なんて、嫌な予感しかしないけれど、注目すべきはそこじゃない。こうして浸食が進んでいるという事自体がまずいんだ。厄介なのは、アルカがアルマゲドン身を置いていることさ。お陰でこの筐体を今すぐ破壊しようにもできやしない」
里桜は「え?」と、小さく呟いて瞳を見開いた。思わずアルカが居るであろう黒い筐体へと視線を向ける。
——アルカはこの筐体の存在を知っていた。アルカの意思で止める事だってできるはずなのにそれをしないのは、一体どうして……?
「兄上、アルカが悪い方向の事を考えるとも思えませんが」
「わからない。だって、今このカウントは止まっていないじゃないか」
アダムの義手に表示されているカウントが音も無くダウンされた。その場に居た全員がそれを見つめ、アダムは困った様に眉を下げた。
「こいつを壊したら止まるのか?」
「もう遅いよ。命令はとっくに発令済みなんだからね。しかも、発令は今朝。キミがロケットパンチとやらを飛ばした辺りだろうさ」
ファメールは舌打ちしながらも、一体何をしようとしているんだと、養父の理解不能な闇に鳥肌を立てた。レアンも口を噤み、焼けただれた自分の手に視線を落とした。
「どういうことなの? ひょっとして、アルカは全て知っていて異世界に残ったのかな?」
「その可能性は十分にあり得るね。ああ見えてただのバカじゃないから。何故カウントダウンが止まらないのかはわからないけれど」
アルカはいつも自分を犠牲にし、大切な者達を守ろうとしていた。もしも今アルカが戻れない理由も同じであるならば。自分達を守ろうとしてくれているのであれば、どんなにか無理やりに事を為そうにも頑なに拒絶するだろう。
いつもの様にニッと笑い、まるで自分が全ての元凶で、罪を背負う為に生まれてきたかの様に、『仕方ねぇだろ』と、受け入れているに違いない。
「アルカ。エデンでどんな思いだったんだろ……。私、何にも分かってあげていられなかった。ねぇ、レアン。やっぱり私もアルマゲドンにダイブして、アルカに会いに行きたい。お願い。」
懇願するようなブルージルコンの瞳で見つめられ、レアンは唇を噛んだ。
いつも全て周りに譲ってばかりいたアルカが、すまなそうにしながらも里桜だけは求め、寂しげに、愛しそうに見つめたあの眼差しをレアンは忘れる事ができなかった。だからこそ、現実世界に里桜が待っているのだと知れば、アルカは帰る気になるだろう。
しかし、アルマゲドンが現実世界を浸食するともなれば、現実世界そのものが失われてしまう。つまり、現実世界に居る里桜も危ういということだ。帰る場所はおろか、彼女を守る為には、一緒に側に居る事が良いのかもしれない。
……しかし、と、眉を寄せアダムの義手を見つめると、レアンは里桜に頭を下げた。
「里桜、やはり貴方をアルマゲドンにダイブさせることは反対です」
「レアン……」
悲し気に眉を寄せる里桜に、ふぅ、と小さくため息をつくと、ファメールが言葉を発した。
「キミをダイブさせたくないというレアンの意見には、僕も賛成さ」
「ファメールさんまで、どうして!?」
「私の噛み痕が残っているからです」
レアンの言葉に里桜はハッとして自らの首筋に触れた。
「エデンでの傷が、里桜の場合は現実世界にも影響が出ています。それが何故かはわかりませんが、私達よりもずっと危険に晒されるのだということに違いはありません」
「現実世界が浸食されているとはいえ、僕達はキミ程ダイレクトに肉体に影響が出る事は無いと思うからね。ヴィベルと二人、こちら側からサポートしてくれると助かるよ」
指先に触れるレアンの噛み痕に、里桜は唇を噛みしめた。レアンはすまなそうにマリンブルーの瞳を向けて、里桜の肩からずり落ちた肩掛けを直してやった。
「里桜。先ほど話した通り、私達の養父は異常です。里桜にまで精神的負荷がかかる様な事になってしまっては、悔やんでも悔やみきれません。どうかお願いです」
——アルマゲドンに行っても、私は足手まといになってしまうだけだろう。
深いため息をつき、里桜は「わかった」と、頷いた。
「必ずアルカを連れ戻して来てね。約束だよ、二人とも」
ファメールとレアンにそう言うと、レアンは跪き、里桜を見上げた。
「必ずアルカを連れ戻します」
「まあ、行くからには手ぶらでは戻らないさ」
ヴィベルは二人の説得に応じてくれた里桜に安心しながらも、自分では里桜を説得しきれなかったのだから、保護者失格だなとため息をついた。




