三人の生贄
「絶対にいけません!」
レアンが里桜のダイブを必死になって止めようと、マリンブルーの瞳をまっすぐと向けて言い放った。
「里桜はこちらに残ってください! 絶対にダメです!」
「でも、レアン……」
「でもではありません!」
シュンとする里桜に、アダムが頭を掻きながら言った。
「すまねぇな、小娘。ガブリエルが許してくれねー以上俺も何にも言えねーわ」
「ただでさえ確かな事が分かっていない状況なのですよ!? 無事帰れる保証などどこにも無いのですから」
ファメールは何やらヴィベルに指示を出し、二人で筐体内の情報を調べていた。
里桜はレアンを見上げて、「お願い」と食い下がったが、レアンは断固として譲らなかった。
「もう二度と貴方を危険な目に遭わせたくは無いのです。どうか分かってください」
「俺は小娘が居た方が良いと思うけどな。カインの奴の説得にもさ。あいつのことだから、帰るのを嫌がるかもしれねぇだろ?」
「説得など不要です。殴ってでも連れて帰ります!」
「でもよ、小娘が行かねぇってことは、ミシェルもここに残るんじゃねぇの?」
レアンはため息を吐くと、眉を寄せた。
「元々私とアダムの二人で行く予定だったではありませんか。それを勝手に呼び出したりなどするから! 私は里桜を巻き込むつもりはないと、あれほど言ったではありませんか!」
「ああでもしねーと、頭のかてーお前は絶対に小娘と再会しようとしなかっただろーがよ!」
うっと唇を噛んだレアンに、アダムは尚も続けた。
「自分責めるのも大概にしねーと、一生会う事が出来ず仕舞いじゃねーか。お前、そんなんでいいのかよ!? ホントは小娘に逢いたくて堪らなかったくせしやがってよぉ!」
「アダム、自分の感情に任せて大切な人を危険に晒してはいけません!」
「でもよぉ、ミシェルだって居た方が絶対良かっただろ!? それに、小娘やその叔父もよ、俺らはコンピュータなんて全くの素人なんだぜ? 俺はこっちの世界に帰る気なんかねぇからいい。でも、お前はどうなるんだよ! お前、自分の事全然考えてねぇじゃねぇか!」
アダムの言葉にレアンは眉を寄せた。
「その為に里桜に連絡したのですか!?」
「たりめーだろ! ただ小娘に会いたかっただけじゃねぇぜ!? 小娘ごと招待状送れば、ミシェルも来るだろうって思ったんだ。ミシェルが来れば、帰る為の手段だろうが何だろうが全て考えてくれるだろうからなぁ。俺は自分でも分かっちゃいるが考えるのはからっきしだ。でもよ、ガブリエルの事を誰かが考えてやらなきゃ、おめーは自分の事なんて考えねぇからよ」
自分のせいか、と、溜息をつくレアンに、アダムは更に続けた。
「作戦成功だろ? お陰でミシェルが来てくれたんだからなぁ! これで全部片付くだろ!」
「……あのねぇ、キミに懐かれても全然嬉しくないんだけど。気安く僕の名を呼ばないでくれないかな。気分を害するよ」
ファメールはうんざりしたようにジロリと金色の瞳をアダムに向けた。アダムはうっと怯んで唇を尖らせながら項を掻いて俯いた。
「レアン、確認なんだけれど。キミは仮死状態になればアルマゲドンにダイブできると仮説したと言っていたね?」
ファメールの問いにレアンが頷くと、「正確には、睡眠や昏睡状態でも同一かと」と答えた。ファメールはふむ、と金色の瞳を細めて小首を傾げた。
「何か足りない気がするな。環境とユーザー。『仮死状態が環境』で、『ユーザーが僕達』それだけでダイブする為の条件が成立するかな? そうじゃなければ、筐体の側で眠る者全てが否応なしにアルマゲドンにダイブする事にならないかい? 筐体へのダイブが『ログイン』とするなら……」
「パスワードが必要ですね」
端末を操作しながらヴィベルが言った。その言葉に納得したようにファメールが頷くと、レアンは「成程」と、言葉を発した。
「そういった意味では当てはめて考えてはいませんでしたが、アルカが『パスワード』では? アルカ、つまり、アダムと共にならばダイブできるのではと思っていたのです」
「ああ。納得だね。アルカがアルマゲドンにログイン状態でいるわけだし、確かにそう考えるとダイブする為のものは全て揃っている様だね。聖剣はイニシャライズ(初期化)。あれ? だとしたら、『処女』は何のキーだろうか」
「『権限』では?」
ヴィベルの発言にファメールが頷いた。
「だとしたら、妙だね。創成者であるアルカよりも里桜の方が、権限が高い事になる。里桜はアルカを初期化する権限を持っていたという事なんだからね」
創成者を削除する為の権限。それが何故『処女』である必要があるのだろうか、と、ファメールは考えて、溜息をついた。
「ダメだね。まだまだ考えるには不確かな要素が多すぎる。大体、アルマゲドンの権限も同一かどうか分からないんだからね」
「そう考えると、なんだか面白いね!」
里桜が瞳を輝かせて言ったので、ファメールが「何がさ?」と、小首を傾げた。
「だって、『処女の血』は、権限の一時付与みたいじゃない? 『魔族』っていうグループユーザが、『処女の血』を吸う事で、一時的に権限が上がるなんて、ゲームみたいで面白い!」
「権限は上がるけれど、創成者を殺すまでには至らない権限だけれどね」
「ファメール様。見つけました」
ヴィベルの言葉にファメールは画面を覗き込んで、更にあれこれと指示を出した。
「ファメールさん、コンピュータも得意なんて、オールマイティ過ぎ」
「別に得意なんかじゃないさ」
コンソールの光がファメールのプラチナブロンドに反射し、金色の瞳に映り込んでいる。彼の美しさは正にこの世の者とは思えない程で、まるで彼こそがシステムが創成した完璧な存在である様にも思えた。
「ファメールさんみたいな養子なら皆欲しがって大変だろうね。頭も良くて綺麗でカッコよくて素敵だもん。それなのに酷い人に養子に貰われちゃうなんて」
里桜の言葉に、ファメールはふっと笑った。
「僕達の養父は不幸な過去を持つ子を孤児院で探し、更に見た目とIQの高さで養子候補を選別していたからね」
「見た目!?」
「まあね。僕やレアンの髪を相当気に入っていたよ。アルカの髪に対しては毛嫌いしていたっけ」
「酷い」
里桜はアダムの漆黒の髪を見つめ、「綺麗な髪なのに」と、言った。
フランス人の母を持つ里桜の髪はブラウンだ。彼女は学校の友人達の黒髪が美しいなと憧れを持っていたし、ヴィベルや里桜の母親の感覚的にも、黒髪への憧れが強い為、美しい黒髪の日本人がテレビに映ったりしたときは、綺麗だと褒めちぎったものだった。
「あれ? じゃあアルカもIQが高かったということ?」
何気なく言った里桜の言葉に、ファメールは笑った。
「里桜、それってアルカがバカだって言ってるのと変わらなくないかい?」
「あ……」
「まあね、基本は140以上で探していたようだよ。ただ、アルカの場合IQは関係無かったのかもしれない。だって、あまりに……」
気まずそうに瞳を伏せたファメールに、レアンがため息をついた。
「……今でも後悔しています。もっとアルカを庇っておけば良かったと」
レアンの言葉にファメールは「そうだね」と、ため息交じりに言って「けれど、僕達も庇えるような状況でもなかったさ。考えても仕方がない」と、肩を竦めた。
「僕達の養父。やってることが異常だというのは分かったと思うけれど。彼にとって、養子を貰う事はプロジェクトの一環だったのさ。三人という数字がミソでね。多すぎたらダメなのさ。要するに、僕達がごく一般的な兄弟の様に、お互いの尊重し合う必要がある。その中で一定の負荷を掛けて誰が抜きんでるかを見ていたのさ。負荷の掛け方も統一はしない。実験体ってワケ」
「実験体……?」
「僕達は皆等しく『虐待』という精神的負荷をかけられたんだ」
ファメールの言葉に、里桜は絶句した。押し黙る里桜に構わず、ファメールは言葉を続けた。
「けれど、僕やレアンが傷つけられたのは、全てアルカへの負荷を高める為さ。アルカはあれでいて人一倍他人を思いやるお人よしだからね。自分の身体を傷つけられるよりも、僕達が危害を受ける方がよっぽど辛かった様だよ」
「どんな酷い事されたの……?」
眉を寄せる里桜を見て、ファメールはレアンへと視線を向けた。レアンは頷き、手袋を片方だけ取って見せた。焼けただれたその手に、里桜は「えっ」と、小さく声を上げた。
「泉での火傷じゃないの!?」
「エデンではそうでしたね。ですが、私達はエデンでは魔族でしたから、そもそも傷が残るようなものでは無かったはずです。ですから、アルカの記憶を元に私達は構成されていたのでしょう」
「アルカは『知らない』だなんて言っていたけれど、僕とレアンが現実世界でどんな職業に就こうとしていたのかも全て知っていた。だから、天文学者を目指していた僕は天を司る竜。そして、医者を目指していたレアンは……」
そこまで言って、ファメールは口を閉ざした。里桜にはヴァンパイアと医師との関連性が分からなかったが、少し考えて、「なるほど!」と、声を発した。
「レアンは遺伝子の研究をしていたから、アルカには『血』の研究をしているように思えたのかな? 単純なんだから」
里桜の言葉に、ファメールは何故か申し訳なさそうに瞳を細めて頷き、レアンが代わりに言葉を続けた。
「……実験体の私たちは、養父の手により様々な虐待を受けました。だからこそ、エデンでの私達は現実世界にいる自分の姿を忠実に再現されていたのです。最後にアルカが手足を失ったのもそのせいでしょう」
「でも、アルカが手足を失ったのは事故だったんでしょ?」
ファメールは頷くと、ため息をついた。
「まあね。外傷なんてむしろ大したことじゃないのさ。重要なのはそれに伴う心の傷さ。アルカは恐らく、手足を失ったにも関わらず、僕とレアンを守り切れなかった事に深く心が傷つけられたんだろう」
黒い筐体を、皮製の手袋をつけた長い指でトントンと叩くと、ファメールは金色の瞳を細めた。
「……僕達三人の中でも、アルカが最も負荷を掛けられた。アルカは僕やレアンへの負荷にも立ち会わされて、苦しむ僕達をガラス越しに見つめながら止めろと叫んでばかりいたよ。『オレが替わるから、頼むから二人には何もしないでくれ!』ってね。
そんな調子だったからね、僕達の知らないところで、アルカが養父に僕とレアンを庇う為に何か言っていたのかもしれない。養父はね、僕とレアンには普段は優しかった。けれど、アルカに対してはひと月も地下室に閉じ込めたり、顔に布袋を被らせたまま生活させたりと、僕が知るだけでも随分な事をさせられていた様だね。まあ、これ以上はあまり詳しい事は言わないさ。内容がエグ過ぎてトラウマものだもの。僕も知っているのはほんの一部に過ぎないし」
里桜はぎゅっと拳を握り締めた。今どんなにか慰めの言葉を放ったとしても、起きてしまった過去を消す事はできない。しかし、何故そんなことをしたのかという疑問を解消することで、少しは心が軽くなったりするだろうかと考えた。
「ファメールさん達の育てのお父さんって、アルカにエデンを創成させたかったのかな? その為に酷い事をしたの?」
「何処までが策略なのかは分からない。けれど、恐らく『全て』なんだろうね。あの人が僕達に対する行動の全ては、エデン創成の為に過ぎなかったんだろう。あの人が死んで、僕達は開放されたはずだった。それなのに、養父亡き後もアルマゲドンとしてこの世に残っているだなんて、ゾッとするどころの騒ぎじゃないよ」
寂しげにムアンドゥルガの王都を眺めるアルカの瞳を思い出し、里桜はぎゅっと唇を噛んだ。
自分の作り出した世界は居心地がいいものだったに違いない。平和で、一人一人が尊重され、誰かに虐げられたり媚びなければならないような事も無い世界。個々が愛される世界。アルカはきっと誇らしかったはずだというのに、その世界を寂しげに見つめていた。
自問自答していたのだろうか。どうして、現実世界の自分はそうでは無かったのか。どうして自分は愛されなかったのか。
ムアンドゥルガこそがおかしいのかと、不安を抱いていたのだろうか。アルカはその楽園を手放す事ができず、今も閉じこもっているのだろうか……。
「もう養父は亡くなりました。現実から逃げる必要など無いんです」
「そうさ。養父が亡くなった事で、僕とレアンは養子関係を解消している。兄弟では無くなってしまったけれど、アルカだって申請さえすれば養父からは完全に開放されるはずなんだ。もう、自由に生きていいはずさ。養父の残したジグラート社だって、アルカが引き継ぐ必要は無い」
「私は、今まで沢山の負荷をアルカに背負わせてしまった償いをしなければならないんです。例え自分の身がどうなろうとも、アルカを連れ戻さねばなりません」
レアンは里桜に笑みを向けると、優しく頭を撫でた。
「貴方には、アルカの帰りを待っていて欲しいんです。アルカの帰る場所になって欲しい。どうか、お願いします。里桜」
「……私なんかでいいの?」
「勿論です。貴方以上の適任者は居ませんよ。あれでいて、実は結構ウブなところもありまして、アルカが本当に心を開いたのは里桜だけなんですから」
アルカの帰る場所。本当は、これからアルマゲドンにダイブする自分たちの帰る場所としても、里桜には待っていて欲しい、と、レアンは思った。
例えどんなにかアルマゲドンの世界が素晴らしい所だったのだとしても、里桜の居る現実世界に戻るという指標が必要に違いないのだ。
ファメールはため息をつくと、レアンの言葉に頷いた。
「そうだね。帰る場所が無ければ、そもそも帰る事ができないんだから。僕達は一生迷子のままになってしまう」
レアンはファメールをチラリと見て咳払いをした。
「兄上の場合、アルマゲドンの世界の方を気に入って、現実世界に帰って来ない可能性が強いので尚更です」
「あ。分かっちゃったかい? エデンも居心地が良かったからね。アルカにしてはマシな世界を創成したと思わないかい? アルカの理想郷だなんて、ハーレムでも作るんじゃないかと思ったけれど」
アルカの理想の世界には、ファメールとレアンが居て、虐げる様な養父は存在しない。平和な世界だった。
「ただ、エデンの時よりも養父の影響が強くアルマゲドンには出ている可能性が高いからね。だから僕は……」
——怖くて、堪らない……深い闇に再び飲み込まれてしまいそうで……。
「絶対帰って来てね!」
里桜がファメールとレアンを見て言った。
「待ってるから。絶対に帰って来て」
ファメールとレアンは互いに視線を合わせると、困った様に微笑んだ。
「キミが望むのなら」
里桜は「じゃあ、約束!」と、小指を出して言って、ファメールが「その契約には書状が必要だね」とわざと茶化した。
「ファメール様、これは……」
ヴィベルの言葉に画面を覗き込んだファメールは唇を噛み、「アダム!」と、呼んだ。片足が義足のアダムはゆっくりと立ち上がり、杖を付きながらファメールの側まで来ると、業を煮やしたファメールがぐいっとアダムの義手を引っ張った。
「いってぇ!! おい! いてぇよっ!」
「なにこれ、取れないのかい?」
「あれ? 取れねぇ! ロケットパンチできねぇ!!」
二人のやり取りに、レアンが慌てて口を挟んだ。
「あ、二度とあのような真似ができないようにと細工しました。もうロケットパンチは禁止です」
「飛ばせなくても取れないのかい?」
「ええ。神経と接続しましたから」
「だからいてえって!!」
「ああもう! 痛くてもいいから外せよ!」
「無茶言うなっ!」
「レアン、切り落としちゃえよ」
「おっかねぇ事言ってんじゃねぇ!! 何なんだよ一体!?」
涙目になるアダムの義手に表示されているカウンターを見つめ、画面を覗き込んだファメールは舌打ちした。
「やっぱりか」
「なんだ? どうしたってんだ?」
「『アルマゲドン』だなんて。正にピッタリな名前じゃないか」
ファメールの呟いたその言葉に、その場に居た全員が不吉な胸騒ぎを覚え、シンと静まり返った。




