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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
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アルマゲドン

 里桜は溢れ出そうな涙を堪えて、気丈なフリをしてアダムを見つめた。


「……アダムさん。エデンに私も一緒に行けないかな?」

「里桜!」


ヴィベルが「赦しませんよ!」と、慌てて声を発した。


「危険過ぎます!」

「ヴィベルさん、エルティナさんを作ったのは私なんだもの。責任があるでしょ? 何か役に立てるかもしれないじゃない」

「しかし!」

「お願い。行かなかったら後悔するもの。例え赦してくれなくても行くよ! 頑固なのは知ってるでしょ? アルカが私を救おうとしたからこんな事になっちゃってるんだもの。今度は私が助けに行かないと。何もせずに居ることなんかできないよ!」

「だからこそですよ。再び里桜がVR世界にダイブしてしまう事を、アルカは決して望んで等いないでしょう。どうか考え直してください!」


切実たるヴィベルの様子に、里桜は堪えていた涙をボロボロと零した。


「無理だよ。だって、もう誰かを失うのは嫌だもの!」


悲鳴の様な里桜の言葉に、ヴィベルは唇を噛んだ。


 アルカが帰って来ない事に責任を感じているのだろう。母の死と恐らく重なって、里桜は気丈に見せてはいても、罪悪感で心がいっぱいになっているに違いないと、ヴィベルは理解した。

 彼女の震える身体を抱きしめて、支えてやる事ができたらどんなにかいいだろう。しかし、自分にはそれができない。そんな資格などない。

 それならば、出来る事はただ一つだ……と、ヴィベルは決心した。


「……わかりました。では私はできる限りサポートします。しかし、危険だと判断したのなら、強制的にでも里桜を救う事だけに集中します。まずはこのシステムを把握しないことには絶対にダイブしてはいけません。いいですね?」

「やった! ヴィベルさんが協力してくれるなら心強いよ! 私なんてまだまだコンピュータに関してペーペーだもの。頼りにしてるよ、ヴィベル先生っ!」


 会社の方に連絡を入れ、少しこちらの作業に時間を割けるようにしなければ、と、ヴィベルは頭の中で考えながらも、嬉しそうに微笑む里桜にまんざらでも無さそうに口元をほころばせた。


 二人の様子を見てファメールはツンと片眉を吊り上げた。


 黒い筐体へと視線を向け、ゾクリと背筋に鳥肌を立てる。そんな自分を他所に嬉しそうにエデンへのダイブを意気込む里桜の姿に視線を向け、ファメールは金色の瞳を伏せた。


 ……エデンとは一体何なのか。分かっている事がほとんど無い中で、混沌の闇とも言える禍々しい場所に身を投じる事を決めるというのは得策ではない。まして、自分達の養父が関わっていたともなれば尚更だ。

 死して尚、まだ自分達に付き纏う影。どこまでも自分の人生から引き離す事のできない、まるで呪いの様にすら感じる。


 そう、これは呪いだ。僕達を(むしば)み、心に(つた)の様に絡んでまとわりつき、巣食う呪い。


 『エデン』は呪いを詰め込んだ忌まわしいだけのシステムではないか? それならば、やはりそこから創成されたアダムもまた忌まわしい存在でしかない。アダムをエデンに押し返し、アルカを助け出さない限り、この呪いは払拭されない。


 ——そうとも、『僕がダイブしない』という選択肢は無い。里桜がダイブするというのなら尚更だ。何故なら僕は……。

 震える指先を誤魔化す様に、ファメールはぎゅっと手を握りしめた。


「……だったら僕も行くよ」


そういいながらファメールはいつもの通り、やれやれと肩を竦めた。


「里桜が行くなら、ね。恐らくエデンには『創成された僕』も居るはずさ。これ以上厄介な事になるのはご免だからね」


「よっしゃ! ミシェル様のご参戦となりゃ心強い事この上ねぇなっ!!」


アダムが嬉しそうに笑ったので、ファメールはうんざりした様にため息をついた。


「……キミ、それを狙っていたの?」

「小娘が来るならミシェルも行くだろうと思ってな! いや、良かった! 頼りにしてるぜ。俺が頼んだって断られるのが目に見えてるからなぁ」

「腹立たしい限りだね。行く気が驚く程削がれたよ」

「な!? 何でだよ!!」

「いいかい? 僕はキミが嫌いだ」


嫌悪感を隠しもせずに不愉快そうな表情に露わにし、ファメールはアダムを睨みつけた。アダムはうっと怯んで頬を掻くと、「まあ、そりゃあ、よ。そうだろうが……」と、もごもごと言葉を濁らせた。


「でもよ、俺はともかくカインの野郎を救わなきゃってのは全員一致の意見だろ!?」

「それが里桜を巻き込む事への理由にはならないね」

「だってよ! 小娘も行けばお前だって……」

「あのねぇ……里桜を危険に晒すんだって事、分かってるの……? 一回死ねよ、クズアダム!」

「危険? どの辺がだ?」


小首を傾げたアダムに、ファメールは深いため息をついた。


「バカじゃないの!? ホストとしてエデンにダイブしたら、エデンで死ねば現実世界には戻れなくなるって自分で言ったんじゃないか! アルカがどうして戻って来れなかったのか分かってないんじゃないの!? このイカレアダム!!」

「待て待て! それはそうかもしれねぇが、別にエデンに危険はねぇだろう? カインとエヴァを見つけさえすればそれで良いんだぜ? 死ぬだとか、んな危険な事なんかこれっぽちもねぇだろう? ただ人探しするだけじゃねーか」

「戻り方は?」

「あー……ガブリエルの奴が考えてくれてンじゃねぇの?」

「このバカ……キミは戻る気がないからどうでもいいかもしれないけれど、そもそもレアンまで巻き込んでる時点で腹立たしいったらないんだよ! その上里桜まで……。キミ、僕に何か恨みでもあるの?」


震える拳を握りしめるファメールに、アダムは瞳をひん剥いて首を左右に振った。


「ちょ、落ち着けって。話せば分かる……」

「分かって無いから怒ってるんだっ!」

「だってよ、エヴァが小娘を召喚したみてーによ、エデンに俺がダイブした後に同じようにやりゃあいいんだろ!? 召喚できたって事は、逆だってできるんじゃねぇのか!?」


ファメールは金色の瞳でバカを見つめる様に瞳を細め、頬をヒク付かせた。


「……あのねぇ、相対性理論上でもタイムマシンで時空を飛べても、元の世界に戻る事ができないんだよ。どうして行ったら帰れると当然の様に思えるわけ!? 大体、エデンは僕達が居た時とはもうすでに変わっているに決まってる。

 僕達がダイブしたのは2015年の11月13日。里桜がダイブしたのが2020年の11月13日。次に11月13日が金曜日なのは、今から4年後の2026年だ。今日は何日だい!?」

「えっと、2022年8月6日」

「この筐体をネットワークから隔離したのはいつさ!?」

「……いつだったっけな」


 困った様に頬を掻くアダムを見て、ファメールはハンッ! と、鼻を鳴らした。


「エデンは一度アルカの死で崩壊して、再形成されているってことなんだろう? 年月的にも全く同じ世界が形成されるはずがないってのが分からないのかい!? ほんのわずかなタイミングが全ての偶然を必然に変えているんだから。エルティナが里桜を召喚できたのは日付と曜日がエデンを形成された時と同じだったからさ!」

「ひ、日付だの曜日だの、何が関係あるってんだ!?」

「じゃあ、キミは一体何を基準に同じ世界だと言えるのさ? その日、その曜日、その時間という基準があやふやなままで、キミは一体どこへ行くつもりなんだい? 何のための夢現逃花さ? 時刻同期が重要な事くらい、僕にだって分かる。宇宙も含め、世界には周期がある。全ては決まりきったレールの上を歩いているに過ぎない。そんなことも分からないのかい!?」


「あ……」


里桜とヴィベルが同時に声を発し、ファメールを見た。


「ファメールさん、大変。このシステム『エデン』じゃないよ!」

「そらきた」


ファメールがうんざりした様に項垂れて、「で、そのシステム名は?」とため息交じりに聞いた。


「アルマゲドン……」


里桜の言葉を聞いてファメールは顔に手を当てた。


「……最悪だ」

「何だ? 何が最悪なんだ?」


アダムの言葉に、金色の瞳でギロリと睨みつけると、ファメールは頭を抱えた。


「このバカと一緒にダイブなんて、僕の一生は終わってしまうかもしれないな……」

「なんだよ、おい、教えろよ! 『アルマゲドン』って何だ!? 恐竜の名か!?」


「『アルマゲドン』とは、最終戦争を意味する言葉ですね」


レアンがお茶を運んできながら会話に入ってくると、「世界の崩壊を差したりもしますが、なぜそのような名をつけたのでしょうか」と、里桜に手渡し、ひざ掛けを掛けてやりながら言った。


「まったくだよ」と、ファメールがため息をつく。


「……ゾッとするね。なぜ世界の終焉(しゅうえん)を描いた神話をこのシステムは(うた)っているんだ。それってつまり、このシステムはいつか終焉を迎えると言っている様じゃないか」


アダムはなんとなく自分の義手につけられたタイマーを見つめた。その行為にファメールが頷いた。


「分かって来たじゃないか。つまり、そういうこと」

「このカウンターが表示しているのは、終焉の日?」

「恐らくね。けれど、妙だ」


ファメールは顎に手を当てて金色の瞳を伏せた。


 ——崩壊する予定の世界を、わざわざシステム化するだろうか……?


「俺……ちゃんと帰れるのか?」


愕然としてアダムは小さく言葉を放った。


「キミのその『帰る』という言葉をどう理解すべきかに依るんじゃないかな。この筐体にダイブしたところで、キミが生まれた『エデン』ではもう無くなっているということなんだからね。『アルマゲドン』がどれほどに『エデン』とかけ離れているのかまでは知らないけれど、創成者がアルカである以上、酷似している可能性も否定はできない」


冷たく言い放つファメールの言葉に傷ついた様にアダムが項垂れて、ヴィベルが慌ててフォローを入れた。


「アダム。一度崩壊したとはいえ、創成者が同一人物なのですから。アルカの世界であることには変わりはありません。恐らく登場人物にさほど差も無いでしょうし、エデン同様に美しく住み心地の良い世界だと思いますよ」

「でも。そしたらエヴァは? あいつは居ねぇってことなんじゃねぇのか? エヴァを筆頭に、アシェントリアは小娘が創成したんだろ?」


エルティナの捜索を続けているヴィベルに懇願するようにアダムはじっと灰色の瞳を向けた。


「嫌われてたっていい。俺はエヴァに会いたいんだよ! 頼むよ、探してくれ!!」

「ですから、こうして痕跡を追っているのです。直ぐにはまだ見つかりません。もう少し待ってください」

「イニシャライズ(初期化)されたんだから、エヴァなんか居るもんか。里桜にはエルティナの記憶が入っていない様だし、綺麗さっぱり跡形もなく消えているんじゃないのかい?」


ファメールの言葉に、アダムは瞳を見開き、絶句した。口元が震えている。ヴィベルはため息をつき、キーボードを叩く手を止めた。


 ファメールは、エルティナの追跡を望んではいないのだろうか? もしそうならば、エデンでヴィベルの上司として絶対的な存在であったファメールの手前、このまま作業を続けて良いのかと迷いが生じた。


 ヴィベルには、ファメールが決して考え無しに言葉を発する様な人ではないと分かっているからだ。


 初期化したとしても、復元する方法がある事くらい、恐らくファメールも知っているだろう。世の中にはそういった製品が販売されて出回ってもいるし、それをサービスとして生業にしている者たちも居るくらいなのだから。


「初期化の方法に依るけど、復元できないわけじゃないよね? ヴィベルさん」


 ヴィベルの考えも他所に、里桜がポツリと発言した。ヴィベルがチラリとファメールを見た後に遠慮がちに頷くと、アダムの顔がパッと明るくなり、「ホントか!? 小娘とその叔父!!」と、嬉しそうに笑った。


「大丈夫だよ、アダムさん。ヴィベルさんはプロなんだから!」


フンと小さく鼻を鳴らすと、ファメールが「あーあ」とつまらなそうに声を発した。


「なにさ。もうちょっとアダムのバカを虐めてやりたかったのに」

「……ファメールさん、いくら何でもちょっと酷くない?」

「ミシェル! てめぇ、俺で遊んでやがったな!?」

「このバカはお灸を体中に据えないと反省なんかしやしないさ。エデンでどれほど苦労させられたと思ってるのさ? キミさぁ、三カ月毎に僕の身体を切り刻んでくれたよね? 忘れてるんじゃないのかい?」

「……いや。忘れてねぇけど」


シュンと小さくなったアダムを見て、ファメールは小さくため息をついた。


「少なくとも、キミを信用する事が簡単じゃないって事くらい理解してよね。全く、これじゃあ僕が悪者みたいじゃないか」

「そっか。ファメールさん、腕とか切り落とされてたんだもん、痛いどころじゃないよねっ!」


里桜が心配そうにファメールを見つめた。アダムが気まずそうに俯いて、「そりゃ、悪いと思ってるに決まってンだろ……」と、もごもごと言葉を濁した。


 しかし、ヴィベルには違和感が拭い去れなかった。ファメールはただアダムを虐めたいという理由でああいった事を言う様なタイプではない。何か深い理由があるのかもしれない。


 エデン崩壊の最期、ファメールがどうなったのか。それはファメールとアダム以外に知りえない事だった。無論、ファメールにとっては汚点とも言える最期を口にする事は決して無いだろう。


「ファメールさん、大丈夫? 古傷が痛むとか、そんなのあったりしないの? 腕を失った人が、無いはずの腕が痛むとかあるじゃない」

幻肢痛(げんしつう)かい? 上手い事言うじゃないか。エデンでの傷はある意味幻肢痛とも言えるからね」

「やっぱり痛いの!?」


慌てて里桜がファメールの側に行き、労わる様に手に触れた。


「別に、僕は一応五体満足だから痛みなんか無いけれど。何? 心配してくれるのかい?」

「心配するに決まってるじゃない! だって、ファメールさんって自分の事をいつも二の次にするからっ!」


ブルージルコンの澄んだ瞳を真っ直ぐに向けられて、ファメールは僅かに怯んだ。


「温泉とか入りに行く? ほら、古傷に効くって言うじゃない」

「……いや、別に痛くなんか無いから平気だよ」

「我慢とかしないでね。ホントは辛いのに、平気なフリしてるとか、嫌だからね?」

「……」


 エデンでのアダムとの決戦の時、里桜に眠りの魔術を施しておいた自分に拍手を送りたいくらいだ、と、ファメールは思った。お陰で彼女に惨たらしく無様に切り刻まれた自分の姿を見せつけずに済んだのだから。

 全く、みっともない。と、耳まで顔を赤くし、プイと顔を背けた。


「あれ? ミシェル、お前なんで照れてんだ?」

「煩いなっ! 汚い目で僕を見るな!」

「ほんとだ。ファメールさん真っ赤だよ?」

「ほっといてくれないか!」


そのやり取りを見つめながら、レアンはホッとした様にため息をついた。


 三カ月の周期で、ファメールがアダムから痛めつけられていた時に最も間近で見ていたのはレアンだった。当然、レアンも無傷というわけではなかったが、アダムに対する(わだかま)りはこうして共に過ごした事でとっくに解消していた。

 だからこそ、今のやり取りでファメールが本気でアダムを怨んでいるようには感じられなかった事に、レアンは安心したのだ。


 本当はファメールが、『アダムがバカで助かった』と、脳内で安堵していたなど、その場に居る誰も気づきもしなかった。


「ファメールさんって、なんだか可愛い」

「は? どこがさ? 僕は腹が立って仕方無いね!」


 くすくすと笑う里桜を見て、ヴィベルも安心した様に微笑んだ。


「じゃあ改めて、アルマゲドンでも皆宜しくね!」


里桜の言葉にレアンが「え!?」と、小さく声を発した。


「里桜、まさかダイブする気ではありませんよね?」

「へ? う、うん。一緒に行くつもりだけど……」


あ、あれ? 何かまずい事言っちゃったのかな? と、里桜は大きな瞳をパチクリと瞬きし、レアンを見上げた。

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