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暗闇

 聖王国アシェントリアと隣国の魔国ムアンドゥルガの国境は高い山脈が隔てており、唯一陸続きで行き来のできる洞窟とやらに里桜は送り出される事になった。


 暗く巨大なぽっかりと開いた穴の前で立ちすくむ彼女は、かなり微妙なファンタジー世界の冒険者()な出で立ちだ。


 勇者らしい真っ赤なマントを羽織り、皮の手袋に皮のブーツ。腰には立派な装飾が施された重い剣を吊っているにも関わらず、着ているのは()()()()なのだから、冒険者()と言わざるをえない。


「かっこわる……」


 とはいえ致し方ない。もしも突然現実世界に戻る事になったのなら、ジャージが無ければ学校に行けないのだから、無くすわけには絶対にいかないのだ。

 動きやすいし気に入っているのだと半ばヤケになって着替えをしなかった理由を言い、里桜は苦渋の決断でそのいでたちのまま城を出たのだ。


 この洞窟へ里桜を送ってくれた者達(強制的に連行してきた者たち)に送り途中いくつかの質問をしてみたものの、分かった事と言えば大した情報など無かった。


「どうして魔王を退治したいの? 何か困ってるの?」

「聖王国アシェントリアとしての務めです。邪悪な存在を野放しにしては、我々は安心して暮らしてゆけませんから」


「この世界の勇者は何してるの?」

「何度か討伐に出かけましたが、帰ってきません」


「退治って、どうすればいいの?」

「勇者様の戦い方にお任せします」


「剣とか、扱ったこと無いけど」

「勇者様なら大丈夫です」


「異世界から勇者を呼んだのは何度目?」

「今回が初めてです」


「えーと、私一人で行くの?」

「勇者様ですから」


 ——何考えてんの? つまり丸投げじゃない!!


「元の国に帰りたいんだけど」

「勿論、魔王退治成功の暁には、エルティナ女王陛下が帰してくださいますとも!」


 ——ああ、つまり魔王退治しないと帰してくれないってわけね。


「もし逃げたら?」

「罪人として追うことになるでしょうなぁ」

「ざ……罪人!? どうして!?」

「女王陛下からの剣や装備を持ち逃げすることになりましょう?」


『要らない! 返すよ!』とは言えない。


 里桜は涙目になって、ランタン片手に洞窟へと足を踏み入れた。暗闇が奥へ奥へと延々と続いていて、中に何が潜んでいるのか全く分からない。このまま吸い込まれて消えてしまいそうな感覚にすら陥り、不安になって振り向いた。


 洞窟の外では見送りの人たちが笑顔で、皆口々に応援の声を上げて送り出そうとしている。後戻りは許されない。


 ——ちょっと待ってよ! 折角宝くじが当たってこれからバラ色の人生を迎える予定だったはずなのに、どうしてこのタイミングで!? ほんっと、冗談じゃない!! そもそもどうして私が赤の他人の、しかも住んでるところも違う人達の為に命を張らなきゃいけないの!? 自分達でなんかしなさいよね!

 と、思っても、逃げ出す余地が無い為恐怖の洞窟の奥へと里桜はゆくしか無いのだ。しかも、その洞窟の先には魔物だらけの魔国が待ち受けている。そこに単独で乗り込んだ挙句、魔族の王を倒すとは、生きて帰れる気がしない。

 奥へ進めば進む程当然明かりは届かなく、時折風の音なのか不気味に獣の咆哮の様な音が響くので、増々心細くなって里桜はぐすぐすと泣き始めた。まるで迷子になった子供の様に情けない姿だっただろう。


 痛む頬、掴まれた手首の感覚。あの気味の悪い視線。私は、あれから逃げ出す為にこんなところにまで迷いこんでしまったの? 怖い。怖いよ。誰か……。


(助けて。誰か。誰か助けて!)


あれは、女王様とやらの声だったのだろうか。里桜はぎゅっと唇を噛み締めた。


「……なんなの? 私が助けて欲しかった時は誰も助けてなんかくれなかったくせに。それなのに、どうして私が……」


 『誰か』なんていない。自分の事は自分でどうにかしなければならないのだ。

 ——そうだ、普通に考えてわかるでしょう? 異世界の住人を呼び出して自分のところの厄災をなんとかしてもらおうとか、なんて都合が良くて無責任なんだろう。他人を巻き込んでんじゃないよっ!! 他人の人生を何だと思っているの!!


 里桜の中で何かがぶちキレた。フン! と、鼻息を荒げると、彼女はやけくそになってぐんぐん洞窟の中を突き進んで行った。


 ——魔王だかなんだか知らないけど、ズルでも何でも使ってさっさと退治して、私は日本に帰って幸せな人生を送るの。こんなこと、私の人生のうちのほんの一コマに過ぎないに違いないもの。この里桜様を甘く見ないでよねっ!

 偉そうにちょっと気張った報いだろうか。勢い余って運んだ彼女の足はツルリと滑った。——え? と、思う間も無く転んだ彼女は、そのまま洞窟内の大自然が織りなすアーティスティックな世界と言えるべき巨大滑り台を真っ逆さまに滑り落ちた。


「いやあああああああああ!!!」


 暗闇の上、当然シートベルトも何もない。体中をあちらこちらに打ち付けながら滑り落ちた先は、洞窟の中に広がる泉だった。


ドボン!!


と音を立てて飛び込むと、当然ながらランタンの火も消えて真っ暗闇の中、必死に水を掻いてもがいた。不思議な事に、もがいても体が異常なまでに重く、泉の底に引きずり込まれそうになる。


 ——なにこれ!? 泳ぐのは得意なはずなのに、この世界の水って浮力が無いの!? 

 と、思った時、自分の腰に吊ってある、立派な剣を思い出して、こいつが(おもり)になってるのか! と、必死に外そうとした。

 しかし、そう簡単に外れるようにはつけていない。そもそも真っ暗闇な上パニック状態の里桜には、最早外し方が分からなかった。


「た……助けてっ!! がば……がばば……!!」


勇者リオは魔王とやらに会う前に、どうやらここで溺死します……なんて、諦められる訳がない!!


「助けてっ!! 誰か!! 誰か助けて!!」


里桜は必死に叫んだ。


 思えば、この言葉をこうして声に出した事なんて初めてだった。当然だ。『誰か』なんて、どうせいないと思っていたのだから。この真っ暗闇の魔国へと続く洞窟の中にも誰も居ないことだろう。

 どんなにか藻掻き苦しみ叫んだところで、誰も居るはずがないのだ。


「誰か!! お願い!! 助けて!!」


 溺死って苦しいだろうなぁ。苦しいのは嫌だな。私、どうしてこんなに不幸なんだろう……。頑張ってるのに、ちっとも報われないばかりか、どんどん酷い目に遭ってる気さえする。神様、私の事をそんなに嫌いなの? いっそのこと、私なんか……。


 冷たい水が里桜の体温を奪い、必死に藻掻くも身体の自由が利かなくなって来ると、里桜の心もまた気力を失い、暗い水の底へと身体が引き込まれて行った。

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