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永遠の呪い

「よぉーく見ててくれな」


 アルカはスッと剣先をひっくり返すと、里桜の目の前で自らの胸を貫いた。貫通した剣先がアルカの背に真っ赤な鮮血に染められて突き出ている。

 悲鳴を上げる里桜に向かってアルカは微笑むと、ぐっと力を込め剣を引き抜いた。真っ赤な鮮血が剣に塗りたくられており、藍色の詰襟の服に染み込んだ血液がどす黒く染まって見えた。


「……な? 死ねねーんだよ。オレは、そういう体質なんだ」


怯え切ってカタカタと震える里桜を抱きながら、レアンは「アルカ!」と、怒鳴った。


「リオに変な物を見せないでください!! 怖がるに決まっているでしょう!! バカですか貴方は!!」

「へ……変な物って言うなよ!!」

「変な物は変な物です! この変態!!」

「変態じゃねーよ!!」

「じゃあ変体ですね!」

「あー、なるほど上手い事言うな……って、違う!!」

「リオに謝ってください。今すぐ!」

「えー!?」

「貴方が死ねないせいで、リオが元の世界に戻れないのですよ!」

「そ、そっかー、なんか。オレが悪い、のか?」


 アルカは里桜の前に両膝をつくと、「死ねなくてごめんなさい。リオを元の世界に戻してあげられなくてごめんなさい」と、頭を下げて謝った。


「リオ、許してください。貴方をすぐに元の世界に帰してあげられず。ですが、兄上ならばきっと何か良い方法を見つけてくれると思います。私も協力しますから、どうか落ち着いてください」


 呆気に取られ、泣きじゃくっていた涙も引っ込んだ里桜は「う……うん」と頷く事が精一杯だった。


「……キミ達さ、何やってるの? 騒がしいったらありゃしないんだけど」


 呆れた様に眉を顰めながらファメールが来ると、群青色の絨毯に零れ落ちているアルカの血液を見て、思い切り嫌な顔をした。


「ナニコレ、きったないなぁ! アルカだろう!! 早く掃除してよね! 全く!」

「あ、ハイ。ごめんなさい」

「兄上、アルカが自分を貫いてみせてリオを怖がらせるんですよ!」

「あー、はいはい。アルカはバカだから問題しか起こさないからね。全部アルカが悪いよ」

「あれー? なんかオレ、悪者!?」

「正義の味方じゃないことは確かだろう? バカみたい。魔王のくせに。早く死ねばいいのに」

「えー!?」


腑に落ちない様子で頭を掻くアルカに、里桜は恐る恐る「アルカ、傷大丈夫なの?」と聞いた。


「へ? う、うん。全然平気。ごめんな? ビックリさせて」

「ほらほら、皆中庭で待ってるよ。折角準備させたんだから、早く行きなよ。忙しいってのに、使用人に無駄な仕事させるなんて許さないからね」


杖先をクイと動かして促すファメールに、レアンは里桜を支えて立ち上がらせた。


「大丈夫ですか?」

「う? うん……」


曖昧に返事をし「ごめんね、レアン」と、俯く里桜の頭をレアンは心配そうに優しく撫でた。


「あれ? 珍しいじゃないか、レアン。キミが女性相手に平気で触れるなんて。……ふーん?」

「え!? あ! いえ、これは!!」


 慌ててパッと手を放し、レアンは顔を真っ赤にした。アルカはニッと笑い、これみよがしに里桜に手を差し伸べて「今日はオレとのデートなんだから、レアンは邪魔すんなよ」と、調子に乗って笑った。


ガン!!


「☆$#%&!!!!」

「キミはさっさと着替えてくる!! 掃除も忘れずに!」


 ファメールが杖でアルカの頭を思い切り殴って怒鳴りつけた。アルカは頭を両手で押さえて悶絶し、しゃがみ込んで、涙目でファメールを見上げたが、ファメールはツンと鼻先を立てて顔をそむけた。


「ファメール、てめぇ、オレが不死じゃなかったらもう何千回とお前に殺されてる気がするぞ……」

「あっそ、死ねばいいのに」

「酷ぇ言いよう……」


アルカはいじけたように唇を尖らせて、ファメールを見つめたが、ファメールはツンと鼻先を反らしたままアルカの方を見ようとはしなかった。


「兄上、リオはどうやらアシェントリアの女王により、異世界から召喚されたらしいのです」

「……え?」


 レアンの言葉にファメールは僅かに表情を強張らせた。いつも冷静沈着なファメールがそんな表情をすることは珍しい。が、すぐにいつもの通りに「ふぅーん」と、気の無い返事をし、肩を竦めた。


「それで? キミは僕にどうしろと?」

「リオを元の世界に帰す方法が無いか、兄上ならば何かご存じかと」


ファメールは僅かに考えて金色の瞳を伏せた。


「さて、どうだろうね。その異世界がどこなのか……。中庭でお茶でも飲みながら少し話そうか。アルカはさっさと着替えて来る。わかった?」

「へーい」

「兄上、私も同席した方が良いかと思いますが」


里桜を心配してのレアンの申し出にファメールは首を振った。


「いや、まだわからないことが多いから一旦良いよ。騎士団の方を頼む。遠征が入りそうだからね」

「分かりました。……リオ、私は騎士団の稽古があります故、席を外します。大丈夫ですか?」


 ほんの少しの時間でアルカがこの国の国王であるという事実をつきつけられ、更に死ねない体を理解させる為に自らの胸を貫いて見せたばかりで、里桜は混乱していた。


 不安で仕方がないが我儘を言うこともできない里桜は唇を噛んで頷いた。

 レアンは心配して名残惜しそうに里桜の頭を撫でると「兄上、リオを頼みます」と、廊下の奥へと消えて行った。


「さあ、行くよ。ほら、トロくさいなぁ。ボサっとするのは止めてくれないか。僕は忙しいんだ」

「あ、はい。ごめんなさい」

「ファメール、ちょっとは紳士的に接してやれって。女の子相手に失礼だろー? お前は外交顧問のくせに他国の客相手にもてなすこともできねーのかよ」


見かねたアルカが声を発すると、ファメールは長い睫毛を揺らして瞬きをした。


「……キミにそんなことを言われたくはないね、不愉快だよ」


 ツンと片眉を吊り上げると、ファメールは優雅に里桜に手を差し出した。白いローブがフワリと揺れ、ファメールの耳に着けられた竜の翼を模したピアスがリーンと涼やかな音を放った。


「どうぞ、リオ嬢」


 金色の瞳で見つめられ里桜は恐る恐る手を差し出した。その手の指先に優しくキスをすると、ファメールはサッと優雅にエスコートした。アルカはその様子を苦笑いを浮かべて見送った後、血のついた胸に触れた。

 ——里桜、またオレなんかを心配してくれたな、と考えて、ああ、さっさと着替えて中庭に行こうと踵を返した。


「やれやれ。滑稽(こっけい)ったらないね。僕がキミをエスコートするだなんて」

「ごめんなさい」


 中庭にある青銅の椅子を引きファメールが里桜を座らせると、自分も向かい合って腰かけた。使用人達がテーブルの上にカップとお菓子を運び、紅茶をカップに注いだ。ふわりと湯気が上がり紅茶の茶葉の香りが広がる。


「えーと、異世界だって? それは、どんなところ?」

「どんなところって言えばいいのかな。この世界と比較すると、魔法は無いし、魔族も居ないし、もっと機械的かな」

「機械的?」


ファメールの問いに里桜は頷いた。


「例えば、移動手段は馬じゃなくて、自動車やオートバイや飛行機を使うの。どれも金属製で人間が作ったものだし、操作するのも人間なの。……この説明で分かるのか不安だけれど」

「ふーん。動力は何? そこは魔力なんじゃないの?」

「えーとね、あんまり詳しくは無いんだけれど。地中に埋まってる原油を精製して、燃料を作るの。それを機械の心臓部分みたいな『エンジン』っていう機械の中で発火させて、その爆発力を動力にしている……だったかな」


ファメールは小さく「そうか……」と、何か落ち込んだようにため息を漏らしつつ言った。


「それで、キミはその世界ではどんな生活をしていたんだい?」

「学生だったの。でも、学校に行く為に、バイト……仕事をいくつか掛け持ちしてた」


ふーん? と、ファメールは金色の瞳で見定める様に里桜を見つめた。


「キミの両親は?」


ファメールの問いかけに里桜は次の言葉が出て来なくなり、口を噤んだ。その様子を見つめながらファメールは更に里桜に問いかけた。


「家は裕福だったのかい?」


里桜は首を左右に振った。「なるほどね」と、紅茶をコクリと飲むと、ファメールは里桜にも飲むように促した。


「友人や知り合いは沢山居たのかい?」

「……いいえ」


シュンと俯く里桜に「ああ、悪いね。キミの話が興味深くてね」とファメールはため息をついた。


「えーと、それで? キミが知りたいのは異世界への戻り方だっけ?」


 頷く里桜にファメールは身を乗り出して里桜の顔を見つめた。金色の瞳に射抜かれるように見つめられると、目を逸らすこともできない。


「……キミを召喚したのはアシェントリアの女王だよね。一筋縄ではいかないと思うけれど調べてみるよ。でも……」


灰色の長い睫毛を揺らして瞬きをすると、再び射抜く様な瞳で彼は里桜を見つめた。


「キミは本当に、そんな世界に帰りたいのかい?」


 ————本当に、帰りたい?


ドキリとした。里桜は瞳を見開き、息を呑んだ。


 そんな里桜をファメールは見透かした様にツンと片眉を吊り上げて見つめたが、里桜はきゅっと両手を握りしめて、そしてまっすぐとファメールを見つめた。


「帰りたくなんか無い。帰った所で、私の居場所なんかないもの。でも、逃げていても何の解決にはならないと思うし、私は私のこの最悪な人生を全うしなくちゃいけないんだと思うの。その為に頑張ってきたんだから、無駄にするわけにはいかないよ」


「……そう。思ったより手強そうだ」


ファメールは鋭く冷たい金色の瞳で里桜を一瞥した後に席を立った。


「アルカが来たから僕は失礼するよ。折角だから楽しんで」


そっけないファメールの態度に、里桜は不安になって声を掛けた。


「ファメールさん……私、失礼な事を言っちゃった?」

「いいや、そんなことは無いよ。キミの本心が聞けて良かった。また明日……そうだね。星見の塔にある研究室に来てまた話を聞かせてくれるかい?」

「星見の塔?」

「僕の研究室がある塔だよ。目立つ場所にあるから直ぐに分かるはずさ」

「はい。分かりました」

「待ってるよ」


 着替えを終えたアルカと入れ替わる形でファメールが立ち去り、アルカは「待たせちまってごめんな!」と里桜の前の椅子に腰かけた。


「アルカ、本当に傷は大丈夫なの? 痛くない?」

「ああ。もうとっくに塞がってるし。ごめんな驚かせちまって」


里桜は心配になって立ち上がりアルカの胸に恐る恐る触れた。


「な? なんともないだろ?」


ニッと笑うアルカにホッとして里桜はため息をついた。


「もうだめだよ? あんなことしちゃ。死ななくったって痛いでしょ? アルカが痛いのを見る方だって痛いんだよ。絶対にもうやめてね」

「う……うん」


 里桜が触れた後の自分の胸を摩りながら、アルカは嬉しくなって微笑んだ後、ハッとして頭を掻いた。


「あー……で、リオの世界への帰り方は何かわかったか?」

「ファメールさんが、一筋縄ではいかないと思うけれど調べてくれるって」

「そっか」


アルカはニッと笑うと、大きくため息をついて伸びをし、そのまま空を見上げてぐったりと力を抜いた。


「……あー、リオに嫌われたかと思ったー」

「え!? どうして?」

「だって、オレ変体だし」

「変態じゃない……よね?」

「魔王なんて、人間にいっちばん嫌われてるだろうし。だから言い出せずにこんなタイミングになっちまった」

「私、そもそもこの世界の人じゃないから、魔族がどうとかわからないもの」

「それだ」


飛び起きる様に体を起こし、アルカはテーブルに頬杖をついて里桜を見つめた。


「魔族を知らないなら尚更おっかないと思うんだよなぁ」

「そうかな? アルカが虫っぽかったら怖かったと思うけど」

「あはは、虫タイプじゃなくて良かったぁ~。って、そういうんじゃなくてさ。だって普通、魔王討伐だなんて引き受けるか? 突拍子も無いじゃん」

「ホント、私もそう思う。でも、なんだか強引だったし。正直アシェントリアはムアンドゥルガよりもずっと怖かった」


 そうだ。有無を言わせぬような張り詰めた空気を感じていた。エルティナはどこか焦っているような印象も受けた。それは何故なのだろうか。


「どうしてエルティナさんはアルカを討伐して欲しいのかな。優しそうな人だったのに」

「えー? うーん、そりゃあまあ、魔王だからじゃねーの?」

「その価値観がわかんない」


アルカは困った様に笑って頭を掻いた。


「ごめんな。知らない世界で心細かっただろうに。リオを見つけておきながら側に居てやれなくて悪かったよ。でも心配しなくていいから。必ずリオが元の世界に戻れるように、オレも協力するからさ。それまでの間オレにリオを守らせてくれ」


アルカの言葉は優しすぎて里桜は泣きそうになるのを抑えながら首を左右に振った。


「アルカが謝る事じゃないよ。ただ、あんな……剣を刺すなんてこと、もう二度としないでね。お願いだから……」


 唇を噛み、涙を溜める里桜にアルカは「ごめん」と、素直に謝った。体を伸ばして里桜の額にキスをすると「もう、絶対にしない」と灰色の瞳を伏せて言った。

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