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夢現逃花

「えーと、リオは? 迎えに来たんだけど……」


 レアンの邸宅の衛兵に声を掛け扉の前で待つアルカの前に、デュランにエスコートされて里桜が現れた。


「!!!!」


 彼女の着飾った姿にアルカは驚き、口をパクパクとさせた後「ごめん、ちょっと出直す! すぐ戻る、待ってて!」と、素早くその場から立ち去った。


「……気に入らなかったのかな」


シュンと落ち込む里桜にデュランは珍しく大げさな程に首を左右に振った。


「絶対にそんなことは無いです。お美しいですよ。私が保証します」

「デュランさんともお別れだね」

「……と、申しますと?」

「私、この邸宅から出て今度はアルカのお世話になるの。今まで本当にありがとう」


デュランは瞳を見開いて「レアン様がそう言ったのですか?」と、里桜に問いかけて、里桜はコクリと頷いた。


 ——やっぱり女の子だって言わなきゃ良かった。こんな格好なんかしなければ良かった。

 泣きそうになって唇を噛む里桜の前に、サッと花束が差し出された。アルカが照れた様に頬を染めている。


「女性をデートに誘っておきながら花を忘れるなんてな。えーと、リオ、フルネームは?」

「リオ・マリー・トウゴウよ」


 フランスで生まれた里桜にはファーストネームが複数ある。戸惑いながら花束を受け取った里桜を見て、アルカはニッと笑って跪き畏まって頭を下げた。


「お迎えに上がりました。リオ・マリー・トウゴウ嬢」


そう言って里桜の手を取り、その手の甲にキスをした。

 里桜は照れた様にくすくすと笑うと、「なにこれ、キザったらしい」とアルカを見た。


「ごめん、まさか女の子の恰好で来るとは思わなかったからサ、ちょっと焦った」


いつもの愛嬌のある笑顔で笑うとアルカは里桜をエスコートし、デュランに「借りるぜ~!」と、手を振った。


「アルカ!!」


邸宅の窓からレアンが怒鳴る様に叫んだ。


「リオにおかしな真似をしようものならば承知しませんからね!!」

「あー? おかしな真似って、例えばー?」

「貴方がいつも女性に対してしていることです!!」

「えー? わっかんねーな~。詳しく教えてくれよー!」


レアンが顔を真っ赤にして絶句し、イリーが代わりにその場に駆けつけると、アルカの耳をぐいと引っ張った。


「いでででで!」

「リオに手を出したら殺す!!」


 窓に立つレアンや、デュラン、イリーを筆頭としたレアンの眷属達が目をギラリと星型に光らせてアルカを睨みつけた。アルカは苦笑いを浮かべると里桜の手を取りさっと踵を返した。


「おっかねーからさっさと行こうぜ!」

「アルカ、私が女の子だって気づいていたのね」

「あー、いや、ファメールから聞いた」

「……そっか」


 私ってそんなに男の子に見えるのかな……? と、里桜は少し傷ついて自分を見下ろした。

 そもそも男の人とつきあったりした事も無ければ、当然意識した事も無いのだから、色気も無ければ、あのダサイジャージでの初対面だったのが勘違いを生む要素だったのかもしれない。


 門の所に待たせていた白馬の上に里桜を抱きあげて座らせると、アルカはその前へと跨った。どう掴まろうかと考えていた里桜の手を取り、アルカが自らの腰へと回させると「しっかり掴まってな」と里桜の頭を優しく撫ぜた。

 ふんわりと甘い香木の様な香りが里桜を包む。

 

ゆっくりと馬を走らせながら、アルカは里桜をチラリと振り向いた。


「元気ねーなぁ。どうした?」

「うん……」


少し間を空けて、里桜はアルカに話した。


「レアンに、嫌われちゃったみたい」

「え? なんで? あれだけ殺気込めてオレに睨みきかせておいて、それはないと思うけど」

「私が女の子だって事が嫌だったのかも」


アルカはうーんと、唸って「あいつ、女性は苦手だけど嫌ったりなんか」と、首を捻った。


「さっきアルカの世話になれって。私、追い出されちゃった」

「ああ、でもそれはちょっと理由があるんだ」

「理由?」

「そ、あるんだ。落ち着いたらレアンがちゃんと自分から話すさ。悪いけど待ってやってくれよ」

「……わかった」

「嫌ってなんかいない。そこは保証するぜ。つーか、たぶんリオが好きすぎてあいつバカになってるだけだから、気にすんなって」

「最近朝早く出かけて帰りも遅かったから心配になったの」

「あー、確かに今ちょっと忙しいのかもな」


 そういえば、里桜が来る前はいつも帰りが遅かったとイリーが言っていた。もしかしたらたまたま忙しい時期とタイミングが重なっただけなのかもしれないが……。


「女の子の恰好をして食事した時にね、なんだか冷たくて」


アルカは笑うと、「それはリオが可愛いから照れてただけだって!」と言った。


「そ、そんなこと!」

「なんで? 自信持っていいと思うけどなぁ。リオは可愛いぜ?」

「……アルカ、私を男の子だと思って信じてたくせに」

「あれは先入観だって。いや、正直さぁ、リオがかわいくってドキドキしてやばかった。だからオレ、男にドキドキするとか、自分がおかしくなっちまったんじゃねーかと心配したんだけどな? 女の子だって聞いてホッとしたくらいさ」


 アルカってばホント女性慣れしているというか、軽々しくそういう事を言えちゃう人だから信用ならない。と、里桜は呆れてため息をついた。


「まあ、ほら。今日はオレとのデートなんだし? 他の男の事は忘れろよ」

「え? ごめんなさい。私、失礼だったかな」

「いーや、全然。ちょっと妬けるだけ」


 アルカは胴に回している里桜の手に優しく触れて振り向いた。灰色の瞳で里桜を見つめた後、「今日の服、似合ってる。綺麗だぜリオ」と微笑んだ。

 全く、アルカときたらレアンとは正反対でキザったらしくて、聞いてるこっちの歯が浮いてしまうなと里桜は思って、「ありがとう」と苦笑いを浮かべた。


 ——あれ? 反応薄いなぁ。マヂで綺麗なのに。と、アルカはキョトンとして、ちょっと言い方が軽々しかったかな? と、考えた。

 清く正しく女の子を落とすには、まずはムード作りが大事だなと頷いて、「よし、ちょっと飛ぶぜ?」と里桜に言った。


「え!? 飛ぶ!?」


 アルカが白馬の(たてがみ)を撫で、ブツブツと小さく詠唱した。その途端、フワリ白馬が大地から上昇し天を駆けた。


「魔法!?」

「ああ」

「お、落ちない!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ」


 二人を乗せた白馬はぐんぐんと上昇してゆき、ムアンドゥルガの王都が眼下へと広がった。

 王都の北側を占有する巨大な城の姿が(あら)わとなり、城下を賑わせる街並みがキラキラと輝いた。立ち並ぶ色とりどりの露店が一望出来、行き交う人々の姿が蟻の様に小さく見える。


「大きなお城」


 圧倒され、呟く様に里桜は言った。一体魔王はどんな人なのだろう。あれほどの大きな城に住むのだから巨人なのかもしれない……と、小さく息を呑んだ。


 白馬は優雅に空を駆け王都から遠ざかり北上していく。アルカは再び詠唱し、今度は白馬ごと薄水色のヴェールで包み込んだ。まるでシャボン玉の中にいるような状態に里桜は不思議そうに小首を傾げた。


「アルカ、これなあに?」

「魔法障壁。これから砂漠を通るからさ、暑いの嫌だろう? こいつをかけておけば砂嵐に巻き込まれても大丈夫だしな」


 ……なんて便利。私も魔法が使えたらいいのにと、里桜はアルカを羨ましく思った。


 黄金色の砂漠は折り重なる砂丘や砂山が、光と影のコントラストで幾何学模様のように美しかった。里桜は砂漠を見るのが初めてだったので、うっとりと見入った。時折舞い上がる砂塵が霧のように幻想的で、もしも灼熱であったなら、こんな風には感じないのかもしれないだろうと考えた。

 砂漠を越えるとポツリポツリと木々が生え始め、次第に生い茂る森へと景色が一変した。連なる山々の間を流れる川へと降下すると、白馬はまるで川の上を駆けるかの如く水面を(ひづめ)で弾いた。川の水は冷たく、跳ねる度に「冷たいっ!」と、里桜が嬉しそうに叫ぶので、アルカは白馬を操ってわざと水滴を上げた。


 やがてドウッと体に響く様な水音がし、巨大な滝が目の前に広がった。


「う……わぁ!」


 里桜は感嘆の声を漏らし深呼吸をした。肺一杯に森林と水と空とが解けあう空気を吸い込む。アルカは滝つぼの(ほとり)へと白馬を着地させると、フワリと降りて里桜に両手を向けた。恐縮しながらも里桜も両手を広げ、アルカの肩に捕まろうとすると、アルカは軽々と里桜を抱き上げて白馬から降ろし、そのままぎゅっと抱きしめた。


「ちょ、ちょっと。アルカ!?」

「ごめん、だってめちゃくちゃかわいいんだもんなぁ~」

「そ、そんなこと言われると恥ずかしいからっ!」

「照れるところがまた可愛いな」


優しく里桜の頭を撫でると、アルカは里桜の体の向きをさっと変え、軽々と両手で抱きかかえた。


 ——これ、いわゆるお姫様抱っこ!? うそ……! 

 と、里桜は驚いてアルカの肩に手をまわし掴まると、「そのまま掴まっててな!」と、アルカは背に灰色の翼を生やした。


「アルカって、天使だったの!?」


アルカの翼に驚いてそう言った里桜に、アルカは声を上げて笑った。


「まさか! オレは正真正銘の魔族だし」

「でも、すっごく綺麗な羽根」

「そうか? ありがとナ」


 トンと大地を蹴って翼を仰ぎフワリと舞い上がると、滝つぼからその水面を伝う様に上昇した。太陽の光を浴びて水しぶきが虹となる。


「ひゃああああ!」


 ——なにこれジェットコースター並みに怖いんだけどっ!!

 思わず里桜はぎゅっとアルカを抱きしめた。


「わお。役得!」

「怖いって! ホント、すっごく……」


 滝の上部へと到着した里桜は言葉を失った。


 そこには一面に純白の花が咲き乱れていたのだ。花はまるで星の様な形をしており、風に(なび)いて白い花びらを舞い上がらせた。甘い香木の様な香りが里桜を包む。


「この匂いって……」

「うん、この花が材料なんだ。前にさ、リオが好きだって言ってたのを思い出して」


 アルカの、香の匂いだった。

 里桜にはまるで、そこここにアルカが居るかのように感じた。瞳を閉じると、まるでアルカに包まれている様な錯覚にすら陥る。


夢現逃花(むげんとうか)っていう花なんだ。季節も関係無く一年中咲くんだけど、なかなかに貴重でさ。この場所は誰にも教えて無い」


そっと里桜を川岸に降ろすと、アルカは翼を引っ込めて里桜の肩に手を置いた。


 改めて、アルカはうっとりと花に見入る里桜を見つめて思った。

 ——やっぱりめちゃくちゃかわいいな。オレが翼出しても怖がらなかったし、これはもう、オレの事好きなんじゃねーの!? よし! ぎゅっと抱きしめてむちゅーっとしよう! 

 アルカが両手を伸ばして里桜を抱きしめようとすると、彼女が急にしゃがんだので、アルカの両腕は空振りした。


「ねえ見て。この花、薄っすら光ってる」

「っとと……ん? ……ああ、星の輝きを吸い込むらしいぜ?」

「なにそれ、ロマンチック通り過ぎて乙女趣味全開じゃない」


 くすくすと里桜は笑い、花の匂いを嗅いだ。

 タイミングを逃したなぁ、と、アルカは苦笑いを浮かべたが、里桜が嬉しそうにしていたのでまあいいかと、大きな石の上に腰かけた。


「すごい。満開なんだね」

「うん。三カ月に一度だけ閉じるらしいが、それ以外は常に咲き続けてる不思議な花だ」


淡い輝きを放つ花畑で、里桜は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「私、こんな凄いところに来たの初めて! ありがとう、アルカ!」


どんなにか淀んだ心も、この花畑に来れば一瞬で洗われる気すらした。悲しくもないのに里桜の瞳から涙が零れ落ち、生まれて初めて感動の涙というものを味わった。アルカが秘密にしていた場所に連れて来てくれたという事も、特別な気がして嬉しかった。

 里桜という存在を、アルカが受け入れてくれている様に思えたからだ。


 あの日、あの洞窟で助けてくれたアルカに、運命を感じずに居られるはずがない。アルカは、里桜が悲しくて辛くて凍えてしまいそうなときに、いつも手を差し伸べてくれるヒーローなのだ。


「リオ」


石の上から声を掛けるアルカを振り向いた。アルカはニッと笑い、眩しい程の笑顔を里桜に向けた。


「綺麗だぜ。リオ。すっげー綺麗だ。花が皆(かす)んじまう。まるで天使みたいだな!」


 里桜は顔を真っ赤にして「嬉しいけど、照れるから!」と、両頬に手を当てた。そのしぐさもまたかわいいんだよなとアルカが思っていると、里桜は太陽の光が眩しそうに瞳を細め、アルカを見つめた。


「さっきの翼、本当に綺麗だった。天使はアルカの方だよ」

「そうか? ファメールにはいっつも『小汚い翼なんか邪魔くさいから仕舞いなよ』って言われるけどなー」


アルカの腰かけている石に里桜も座ると、首を左右に振って「全然。そんなことないよ」と言った。


「ねえ、アルカもヴァンパイアなの?」

「……いや、違うけど。でも人間の処女の血ってのは魔族にとっては魔力増強剤であることには違いないからなぁ。怪我とか、ホント気を付けてくれよ?」

「う、うん。でも、怪我ってどうして?」

「間違って舐めたら大変だからさ。オレ、リオが怪我してたら絶対舐めちまうもん」


それは、怪我に気を付けるというよりもアルカに気を付けるべきなのでは? と、里桜は苦笑いを浮かべた。

 アルカの灰色の髪がサラサラと風に吹かれて舞った。里桜はそれを見て、そういえばファメールも同じく灰色の髪をしていたな、と思い出した。


「ファメールさんとアルカは髪の色が同じだけれど、兄弟だから?」

「いや、オレとファメール、レアンの3人は義兄弟でさ。全員血が繋がってないんだ」


里桜はハッとして思わず口に手を当てた。


「ごめんなさい。変な事聞いちゃって。なんだか複雑な家庭なのね」

「いや、別に。血の繋がりなんて大したことじゃないしな」

「どうして?」

「オレ達魔族は人間と違って長く生きるだろ? だから、一人の相手と一生を共にするなんてことはしない。まあ、偶にずっと一緒に居る様なのも居るけどなぁ。個人の自由ってやつ? だから親が違う兄弟同士なんて珍しくもなんともねーぜ?」


 確かに。考えてもみれば、人間ですらその一生の間にパートナーを変える事がある。この世界の人間の事はわからないが、少なくとも里桜の居た日本では離婚率がかなり高い数値だった。


「じゃあ、アルカも誰かと子供が居たりとかするの?」

「え!? いや、オレは……!」


咳払いをした後アルカは頭を掻いた。


「あー、まあ……オレは確かに女の子大好きだけど。実のところちゃんと付き合ったりとかは無いんだよなぁ」

「え? なにそれ、酷い」

「いや! えーと、うん。ちゃんと付き合う前にフラれるっていうか」


里桜はくすくすと笑うと「アルカが浮気ばっかりするからでしょう?」と言った。


「まぁ、それもそうだけど。でもさぁ、オレはその、結婚とかできねぇよ。しちゃいけねぇんだ」

「確かに、しちゃダメなタイプだよね。奥さんが可哀想すぎるもん」

「えー!? ……うーん。まあ、そうかー」


そういう意味じゃないんだけど……と、苦笑いをするアルカを不思議そうに里桜は見つめた。


「憧れるけどな。オレそっくりなガキんちょ百人位居たりして、大家族とか楽しそうじゃん」

「百人って……アルカ、虫とかそういうレベルじゃない!? やだ、アルカ虫なの!? 虫嫌いっ!」

「虫じゃねーよっ!!」

「レアンはヴァンパイアでしょう? アルカは虫!?」

「違うって! 触覚とか、ねーだろ!? ほらっ!」


 さあ思う存分見ろと言わんばかりに、アルカは背を縮ませて里桜に頭を見せた。里桜はアルカの頭に触れ、優しく撫でた後、「あれ? こんなところに何かあるよ?」と言って茶化した。


「無ぇったら!」

「アルカったら、なんだかかわいい」

「なっ!? かわいくねーよ! カッコいいって言ってくれよな!?」


ぷんすかといじけるアルカを里桜は増々かわいいなと思い笑った。


 ヒラヒラと花びらが風に舞い上がり里桜の髪についたので、アルカはそれを取ろうと手を伸ばした。頬の横の髪から花びらを取り「花びらがついてたぜ」と言おうとした時、里桜の瞳を見つめた。

 ブルージルコンの大きなその瞳が美しく、つい見入ってしまった。


「リオ……」


と、アルカは小さく里桜の名を呼んで灰色の瞳をふっと細めた。

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