痛みから生まれし存在
「アダム」
葉巻を浅く吸いながら、ファメールが声を発した。アダムは机に向かい、会社の書類に目を通しながら「あ?」と、気の無い返事をした。
「マシンルームにあるあの筐体群は、どこから回収したものなんだい?」
「支社にあったヤツを本社に集めただけだ。だから、あれが全台じゃねぇ可能性が高いと思うぜ? つっても、試作品をそういくつも作ってるとは考え難いって、ガブリエルのヤツが言ってたけどな」
フゥーと煙を吐き、ファメールは金色の瞳でアダムを見つめた。アダムは書類の方へと視線を向けたまま、気まずそうに「なんだよ?」と、言葉を放った。
「キミは、アルカの……いや、カインの記憶があるのかい?」
「一部、な」
「例えば?」
「なに、基礎のとこだけだ。言語だったり、一部生活の基準的な事だな。車の運転だったり、地下鉄の乗り方だったりとか、金の使い方とかな」
「僕やレアンの事については?」
「エデンでの頃の記憶しかねぇよ。あの頃は、カインのヤツの目を通して見たモンは、俺にも筒抜けだったからなぁ」
ファメールはフッと笑うと、葉巻を浅く吸った。室内にフワリと甘い香りが広がる。
「ミシェル! 頼まれていたものを持ってきたわ!」
アリエルが入ってくると、ファメールは「助かったよ。悪いけれど、ラファエルに届けに行ってくれるかい?」と言い、アリエルが用事を依頼されることを嬉しそうに「任せて!」と、答え、鼻歌交じりにマシンルームへと駆けて行った。
「おうおう、嬉しそうに。お前の役に立てて嬉しいんだな。健気じゃねぇか」
「……キミもね」
「んあ?」
ドン!! と、ファメールがアダムの机を蹴った。絶句したまま灰色の瞳をチラリとファメールに向けるアダムを、金色の瞳で睨みつける様に見つめ、ファメールは浅く葉巻を吸った。
「誤魔化すのもいい加減にしなよ。だったら何故僕を『ミシェル』と呼ぶのさ? エデンの記憶しか無いのなら、僕の事をそうは呼ばないはずじゃないか」
──確証が要る。アダムの中にアルカが存在しているのだと。もしそれが分かれば、アダムを削除することでアルカを救い出す事が可能なはずだ。
ファメールは冷たい金色の瞳をアダムに向けた。アダムは書類を机の上に置き、頭を掻いた後、観念したようにため息をついた。
「……知らねぇって言った方が、いいだろ? あいつの記憶なんかねぇ方がいい。そうだろ?」
「僕が傷つくからか?」
頷くアダムにファメールは苛立った様に舌打ちをした。
「バカにするなよ。クズアダム」
「バカにしてる訳じゃ……」
「知っているんだろう? 僕達の事を含めた全てを。誤魔化そうとしたってそうはいかない。知らないフリされている方がよっぽど屈辱だということが理解できないのか?」
「な……なんのことだ?」
「恍けるな! 僕達が養父に何をされたか、キミは全部知っているんだろう!? アルカの目を通して全部見ていたはずだ!! あれを無かったことになんかできない。絶対にね!! それとも薄汚い奴めと影で嘲笑ってでもいるのか!?」
「ち、違う!! んなこと思ってなんかいねぇよ!!」
「キミという記憶媒体ごときにそうやって知らないふりを決め込まれる事こそが屈辱だと分からないのかい!?」
「そんな……ただ、俺は……」
灰色の瞳からポロポロと涙を溢れさせ、アダムは机に両肘をつき、額に両手を充てて俯いた。机の上にポタポタと零れ落ちた涙の雫が落ちる音が発せられる。
「お前や、ガブリエルのされた事。カインの野郎がされた事を、俺は赦せねぇだけだ!! バカになんかしてねぇよ!」
アダムは瞳を擦り、子供の様に嗚咽を漏らした。
「俺は、そんな風にして生み出された。お前らの絶望が生み出した世界の産物だ。だから俺が憎いのか? だから俺の存在が気に食わねぇのか? 俺だって望んでこんな生まれ方をしたわけじゃねぇ。悲しくて堪らねぇってのに、誰にもこんな事言えやしねぇ。一人で抱えるしか無かった。知らねぇフリするのが一番いいって思ってただけなんだ。お前はそんなに俺が憎いのか!? 俺の存在が忌まわしいのか!?」
――憎い……?
と、ファメールは自問自答した。
僕はアダムを憎いと思った事があっただろうか? 少なくとも、現実世界で目覚めたのがアルカでは無かった事に残念に思ったし、エデンでの事を考えれば腹立たしく思う事はある。けれど、アダムを憎んだ事は無かった。
何故だろうか? アダムの言う通り、彼は僕達の絶望から生まれた。エデンで三カ月に一度の周期でアダムが目覚める時、厄介だと思ってはいたけれど、それが唯一アルカが自分ではどうにも対処できず、僕とレアンに全面的に身を委ねる時間だった。心のどこかで僕とレアンはそこに信頼という繋がりを見出していた気すらする。
忌まわしい奴。そう思いながらも、憎んだりすることは無かった。恐らくそれは、レアンも同じ気持ちだっただろう。そして、アルカの場合は常にアダムに対し、自分が生み出したにも関わらず封印してしまった事に後ろめたさを感じていたはずだ。
むしろ、エデンにアダムが居て良かったとすら思っている。何故そう思うのか自分でもよく分からないが。
「……そうじゃない、キミを憎んでなんかいない」
ファメールは唇を噛み、立ち上がると、震えるアダムの肩に優しく触れた。
――僕はこの男の存在を、とっくに受け入れていたんだ。……それならば。
「教えて欲しいんだ、アダム。あの地獄の発端を。僕達の知らないところでアルカが何をされ、何をしたのか。アルカの口からは絶対に教えてはくれないから。頼むよ、アダム」
アルカは一体いつから養父の元に居たのだろうか。孤児院の施設に何度か足を運んでいた事はあっても、恐らくそこで生活していたことは無いだろうとファメールは思っていた。
ずっと疑問だった。
アルカは一体、どこから来たのか……?
「それを知ってどうする気だ?」
「知らずにいる方が辛いじゃないか。何も知らずに、僕がアルカを救える自信が無いんだよ。どんな傷があって、それを癒すには何が必要なのか。今まで憶測だけで行動してきたけれど、もうそんな事はできない。失敗するわけにはいかないんだ」
アダムの中に居るアルカを呼び戻すには、知る必要がある。ファメールは自分の罪と向き合うかの様に、恐れを抱き、しかし、克服しなければアルカは帰っては来ないと思った。
アルカはきっと、理解して欲しいはずだ。自分の痛みを分かち合う事ができずに、たった一人でそれを打ち砕こうとしているのだから。
「俺も、お前にだけはずっと話してぇと思ってた」
アダムはじっとアルカと同じ灰色の瞳でファメールを見つめた。
「カインの野郎も、きっと話したかったはずだ。けどな、今のお前に受け止めきれるか?」
「知らないままでアルカを現実世界の戻す為の説得が出来ると思うかい?」
説得か、どうせ結局は強引にやっちまうくせに。と、アダムは思いながらため息をついた。
「お前の想像以上に痛ぇ過去だぜ?」
「……そうだろうね」
ファメールの金色の瞳はゆるぎない意志の強さが込められていた。
アダムは観念した様に頷いた。
「仮想空間を使ってイメージを脳内に飛ばしてやるよ。自分の目で見て来な。俺は、説明があんまり上手くねぇからな」
アダムは義手を伸ばし、ファメールの頭に触れた。ビリビリと電流が流れるが如く、ファメールの脳裏に痛みを伴いながらアルカの過去が流れ込んできた。




