地下室の墓標
ミカエルの行動が嬉しくてニマニマと笑みをこぼしながら片づけを始めた里桜に、カフジエルが手伝いながら、彼も里桜に同調したのかニマニマと笑い始めた。
——写真でしか見た事無いけれど、ホント、ジエルさんにそっくりだなぁ。
と里桜はカフジエルに対して改めて思った。
父やヴィベルの話では、ジエルはプログラミングに相当長けていて、少しのミスもなく組み上げていくのだとか。彼が作成したアプリケーションは芸術品だと言われている程だ。ただ、人間性には癖があり、父もヴィベルも手を焼いていると聞いたことがあった。
どんな癖なんだろう? と、里桜は片づけをしながらカフジエルをチラリと見た。
——まあ、似てるというだけで、本人というわけではないのだろうけれど……。
「リオさんって、イーメーラールオンジュのリオ様?」
カフジエルの言葉に里桜は何のことだと瞳をパチクリとさせた。その様子に「あー、ええっと」と、彼は頭を掻いて「社長の娘さんのリオさんっスよね?」と、言ったので、里桜は驚いて頷いた。
「この世界に来ちゃったんスねぇ。いや、びびったぁ~!」
「どういうこと!? フランス支社のエンジニアのジエルさんなの?」
「そうっス! ジエルっス!! そうなんス!! 何で知ってるっスか!?」
「お父さんが偶に話題に上げてたから……」
「社長ったらいけずっスねぇ! ホントは自分の事大好きだったんスね!?」
「……それはわかんないけど」
「でもやった! リオ様に会えた! 逢いたかったっ! かわいいっス!! まじ天使っス! 最高っス!!」
ジエルは嬉しそうに里桜の両手を掴み、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
——えーと、天使は貴方でしょ?
という突っ込みを入れたいのをゴクリと飲みこんで、里桜はジエルに質問を投げつけた。
「一体どうやってここに来たの!? 筐体か何かに触った?」
「いやぁ、実は自分もよくわかんないんすよー。突然フランス支社に社長が来て、『つきあえ』だなんて言って強引に連れられて、古い屋敷に入ったんスけどね?」
ジエルはアルマゲドンにダイブした時の事を里桜に話して聞かせた。
「社長~。ここ何なんスか? てっきり何か美味しい物でも奢ってくれるんだと期待したら、廃屋じゃないっスかぁ」
「何故私がお前に奢らねばならぬ?」
「可愛い部下じゃないっスか!!」
「お前は可愛くない部下筆頭だろう」
「酷いっス!! ちょっと! あーあー、勝手に入ったら叱られるっスよぉ……」
ジエルの言葉に「気にするな」と、ピシャリと言い放つと、総一朗は懐中電灯で照らしながらズカズカと屋内へと踏み入った。
総一朗の茶色がかった黒髪に僅かに入る白髪。すっと鼻筋が通った日本人離れしたヨーロッパ風の風貌は、恐らく先祖にそういった血が入っている為だろう。
ジエルは暗い中にポツンと取り残されるのも怖いと思い、仕方なく総一朗の後をついて行った。
軋む廊下、風でガタガタと音を発するガラスの窓にジエルは恐怖しゴクリと息を呑んだ。
真っ暗闇を照らす総一朗の持つ懐中電灯だけが唯一の灯りだ。はぐれるわけにはいかない! と、思わず総一朗のスーツの袖を引っ張った。
「なんだジエル、だらしのない。怖いのか?」
「おっかないに決まってるじゃないっスか!」
「そのような体たらくでうちの会社のエンジニアがよく務まるものだな」
「エンジニアに怖がるなというスキルは関係ないっス! お化け屋敷は苦手なんスよぉ! 誰もが社長みたいに武闘派だと思わないで欲しいっス!」
「フランス支社が入っているビルはなかなかに歴史ある建物ではないか。残業の時はどうしているのだ?」
「建物中の電気全部つけまくって、音楽ガンガンにかけてるっス!」
「ほぅ」と、総一朗は人の悪い笑みを浮かべた後、懐中電灯の灯りを自らの顔の下へと充ててクルリと振り返りジエルを見た。
「じゃあ、お前はこれも苦手なのか!?」
「うひゃぁあああ!!!」
驚いて飛びのいたジエルは後方の棚にぶつかり、腰を強打して悶絶した。総一朗はその様子を指さし「お前はなかなか間抜けだなぁ!」と豪快に笑った。
「酷いっスよぉ! 社長~!! 腰が使い物にならなくなったらどうしてくれるっスか!」
「何? 使い物?」
「自分は社長と違って枯れてないんスから、これからの若者の芽を摘むのは止して欲しいっス!」
「……お前は時折意味不明な事を言うな? ほら立て……」
と、総一朗がジエルに手を差し伸べた時、ジエルの後方にあった棚が奇妙に傾いている事に気が付いた。ジエルが差し伸ばされた手を掴もうとしたのを無視し、スッと棚に触れた。
「ちょ、社長~?」
「ジエル、手伝え。この棚をどかすぞ」
「人使いが荒いったらないっス……」
二人で棚を押しどかすと床下の扉が現れて、総一朗は躊躇う事無くその扉を開いた。暗い階段が地下へと続いており、ジエルは見ただけで悲鳴を上げたい気持ちになった。
総一朗が「よし!」と、張り切った様に階段を降りようとしたので、ジエルは慌ててスーツの裾を引っ張った。
「社長! 止めましょうって! 危険っスよ! 呪われるっス! 憑りつかれるっス!」
「何を言っている。行くぞ。ほら」
「こんな階段ヤバイに決まってるじゃないっスか! おーばーけ~が這い上がって来るのにうってつけの階段っスもんっ!! 絶対嫌っス!」
「なんだ? 這い上がって来たら叩けば良いではないか」
「そうそう、新聞紙丸めてパコンと! って、ちびって腰が抜けてそれどころじゃないっスよ!! 自分はここから一歩も動きませんからね! ぜ————ったい嫌っス!」
総一朗は呆れた様にジエルを見つめ、ポンとジエルの肩を叩いた。
「わかった。アレを約束してやる」
「……まじっスか!?」
「ああ、一度だけな」
「やった! 一度でもいいっス! それで連絡先聞けばいいんスもん!」
「それはだめだ!」
ジエルがぐふふふふと笑い、総一朗はやはり取り消しと言いたいと苦笑いを浮かべた。
「じゃあこの屋敷から帰ったら直ぐっスよ!? いいっスね!? 約束っスよ!?」
階段を下りながらジエルはしつこく総一朗に食いついた。
「約束破ったら社長の恥ずかしい動画を全社公開するっスからねっ!?」
「恥ずかしい動画とは何だ!?」
「真っ裸でラインダンス動画とかっスかね」
「そんな動画あるはず無いだろう!!」
「いくらでも合成出来るっスもん~」
「私はお前と違って約束を破ったりなどせん! ……しかし、お前は何故そんなに里桜に逢いたいのだ?」
「一目惚れしたっス!」
「会った事も無いのにか?」
「社長の机の上に写真があるじゃないっスか! めちゃんこ可愛い奴!! 天使の笑顔とはリオ様の事を言うっス!!」
「お前はまた勝手に社長室に入ったのか!!」
「いっつも留守なんだから別にいいじゃないっスか。快適に仕事させて貰ってるだけっスよ」
「だが会話したことも無い相手に惚れたのか?」
「無いっスよ! だからちゃんと会わせてくださいと頼んでるんじゃないっスか! 自分の未来のお嫁さんっスもん。ね? お義父さん」
「バカを言え! 誰がお前に嫁にやるものか!」
「でも会わせてくれるって言ったっスもん」
「会わせるのと嫁にやるのとは偉い違いだ!」
「でも会うっスもん。会ったら最期、自分に惚れるに決まってるっス!」
そんなワケがあるものか、と、総一朗はため息をつきながら地下へと続く階段を下りた。そもそも娘は恋愛関係に対して唖然とする程に疎いのだ。もしも娘に少しでも色恋が分かるのであれば、ラファエルととっくに付き合っているだろう、と、総一朗は苦笑いを浮かべた。
階段を降り切って突き当りの扉をそっと開くと、甘い香木の様な香りが辺りに広がった。
懐中電灯で室内を照らすと、白い小さな花が咲き乱れている事が確認できた。甘い香木の様な香りはその花から香っているのだと容易にわかる。ほんのりと淡い光を放つ不可思議なその花は、室内であることを忘れてしまう程床一面に咲き乱れ、まるで来訪者を待ちわびていたかのように出迎えた。
「家の中に花畑があるっスか!?」
ジエルの言葉を無視し、懐中電灯で更に照らすと、室内の中央に青い光を放つ四角く黒い筐体が置かれているのが見えた。まるで墓場の様にも思えるその光景だが、総一朗は舌打ちし、「一台だけか」と悔しそうに呟いた。
「なんか、変っスね。上の階は電気が止まってるっぽかったのに、地下室には通電してるだなんて。あ、ちょっと! また勝手に!」
ジエルが止めるのも利かずに総一朗は室内へと足を踏み入れて筐体を撫でた。筐体の上にはまさしく墓標の様に『Ernest』と名が刻まれていた。ジエルは総一朗が嫌に怒りの籠った表情を浮かべている様に思えて、彼のそんな顔は初めて見るなと思いながら、筐体をコツンと叩いた。
「社長、こいつが何か知ってるんスか?」
そう言って室内に視線を走らせると、壁の一面がガラス張りになっている事に気が付いた。そこから隣室が見通せる様になっており、明らかに奇妙な構造だ。隣室には拘束具のついた物々しい椅子が設置されており、まるでこちら側の部屋で起きている事柄を隣室に座らせ拘束した者に見せつけるようにしていると感じた。
一体、この部屋で何が行われていたのか?
ジエルと総一朗はゴクリと息を呑み、押し黙ってその奇妙な装置を見つめた。
「社長。コレ、なんスか? ここでSMプレイでもしてたんスか?」
「そんなワケがあるか! 縛る=SMプレイとは、お前の思考回路はどうなっているのだ!?」
「あれ? デッキがあるっスよ。VHSだなんて、今時珍しいっスね。見てみましょうよ。これでSMかどうか分かるっスよ! 自分が正しかったら給料上げてくださいっス!」
「バカを言え。お前が妙な事をして減給にならなければそれなりの金額だったはずだというのに。クビにならんだけありがたく思え」
「チャンスくれたっていいじゃないっスかぁ!」
部屋の隅に設置されている古いデッキのスイッチを入れると、モニターが連動起動され、映像と共に音声が室内に鳴り響いた。
マイクに風が当たる不快な音は、恐らく呼吸音だろう。映像にはアッシュブロンドの髪をした少年が首輪をかけられている姿が映し出された。ジャラリと音を発し、俯く少年の瞳は虚ろで、頬には幾筋もの涙の跡が残っていた。
「うわー。未成年の少年相手へのSMプレイっスか……犯罪っスよコレ」
苦笑いを浮かべるジエルを「しっ!」と、諫めると、総一朗はその映像を唇を噛んで見つめた。
少年の手には青光りのする小さな小刀が握りしめられていた。両手は血に塗れており、台座に横たわる女性の腹部をゆっくりと丁寧に切り裂いていく。
『そうだ。ガブリエル。上手だね』
映像に映っていないところから、男性の低い声が響いた。アッシュブロンドの髪の少年が涙を流し、無言のまま、切り裂いた女性の腹部に手を差し入れた。
『止めろ!! そんな事をさせないでくれ!! エルネスト!! 止めさせてくれよ、頼むからっ!!』
悲痛なまでの少年の叫び声が響いた。これもまた、映像には映っていない者の声だ。
女性の解剖をするアッシュブロンドの髪の少年を、映像に映ってはいない男性と別の少年の二人が見つめている構図なのだろう。撮影の様子から見て、筐体の置いてある部屋でアッシュブロンドの髪の少年が女性の解剖をし、ガラス越しに別の少年が……恐らく例の拘束具で縛り付けられ、無理やりにその様子を見せられている。時折軋む様な音が雑音に混じるのは、拘束具のせいなのだろうと理解できた。
『ガブリエルは今後の練習の為にやっているのだよ。なあ、ガブリエル。お前は医者になるのだろう?』
『そんな、練習って……ガブリエル……そんなことしなくていい! 頼む、止めさせてくれ!! そんなの、練習でも何でもねぇよっ!!』
少年の悲痛なまでの叫び声に、アッシュブロンドの髪の少年の手がピタリと止まった。
『おや、困った子だね。ああ、ガブリエル。お前の母親も確かこんな風に死を遂げたのだったね? 思い出さぬか? あの時お前は母の血を啜り生き抜いた。そうだろう?』
ふ……と、嗚咽とも言えない小さな呼吸音を発すると、アッシュブロンドの髪の少年は止めていた手を動かした。女性の腹部から何か小さなものを両手で救い上げる様に取り出す。
それは命になる予定だったもの。小さく頼りなく、この世界ではまだ一人で呼吸すらできないそれは、当然の如く産声一つ上げずに命を失っていた。
『ガブリエルよ。お前の妹もそうだったね。誰一人助けられないで、医者になりたいとは。残念だね、ガブリエル』
血に塗れた小さな少年の両手にすらすっぽりと納まる程の大きさ。少年は蹲り、大切なものを失ってしまったかの様に声を押し殺して泣いた。
『エレーヌ……すみません。助けられず、すみません……』
嗚咽を漏らし、聞いているこちらまで悲しみでいっぱいになる程に、彼は涙を零しながら言葉を放った。まるでこの世には幸せなどない、哀しみしかないと言わんばかりの彼の様子に、総一朗とジエルは自分の瞳に涙がにじむ事に気づきもせず、じっと黙って見つめていた。
『お前と出会った女性は皆不幸になってしまうのだね。救えぬのならば血を啜れガブリエル。そうすれば、お前の中で生き続ける。お前の血となり、生き続けるのだよ。エレーヌも、それを望んでいるだろう。母の血を啜ったのと同じように』
首を左右に振り、拒絶するアッシュブロンドの髪の少年に、命令口調の男の声が『カインを殺すのか、それとも血を啜るのか選びなさい』と、静かに言った。
悲鳴が聞こえる。『エルネスト』と呼ばれた男が、恐らく映像に映っていないもう一人の少年に何か苦痛を与えたのだろう。
「止めてください!」と、叫ぶと、アッシュブロンドの少年は体を震わせ、無我夢中で血を貪った。
『やめ、止めろ! 止めさせてくれよ、頼む、止めさせてくれ。ガブリエル、ガブリエル!! いやだ、いやだいやだいやだ!!!!! 止めてくれよぉおおお!!!!!!』
悲鳴を上げる声の凄惨さに耐えきれず、ジエルは思わずVHSのテープ排出ボタンを押した。
「なんスか……これは……」
うっと吐き気を押えながらジエルがテープを取り出して見ると、テープの残量がまだ半分程ある事に気が付いた。総一朗は無言でそれを見つめ、再生を促したので、ジエルはあんたも好きっスね……と、苦笑いを浮かべながらテープを再びデッキの中へと挿入した。
テープの爪が折られている為か、自動的に再生され、室内には再び悲鳴を上げる画面に映らない少年の声が響いた。
うわ、これに暫く耐えなければいけないのか、と思っていると、パッと画面が真っ暗になり、少年の声も途絶えた。
『検体 ②』
と、黒い画面に白い文字が表示されたかと思うと、プラチナブロンドの髪の少年が椅子に腰かけている姿が画面上に映し出された。
「こ、今度こそSMプレイかもしれないっスよ!?」
上ずった声を発したジエルに無言のまま、総一朗は眉を顰めて画面を見つめた。
『ミシェル……』
再び、画面に映らない少年の声が言葉を発した。
『頼むよ、エルネスト……止めてくれ……』
キ……と、ドアが開き、男性達が数人室内へと入って来ると、プラチナブロンドの髪の少年を取り囲んだ。そしてその瞬間、服を引きちぎり、美しい髪を引っ張った。抵抗しようとすると殴り、蹴られ、女性の様に綺麗だった顔立ちは見る影も無く、赤紫に晴れ上がり、血を滲ませた。
『ミシェル! ダメだ。抵抗するなっ!』
画面に映っていない少年の放った言葉を忠実に守り、プラチナブロンドの髪の少年はピタリと抵抗を止めた。暴行も停止され、映像を見ていたジエルが僅かにホッとしたのもつかの間、今度は男たちが少年を凌辱し始めた。
『……え……? 嘘だろ? 何を!! おい、お前ら、ミシェルに触るなっ!!』
プラチナブロンドの髪の少年は、無抵抗のまま、一声も発する事無くじっとただ耐えた。金色の瞳をこちらに向けている。恐らくそれは、画面に映っていない少年に向けられたものだろう。
『どんな状態になっても、信頼している。キミだけは、僕を裏切らない。そうだろう?』と、言っているかの様だった。
『ああ……ミシェル』
再び、画面には映っていない男性のしわがれた声が響いた。
『なんと、汚い子だろうね……』
その言葉が放たれた時、金色の瞳から涙が零れ落ちた。絶望した様に光を失い、それでも彼は一声も発する事なく凌辱に耐え続けた。画面に映っていない少年が、彼の代わりに悲鳴を上げている。
「も……無理っス……」
ジエルが堪らずVHSの電源を落とした。
「吐きそうっス……サイアクっス……」
吐き気を帯びながら恐怖でカタカタと体を震わせているジエルの後ろで、総一朗はドン! と筐体を殴りつけた。
「……破壊しよう」
「へ!?」
「手伝え、ジエル」
「いや、ちょっと待ってくださいよ! 不法侵入の上、器物破損だなんて洒落にならないっスよ! お巡りさんに叱られるだけじゃすまないっスよ!?」
惨たらしい映像のせいで総一朗がどうかしてしまった、と、ジエルは苦笑いを浮かべてスマートフォンを取り出した。副社長のラファエルに連絡をし、止めて貰おうと考えたが、画面に表示されている『圏外』に肩を落とす。
総一朗は持ってきた鞄からプラスチック製のバッグの様なものを取り出し、それについている蓋をパカリと開いた。音声ガイドがスピーカーから流れ、ジエルはぎょっとした。
「しゃ……社長!? それ、AEDじゃないっスか!!」
「ああ。フランス支社から持ってきた。てっとり早く、音も小さく匂いもせずにコンパクトで確実に破壊ができる」
「心肺蘇生装置で筐体を破壊っスか……なんか、罰当たりっスね」
「ほら手伝え。里桜に会わせてやらんぞ?」
「え!? ほんとに会わせてくれるっスか!?」
「会いたかったら手伝え。ほら早くしろ」
相変わらず無茶苦茶な事をする、と、ジエルは苦笑いを浮かべたが、里桜に会えるのならいいか、と、電極を筐体へと取り付けるべく準備をした。確実に破壊するにはケースを外し、基盤やHDDに電極を直接つけるのが良いだろう。
フト、筐体に付属しているコンソールに緑色の文字が浮かんでいるのを見て、ジエルは小首を傾げた。
「社長、変っスよ。この筐体、更新が入ってませんか?」
「……なんだと!?」
「ほら、この日付。今日じゃないっスか。それに時間が……」
コンソールを覗き込んで、二人はゾクリと悪寒を走らせた。その時間はたった今から数秒前を指し示していたのだ。自分達以外に誰も居ないこの部屋で、一体どうやってこの筐体内部のファイルを更新したと言うのか。
先ほどスマートフォンで見た通り、この部屋には電波が届いていない。筐体から延びている配線はUPS(無停電電源装置)に接続されている電源のみで、ネットワークに繋がるようなケーブルは何一つとして見当たらない。当然、LANポートには何も差し込まれていないのだ。
「スタンドアロンなのに……どうなっているんスか……」
「急げ、さっさとしろ、ジエル!」
普段声を荒げる事の無い総一朗が突然発した声にジエルはびくりとし、筐体の上に置いてある小瓶に過って触れた。小瓶は筐体の上から落ち、カシャンと音を立てて粉々に散らばった。真っ赤な鮮血の様な液体を撒き散らし、白い花々が朱に染まる。ジエルはゾッとして悲鳴を上げた。
「な、なんスかこれっ!! ひょっとして、血……!?」
ジエルが言葉を吐いた時、筐体から凄まじい音量でビープ音が鳴りだした。二人は堪らずに両耳を手で塞ぎ、耐えきれずに蹲った。まるで脳を直接振動させられているような気分でジエルは吐き気を帯び、その瞬間抗いようのない睡魔に襲われた。
「で、気づいたらここに居たっス」
と、ジエルは里桜の焼いたお菓子の残りを頬張りながら言った。里桜はジエルの話を聞き終えて、呆然としながらズキズキと痛む胸の前で、ぎゅっと拳を握りしめた。




