椃柏ノ杜〔こうはくのもり〕
師匠は遊びをやめて真面目に走り、隠れ里近隣に来た頃。さっきの師匠のお遊びでユナは少し酔っていた。
「うぅ、早いのはわかるけど、遊び始めちゃうんだもんな~」
「悪かった悪かった、あともうすこしじゃから。」
と言っているうちに目的の隠れ里についた。
《惑わせの森の奥地 隠れ里》
大森林の奥地に築かれた、防人の隠れ里〈椃柏ノ(の)杜〉。そこには大精霊が宿る大樹があり、師匠やユナたち惑わせの防人達は先代たちが築いてきた隠れ里で暮らしている。
里の奥に大精霊の宿る大樹《霊樹》と呼ばれている。霊樹から円形状に里は形成されている。なにぶん森の中なのもあってか霊樹周辺にある木を残しつつ、木の上など、地中などに家がある。
その中に《霊樹》のすぐそばにユナたちや師匠の暮らしている社がある。
「うぅぅぅ・・・」
「ユナ、へばっておらんで、早く家に入らんか?」
「師匠があんなに飛ばすし、はしゃぐからでしょ・・・?」
「なに・・はしゃいだのは反省しておるが、あの位の速さでへこたれるとは、精進が足らんからじゃ!」
「あんなスピード出してあんな蛇行したら、誰でもこうなるって・・・」
「なんかいったかの?明日の稽古、いつもの三倍やるかの?」
「何にも言ってないよ?師匠・・だから三倍にしないで!!お願い!」
「何も言ってなかったらそんな言い訳せんじゃろ?」
「もー!なんでさ!」
「明日は三倍じゃ!そんなことより、早く家にその子をいれんか!雨に打たれるじゃろ?」
「あ、そうだった!」
ふたりは家の中に入った。
師匠〈ケトラ・セケト〉は、森の四方の一角、この隠れ里の長。ずっと防人の民と惑わせの森を見守ってきた。ケトラは、赤子を布団入れながら言った。
「ふぅー、雨に打たれなくて良かったの~。」
「それはそれとしてさ、師匠~、その子どうするの?」
「ふむ、ここで育てるつもりじゃが?」
「えっ!?」
「ん?どうしたのだ?なにかいやなことでもあるのかの?」
ケトラはニヤリとしながらユナを見て問いかけた。この赤子は、男の子である。
ユナが気にしているのは、性別に関してではない。おそらく師匠との生活が脅かされると思っているからだ。
「あ、いや、この子の面倒見る暇なんてないでしょ?」
「いや、時間はいくらでもあるさね。なんだ?構ってもらえる時間が無くなるのが嫌なのかの?」
「そんなんじゃないもん」
師匠はユナが思っている事をわかっているかのように聞く。
聞かれて、ユナはむぅ~としながら、ぷぃっとそっぽを向いた。
ケトラは赤子を抱えながら
「おっと、まずは君の寝床を作らねばな。寝心地は悪いだろうがのなにもないよりは、マシじゃろうて。」
蔓で編み込んだの籠の中に綿を入れ、四つ折りにした麻布をかぶせ布団して、麻布をもう一枚出し掛布団にした。
「また一段と雨が強く降ってきたのぉ」
「師匠。この子、人族、ヒューマンだよね…」
「そうじゃの。」
「この里において大丈夫なのかな…」
「ユナよ、どんな理由があろうと赤子には罪はない。じゃが、里の連中が毛嫌いせんとは言えん。」
「じゃ、どうするの?」
「長として、そこはビシっと話をつける。心配しなくていい。」
ユナの心配をよそに雨は一層強くなる、今日はもう遅いとユナを寝るようケセトは促した。師匠は?と聞いたが、なんじゃ?寂しいのかの?とからかう様に言い、それを聞いたユナは、むすくれて部屋を出て行った。
「まったく、ユナは…。さて…。この子はなぜあんなところに…。だが、森に近づけば防人達が気付くはずじゃが…、明日見に行ったとしてもこの雨では痕跡は残ってなさそうじゃの。この里のものには、わしから言えば納得させられるが、厄介なのは、三方の里長じゃの…。まずは、この子を育てる方が先じゃな。」
「おっと、この子の名前を決めておらなんだな。どうしたものかの…。うむ。わしは名づけが壊滅的じゃからな…。今思いついたのも、尊〔タケル〕じゃしな…。明日にでも皆にも聞いてみるかの。」
翌日。皆に昨晩の出来事を話した後、この里で育てることを伝えた。やはり、里に置くことに反対の者もいたが、ケセトは「捨てられた赤子には罪はなかろう。お前は見殺しにせよというのか?わしにはそんなことはできぬ。この森は、人間こそいないが、それ以外の種族が寄り集まってできた里じゃ。わし等がそのように育てればよかろう。問題が起きればわしもろとも切って捨ててよい。」と説得した。反対していた民たちはその言葉に押し切られ、承諾した。
赤子はこの里で暮らすこととなった。
次の議題は、名前についてだった。
ケトラが昨日考えていた、尊〔タケル〕という名前を提案したがケトラが予想した通り却下された。
会議は夜まで続き、決まった。
赤子の名前は、黎人と名付けられた。