希望の人 【月夜譚No.194】
ここでは、血筋など何の意味も持たない。王族だろうが貴族だろうが平民だろうが、この場においては一律ただの人間だ。
「オ、オレを誰だと思っている……!」
「知らない。知るわけがない。誰だって構わない。お前たちは皆、ただの食料だ」
淡々と述べる声は感情がなく、見目は人だが、どうやら中身は違うようだ。怯えながらも虚勢を張った男は青い顔を更に悪くして、息を飲んで足を引く。
先ほどの見解を訂正しよう。人間どころか、我々は肉塊でしかないらしい。
襤褸を着た青年は腕を組み、壁際で胡坐を掻いて天井を見上げた。腐りかけた梁を見るともなしに眺めて、目を細める。
彼は下級の平民だ。時には奴隷のように扱われたこともあったし、腹を空かせて盗みを働いたこともあった。別に、この世界に未練はない。寧ろ捨ててしまいたいくらいだ。
だから、化け物に食い殺されても良いと思っていた。王族も貴族も平民もごったになったこの状況で、自分が誰だったかも知られないまま死ぬのも悪くはない。
そう思っていた。
「――さぁ、もう大丈夫」
光を背に差し出された手に、青年は目が離せなくなった。それは温かくて、優しくて、こんなどうしようもない自分を包み込んでくれるような気がした。
その時、心に決めたのだ。この人の為に生きようと。今までの自分を捨てて、新しい人生を歩もうと。今度は、この人に恥じない生き方をしたいと思った。
清潔で整った衣服に身を纏った青年は、今日も背筋を伸ばして凛々しく立ち続ける。