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第九十七話、巡り会い ―あたしとあなたは繰り返す―



 神父の過去を辿る魔導書の中。

 わずかな時間を利用し――。

 答えを求めるあたしは、疑問を口にしようとしていた。


 まずは、パンデミックという転生した黒死病を起源とする少年について。

 頭の中の年表では、今の彼は十五歳の筈。

 けれど――既に死んでいて、憎悪の魔性として覚醒し、あのネコに戻っている。


 じゃあ最初の池崎さんは?


「池崎さん、あなたってどこで生まれてどう育ったの?」

「それは――ああ、呪いをバラまく災厄から人間に転生した時って意味か」


 ふぅと空を見上げる仕草でタバコを吹かせるが。

 あいにくとここは四次元空間にも似た、魔術式に覆われた魔導書の道。

 あまり様にはなっていない。


 けれど、あたしには――どこか遠くの空を見るかのような池崎さんの表情が、とても綺麗に見えた。


 記憶を辿るその顔が、凛々しく見えたのだ。

 パンデミックだった頃を思い出しているのだろうか。

 渋い男の声音が、その口から漏れる。


「普通の子どもだったよ。本当に、ただ普通の……。でもな、機械弄りが得意で、人当たりもよくて器量もいい。大人に好かれるガキってやつだったから、まあ近所でも評判の子どもでな。よく近所の爺さん婆さんの家のテレビを直したもんだった」


 身振り手振りを加え彼が続ける。


「おお、坊主。おめえすげえな? 機械だったらなんでも直せちまうじゃねえか。じゃあこの給湯器を直せるか? じゃあこっちのパソコンは? たまげた! 本当に直せちまうじゃねえか、こりゃもうおまえさん、まるで魔法だな――って、本当に有名になっちまったんだよ」


 まるで魔法。

 ……か。


「そっか、子どもに転生したあなたも異能を授けられていたのね。災厄の異能だけではなく、普通の異能も……」

「ああ、機械弄りが得意で、モノを作るのが大好きな子どもだったよ」


 もはや他人を語る口。

 過去形で呟く彼の瞳の奥に、あたしの知らない彼の思い出が流れていた。


 機械を操作する異能力。

 それが少年池崎さんの本来の異能だったのかもしれない。


 あたしの知らない子供の頃の池崎さん。

 けれど。

 その少年の結末をあたしは察してしまった。


 なんでも機械を直せる少年として有名になった。

 それがいけなかったのだろう。


 悪魔竜化アプリを追っていたあたしに、いつかホークアイ君が言っていた――。

 機械弄りが得意な異能力者の少年。

 それはまだ子供だった池崎さんの事だったのだろう。


 石油王はその少年を手中にすることはできなかったが、別のどこかの異能力者誘拐組織に拉致された。

 そして――そこでおそらく彼は死を迎え。

 パンデミックとして覚醒した。


 それが人間として転生した池崎さんの、短い一生だったのだろう。


 そう考えて問題ない筈。

 聞いちゃまずかったかな、と。あたしは少し後悔した。

 そんなあたしの頭をポンと叩き。


「気にするな――その情報が何かの役に立つかもしれねえだろ」

「気にしてなんていないわよ」


 あたしの口からはウソが漏れていた。

 たぶんきっと、見抜かれているが。

 その辺の気恥ずかしさをごまかすように、あえてあたしは普段の口調で問いかけた。


「てか――今更なんだけど。あのパンデミックにも、繰り返す世界の記憶が残ってるって考えた方がいいって事? あたしはてっきり、記憶が残っているのはあなただけだと思っていたのだけれど」


 どういう条件でタイムリープしているか。

 あたしはその辺を知らない。

 お父様が力を貸しているという事は、知っているのだが。


「ヤツの方の詳しいことは知らねえ。ただオレと同じだとしたら――あくまでもタイムリープした直後の話だが、今までのループの記憶を忘れてる筈だぞ」

「つまり、今から約十五年前のターニングポイントに戻った直後は、あなたも前回のループの記憶をほとんど覚えていないってこと?」


 そもそもあの時点だと、パンデミック自体は生まれてもいないのだろうが。


「表現と原理があってるのかは分かんねえが、そうだな――魂内にあるハードディスクには記憶してあるが、データを読み込んでいない状態になるわけだ。だから最初のうちはオレもヤツも、ふつうの人間として五年ぐらいを過ごすわけになるんだが――」

「ん? ちょっと待って! それじゃあ世界の崩壊を防ぐために動けないんじゃない?」


 あの攻略ノートを見る限り、矛盾している。

 池崎さんは二十年前から動いている筈なのだが――。

 やはり興味があった。


 あたしにあるのは単純な好奇心、そして実際に知っておかないといけないと思う使命感。


 情報を探るあたしの瞳が、きらりと輝いている。

 さっきまで聞いちゃいけないことをうんたらと悩んでいたのに、あたしはこれだからあたしなのだと思う。

 はぁ……と呆れの息でウェーブがかった前髪を揺らし、池崎さんが言う。


「おいおい、嬢ちゃん……おまえさん、なんか楽しんでないか?」

「知らないことを知るのは楽しい事でしょう? まあ、ちょっと不謹慎かなって自覚もあるけれど、しょうがないじゃない、これが性分なんですから」


 たぶんあたしの悪い癖。

 自覚はしていても、どうしても治せない部分は誰にでもあると思うのだ。


「ま、いいがな――」


 池崎さんはしばし考え――。


「覚えていねえ状態だから、本来なら動けない筈。それはそうだが、その辺がおまえさんの親父の凄い所なんだろうな――漠然とした目的が頭に浮かぶようになってるんだよ。で、その目的に従って行動してるとだんだんと思い出してくる、いつでもハードディスク内から選んで情報きおくを引き出せる状態になるってわけだ。ま、思い出すのにも条件があるんだがな」


 記憶を引き出しから取り出す。

 そんな感じなのだろうか。


「合計すると万を超える年数、オレ達は時間を繰り返している。全部覚えていたら、とっくに壊れちまってるだろ――? それを回避するために、おまえの親父さんが手を加えてるんだとよ。ま、オレも何度目かのループの時に気になって聞いてみて、んで魔術式を見せられたんだが、さっぱりでな。全然理解できなかったよ」


 お父様に詰め寄る池崎さんの姿が脳裏に浮かんできた。

 きっと、ブニャハハハハと笑う父に池崎さんはこう言った筈。


「どうせ――だからファンタジーは嫌なんだよ! とか叫んだんでしょうね」

「よく分かってるじゃねえか」


 言って、池崎さんは優しい笑みを口元に刻んでいた。


「あなたの口癖みたいなものですからね。んで、話を戻すけど、あたしはこのループ現象の詳細を知りたいの。必ず役に立つはずですから。お父様があなたに見せた魔術式、見せてもらう事はできるかしら」

「ちょっと待ってな――」


 言って池崎さんが瞑目する。

 魂内にある記憶のかけらを探しているのだろう。

 魔導書として一冊の本を顕現させていた。


 あたしは受け取り、魔術式を読み取る。


「なるほどね、まずはあの攻略ノートのある遺跡にあなたを誘導するようになっているわ。それをきっかけに、必要な情報と不必要な情報を自動的に選択させるように、魔術式で指定しているのね」

「おまえさん、よくこんな複雑な式が読み取れるな」


 そりゃああたしは天才だから当然である。

 ……。

 べ、別に褒められたって嬉しくないし。


 魔導書を読みながらあたしは問う。


「それでなんでお父様はあなたに協力することになったの?」

「ああん? そりゃ世界を壊さないためだろうが」

「本当にそれだけ? というか、どういう経緯で、どういうきっかけで、どういう流れであの気まぐれなお父様があなたに力を貸したのか、あたしはそれを知りたいわ」


 魔導書に落としていた目線を、一瞬だけチラリと向けてやる。

 はぐらかすように、彼は肩を竦めてみせる。


「さあな。それって必要な情報か?」

「どうでもいいと思っていた情報が、実は大事な事だったってパターンもあるでしょう? 頭に入れておくことに損はないわ」


 そもそもあたしは知識欲のケモノなんだし。

 知りたいと思うのは当然。

 けれど、本当はちょっと思い当たることがあるのだ。


 池崎さんは答えない。

 ならば、仕方がない――。


「戯言だと思って聞き流してほしいんですけど。いいかしら?」

「そりゃ構わねえが。んだよ、回りくどい言い方だな」


 あなたが語らないせいじゃない。

 そう感じつつも、あたしは眉を下げていた。


「そう、じゃああたしの独り言を聞いてしまったみたいな感じでいいわ。あたしね、思うんだけど――世界がループしている原因、というか、犯人ってたぶん最初のあたしよね?」


 一瞬、彼の呼吸が止まった。

 タバコの煙が、四次元の道に呑み込まれていく。

 声も、しばらく止まっている。


 これがあたしが聞きたかった事。

 あの夢のシチュエーションを考えると、一番ありえそうな答えだった。


 池崎さんは答えない。

 けれど、タバコに火を付け直して大きく肩を上下させていた。

 違うなら否定していた筈。


 ならばやはり正解か。


「と、なると――お父様たちが作り出した分岐点。ターニングポイントに時を戻した理由も理解できたわ。たぶん最初のあたしは、パンデミックにやり直させたかったのね。あたしは、目の前で死んでいた哀れな黒猫に手を差し伸べてしまった、同情や憐憫でチャンスを与えたくなった。あるいは、あんな可哀そうな子を滅ぼしてしまったことを否定したかった。だからあたしは世界そのものに干渉するほどの、大規模な魔術を発動させてしまった――そんなところかしらね」


 状況を分析し。

 出した答えはこれだった。


「五年後のあたしはおそらく、あなたに無限の機会を与えたのよ。何度もやり直せる異能にも似た力を授けた。つまり――今の繰り返すこのループ現象は本来なら、世界を壊さないためのループじゃなかったと考えられるわ。実際は全く逆。魔術名にするならコンティニュー。世界を呪った彼が世界を滅ぼすまで何度でもやり直せる、無限の残機をパンデミックに与えてしまったのね」


 ようするに。

 世界を滅ぼすためのゲームが成功するまで、何度でも最初から繰り返せる。

 そんな魔術を発動させてしまったのだろう。


 ……。

 いやあ、我ながら阿呆な姫様である。

 五年後のあたしだし、あたし自身には関係ないのだが。


 やはり池崎さんは否定しない。


「おまえさんの仮説が正しいとして、だ。じゃあ今はなんで世界が滅んだり、オレが消滅するとループするようになってるんだ」

「これもあくまでも仮説ですけど。さすがに娘の手で世界を滅ぼさせたくはなかったんでしょう。つまり、お父様があたしの魔術を改竄したのよ。逆になるようにね。これが一つ目の考えね」

「おまえさんは相変わらず魔術の事になると目の色を変えやがるな。一つ目ってことは、他にもあるのか」


 あるいは、別の可能性としては。

 あたしは考えを口にする。


「何度も世界を滅ぼさせることにより、憎悪の魔性の力を削いでいるという可能性もあるわね。事実、あのパンデミックはあれほどにコミカルで緩い存在になっていたでしょう? まあ、これは仮定や推論の域を出ていないので、保留になるんでしょうけど――」


 おそらくその二つのどちらか、もしくは両方が、この世界ループ現象のからくり。

 そこで問題になる、というか疑問が浮かんでくる。

 それこそが、あたしが今一番知りたいことだった。


 ようするに本筋だ。

 あたしは池崎さんをじっと見た。


「ねえ池崎さん。あなたはなんで、世界が壊れないように動くことにしたの?」

「はぁ? 何言ってやがるんだ。壊してほしいわけじゃねえだろうに……」


 うわ、なんかむかつくジト目をしてきた。


「あのねえ……だってあなたはパンデミック。人間の歴史の中で惨殺されたネコと魔女の呪いから生まれた存在でしょう? そして異能力者誘拐事件に巻き込まれ、死に、人の醜さを再確認した筈。事実、今もあのパンデミックは世界を滅ぼそうと災厄の種を発芽させようとしているわ。そのあなたがどうして、気を変えたのか。どうして世界の破壊を防ぐ英雄みたいなことをすることになったのか――その理由が全く分からないのよ」


 それをあたしは知りたい。

 いくら考えても、答えが見つからないのである。

 今も憎悪の魔性として覚醒している彼は、人間とこの世界を恨んでいるのだ。


 だから、本来ならパンデミックと協力して世界を壊す側に回ってもいい筈なのに。

 彼は世界を救おうと、何度もあたしと巡り会っている。

 何度も何度も。


 あたしとあなたは再会する。


 あたしは答えを待った。

 今、ちゃんと聞いておきたいとそう思ったのだ。

 けれど、だ。


 世の中というのはうまくいかないモノなのだろう。

 ディカプリオ神父の記憶をたどる道が、目的地に着き始めていた。

 あの糞神父、なかなかどうして空気の読めないやつである。


 いや、まあ神父側は勝手に覗かれているだけなので。

 一応悪くはないのだが。

 助け船を得た池崎さんが、ふふんと勝ち誇ったネコの顔で言う。


「なははははは! 悪いな、嬢ちゃん。タイムリミットみたいだぜ」

「ってことは、語ってくれる気はないのね。いいわよ、自分でその答えを見つけ出すから」


 言ってあたしは目の前の光景に意識を集中させた。


 ここはおそらくディカプリオ神父の記憶の中で、重要な場所。

 穏やかそうな孤児院にいる、幼い金髪の少年。

 これが救世主を夢見た狂人の幼少期なのだろう。


 まだ五歳ぐらいのディカプリオ少年は、とある男の服の裾をぎゅっと握っていた。

 少年が信頼しきった無垢なる顔で、黒衣の大人を見上げている。


「神父様! ねえ神父様!」

「なんだい、ディカプリオ――」


 そう答える男の声音はどこか蠱惑的で、酷く周囲の目を惹いていた。

 おそらく孤児院の大人だろう。

 美声に負けぬほどの、絶世の美貌を持ち合わせた黒髪の神父が、そこにいた。


 神父の物語が、動き出す。


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