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第九十六話、閑話休題 ~わずかな時間の二人きり~



 周囲の時間を止める中。

 神父から生み出された魔導書の内部にあたしは潜入!

 彼の物語を覗き込もうとしたのだが。


 過去を覗くため、魔導書の道を進んでいるあたしは。

 じぃぃぃぃ。

 さっきまでいなかったはずの人物に、目を向けていた。


「池崎さん……なーんで、あなたも一緒に入ってきてるのよ……」

「な~んで、じゃねえよ! おまえさんなあっ、当初の計画と違っていきなり神父に異能を発動させやがって! 大黒に言われて慌てて飛んできたんだぞ!?」


 そう額に青筋を浮かべるのは今回、というか、一連の事件すべてに関係している人物。

 憎悪の魔性イケザキさん。


 タイムマシン的な四次元空間をふわふわと進んでいる場面を想像して欲しいのだが。

 魔導書の文字を辿るあたしの横を、彼もふわふわ。

 腕を組んで浮遊するイケオジ未満が、お説教モードでついてきていたのである。


 池崎さんはあたしに代わり、スカイツリーを占拠している筈だったのだが……。

 あっちには大黒さんが代わりに行っているのかな。


 あの大人のお姉さんも”ふわふわ”としている部分はあるが、最初の事件の黒幕。

 あたし達の中では能力的にかすんで見えているが。

 ウソを見破れるわ、ダンジョン領域化も使えるわ、アンデッドも使役できるわ――となかなかハイスペックなので問題はないだろう。


 計画を変更したあたしに説教をかましているイケオジ未満に、あたしはニヒヒヒ!


「ま! いいじゃない! 政府もディカプリオ神父を今後のために活用したいと思ってるみたいだし? あたしも彼の人となりにちょっと興味が出てきたし? 見るくらい問題ないでしょ? タダなんだし」

「あのなあ……ジブリールにはどう伝えるつもりなんだ?」


 タバコを銜える男の正論攻撃があたしにさく裂する。


 う……っ!

 た、たしかに。

 あの天使くん、めちゃくちゃ神父を嫌ってるからなあ。


 んな面倒なことしねえで、とっとと殺せって本気で思ってるだろうし。

 あたしは素直に胸の内を語ることにした。


「だって仕方ないじゃない。気になっちゃったんだもの。交渉決裂した後は、まあやっぱり存在を消すことになるんでしょうし。今のうち、みたいな?」

「ったく、おまえさんは何度巡り会ってもそういう所は変わらねえんだな」


 時の長さを感じさせる声だった。

 あたしはわずかに眉を下げていた。


「あたしの知らないあたしの話ね。どんな道を歩んでもあたしは美しいんでしょうけど――比べられるのはちょっと複雑ね」

「っと――すまん、気分を悪くさせたみてえだな」


 渋くて大人な。

 草臥れた笑みだった。


 あたしと同じ苦笑。

 彼は存外に彫りの深い顔に、苦い笑みを刻んでいたのだ。

 けれど、同じ表情なのに、あたしとはちょっと違う。


 不思議な魅力を含んだ、そう……イケてるおじさんの笑みだった。


 あたしとは違うあたしと育んだ数多の記憶が、彼には残されているのだ。


「んー……気分を悪くしたわけじゃないのよ。なんていうか、んー……このモヤモヤっとした感情を表現するのが難しいわね。あなたはそうやって何度あたしに謝ったのか、何度、出会いと自己紹介を繰り返したのか。そういうのを考えちゃうと、こう……ね? うがぁあぁぁぁぁ! ってなっちゃいそうになるのよ。言いたいこと、なんとなく分かるでしょう?」


 これを口にする気はないが。

 たぶんあたしは嫉妬しているのだろう。

 あたしの知らないあたしにである。


 別に恋慕とかそういうのではないが。

 なんか面白くないのである。


「どうだろうな――分かってるつもりなんだが、ちゃんと分かってると言い切れる自信はねえな。オレは憎悪の魔性。黒死病と恐れられた呪い。元をたどれば、一匹の黒猫から作られた負の感情の塊だ――人間の感情ってやつを本当の意味で理解できてるわけじゃねえ」


 どこか遠くを眺める渋い男の声だった。


 この人もある意味であたしと同じか。

 転生した人間であり、猫としての意識もどこかにあって、そして人ならざるモノとしての側面もある。

 三位一体の存在なのである。


 神父の記憶の奥底にたどり着くまでの時間。

 あたしはこの機会に、聞いておきたい事を口にすることにした。

 この空間は密談にも適しているし、二人きりと言える今を利用しない手はない。


「憎悪の魔性と言えば、あなたの今の本体っていう表現があってるか分からないけれど。あのパンデミックは、なんなの? なによ? あれ……」

「なにってのは、どういう意味でい」

「あのギャグ属性よ。てっきり血に飢えた、話も聞かないヤバい感じの黒猫の怨霊でーす! みたいなのを想像してたのに、めちゃくちゃユーモアに溢れてたわよ?」


 記憶の過去へと進む道の中。

 彼はしばし考え。

 頬を掻きながら言う。


「ヤツもオレも、もう何度も世界を繰り返しているからな。はじめはもっと違ったんだが、今はあんな感じになってるんだよ。もう何度もあいつは世界を滅ぼしてやがる、それで少しは性格に変化が出てるのかもな。だが、油断するなよ。オレの口から言うのもなんだが、ヤツは結構どころかかなり強いぞ」

「分かってるわ」


 ああいう見た目や言動とは裏腹の強さ。

 その辺のギャップは、あたしの身内で十分に知っている。

 さて、次に気になっていることを問おう。


「人間に転生したはずの、今のパンデミックの身体がどうなってるのか、その辺はどう?」


 おそらく、既に死亡しているとあたしは考えているが。


「さあな。だがたぶん黒猫の怨念状態になってるなら、途中で死んでるかどうかはしてるんだろうな。よくあるパターンだと、異能力者誘拐事件、アレに巻き込まれて死んじまうんだよ」

「そこで覚醒して、あの形態になり本格的に世界を滅ぼすために動き出す……そんなところかしらね」


 やっぱり、結局あの事件に戻ってくるのか。

 あの異能力者誘拐事件を起こしていた犯人は、おそらく普通の人間だろう。

 あの石油王の事件でその片鱗は見えていた。


 もし異能力者誘拐事件に巻き込まれて人間だったパンデミックが死に。

 その死をきっかけに覚醒するのなら。

 なんてことはない、やっぱし人間の自業自得で世界は毎回滅んでいるのだ。


「ねえ、あなたは十五年前に毎回戻ってるのよね。それほど何度も関係するのなら、異能力者誘拐事件を先に潰すとかはできなかったの?」

「そりゃもちろん試したさ。だが考えてみろよ――あのネクロワンサー、ペスの主人を殺したも同然な俺々詐欺があるだろう? ああいう詐欺って、犯人を一人逮捕した時点で全部の事件が止まると思うか?」


 続けて彼が皮肉げに言う。


「殺人だってそうだ。一つの殺人を止めたところで、他の殺人が止まるわけじゃねえだろ? 人間が人間であり、特別な力、異能が存在する限りはどうすることもできねえのさ」

「ようするに、誘拐事件を止めたところで――別の誰かや犯罪者が、結局パンデミックを異能目当てで誘拐したりしちゃうってことか……。ある意味で、異能が存在する世の中になった時点で、異能力者誘拐事件が起こることは確定されちゃっているのね」


 そして、パンデミックはそれに必ず巻き込まれる。

 と。

 まあ、それこそが確定した滅びを齎す”災厄の能力”の一つなのかもしれないが。


 ……。


 あたしは。

 気づいてしまった。

 気づきたくはなかったが――。


 たぶん最初の池崎さんもあの誘拐事件に巻き込まれて、そして死んだのだろう。


 あの夢の中に出てきたパンデミックは黒猫だった。

 つまり。

 死んだ後の状態と考えられる。


 きっと人間に転生した彼は、死によって覚醒。

 そして、こう思ったのではないだろうか。


 やはり人間は醜い生き物だと。


 あるいは、人間に転生したパンデミックが幸せな人生を歩んだならば。

 道は違ったのかもしれない。

 人間に可能性を見いだし、滅ぼすことを諦めたのかもしれないが。


 そうはならなかった。


 彼は人間として転生しても、また、人に裏切られるのだから。

 何度繰り返しても。

 その運命は変わらない。


 あたし達が追っていた悪魔竜化事件。

 あのアプリを開発した犯人もパンデミックということだろうか。

 異能力者誘拐事件を一番恨んでいるのは、おそらく彼なのだから。


 その報復や制裁としてあのアプリを開発、あるいは開発させ、ペスを使って暴れさせていた可能性は高い。

 ま、これは今の池崎さんに聞いても仕方ない。

 動いていたとしても、この池崎さんではないのだから。


 あたしは話題を変えることにした。

 どうせなら、ずっと疑問のままで終わりそうなことを聞きたくなったのだ。

 あの夢を思い出し、あたしは静かに瞳を閉じる。


 答え合わせの時間が、始まろうとしているのかもしれない。


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