第九十四話、黄昏の終焉 ~日本が終わる日~ その3
見事、あぶりだされた今回の敵さん!
救世主になることを望むディカプリオ神父。
糸目で胡散臭い、金髪碧眼のそれなりに美形ではある異国人さんなのだが。
その出現場所は、見晴らしのいい海岸だった。
障害物がないので奇襲はしにくい場所である。
……。
まあ、あたしの感知能力だと、海の中に隠れている天使が見えてるんですけどね。
相手は自分を囮にあたしを誘い出した――そう勘違いしていると思われる。
潮騒の音と潮の香り。
沈む夕焼けを背景に異界の姫と神父が相対していた。
おそらく、黒幕であろうパンデミックもどこかに潜んではいるだろう。
即座に神父をぶっ飛ばすのはNG。
ここで絶対に決着をつけるため、まずはパンデミックを見つけ出す。
そのためにも!
あたしは腰に手を置き、びし!
風に赤い髪を靡かせ華麗に威圧――!
相手を指差し宣言していた!
「ようやくでてきたわね! この迷惑男! あんた! 自分が世界を救いたいからって、ちょっとやりすぎよ!」
説教をかましてやったのだが。
なぜだろうか、相手は頬をヒクつかせ、額にでっかい青筋を浮かべている。
けれどもなんとか冷静さを保とうとしているのだろう。
飄々とした糸目神父を演じ切ろうとする彼が――軽薄そうな唇から、救世主に似つかわしい美声を発する。
「これは異なことを言いますね。やりすぎなのはそちらでしょう――?」
「うわ、逆ギレ?」
対するこっちは、うわぁ……ないわ~。
っと、ドン引き顔で言ってやる。
むろん挑発効果もあるので、相手の精神耐性次第ではこっちのペースにもっていけるのだが。
挑発判定は――。
ブチブチブチ……!
あら、ぷぷぷー! 顔が真っ赤になってる!
「逆ではないでしょう! なんなのですか、この騒ぎは――! これでは実際に終末の演出をするときに、まったく効果がなくなるではありませんか! こちらの計画をすべて台無しにしてくださって、この責任、どう取ってくれるというのですか、あなたは!」
ぜぇぜぇと、肩で息をするほどにご立腹のようだが。
あたしは露骨なジト目を作って。
「あのねえ、責任って言われても。そもそもあんたが仕掛けてきたんでしょうが――」
暴徒化作戦なんてしてこなかったら、むしろこちらは捜索難航。
隠れた神父を探すのが困難。
苦労させられていた筈なのだ。
「日本語が得意じゃないみたいだから教えてあげるけど! そういうのを世間では逆ギレっていうのよ! あんたがきっかけで起こった騒動なんだから、その後に起こった事件も事故もこんな日本制圧状態も、ぜーんぶあんたのせいに決まってるじゃない!」
こういうのは言い切ったもん勝ちである。
「あなたという人は――なるほど、そういう所が今までの誰とも違うのでしょう。わたしの心に響いてはいませんが、欲しいと思わせる魅力があることは認めましょう」
言って、神父は蛇のような舌で唇を濡らし。
薄ら笑いを浮かべ、ニタニタ――こちらをじっと眺めていた。
「おっと失礼。あなたを屈服させる瞬間を想像してしまいました」
う……っ!?
まさかセクハラ攻撃で反撃されるとは想定外である。
こいつ……、今までの相手とタイプが違い過ぎてやりにくいな。
「と、とにかく! やりすぎっていうけれど、あなたが原因で起こった事件よ? それに、ちゃんと元に戻せるし……あなたには言われたくないわね」
「同じことだと思いますがね。今回の騒動を見る限り――あなたもわりと強引に事を進める御方のようだ。自分でも気づいているかもしれませんが、少々我が強く傲慢。異界の姫ということでしたので、それは仕方がないでしょう。同じ穴の狢。同類同士、仲良くはできませんか?」
で、できるかあぁあああああぁぁぁ……っ!?
と、思わず叫びたくなったが、我慢。
こんなのと仲良くするなら、石の裏にいるカマドウマ的な虫とお茶をしていた方が数万倍マシってもんだが――。
相手のペースに飲まれないように、話の流れをリードしつつこちらは続ける。
「真面目な話をしましょう? 異能力者を集めていたと思えば、今度は魔女を殺せって異能力者狩りみたいなことをさせようとしたり、行動もぶれっぶれ。もうそっちは破綻しているんじゃない? 素直に降伏したらどう?」
まあ彼の行動がブレている理由も何となく想像はつく。
ある意味で、彼の行動にブレはないのだ。
それは前回の接触の時に確認済み。
彼には、一つの大きな指針があるのである。
すなわち。
神の声。
そう……。
この神父は一貫して、聞こえてくるという神の声に従っている。
で――その神の声とはおそらくパンデミック、猫の呪いと憎悪の塊である。
もうお分かりだろう。
ようするに、ネコの声に従っているわけだ。
あたしもネコが含まれているので、あまり認めたくないのだが……猫ってめっちゃ気まぐれなのよねえ。
大好きなご飯だった筈でも、次の日には――。
飽きたから別のをよこすのニャ! と他のご飯を要求する。
そういう自由さが可愛さでもあるのだが、実際にそうされると困る飼い主も多い事だろう。
こいつ、猫に従ってるという自覚はあるのだろうか……?
そんなあたしの気など知らず。
神父は猛き後光をその身に纏い、高潔なるオーラを発していた。
「わたしはただ神に従うのみ。神はこう仰せです、あなたをどうにかするべし――と。どうか、わたしのためにこちらに協力していただけませんか?」
後光を放つ神父が、すぅっと手を差し伸べてくる。
演出自体は完璧だが。
あたしはじぃぃぃぃぃっと、神父の背後に目をやった。
あぁ……、やっぱし。
後ろで何かがモフモフっと蠢いている。
おそらく、この狂人に力を貸している神を自称するパンデミックだろう。
まあ、ようするに――猫である。
どーしよ、これ。
この後光、ね? もふもふ黒猫ちゃんが、肉球で掴んだ機械を操作して。
ペカペカ~! っと輝かせて、光の演出をしているのだ。
既に人の形は捨てている、ということか。
まあどういう形で捨てたのかは謎だが……。
人間に転生した時の肉体は既に死んでいる……そういう可能性が高い。
……。
ともあれ、今はこちらに集中するべきだろう。
「ねえ神父。その光、どこからでているか分かってるのかしら?」
「我が神の聖光でしょう」
実はこれ、LEDの灯りなのだが……。
「その光が実は物理的な光だったら、どう思うかしら」
「物理的な? 質量をもった光、ということでしょうか? それは素晴らしい、物理法則を書き換えることこそ異能力の本質と我が神はおっしゃっていました。ならば、この光こそが神の力。我が主神にふさわしき威光といえるのでしょうね――」
駄目だこりゃ……。
神父には見えていないようだが、あたしには見えている。
光を操作したネコちゃんはそのまま神父の耳にメガホンをあて――。
それを合図に神父はハッと糸目を引き締め。
シリアスな声で、あたしに告げる。
「失礼、我が神のご神託が下りました――静かにしてくださいますね?」
瞳を真っ赤に染めたドヤ顔の黒猫が、もちもちっとした肉球であたしを指差し――。
こいつを仲間に引き込むのニャ!
と、命令を下しドヤ顔でチーズを齧りながら、どでんと空中に座り込む。
尻尾の先のモフモフが、いい感じにフワフワなのだが……。
やはりこれが恐ろしき呪いの根源。
憎悪の魔性パンデミック。
タイムリープを繰り返す前の池崎さんだろう。
背後霊のように神父の魂に憑依しているのだ。
ちなみに、見た目だけならめちゃくちゃギャグっぽい空気になりそうなのだが。
その魔力と憎悪は本物である。
あたしは言う。
「それはどうでもいいんだけど、あんた……自分の神がどんなのなのか、分かってるの?」
「神がどんな方なのか? 神は神、最も尊き御方に決まっているでしょう――」
「具体的には? 見えてるなら、言えるわよね?」
質問に、彼はしばし考え。
「声が聞こえているのですから、見た目などどうでもいいでしょう。道を失い、人生に絶望していたわたしに手を差し伸べてくれた御方。それだけが分かれば十分。他に何を望むことなどありましょうか」
ああ、やっぱり見えてないんだ。
とりあえず、憑依を引き剥がしてパンデミックを引き摺りだしたいのだが。
――……あたしは考え、話術スキルを発動!
「言っておくけど、あんたの神様。太々しくて、ものすっごい生意気そうな顔をしてる、黒猫よ?」
「は……? あなたは突然何を……気でも狂ったのですか?」
ズバリ言い切ってやったのだが、純度百パーセントの狂人に狂人扱いされるのはイラっとするな。
ともあれ。
彼の背後のパンデミックがウニャっ!?
チーズを隠して、ぶわぶわっとモフ毛を逆立て――洗脳電波を発信!
赤い魔力のモヤモヤが音声となって神父の耳に入り込んでいく。
――惑わされるな我が信徒よ! 我は目に入れることさえできぬほどの美の究極、そりゃあもう、誰もが憧れるほどの美しき神であるぞ!
必死にフォローを開始したようだが。
これは既にスキル合戦。
こちらの話術スキルを上書きする形で、パンデミックの話術スキルが発動したのだ。
判定は――ちっ、向こうの勝ちか。
相手は憑依している状態なので、こちらの話術での成功判定を簡単に覆せるのだろう。
神父は頷き。
「嘆かわしい、あなたはわたしの神の怒りに触れたようです。残念ですよ、アカリさん。わたしの妻になる筈だった少女よ」
「えー……その妻とかいう妄想。まだ続いてたの? 冗談は顔だけにして欲しいんですけど……」
直球で拒否したつもりなのだが。
相手はなぜか自信満々に、ふっと微笑し。
わずかに舌を覗かせ、低く甘い声を漏らしていた。
「――つまり、わたしの顔を見ると思わず微笑んでしまう。そういう意味でしょうか。美しさとは罪ですね」
こいつ、いわゆる本物の狂人で、けっこうきついな……。
正直、苦手なタイプである。
顔には自信があったようだが。
あたしは美形慣れしているし、あたし自身も美形!
美麗な神父という肩書は、あたし相手ではアドバンテージにもならない。
ま、まあちょっとイケてるおじさんだったら、ほんの少し考えなくもなかったが。
それはともあれだ。
まずいな……これは。
どうやらパンデミックはあたしの想像していた存在よりも、遥かにギャグよりの存在だったようだ。
今も、ふふんとドヤ顔をしてタバコをスパーっと吸っている。
それが非常に困るのだ。
あたしは確信していた、このパンデミックが強敵であると。
魔術や異能がある世界において、属性は様々に存在する。
たとえばそれは、一般的なファンタジーで使われる火だったり水だったり。
種族の特徴を示す獣性だったり神性だったり。
材質を示す鋼だったり、人形だったりと――まあ本当に山ほどの属性が存在している。
その中でも比類なき強さを発揮する力が存在する。
あたしが知りうる限りでは最強の属性。
その名は――。
ギャグ属性。
――……いや、気持ちは分かるがバカにしないで欲しい。
これはギャグの話だがギャグではない。
本気でドシリアスな真面目な話をしているのだ。
ネタや冗談ではなく、本当にそういう属性が存在するのである。
三獣神を筆頭とし――異界の中でも強者と呼ばれる者には、たいていこの属性が備わっている。
性質は極めてシンプル。
なにかとギャグにしてしまうのだ。
いわゆるギャグ補正といわれる現象を、冷静になって考えてみて欲しい。
ギャグだから死なないという、ある意味で理不尽な現象が描かれている物語を何度か目にしたことがないだろうか?
たとえばだが、主人公がうっかりラストのオチで爆弾を爆発させてしまっても、全員の顔が黒くなっているだけで生きている――。
あれと一緒なのだ。
ギャグだからといって、”致死量の大爆発を受けても生きている状況を作り出せる能力”、そう考えてみればその力の一端を理解してもらえると思う。
ようするに物理現象を捻じ曲げる力を、自動的に発動し続けているともいえるだろう。
そして物理現象を捻じ曲げる力に心当たりがあるだろうか?
そう、それこそが魔術の根底にある概念。
あたしたちが用いる魔術式の基本構造。
物理現象の改竄である。
だからこそだった。
あたしの頬には、濃い汗が浮かんでいた。
彼に憑依しているパンデミックがギャグ的な行動を取れば取るほど、その強さを実感してしまっているのである。
神父も狂人ゆえのギャグ性もあるし。
パンデミックとセットとなると、前のようにはいかない可能性もでてきてしまった。
うーむ、これは作戦ミスだったか。
もしこのあたしにもギャグ属性さえあれば、楽勝なのだろうが……。
あたしはわりとシリアスよりなので、苦戦は免れないだろう。