表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/123

第九十三話、黄昏の終焉 ~日本が終わる日~ その2



 次々と暴徒は鎮圧されていた。

 日本征服計画は順調に進んでいたのである。


 北は既に暗黒に沈んだ!

 南はカピバラ率いる吸血鬼カピバラの群れが、制圧!


『グワハハハハハハ! サトウキビ畑は我が押さえた!』

『平伏すがイイにゃ、人類よ! この四国の地は偉大なるネコ魔術師、三魔公が一柱! シュヴァルツの領土とする!』


 西にはビーグル犬と三魔猫率いるアンデッドマフィアの群れが!

 そして東には超特大な赤い魔猫を背に抱く、美しき姫が!


『あなたたちの物語じんせいを捧げなさい! 異界の姫たるあたしのコレクションに加えて差し上げるわ!』


 相手にとってみれば、まさに恐怖の進撃。

 それぞれ同時に奇襲され、ほぼ壊滅状態。

 誰の目から見ても、異世界からの侵略と思ってしまう光景だろう。


 そう、それは終末の物語。

 ディカプリオ神父の終末予言の通りである。

 今頃、どんな顔をして状況を見ているのか、こちらとしてはざまあみろ!

 なのだが、ともあれ!


 洗脳されている民はそれぞれ、光の柱に封印されたり。

 謎の異世界騎士モグラにより地下街に引き込まれ、漫画喫茶のような生活を保障されたり。

 我ら偉大なる猫の世話係をするのニャ! と、ネコカフェ空間に誘拐されたり。


 まあ怪我をさせないようにちゃんと保護しているので、安心して欲しい。

 その辺りは公務員の皆様に、口を酸っぱく注意されていたので抜かりはない。

 そもそも日本制圧計画にも、お堅い連中は乗り気じゃなかったのよねえ……。


 あたしは口元に指を当て、異界の姫っぽさを出して呟いてみせた。


「ちょっと征服するだけなのに、なんであんなに渋っていたのかしら」


 スカイツリーを制圧しようと動くあたしの横。

 空駆ける死霊馬の馬車にのる大黒さんが、頬に手を当て、うふふふふ。


「本当にあっさり制圧できてしまうのね、さすがだわアカリちゃん」

「まあ、魔術対策のできていない未開発地域ですもの、魔王軍内であっても上位に位置するあたしが率いているのよ? 当然でしょう」


 はっきり言って自慢だが。

 あたしが集めたこの戦力なら、並の異世界程度なら簡単に滅ぼせるほどの戦力が揃っているのだ。

 冷静になってみると、事前に計画書を偉い人たちに添付したから問題になってないだけで――。


「これ、政府や公の方々への根回しが完了しているからいいけど――知らない人が見たら、本当にヤバイ状況に見えるわよねえ。全てが終わった後に記憶消去とかしておかないと、本来なら不味いんでしょうけど――」


 あたしはわずかに言葉を濁していた。

 そのまま周囲に目をやる。

 夕闇に染まる前――黄昏の空の下、都会は恐怖に包まれていた。


 自分でやらかしておいてなんだが。

 本当に終末感が半端ないのだ。

 人はこれを世界の終わりというのだろう。


 それでも、全てを終わらせるために――あたしは行動する。


 視界に夕焼けが見える。

 昼の終わりと夜の始まり。

 その一瞬の赤いきらめきが、あたしは好きだった。


 あたしはその終わる世界を何度眺めたのだろう。

 誰と眺めたのだろう。

 あたしの思考の隅で、あたしの知らないあたしが告げていた。


 誰に告げている?

 それは、死んだ黒猫。

 記憶の中の声が響く。


 ――あたしだけは……あなたを愛してあげる。拾ってあげる。

 ――この世界があなたたちを苦しめたのなら。

 ――ネコであるという理由だけで、傲慢なる人に殺され続けたのなら。


 何も知らずにあたしが殺した、かわいそうな黒猫。


 ――あたしがあなたたちの神となる。味方となる、盾となる。矛となる。その憎悪の数だけ、対等な対価を奪い返しましょう。


 ただ主人と静かに暮らしていた、何の罪もない、魔性と化す前の黒猫。

 当時の彼はなんと呼ばれていたのだろうか。

 世界を滅ぼそうと暗躍していたネコの呪い、その根源。


 たぶん全てのきっかけはあの夢。

 五年後のあたしが、全てを滅ぼしかけた五年後の彼と出逢い。

 そして彼を滅ぼし――その横たわる黒き猫を見てしまったから始まった物語。


 パンデミック。

 主人と自らを殺され。

 魔女の呪いを吸い魔性と化した、憎悪の塊。


 池崎さん……か。


 まただった。

 あたしの知らないあたしの記憶が流れ込んでくる。

 理由はおそらく、池崎さんが憎悪の魔性として覚醒しているせい。


 彼がここまで覚醒した事例は、いままで一度もなかったのではないだろうか。

 その影響だろう。

 彼に連動し、ループを繰り返すたびにリセットされるはずのあたしの記憶にも、変化が起こっているのだ。


 ようするにだ。

 ループ状態となった繰り返す時間――。

 あの図書館サイズとなった二十年間の記憶の束が、魂に刻まれたあたしの記憶として呼び起こされているのだと思う。


 だから、色々と見えてくる。

 本当にいろいろと……。

 ……。


 人はこれを既視感デジャヴと呼ぶのだろうか。


 あたしは静かに、あたしの知らない思い出の中を覗き込んでいた。

 記憶の中――あたしの知らない池崎さんが、あたしの知らないあたしを眺めていた――。

 切なそうな顔で、引き裂かれそうな心を抑えるように叫んでいた。


 何度も、何度も。

 あたしと彼は巡り会う。

 時には敵として、時には味方として、そして時には――……。


 池崎さんは、どんな気持ちで毎回あたしと出逢っていたのだろう。

 深く、親密になったループの次に再会した時でも、彼は苦く笑うだけだった。

 何も知らないあたしは、胡散臭い人ねと腕を組んで塩対応をしている。


 池崎さんは伸ばす指を止めて。

 その手をごまかすようにタバコを吸っていた。

 頭をガシガシと掻いていた。


 まるで、かつて主人に頭を撫でられていた時のように――ガシガシと。

 きっと、あれは癖ではなかったのだ。

 困ったときはああやって、頭を撫でられていたときの事を思い出して、気を静めていたのだろう。


 あたしはまた記憶を見た。


 何度目のループだったのだろう。

 その時のあたしは、自らの手で世界を滅ぼしていた。

 その背後には、あのパンデミックがいた。


 これはあたしが池崎さんとではなく、パンデミックと手を組んだルートだったのだろう。


 ようするに、あたしが世界を滅ぼす災厄の使徒に認定された道だろう。

 こんなことがありえるのか? 考える。

 当然あると即答できてしまった。


 あたしは一番目、最初のパンデミックを滅ぼした時に全てを知り、同情していたのだ。ならば、パンデミックを滅ぼす前に真実を知ってしまったら?


 答えがこれだったのだろう。

 今、あたしの脳裏には、憎悪の魔性の恨みを叶える協力者としての別サイドのあたしがいる。

 あたしは彼に協力するのだ。


 池崎さんではなく、人間の皮を被った憎悪の塊。黒猫と魔女の憎悪を吸ったパンデミックと契約し、その復讐を正当なる権利と認識し、協力したのだと思う。


 今までの事を思い出してみた。

 あたしは、結局のところ人間の味方というわけではないのだ。

 世界を滅ぼそうとしている側に正当な理由があったとしたら、あたしはそちらについても不思議ではないのである。


 ただ今回のルートは順序が違っただけ。

 あたしは先に池崎さんと出逢っていたから、こうして世界の滅びを防ぐために動いているが。

 逆だったら――。


 あたしはパンデミックに同情し、その憎悪を手伝ってしまっていたのだろう。

 池崎さんは毎回。

 パンデミックより先に、あたしと出逢う必要があるのだ。


 けれど、ただ出逢えばいいという問題ではない。

 ゲームに馴染んでいないあたしは、父のプレッシャーや将来への不安であまり素直じゃない性格の子で……悪い意味でお姫様なのだ。

 その信頼を得るのは、攻略難度SSSの恋愛ゲームキャラを攻略するより面倒だっただろう。


 それでも池崎さんは、何度もあたしの心を解かしていた。

 あたしは何度も、彼に助けられていた。

 それでも……世界は滅んでしまう。


 なかなかどうして、これがゲームだったら面倒な縛りのある筋書きである。


 走馬灯ではないが、似た空気感のある映像が浮かび上がってくる。

 あたしは何度か世界を滅ぼしていたようだ。

 途中から、あたしの周囲には三魔猫が付き従うようになっている。


 おそらく、繰り返すループにお父様が介入したのだ。

 あたしによる滅びの未来を変える一手として、三魔公をあたしにつけることにしたのだろう。

 だから彼らは文字通り監視していた、お父様に命令され――あたしが世界を滅ぼさないように見張っていたのだ。


 もちろん、いつかの話にあったように――。

 あたしが人間に殺されないようにする、そういう意味もあるのだろうが……。

 父は、お父様は――どのような結末をお望みになられているのだろうか。


 分からないが、今のあたしはお父様のいいなりにはならない。


 今のあたしは、三魔公と真の意味での契約を果たしていた。

 初めは言うことを聞いてくれなかった彼らの、本当の信頼を得ているのだ。

 きっと、常に未来は変わっている。


 お父様にも、それこそロックおじ様にも見えない道を進んでいる。

 そんな直感があった。

 あたしはアカリ。日向アカリ――お父様の愛娘である前に、あたしはアカリという個人なのだから。


「全てが自分の思うとおりになるとは思わないで欲しいわね……お父様」


 止めたい。

 今のあたしは、パンデミックを止めてあげたい。

 強くそう願っていた。


 そんなあたしの小さな独り言を聞き逃さなかったのだろう。

 ちょっと意地悪な顔をした大黒さんが言う。


「なにか悩んでいるみたいだけれど――アカリちゃん、あなたは何を企んでいるのかしら」

「企むって、人聞きが悪いわねえ……」


 あたしは唇を曲げていたが。

 彼女は大人な笑みを浮かべている。


「だって、皆に黙ってあの達を動かしていたでしょう? みんなは気づいていないけれど、いえ、気づかないふりをしているのかもしれないわね。どちらにしても、あなたがなにかを企んでいるかもって思ってはいるでしょうね」

「ま、どうなるかは分からないけど。あたしはあたしなりの保険をかけただけよ」


 そう!

 あたしだって成長しているのだから!

 だれかの思惑のままに動くのなんて、あたしの乙女心が許さない!


 そんな決意に心を燃やすあたしのアイテムボックスの中。

 音が鳴った。

 ピロロロリン♪


 また新たな制圧状況が伝わってきたのだ。

 それは――三魔猫が一柱、ドライファル教皇による制圧だった。


「ドライファル教皇からの連絡よ。あっちもうまく制圧したみたいね」

「了解――いま確認するわ」


 大黒さんがいつものタブレット端末を取り出し。

 ドライファル教皇の様子を液晶に映してみせる。


 液晶の中を覗き込んだあたしは――、はぁ……っと苦笑を漏らす。


「教皇ったら。まーた一人でグルメを欲張ってるのね」

「まあ可愛くていいじゃない? ふふふふ、ネコちゃんって本当に素敵よね」


 微笑む大黒さんの腕の中に映るのは――制圧完了後の様子。

 通天閣の上からタコ焼きを頬張る、ドライファル教皇の記念撮影写真メッセージが添付されていたのだ。

 制圧完了しましたので、予定通りグルメ観光をしてきますとのこと。


 ディカプリオ神父の信者と化していた住民を、逆に再洗脳したのだろう。

 ドライファル教皇の特技、”猫大好き化を引き起こす説法”! によって全員上書きの洗脳を受けているので、無事制圧完了。

 西の主だった敵の拠点は、猫を崇め、グルメを提供するニャンコ大好き都市へと改造されている。


「動画ファイルもあるみたいですけど……どうする? アカリちゃん」

「ま、一応見てみましょうか」


 公共電波を乗っ取り、ネコ電波通信を発信させているのだろう。

 その動画のようだが。

 大黒さんがタップしてみると、やはりそこにはドライファル教皇が主役の動画が流れ始めていた。


 映っていたのは、大きな三毛猫ちゃん!


 組んだ足の太もものモフ毛を覗かせ。

 ふふん♪

 玉座にも似た高級ソファーに寛ぎ、関西の有名タレントを侍らせている場面!


 給仕を受けつつ、肉球マッサージをさせながら。

 教皇が錫杖をしゃらんと鳴らす!


『ブニャハハハハハハハ! 人類よ! この日本は我らアニマルのもの! 降伏するのです! そして、我らを神と崇め、敬い、かわいがり、三食昼寝付きの贅沢三昧を提供するがよかろうなのであります!』


 教皇の宣言に、猫大好き洗脳を受けた市民が腕をあげる。


 ネコこそが偉大!

 ネコこそが至高なる種族!

 我々人類は、ネコ様のためにオヤツとご飯を提供する信徒となりましょう!


 拍手が、動画を包んでいた。


 なんということでしょう~♪

 通天閣から発せられるネコちゃん大好き化洗脳電波攻撃で、関西グルメは全てネコちゃんのために提供されることとなったのです。

 ちなみに。

 十五年前のターニングポイントをきっかけに、今現在、全世界の猫はこっそり猫魔獣化しているので、人間のグルメも味わえるのでそこは問題ない。


 ……。

 こ、これって本当に制圧なのかちょっと疑問に思えてきたが。

 ともあれ、だ。

 異能力者を魔女と見立て――殺せと叫んでいた彼らの声は変わりつつあった。


 そう、世界を救う救世主ディカプリオ神父の登場を待っていたのである。


「さすがにこれだけの声が集まれば大丈夫でしょうね。もはや彼が強制召喚されるのも時間の問題だと思うわ」

「んー……でも本当に出てくるのかしら」

「どういうこと?」


 大黒さんがタブレットを操作しながら言う。


「だって、出てきたら確実に負けるでしょう? そんな危険を冒す必要が相手にはないと思うのだけれど」

「まあ普通ならそうでしょうね。けれど、よく考えてみて? 彼の能力、異能をね」

「ディカプリオ神父の異能――救世主……」


 口に出した大黒さんも気が付いたのだろう。


「ええ、そうよ。幼い頃のホークアイ君がそうであったように、異能は条件さえ適合していれば、ある程度自動的に発動してしまうものよ。彼が聞きたくもない言葉を聞いてしまったように、彼も又、救世を求む声には抗えないでしょうね。もちろん、完璧に抑えることも不可能ではないでしょうけれど、それをしてしまったら彼は彼自身を否定することになる。異能も根本は魔術と一緒。心の強さにも影響を受ける――救世主なのに救世をしなかったら、救世主の異能者として失格。著しい能力低下を起こして終わりよ」


 そう――。

 どちらにしても彼は詰んでいるのだ。

 だから動くしかない筈。


 そう口にしようとしたその時――。

 案の定だった。

 大黒さんのタブレットとあたしのスマホが鳴っていたのだ。


 どうやら、彼が姿を現したらしい。

 あたしは報告された現場に急行した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 知謀に優れすぎててもう何が何だか分からなくって猫ちゃん可愛いですよね(?) なんか明日から三連休でテンションとかバグりまくりで何もする気が起きなすぎて風邪引いてるのかもしれませんね 風邪ひい…
2024/02/22 23:16 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ