第九十二話、黄昏の終焉 ~日本が終わる日~ その1
某月某日。
世界は終末騒ぎで大混乱中。
作戦は既に決行されていた――各地に人も散っている。
むろん、あたしも行動を開始していた。
暴徒たちに占拠された施設は無数に存在する。
彼らは魔女を殺せと、声高に叫んでいたのだが。
その行動を操作する者が必ずいる筈――。
ようするに扇動する天使を各個撃破できるチャンスでもあるのだ。
本来ならその天使を更に操る犯人。
救世主を自称するディカプリオ神父を、直接叩きたいところなのではあるが……
ジブリール君いわく。
――あの糞卑怯者はぜってぇにでてこねえぞ。
とのこと。
彼は今もせっせとネット配信で信者を量産中。
ではそのネット配信を逆に利用し、政府と公務員の人海戦術でネット工作、いわゆるネガティブキャンペーンでもやろうかともなったのだが。
ジブリール君いわく。
――あの糞卑怯者はオンラインでの信者量産に失敗したら、終末の日だとかいいだして、そのままミサイルを飛ばしてくるからやめとけ。
とのこと。
そう、彼はなかなかに幼稚な人物なのである。
ま、独裁者気質な人はそういうタイプが多いのかもしれないが。
ともあれだ。
こちらの計画は進んでいる。
まずは、洗脳された市民の救出が最優先。
てなわけで――!
あたしは最初から赤雪姫モードで、バッと両手を開いて――。
きらきらきら。
雪の結晶に似た白と赤の魔力を輝かせ、暴徒信者たちの集会場となっていた野球場の上空に、堂々と顕現していたのである。
まだ夕方には早いのに、世界は赤い魔力に包まれ黄昏色に変わっている。
夕暮れにも似た空には何がいる?
それはもちろん、このあたし!
妖しく煌めくファンタジー美少女の後ろ。
大空には赤い魔猫の幻影が、ギラギラギラギラ。
野球場に集う人間を眺めていた。
まるでネズミを狙うネコのように。
ざわつく民間人に向かい、あたしはニヒっと微笑する。
すると連動して赤い魔猫の影も、ニヒっと微笑する。
そう、あれはあたしのネコとしての側面。
今回は初手からちょっと本気の魔力をぶっ放すつもりなのだ!
民間人の命を救うため――!
さあいけあたし!
日向アカリ!
再度! てなわけで!
魔力を込めたあたしは高らかに宣言する。
『初めまして、地球の皆さん! そしてさようなら――さあ! お別れを告げなさい! そして祈りなさい。あなたたちがこれまで巡った人生に――最後の感謝をする時間をあげるわ』
告げたあたしの瞳が、つぅっと細く締まっていく。
反面。
大空に浮かぶ、あたしの分身たる赤い魔猫は邪悪に瞳を開き始める。
ニヒィっと瞳は徐々に開かれ。
開眼!
それが合図となったのだろう。
ニャニャニャニャ!
ニャニャニャニャ!
野球場の闇という闇から、猫が姿を顕現させ。
鳴いた――。
次の瞬間!
魔導書を肉球の上に浮かべた巨大なモフモフ幻影赤猫が、うにゃ!
赤い魔力を解き放つ――!
計測できる限界規模、十重の魔法陣が大量の信者たちを包み。
そして――異能が解き放たれた。
『異能解放:ジ・エンド――《終わるあなたの物語》。お別れよ――いつか来世でお会いしましょう。あなたたちの物語をいただくわ』
効果は――他者の魔導書化。
バサササササササ!
野球場を埋め尽くしていた暴徒たちが、全て魔導書化されていく。
残ったのは隠れていた天使だけ――。
動揺し、指示を仰ごうと天使が翼を蠢かした瞬間。
猫のあたしの巨大な幻影によって生まれた影から、くたびれた顔をした男がシニカルな苦笑を浮かべ――。
顕現する。
それはさながら闇の泉から現れた悪魔。
外見を古風に表現するならば、闇を纏いしコートの男、といったところか。
その者の瞳も――赤い。
邪悪な顔を滾らせる男は、ただ静かに赤い瞳を輝かせ。
吸っていたタバコから煙を発生させる。
無精ヒゲをタバコのオレンジで浮かび上がらせ、革靴を――カツン!
「我が命ずる――《狂い乱れて、崩壊せよ――》」
煙から伸びたのは、赤と黒の人ならざる者達の腕。
まるで冥府からの誘いのごとく伸びる魔性の腕が、逃げる天使を取り込み。
掴み――そして。
ぐじゃああぁああああああああぁぁぁぁぁ!
黄昏の空に、赤い血と白い羽が飛び散っていた。
いわゆる即死攻撃である。
白き翼だけが、周囲に散乱し――全てが静寂へと包まれていた。
大規模な敵のアジトだったのだが。
これで制圧完了かな。
落ちた魔導書をすべて回収し、あたしはご満悦で宣言する!
「しゃぁああぁぁぁ! ここは制圧ね!」
完全勝利のブイサインなのだが。
なぜか闇を纏いしコートの男こと、憎悪の魔性たる池崎さんがジト目であたしに言う。
「おいおい。これ、本当に天使の蘇生も後でできるんだろうな……」
「大丈夫よ、だって、今はもうここは日本じゃない。ダンジョン領域日本、あたしの支配領域になってるんですから」
そう。
死者とか出るのも面倒だし、あたしは日本ごとダンジョン領域化させてしまっているのである。
ダンジョン内での死なら、蘇生の条件もわりと緩いしね。
今までは加減ができず、日本全部をダンジョン化させてしまうので不可能だったが――今回は逆。
発想の転換!
え? もう動きやすいように日本をダンジョン化させてよくない?
と、皆を脅迫したあたしが強行した作戦の一つがこれ。
二つ目は――。
今この場であたしの魔導図書館に収納された、新たな魔導書の山。
やはりジト目を延長したまま池崎さんが、タバコの煙に言葉を乗せる。
「で……その魔導書化。本当に後で解除できるんだろうな?」
「ええ、あたしの任意のタイミングで可能よ。まあ、せっかくだから全部ちゃんと読ませてもらうけれど、それくらいはいいわよね?」
あたしの異能は猫使いと、そして他者の魔導書化。
そう。
信者が人質になっているのなら、人質を魔導書化させて回収すればいいじゃない!
を実行したのである。
ちなみにこの魔導書化。
進んできた人生によって魔術効果も異なったりする。
効果の有用性は別として、あたしも知らない魔術がいっぱいあることが予想されるので、にへぇ♪
知識欲のケモノたるあたしは、こうしてついつい涎を垂らしてしまいそうになっているのだ。
念のため言っておくが、本当に元に戻るのでご安心なのである。
こちらの制圧が完了したことを、本部に連絡しようとスマホに手を伸ばすが――。
同時だった。
着信である、相手は本部で指揮を取っている二ノ宮さん。
こっちはうまくいっているので、ついつい気分がよくなってしまう。
「あら、二ノ宮さん。どうしたの?」
「その声から想像するに――そちらは成功したと思って良さそうだな」
「ふふふふ、このあたしを誰だと思っているの? 当然よ! 怪我人はゼロ。全員の魔導書化に成功、ついでに天使も狩れたわ――遺体は池崎さんの煙の効果で、粒子状で保存されているわ。後で再生も可能な筈よ」
褒めろー! 褒めろー!
と、あたしは褒められ待ちなのだが、電話越しに若干、戸惑いの気配が漂ってきた。
なにかあったのだろうか。
「二ノ宮さん?」
「すまない、他の状況も君に報告しようと思ってな……その、一応、確認させてもらいたいのだが……」
「あなたにしては歯切れが悪いわね」
言葉を詰まらせている二ノ宮さんであるが、彼女がここまで困惑するのも珍しい。
その答えとばかりに池崎さんが呆れた顔で肩を竦め、ササササ!
自分のスマホをスライドし、あたしに見せつけてくる。
「ま――これだろうな」
そこに映っていたのは、謎の闇の襲撃と銘打たれた緊急速報。
闇そのものとしかいいようのない暗澹とした黒が、北の大地。
北海道を呑み込む姿。
「って、なんだ月兄じゃない。うまくいったのね」
「いや、たしかに――作戦通りではあるのだが。ほ、本当に民間人は、というか北海道自体が無事なのか……? 現段階の報告では北海道程の大きさとなった闇が、赤い瞳のような部分をギラギラさせて欠伸をしていると……」
ああ、なるほど。
そういえば普通の人って、月兄の正体をちゃんと知らないのか。
まあ二ノ宮さんには前にちょっと語ったのだが、実際に見たものがこれじゃあ混乱しても仕方ない。
「大丈夫よ、安心して。あの闇そのものが月兄だから」
「闇そのもの……?」
「ええ、そうよ。あなたたちも暗黒神話、夢の世界ドリームランドに住まう、法則の異なる世界の神と怪物の伝承は知っているでしょう? お兄ちゃんって、そういう邪神、クトゥルー神話の性質が結構強いのよ。どっちかっていったら、人間の姿の方が擬態、夢と影、現実と暗黒神話の狭間で蠢き続ける魔猫なんだけど……言ってる意味、通じてる?」
常人では理解できない存在。
というか、理解してしまったら正気度を全部持って行かれるほどの闇。
それが月兄なのだが。
「ま、まあ我々の常識では絶対に”理解の及ばない領域”の存在だということは理解できた。確認させて欲しい、後で確実に元に戻せると思っていいのだな?」
「それは保証するわ。お兄ちゃんが影世界から解放しようとすれば、ちゃんと全てが現実に戻されるから」
電話越しにわずかな間を作り。
同僚たちと何やら相談しているが、はて、なんだろう。
二ノ宮さんが言う。
「信じたいところなのだが……大丈夫なのか? 彼はようするに、言ってしまえば猫なのだろう?」
「ええ、そうよ。ただありえないほど強い猫と思ってもらえばいいわ」
「猫とは気まぐれな生き物、その……なんか気に入っちゃったから手放したくない。とか言い出さないか? 君や君の関係者を見ていると、わりとそういう部分もあるだろう? そこを懸念しているのだが」
……。
あー……。
けっこう、あるかもしれない……。
ま、いっか!
「たぶん大丈夫よ!」
「たぶんって、おいおい……これ、あの糞神父よりよっぽど大事になってるんじゃねえか」
と、池崎さんは呆れつつも、顔はキシシシと嗤っている。
憎悪の魔性として覚醒しているので、なかなか邪悪ハンサムになっているのだが。
ともあれ、まあこれも作戦!
あたしの魔導書化と同じ論法の解決策!
人質にされるのも面倒だし、全部影世界に呑み込んじゃえばよくない?
である。
「さあ、グズグズしている暇はないわ! 次の場所を征服しに行くわよ! ついてきなさい!」
あたしと――。
あたしの背後に浮かぶ超特大なる赤い魔猫が、ウニャハハハハっと嗤う。
勘の良い人はもうお気付きになられただろう。
ようするに、あたしは一度。
本気で”死者を出さない形で日本を乗っ取る”ことにしたのである。
つまりは――。
日本征服である。
それはディカプリオ神父が望む、物語。
世界の終わりが迫る状況と、そこから人類を救う救世主の誕生。
彼が待望した世界が迫っているという事だ。
皆はこう思うだろう。
ディカプリオ神父が言っていたことは本当だったのだと。
じゃあ次に何をするか、もちろん決まっている――お告げの通り世界を救ってください、そう願うだろう。
だって本当に世界の危機なのだから。
けれど、神父はこれを想定していない。
世界の滅びは自分のタイミングで、自分が救える手段を用意して行われる筈だったと想定できる。
そんな相手の都合にこちらが付き合ってやる必要は皆無!
こちらは時計の針を勝手に進めてやるだけ。
彼はSNSを利用していた。
こちらはそれを逆に悪用する。
まさか、本当に世界が危機に陥っているのに、表舞台にでてこないで無視をする?
そんなことは許されない。
世間が許さない。
信者が許さない。
皆は声高に叫ぶだろう、救世主様、どうかあの悪魔たちを滅ぼしてください――と。
それはいわば強制召喚のような力を発揮する。
彼は必ず、でてくる。
いや、扇動された人々に逆に扇動され――あたしの前に姿を現すだろう。
というわけで!
あたしはこのまま突き進むのみ!
異能力者を守るため! 人質を守るため!
そういう大義名分もあるので、堂々と魔導書化が可能!
大量の魔導書をゲットできる!
まさに一石三鳥以上の策なのだった!
日本征服もなんか面白くなってきたし、じゃあ次! 行ってみよう!