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第九話、異能力:《魔術師(タバコ)》



 廃墟の中で待っていたのは公安さんではなく、蠢く気配。


 まあどうみても人間じゃないだろう。

 闇の中を徘徊する敵は五体。

 錆鉄の香りは残された鉄骨の香りか、それとも血か。


 見た目は、馬の頭をしたちょっとマッチョな人型悪魔を想像して貰えば、たぶんそのままである。


 重厚な舌をべっちゃべっちゃとしているが……。

 こちらは既に隠匿状態。

 敵に感知はされていない。


 事前準備の賜物である。

 魔導書を片手にあたしは言う。


「ミツルさんはレベル二百よね、戦えるってことで問題ない?」

「レベル二百? 嬢ちゃんが言う判定基準はいまいち分からねえが、鑑定ではSS判定を受けている。まあ、それなりには強えぜ。だから、下がってろって言ってるだろうがっ」


 イケオジ未満のおっちゃんには悪いが。

 なんつーか。

 レベル二百の人間って、どれくらいまで戦えるのか正直わかんないのよね……。


 巨乳秘書こと大黒の姉ちゃんが、顔色を悪くしたまま敵を眺め。


「そ……っそれより、これっ、なんなんですか?」

「なにって? ただの低級悪魔よ。自然発生してるのか、誰かが呼び出してるのかは分からないけどね」


 言って、あたしは建物全体の敵の数。

 あと廃墟をダンジョンと認識させて、マッピングを開始。

 ついでに、この建物内に生き残っている人間をサーチするのだが。


 クロシロ三毛を闇に放った直後。

 大黒姉ちゃんがまともに顔色を変えて言う。


「あ、悪魔がいるんですかっ。本当に!?」

「どうやら、そのようだな――話には聞いていたが、まさか本当に出現してやがるとは。本気でファンタジーになりかけてるじゃねえか」


 ……。

 あ、あれ?


「も、もしかして、悪魔ってあんまり一般的じゃないの?」

「異能力者が《サモン》の能力で呼ぶことはあるがな。オレも見たのはこれが初めてだよ。さて、なーんでお嬢ちゃんは、オレ達が見たこともない悪魔なんて存在を知ってるんだろうなあ?」


 と、ニヤニヤと無精ひげを摩りながら、おっさんである。

 やばい、普通じゃないってバレる!

 い、いやもう半分以上バレてるようなもんだけど……っ。


「と、とにかく! この建物の中にまだ三人生き残ってる人がいるわ、たぶん、悪魔を使役している何者かから逃げてるんだと思うんだけど」

「三人っつーと、たぶん公安クソ野郎だな。野郎、まだ生きてやがったか」


 告げて、スゥ……。

 ミツルさんは背広の中からタバコを取り出し。

 ……おい、こら。


「あんたねえ! こんな時にタバコを吸うつもりなのっ」

「バカ、焦るなよ。こうするんだ!」


 ミツルさんは銜えタバコに火をつけ。

 きぃぃぃぃいぃんと、魔術波動を発生させる。

 これは――魔術式、つまりあたしたち兄妹も扱う魔術系統に少し似ている。


「オレの能力キーワードは《魔術師》、いわゆる魔法使いってわけさ」


 銜えタバコの無精ひげ高級スーツなおっさんが、魔術波動を作り出してるわけで。

 ゲームパッケージみたいな格好ではある。

 ちなみに――。

 魔術波動とは寒い日のお風呂の湯気を硬くして、派手にしたものを想像してもらえばいいだろう。


 物理法則を捻じ曲げる際に発生する、摩擦のようなモノと言われているが。

 真相は知らない。

 とりあえずあたしはジト目をして。


「で? そのタバコはなんなのよ? 格好つけ?」

「ちげえわっ、バカ! オレは火のついたタバコを起点としてしか、異能力を発揮できねえんだよ!」

「発動条件付きの異能力って事?」


 まあ、たぶんあたしの能力が、「どうぶつ(ネコ)」を使っているのと似たような原理かな。


「体に悪そうな力ねえ」

「ほっとけよ、さて――てめえら全員眠っちまいな」


 凹凸の目立つ大人の指が、空に印を刻む。

 タバコの火と煙で物理法則を捻じ曲げ、魔術式を発動させたのだ。

 内容を解析すると――。


 魔術現象。

 《睡眠スリープ》。

 たぶん、ふつうに相手を眠らせる低級魔術だろう。


 タバコの霧が悪魔たちを包み込んだ……――。

 のだが。

 おもいっきしレジストされている。


 格好つけたままのおっさんの頬に、一筋の汗が滴り始める。


「ん、んん……!? 眠らねえな、こいつら」

「そりゃそうでしょうよ。こいつらはナイトメア。いわゆる夢を司る夢魔よ? 他人からの睡眠攻撃に完全耐性をもってるに決まってるじゃない」


 基礎中の基礎だと思うのだが。

 だがミツルさんも一応はプロ。

 おそらく今の魔術の効果は、それだけではないのだろう。


 あたしは、兄妹とは違う技術に興味を示しつつ。

 じっと待つのだが。

 ……。


「ねえ、もしかして。これ、眠らせるだけの魔術? 中から相手のハラワタを爆発させたりとか、そういう付属効果は……」

「あるわけねえだろうっ、人間相手ならこれで眠るんだよ! 魔術を切り替える!」


 言って、ふっとタバコを律儀に携帯灰皿に入れ。

 別のタバコを装備。

 発生させたのは魔力の煙。


 魔力を纏い、男が吠える!


「退け、邪なるモノたちよ! 戸惑い、陥り、昏倒せよ――!」

「それって、もしかしなくても精神系の魔術よね? いわゆる一時的な行動妨害のスタンと、混乱を撒く魔術みたいだけど」

「へぇ、よくわかるな、お嬢ちゃん」


 だって使ってる魔術式が、あたしの術系統と似てるし。


「そりゃあ、あたしも魔術は使えるからねえ。あ、でもさあ――言っとくけどナイトメアって精神攻撃への耐性が高いから基本的にレジストされるわよ。攻撃魔術に切り替えた方がいいと思うんだけど……大丈夫?」


 冷静に突っ込むあたし。

 とっても魔術の先輩ね?


 再び格好よく決めていた男の頬に。

 ジト汗が浮かび……。


「オ、オレは……なんつーか、こういう相手を眠らせるとか、気絶させるとか、惑わすとかそういう……ことしか、できねえ、かもしれねえな?」

「は!? あんた……! 前衛に出てバンバン敵をなぎ倒しますみたいな見た目のくせにっ、補助系の能力者なのっ?」


 意外にコンプレックスだったのか。


「う、うるせえ! 見た目で判断しちゃいけねえって、先生に習わなかったのか!」


 ようするに、攻撃魔術は使えないのだろう。

 まあ、人間の異能力者相手なら眠らせたりした後。

 拘束するなり、足をベキってやったりすれば負けないもんね……。


 あぁ……うん。

 あたしが来てなかったら。

 たしかに死んでたわな、こりゃ。


「あんなに格好つけてレジストされただけって、滅茶苦茶恥ずかしいわよ、あんた」

「悪魔なんて相手にしたことがねえんだから仕方ねえだろう!」


 どうやらそれが普通らしい。


 あたしは、女子高生の眼でじぃぃぃぃぃぃ。

 まだこちらに気付いていない――。

 隠匿状態を見破る力もないナイトメアどもに目をやった。


「しかし、これ。問題なのは――。ミツルさんが完全に対策されているって事ね」

「どういうことだ?」

「いくらなんでも、あなたの能力と相性が悪すぎるわ。呼べる悪魔なんて山ほどいるのに、わざわざ低級なナイトメアを呼ぶ必要があるかしらって話よ」


 ナイトメアは精神攻撃に耐性はあるが、特別に強いという存在ではない。


「つまりあなたたち、たぶん公安の人も含めてだろうけど。罠にはめられたのね」

「ちっ、そういうことか――思い当たる組織や敵は、山ほどありやがって特定はできねえがな」


 ま、そういう政府機関だと敵も多そうだしね。


「ふむ――それにしても。分からないのはなぜナイトメアかってことね」

「そりゃあオレを完全に封殺できるからだろう? 実際、お嬢ちゃんがこの――姿を隠してるネコ砂みたいな結界を張ってなかったら、オレと大黒はこの馬面野郎どもに殺されてたんだろうしな」


 と、冷静に彼は言う。

 しかしあたしは――


「あたしがもしあなた対策の低級悪魔を呼ぶなら――。もっと破壊力の強い存在を選ぶわ。実際、こうして失敗してるわけだしね――たとえばだけど、群れ集う殺戮者のグレーターハイデーモンや、妖刀を守りし風悪魔のエンシェントパズゥフィック、狂える魔術師王の騎士団あたりね」


 なぜかミツルさんはジト目で言う。


「なんか、名前だけ聞いてると低級悪魔には思えねえけど……」

「とにかく、これではっきりしたわ。たぶん相手は三流よ」


 告げたあたしの言葉に、奥から反応があった。

 キンキンキン!

 廃墟の床に、赤い光が魔法陣を描いていた。


 おそらく転移だろう。


「あら、わたくしが三流? 大きく出ましたわね、お嬢ちゃん」


 良く通る女性の声である。

 カツンカツンカツン!


 ヒールの音と共に廃墟の闇から顕現したのは、シスター姿の若い女性。

 まあ聖職者姿なのにヒールを履いているので、本職の聖職者ではなさそうだ。

 コスプレみたいなもんなのだろう。


 シスターは闇の中で妖しく唇を輝かせ。


「初めまして、《煙の魔術師》のお噂は届いているわ。池崎ミツルさんでしたかしら。そしてそちらの顔色を真っ青にさせているのが、嘘を見抜く能力者の大黒女史。そして――データにはないけれど、ふふふふ、あなたも異能力者ね? お嬢ちゃん」


 なんかいかにもな敵さんである。

 見た感じ、異能力者が集まった犯罪組織の連中といった感じかな。

 どうやら単独のようだが。


 ここで驚いてやるのが優しさ。

 でも、あたしはぼそりと呟いていた。


「……ねえ、わざわざ近づくならもうちょっと前に転移すればいいのに――なんでカツンカツンって近づいてきたのよ? 戦術的にも、距離を取ったままの方が良かったわよね? もしかして、そういう演出がしたかったの?」


 図星だったのだろう。

 濃い化粧が、びしっと割れかけ。


「う、うるさいわねっ! そ、それよりもお嬢ちゃん! このわたくしを三流だなんて、大きくでたものね!」

「そりゃ三流っていったのは悪かったけど、ナイトメアを選ぶセンスは正直どーかとおもったし」

「はぁああああああぁぁぁぁ! この美しい肉体美に、麗しいご尊顔! ナイトメア様のどこに不満があるっていうのかしら!」


 うわぁぁぁあぁっぁあ。

 こ、この人!

 たまにいる、男性型異業種悪魔とガチで恋愛とかなさるタイプの方!?


 マッチョ馬面悪魔にしな垂れかかるように肉体を預け。

 ふふふふっと妖艶アピールをしつつ女は言う。


「まあいいわ――うふふふふ。話によってはそっちのお嬢ちゃんだけは生かして、ナイトメア様のしもべにしてあげようと思っていたけれど。全員まとめて、この場で消してあげるわ。わたくしの愛する旦那メア様の晩御飯になって頂戴な、みなさん!」

「ナイトメアしか呼べないあなたで、このあたしをやれるのかしら?」


 ふふんとあたしも演出のスマイル。

 魔術を諦め、現実的に役に立つ拳銃を構えだしたミツルさんが言う。


「嬢ちゃん、勝てそうか……?」

「任せなさい。こう見えて、あたし――そこそこ強いわよ?」


 女は銃の射線を避けるようにナイトメアの後ろに引き。

 ふふふっと甘い声を漏らす。


「政府の犬にしてはイケテるって噂だった『煙の魔術師』が、まさかこんな子供を頼るなんて、ちょっとガッカリね。けど――その様子だと、あなたたちもまだCにはたどり着いていないってところかしら」

「ってことは、おまえさんたちもCには辿り着いていねえようだな」


 いや、両方とも自分の手の内を明かしてどうする……。

 そこはぼかしなさいよ。 

 てか、色んな組織から追い求められてるのね、Cっていうやつ。


 ともあれ。


「んじゃ、精神耐性持ちには無能になっちゃうオジサンは下がって、大黒さんをお願い。ここはあたしが格好良く決めてあげるわ」

「自分を強く見せる駆け引きだけは上手なようね、お嬢ちゃん」

「強いかどうかは、試してみればわかることじゃないかしら」


 いってあたしも、魔導書を構える。

 対する女も聖書を構えて。


「嫌ねえ、自分の実力を知らない無能って。さきほども最上位の悪魔を呼べるみたいに自慢していたみたいですけれど? そんなハッタリに引っかかるほど、わたくしもバカじゃないの」

「いや、ハッタリもなにも……低級悪魔を呼んだって自慢にもならないでしょうが」


 子どもの喧嘩じゃあるまいし。


「異界にあるとされるダンジョン、その最下層に潜んでいる危険度Sの悪魔たちが――低級ですって? 語るに落ちたわね! その無知こそ、お嬢ちゃんのハッタリの証拠よ!」


 あ、あれ?

 これ、あたし……また基準を間違えてるんじゃ。

 カンニングしようにも、公安を助けるために三匹の魔猫を放っているので。

 聞けないし。


「まだ若い証拠ね、お嬢ちゃん。そう、あなたのその未成長無改造のまま終わる胸のように――」


 ……。

 ……。

 分かっている、分かっているのだ。


 胸の揶揄でキレるのは、それはこっちが気にしているという何よりの証拠。

 十五歳なのだから焦る必要などないし。

 だからここはスルーして、やり過ごせばいいだけなのだ。


「あぁぁぁぁら? 黙り込んじゃったわね? それって効いちゃってるってこと?」

「き、効いてるわけないじゃない? ああああ、ああたあたたしはまだ十五歳だし? ここここ、これからだしぃ?」


 女は同情すらした顔で――。

 ふっと悲しい息を漏らす。


「お嬢ちゃんに悲しいお知らせがあるわ。わたくし、十五の時にはもう胸が成長していたわよ? たぶん、そっちの巨乳さんもそうじゃないかしら?」


 大黒さんが、かぁぁぁぁぁっと頬を赤くする。

 事実なのだろう。

 あーそっか、巨乳さんって、もう十五歳で成長の兆しが見えるんだ。


 ははははは、あはははは、はは……。

 ぶち。

 あたしは涙目になりながら、魔導書をバササササ!


「なによなによ! あったまきた! そこまでいうなら、呼んでやろうじゃないの! ダース単位でっ、配送料無料で送ってやるわよっ!」

「え? うそ、なにこの魔力!」

「三流だから手加減してあげようと思ったけどっ。もう知らないんだからね!」


 仰々しい魔法陣が、あちらこちらに浮かんでいるからだろう。

 ナイトメアが契約を破棄して逃走。

 主人を見捨てて逃げ出すほど、あたしが恐ろしかったのだろう。


 使役眷属がいない召喚系能力者なんて、ただの人間とさほど変わらないだろうがっ。

 許すまじっ!

 乙女の傷は深いのだっ。


「我は、日向! 日向アカリ! 契約、契約、契約! あんたたち、全員でてきなさいっ! やったろうじゃないのよ、悪魔召喚! このあたしをバカにした報いを、受けさせてやるんだからぁぁぁ!」


 天が荒れ狂い。

 大地が震動する。

 廃墟の壁が悲鳴を上げる中。


 ミツルさんと大黒さんが慌てて手を伸ばす。


「お、おい嬢ちゃん! 何をする気かは知らねえがっ、なんか周囲がヤバい事になってんぞ!」

「お、おちついてアカリさん!」


 止める二人の横。

 肉球型の転移魔法陣がグルグルと回転する。

 あたしの眷属猫である。


 状況を察したのだろう。

 こっそりと別動隊で公安の三人を救出していたクロシロ三毛が――。

 うわぁ……っと猫髯を下げ。


『こうなったお嬢様は、我らにも止められないですからにゃぁ……』

『言い忘れておりましたが、お嬢様はわりとテンプレ。胸への攻撃は、ダイレクトアタック』

『一度怒ると、力を隠して平穏に暮らせという御父上の命令も忘れてしまいますので、危険ですよ?』


 そういうことは先に言え。

 そういいたげな顔で、イケオジ未満なミツルさんがタバコの煙で結界を張る中。


 あたしは怒りのままに、ゴゴゴゴゴゴ!

 魔術を解放!


「来なさい! 大規模召喚魔術式:《集いし我ら(カンパニー・)の伏魔殿(パンデモニウム)》!」


 あたしはそのまま召喚陣を形成!

 世界の法則を書き換えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] Cとか言うと〜ってもエラいネコちゃんは グルメを大量に用意すればいい いや待てよ……もしかしたら夢世界にいたCの可能性も!(皆無ですw) それかそこの無ny(何かで切り刻まれた上に消炭に…
[一言] さてはて、出てくるのはいったいなんだろか? 前作の名ありキャラだったり? お父様と違って猫におちょくられてる辺り、アカリちゃんはまだそこまでではないから普通に野良の一般悪魔なのかな?
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