第八十九話、集いし英傑! ~姫様たちの百鬼夜行~前編
暴徒は徐々に増えつつある。
洗脳された人間は――魔女、つまり異能力者を中心に狙っているようで。
それを扇動するのは、メシアの能力者ディカプリオ神父。
その対策を話し合う必要があるだろう。
なので!
ここに集うは、洗脳されていない人たち!
会議ができるほどに空間を拡張、改造した応接室である。
シュウマイやすき焼き。
海鮮丼の香りが広がる部屋には、賢人たちが集っている。
参加者には今朝購入、アイテムボックスで保存していた駅弁が並んでいたのだ。
招集に応えてくれたのは、池崎さんと出会ってからあたしが知り合った者達。
あたしに協力してくれそうな異界からの助っ人。
池崎さんやヤナギさん、そして大黒さんや二ノ宮さんの知り合いの公務員や、政府関係者。
ようするに、味方といえる存在なのだが。
それぞれが動いているという事もあり、全員がこの場にいるわけではない。
何人かは魔術モニター、あるいはオンライン会議での参加となっているのだ。
……。
ま、まあなんか変人さん大集合になっている気もしなくはないが。
ちなみに、ちゃんとお弁当は空間転移で運んであるので、そこも抜かりはない。
今回の議題はディカプリオ神父をどうするか。
そのカギを握るのは彼から解放され、あたしの眷属となった天使。
ジブリール君。
彼の降臨が、光の輝きと共に行われる。
中性的で美しい、ルネサンス時代の絵画から抜け出てきたような荘厳なる天使なのだが。
その中の人の魂は男で、しかも元死刑囚。
ディカプリオ神父は手駒を集めるために、世界各地の死刑囚を蘇生させ天使化――強力な戦力としているのだ。
ともあれ、神々しく顕現したジブリール君がモニターやあたし達を見て。
じぃぃぃぃぃい。
なぜか、ものすっごい顔をしているのだが。
まあ、その理由はこのメンツのせい……かな?
咳ばらいをし、会議の中心にいるあたしが言う。
「さて、これで揃ったわね。ジブリール君にディカプリオ神父の事を語って欲しいんだけど……どうしたの? 紅茶と駅弁、嫌いだったかしら?」
「いや、食料ってもんがそもそも必要ねえんだが――それよりも、これ、なんの冗談だ?」
見た目とは裏腹に、攻撃的なギザ歯を覗かせ。
ガシガシと首の後ろを豪快に掻くジブリール君の目線には――。
人間やゾンビや、異世界人や魔族や獣や、政府筋の関係者。
意味の分からない百鬼夜行状態である。
政府のお偉いさんから、果ては近所のネコ、街を監視するカラスまで参加しているから、まあ本当にカオス状態。
誤魔化しつつ、あたしは真顔を保ってみせる。
「なんの冗談って、協力してくれる人たちだけど?」
「人たちって……いや、オレ様はそっちの事情に詳しくねえんだ……ちゃんと説明して貰えねえかい、姫さんよぉ。これじゃああの糞野郎を止めたいのか、コスプレ集会をしたいんだか、区別がつかねえぞ?」
言われてあたしは目線を移す。
おっしゃる通り過ぎて困る。
公安であるヤナギさんに呼び出された――あたしも名も知らない政府の関係者の方々も、こちらの面子を見て、おもいっきし動揺したままだし。
その辺の混乱も分かっているので、まあまずは、あたし自身がファンタジーな存在であるということを教える必要があるか。
「それもそうね――けれど、真面目な話をしたくて集まってもらったという事は理解してもらいたいわ」
告げてあたしは、黒髪美少女女子高生だった姿に魔力を纏い始める。
ざざ、ざざ、ざぁあああああぁぁぁぁ!
周囲に赤い魔力の渦を生み出してみせるのだが、むろん演出である。
こういう見た目のインパクトが大切だと、父がよく語っているからだ。
魔力に包まれたあたしは赤い髪の美少女姫に変身。
政府の関係者もこの姿なら知っていたのだろう。
数人が、思わず声を漏らしていた。
「赤雪姫……っ」
「異界より舞い降りし危険度最高値の姫君――」
「異能力とは異なる魔術を扱う者。Cの関係者とも噂される、あの娘か」
ふっふっふ!
なんかとっても要人っぽい感じじゃないかしら!
まあ、本当に要人なのだが。
異界の姫たる高貴さを前面にだし。
けれどサディスティックモードな部分も覗かせ、あたしはふふっと微笑してみせる。
「今日はお集まりいただき感謝してあげるわ、一応これでも民間人なの。だから、詳しいあたしの自己紹介は要らないわよね? でもまあ、それもちょっと寂しいから説明してあげるから感謝なさい。簡単に言ってしまえば魔術の在る世界の皇族よ。あなたたちがあたしを裏切ったり、不機嫌にさせない限りは味方のつもりですから――安心して頂戴」
ようするに協力はするが、なんかそっちがやらかすなら敵になる可能性もある。
そう政府関係者に釘を刺したのだ。
ジブリール君が言う。
「へえ! マジで姫様なのか! すげえな!」
「まあね! もっと褒めて下さってもよくってよ!」
ドヤ顔を見せるあたしも可愛いわけだが。
自慢ばかりではいつまでも話が進まない。
あたしは声を上げていた!
「というわけで! あのイカレ野郎をなんとかするための会議を開始するわ! とりあえず、ここにいる人が洗脳されていないってのは確認済みだから、そこは疑心暗鬼にならないでちょうだい!」
あたしの宣言に、近所の野良猫を中心に肉球拍手が巻き起こる。
なぜかスーツ姿の皆さんは、二足歩行で拍手をするネコ達を凝視しているが。
まあ、ファンタジー慣れしていない方々だろう。
ジブリール君も形だけの拍手をしてみせ。
「んで、それはよろしいのですが姫様よぉ。本気で説明して貰わねえと、わかんねえ連中ばっかりなんだわ。たぶんだが、そこで辛気臭ェ顔をしてやがる政府の犬どもも、同じ気持ちだと思うぞ? ネコとかモグラとかイヌとか、ゾンビとか悪魔とか……こいつら信用できるのか……って話よりも前に、まともに会話できるのか?」
ジブリール君の言葉に、スーツの連中は同意している。
まったくこれだから公務員はお硬くて困る。
まあその中でお硬い外見だが、実はなかなか変人な公安ヤナギさんが手をあげ。
「会話に問題はありません。彼らは魔力によって会話が可能です。意思の疎通はもちろんですが、細かいニュアンスや比喩、皮肉、スラングといった部分でも自動的に翻訳されますので――」
『彼の言う通りです、遠き青き星――伝承の地、地球の皆さま』
と、ヤナギさんの言葉を肯定するように魔力会話を発動するのは、乙女の美声を放つ美女!
総帥モグラちゃん。
今回の事件が解決するまで協力を申し出てくれた、モグラの聖女である。
まあ印象をよくするために、最初に出会った人間形態の聖女姿だが。
聖女の姿である理由は単純。
ファンタジー慣れしていない人間って、こういう異世界聖女っぽい美人に、めちゃくちゃ弱いのである。
ようするに、政府関係者や公務員対策である。
今この時、この瞬間はディカプリオ神父の洗脳事件をどうにかするために、皆が協力しているが。
問題はその後。
モグラの異世界人と、清らかなる聖女風美女。
どちらが交渉を有利に進められるかというと、後者だろう。
そもそも地球だと、モグラの権利は認められていないしね。
人に見えるという事だけでも、かなり印象は変わるという事だ。
ちなみに、こちらは護衛付き。
モグラの騎士ロミットくんと、彼が連れてきた魔物もセットである。
そして、その列にはモグラ聖女ちゃんを慕う野良異能力者。
彼らも彼らで政府の管理を嫌がっている異能力者なので、ちょっとわけあり。
ではなぜここに集まってくれたのか。
そこにはむろん、打算もあるのだろう。
彼らはあたしや政府の要請もあって協力してくれている、という側面もあるが――。
実際問題として、現在、彼らも敵のターゲットになっている。
洗脳されている民間人に魔女として狙われやすい者も多いので、保護目的でここにいたりもするのだ。
その中にいてもなお目立つ、露出度の高い聖職者姿の女性。
悪魔使いの亜門セリカさんが執事服のマッチョナイトメアを引き連れながら、ふふん!
テンション高く胸を張って、高らかに宣言する。
「つまり! わたくしたちは味方! この件が解決するまでは信用して貰って構わなくてよ! そもそも互いの内情の説明なんて必要なのかしら? ここに集っているのは皆、あそこのお嬢ちゃんに要請されて動いた者達。日向アカリ! あの子の知り合いっていう共通点があるでしょう!」
まあ、スーツ姿の連中や公務員はあたしじゃなくて大人たち経由だが。
「わたくしたちはそこのお嬢ちゃんに協力し、政府から依頼料を受け取る! ただそれだけの話なのですから! 過剰な説明も不要! そうでなくって――!」
ビシっと自慢げに言っているが。
ジブリール君は三対の翼を露骨に下げて……。
「って、爆乳姉ちゃん。そういうてめえは、よーするに金目当てかよ!」
「あら、仕事をする対価を頂くだけよ?」
ギザ歯を光らせジブリール君が更に言う。
「おいおい、それを金目当てっていうんじゃねえか……?」
「物は言いようね! しかーし! これは重要な事よ! お金が発生しないのなら中途半端な仕事になるでしょう? 対価っていうのは必要なのよ。何事にもね。そりゃあもちろん、金額は時と場合によるでしょうけれど? いざ、ディカプリオ神父と対決ってなった時に、金を貰ってないんだし、あっちにつくわってなっても面倒じゃなくって?」
おお! 会議っぽい!
まあ実はお金が発生していることで、あたしは彼らと契約を結んでいる。
むろん、魔導契約である。
彼らはこの件が解決するまで、この件に関して裏切るという行為ができなくなっているのだ。
もちろん、こちら側に不当な契約違反があったら話は別だが。
ここで亜門さんは、顔立ちだけは美女っぽい性質を活かし――ちょっと困った顔をしてみせ政府関係者に目線を送る。
「実際問題、あの地下街がなくなっちゃうならマンションとか借りないといけないでしょう? なにしろ、あそこは襲撃で壊れちゃったし、先立つモノは必要なのよ。それによ。政府に管理されるのは嫌ですけど――敵対しているわけじゃないってことを覚えておいて欲しいわね。現実的に考えて、今ここだけは協力した方が得って考えている異能力者も多いのよ」
大人な意見を出す亜門さんに続き、モグラ聖女ちゃんが言う。
『それに――聞いてください、異界の者達よ。異能力者が魔女とされて、命を狙われているのなら。保護をする必要もあるのではないか、自分はそう思うのです。た、たしかに……この地にむりやり召喚され、そして召喚権限によりあの男に命令され……異能力者の方を無責任に集めてしまったのは自分です。で、ですから、せめて集めてしまった皆さんの安全を守りたい、自分はそう思い、あなたたちへの協力を決めたのです』
あたしの指導のもと、胸の前で祈るように指を組み。
モグラ聖女ちゃんが、薄らと涙を浮かべ。
『この事態をどうにかしたいと願っているのは真実です。ですから、どうか、ここに集まってくれた異能力者の方々の詳しい素性などは……どうか今は、不問として下さい』
政府に管理されていない異能力者。
まあ、そこには異能力犯罪者もいるだろう。
その点を彼女は気にしているのだ。
ジブリール君が言う。
「へいへい、わぁったよ。わぁった。まあ、あんたらはあの糞神父の被害者だからな。協力を信じることもできるっつーわけだが。えーと……そっちのジャパニーズマフィアはなんなんだ……?」
まあ、そうなるわな。
後光を放つ天使くんの前には、二番目の事件で出逢った悪魔竜化アプリの被害者だった極道の皆さま。
彼らも彼らで、中には異能力者誘拐事件の協力者もいたわけだが。
ここにいるのは、一応そういう犯罪には、直接的には手を出していない連中である。
彼らもこの件では戦力となるのだ。
中にはかつて悪魔竜化されていた極道も含んでいる、そこが重要なのだ。
あたしが言う。
「なにって……悪魔竜化の影響で神父の洗脳を受けてないし。たぶん悪魔竜化っていう状態異常が残ったままになってる人がいるから、洗脳への耐性がものすごい高いのよ。だから、協力をお願いしたんだけど?」
「お、おう……何を言ってるのかよく分からねえが。そっちの明らかにゾンビの連中はなんだ? いや、マジで」
あたしに代わり、あたしの足元でドヤるビーグル犬。
短毛だがモフモフなペスが、ふふんと黒幕顔で邪悪な笑み。
『ナーハッハッハッハ! そやつらは我が眷属! アンデッドマフィアであるぞ! こやつらは死んでおるからな! 当然、あの男の洗脳を受けん! どうだ? 理解できたか? 天使もどきよ!』
「……、お、おう……」
あ、ジブリール君。
思考を放棄したらしい。
そもそもなんで犬が喋っているのか、そこから既におかしいと、政府関係者は頭を抱えているが……。
あれ?
粗暴で回りをドン引きさせるタイプのジブリール君が、相対的にまともな人判定になってない?
政府関係者も、なんか……ジブリール君を真人間の代表みたいな目で見て、頼りにしちゃいだしてるし。
ともあれ。
こちらの面通しはまだ続く。
ちゃんとここで互いの顔を把握しておくことが重要。
こちらはあたしを介して呼ばれた存在が大半。
呼ばれた者同士は初対面が多いので、うっかり味方同士で戦いになったりしても困るのだ。