第八十七話、新時代の魔女狩り ~手加減(無双)~
ペスの散歩も終わって!
あたし達はジブリール君も待つ、いつもの応接室で作戦会議!
の――予定だったのだが。
登校の最中、それは前触れもなく起こっていた。
学校の前に集まっていたのは、武器を持った民衆の群れ。
大人も子供もお姉さんも。
ついでにおじさんおばさん、お爺ちゃんにお婆ちゃん。
警察官までいるのだが――。
彼らは何故かあたしを見つけて、目を尖らせ。
目視はできない黒いオーラを、でろでろでろ。
「いたぞ! あいつが世界を滅ぼす魔女!」
「ちょ、ちょっと!? 魔女!?」
オウム返し状態となったあたしの横を、銃声が掠める。
音だけではない。
本当に発砲されている。
いや、まあそんなもんあたしには効かないわけだが。
硝煙の匂いが嫌なので、ちゃんと結界で防いで。
あたしは黒く長く、うつくし~い髪を靡かせ――ビシっ!
暴徒たちを指さしていた。
「あんたたちいつの時代から来たのよ!? だいたい、このあたしは世界を滅ぼすんじゃなくて、救おうと――」
言葉を遮り、暴徒たちが集団ヒステリーを起こした民衆よろしく。
あたしに向かい罵倒を飛ばす。
「魔術だ! やっぱりこいつが魔女だ! 滅びの魔女!」
「ああ、メシアさまの言う通り。これが世界の終わりの合図……っ」
メシア様?
ははーん……これ、ディカプリオ神父がメシアの異能で何かを仕掛けてきたのか。
ま、一週間もあったのだ、策ぐらいは練っていただろう。
なるほど。
メシア、ようするに救世主というのは時に民衆を扇動するもの。
自分たちじゃ敵わないが、あたしは邪魔。
なのでこうやって追い払うつもりなのだろう。
しかし、異能力者の学校を囲っていたという事は……。
異能力者を魔女と認識させ、それを周知させるなにかを一瞬で行った。
ということか。
そんなことが可能なのか、考えるあたしのスマホが鳴っていた。
SNSのニュースメッセージである。
そこには――。
「って!? ディカプリオ神父、あんの腐れサイコ!? 動画チャンネルを作ったっての!?」
そう、画面に映っていたのは澄ました顔をした金髪碧眼の美形神父。
ディカプリオ神父。
そこで彼は演説をしていた。
「メシア様を腐れサイコだと……っ」
「ひいぃぃいいいいいぃぃぃぃい! 畏れ多いよ、悪魔だよ!?」
「殺せ! 滅びの魔女を、殺せ!」
あ、しまった!
つい声に出してしまっていた!
うぐ……っ、と相手の気迫に押されるあたしの影の中から、黒猫が顔を出す。
モフッとしたその顔はクロことシュヴァルツ公爵。
紳士な美声が、あたしの耳を揺らす。
『どうやら、先手を打たれたようですね。彼らはディカプリオ神父の動画チャンネルを視聴し、洗脳されたのでしょう。殺すわけにはいきませんが……どうなさいますか?』
「許せないわね……っ、あの腐れ外道神父――っ」
あたしは珍しく感情を前に出して、唸っていた。
シュヴァルツ公が、感嘆とした息を漏らす。
『さすがは姫様。民衆を洗脳する敵に怒りを向けられる、心優しき御方』
「違うのよ……っ、よく見て、シュヴァルツ公!」
『うにゃ……?』
あたしが指さすのはスマホの画面。
そのアイコンマークの右にある、数値。
シリアスモードだったシュヴァルツ公の瞳が、ジト目に変わっていく。
『姫様、よもや……』
「そう、あいつ……っ。つい最近チャンネルを作ったらしいのに……っ、あたしより、あたしよりチャンネル登録者数が、多いのよ――っ」
今度大黒さんでも呼んで、女性成分マシマシで放送するしかないだろうか。
なんて、対策を考えている間にも暴徒は数を増していく。
動画を見た人をメシア――救世主の異能力で扇動し洗脳しているのだろうが。
『余裕があるのはよろしいのですが。相手は民間人、これは厄介かもしれませんね』
「そうね――この暴徒をなんとかしないと、登校中の学生が狙われても面倒だし」
しかしだ――。
問題は警察官がいること。
しかも発砲までしているのは、明らかに異常。
ちょっとシリアスに気を引き締めるあたしに、シュヴァルツ公が言う。
『とりあえず、黙らせるしかないでしょうな。流れ弾が民間人に直撃したら面倒ですし』
「そうね、じゃあ早速!」
あたしは魔導書を顕現させ。
黒髪をばさぁぁぁぁ!
ふふっと微笑し、暴風の魔術を……詠唱しかけた!
のだが、ふと成長したあたしが考える。
……。
そーいや、一般人相手だとどれくらいに力を加減したらいいんだろう。
と。
あたしは目線を逸らしつつ。
「ねえ、シュヴァルツ公。ブロック塀が壊れるぐらいの衝撃って、人間を壊さないと思う……?」
『ふむ、どうでありましょうな――それでは少々弱いのでは?』
言ってシュヴァルツ公も目線を逸らしつつ、影の中で尻尾を揺らす。
そーなのだ。
あたし達は共に、属性はネコ。
手加減とか、そーいうむつかしい事が苦手なのだ。
白きモフ毛の騎士猫――ヴァイス大帝も、うにょっと顔を出し。
『では、足の腱を斬るかまいたちの魔術で再生不能状態の傷をつけ、足止めなさるのはいかがか?』
『待たれよヴァイス大帝。吾輩は思うのでありまするが、それはいささか弱すぎるのではニャいかと。四肢の腱を断ち、反撃できぬようにするのがスタートリャインでは?』
錫杖を掴んだ三毛猫たるドライファル教皇も、影からモコモコっと顔を出す。
あたし達と三魔猫は結界の中。
腕を組んで同じ顔をして、うーん……!
頭を悩ませ腕を組むあたし達も、当然カワイイわけだが。
目を血走らせたお婆さんが言う。
「きえぇええぇぇぇぇ! この娘……っ、バケモノじゃ、バケモノ!」
「おめえら! 外見が美少女だからって、騙されるんじゃねえぞ!」
あら!
美少女宣言いただいちゃった♪
うふふっと喜ぶあたしの背後から、バットを持った男の暴徒が殴りかかってくるが。
やはりそれも結界で弾く。
中に魔道具を持っている異能力者も交じっているのか、魔力剣があたしの結界に触れそうになる。
どういうことだろう。
異能力者全部を狙っているわけじゃないのかな……?
可能性として高いのは、あの地下街で聖女モグラちゃんについて来なかった異能力者か。
それにしても!
「ちょっと! 危ないじゃない!」
叫んであたしは慌てて結界を解除。
魔力と魔力がぶつかった時に発生する衝撃は、こちらからでは制御しにくいのだ。
相手に大怪我をさせたら洒落にならない。
魔力剣を持ったサラリーマンが、素人ながらも本気であたしを目掛けて剣の嵐。
とりゃとりゃ!
魔力剣の衝撃が、周囲の樹をなぎ倒すがあたしには当たらない。
血走らせた目を尖らせ、サラリーマンの兄ちゃんが言う。
「ええーい、魔女めちょこまかと!」
「下手糞な剣での攻撃はやめてちょうだい! 自然が壊れちゃうでしょうが!」
ひらりひらりと全回避しながらの警告に。
相手は何故か挑発状態になる。
「へ、下手だと!? 剣道二段のボクをバカにするのか!?」
「何とも反応しにくい段数を自慢されても困るんですけど!?」
しかしこれではっきりとした、この人たち、やっぱり一般人だ。
魔力剣リーマンに気を取られている隙に、闇が駆ける!
野次馬の中にいた本命が飛び出てきたのだ。
あたしの胴を断ち切る勢いで。
ザン――ッ!
本気の斬撃である。
これが狙いだったようだ。
声援が、周囲から起こる。
「切り殺せぇえええええぇぇぇ!」
「魔女を殺せぇえぇぇぇ!」
ギャラリーは熱狂しているが、不意打ちは不発。
聖剣の乙女の体術ならば止まって見えるレベルである。
当然、全回避!
不意打ちしてきた男がまともに表情を変え。
「今のを、避けただと!?」
「あー、はいはい。もう危ないから、吹っ飛ばすわよ」
注意したので問題なし。
あたしはリーマンごと闇から駆けてきた刺客の顎に軽く、こつん!
デコピンアタック!
ドゲゴゴゴゴショィィイイイイイイィィッィィイン!
軽く触れただけなので、サラリーマンも不意打ちしてきた男も無事。
命に別状はない。
まあ、吹っ飛ばされて、隣町の公園の砂場に落ちてる筈だけど――気にしない!
続けて三魔猫が、影からにょこっと完全に飛び出し!
ビシ!
肉球を向け、モフモフボディをみせつける。
『さて、我らも本気の手加減を披露しましょう!』
『吹けよ暴風!』
『荒れ狂えカマイタチ!』
黒色白色三毛の、もふもふ猫が魔術を発動する場面は実にファンシー♪
まあ、見た目だけは可愛いが、荒れ狂う魔力は強烈。
モコモコモコっとモフ毛と尻尾が、魔の風に揺れる!
ぶびゅーん!
手加減をした初級魔術が、暴徒たちを吹き飛ばしたのだ。
いわゆる命を奪わない程度の、子供だましの魔術なのだが。
……。
あ、あれ?
なんか、生きてはいるけど、けっこうダメージが入ってるような……。
で、でも武器を持って襲ってきてる人たちだけに制限してるから、セーフよね?
ご年配の方や、子どもは狙ってないし。
しかし。
埒が明かない! 腰にビシっと手を置いたあたしは華麗に宣言した。
「さて、もうこれ以上やってきたらこっちも正当防衛するけど。どうする? さすがに鈍器とか、魔道具とか、銃で攻撃してきてるんですから、そっちも覚悟はできているのよね?」
言ってあたしは、魔力をぶわっと一瞬だけ放ってみせる。
威嚇のつもりだったのだが。
……。
うわ、全然怯んでないし。
あたしは《鑑定の魔眼》を発動させる。
そこで確認できたのは”狂信者の加護”と呼ばれるバッドステータス。
ようするに、洗脳の一種。
ディカプリオ神父を救世主と信じ切って、暴走したままなのだ。
頭に血がのぼって、アドレナリンがどばどば状態なので、威嚇程度じゃ怯まないのだろう。
集団が、吠え始める。
「魔女を殺せ!」
「魔女を殺せ!」
「魔女を殺せ!」
警察官の発砲攻撃をキンキンキン!
全て結界で防ぐあたしに、暴徒たちのパニックは増していく。
これが全部、ディカプリオ神父の洗脳配信の効果ならなかなか厄介なのだが。
困り顔であたしは、うーむ。
「てか、本気で発砲してるわね。これ、異能力者を狙っているのなら――。もう登校中の生徒が何人かやられているのかしら……」
心配するあたしに影から完全に飛び出したのは、ドヤ顔のビーグル犬。
自慢の耳をパタっとさせて、ペスが顕現したのだ。
『この辺りに死霊の気配はない。死んではおらぬようだが――それにしても、そなたら。手加減という言葉の意味を知っておるか……?』
「知ってるわよ、だから殺していないでしょう?」
真顔で答えるあたしに、ペスは何故か重い犬吐息。
『そうであった。そなたらはそういう連中であったな。まあよい! ヌハハハハハ! ならば我が汝らに代わり、手加減というものをみせてやろうぞ!』
告げて、ペスが魔導書を発動!
この子はネクロワンサー! いわゆる死霊魔術師!
アンデッド使いなので、その赤き瞳に惹かれ召喚されるのもアンデッド!
うごうげぇぇええぇええぇぇぇ!
呼ばれたのはおそらく、合戦の跡地に残っている怨霊。
なんか呼んじゃいけないレベルの、魑魅魍魎も入っている気がするが……。
ともあれだ。
ファンタジーに耐性がない一般人にとって、ゾンビやゴーストはそれなりにインパクトがあったのだろう。
怯んでいる隙に、ペスが骨の杖を一振り。
『有象無象よ、眠るがよかろう――』
範囲睡眠の魔術をかけて、鎮圧完了。
怯んだことで洗脳状態が一瞬だけ解けたのだろう。
ペスはそこを利用したのである。
『ガハハハハハハ! これがクレバーな対処法よ! 我が魔術に不可能はなしである、な!』
当然、ペスはここ一番のドヤ顔。
ん? ん? と、尾をパタパタ振って褒められ待ちである。
鼻の頭まで輝かせちゃって、もう!
あたし達は、おお!
見事に死者を出さずに鎮圧したペスに拍手。
「さっすがあたしのペス! いやあ、あたし達が睡眠の魔術を使うと、十年ぐらい寝ちゃうこともあるし」
『で、ありますな』
『まったく、人間とは脆弱で好かぬ』
『姫様。吾輩、あの者がもっているキラキラの石に興味がありますのニャ。戦利品として頂いても?』
三魔猫がいつものノリで勝利のポーズ!
倒した相手のアイテムを奪おうとするが――。
ふと、背後にタバコの香りを感じ中断。
「いや、おめえら……それをここでやったら、犯罪だからな?」
イケオジ未満な無精ひげ男、池崎さんである。
残念ながら人間の器に戻っているが、既に正体を晒したからだろう。
その瞳は赤くギラギラと輝いていた。
パタパタさせるコートの裾からも、黒と赤の魔力がブワブワっとしてるし。
一見すると、ラスボスが人間の器に変身している。
そんな感じの危ない魅力があるのだが……やはりまだイケオジ度が、五年は足りない。
ちょっと勘の良い人。
いわゆる霊感とかある、とか言われる人なら、今の池崎さんが人ならざる存在だと気づいてしまうと思うが。
まあ、もう隠す気もないのだろう。
あたしはいつものように、普通の笑顔で彼に言う。
「で? これどーなってるのよ。いきなり襲われたんですけど?」
「そのようだな。お前さんたちが暴れる前に合流するつもりだったんだが、遅かったみてえだな……」
タバコを銜えて、キシシシっと嗤う彼の後ろ。
大騒動になっていた現場を目にした公安のヤナギさんと、証拠隠滅課の二ノ宮さんが頭を抱えているようだが。
あたしはあんまり気にしない!
既に、情勢は動きつつあるのだろう。