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第八十三話、災厄の顕現 ―二匹の猫はかく語る― 中編



 憎悪の魔性の顕現。

 世界を守るためとはいえ、異能力を発生させた副作用ともいえる現象なのだが。

 まさか池崎さんが、そこまで危険な存在だったとは……。


 赤い魔力に圧され――皆がごくりと息を呑む中。

 イケザキキャットは凛々しい顔のまま、座布団の上にのぼ……。

 あたしは思わず叫んでいた。


「って! だぁああああああぁぁぁあ! 面倒だからいちいち十段積み上げ座布団に登らないで頂戴!」

『しゃあねえだろう。これが猫の本能なんだから』


 言いながら足の裏の肉球を輝かせ、振り返ったその顔は使命に燃える猫の顔。

 腰を下ろす位置を念入りに肉球でさぐり、憎悪の魔性イケザキキャットが座布団の上に君臨!

 めちゃくちゃドヤ顔でこちらを見下ろしてくる。


 山ほど詰まれた座布団クッションの上で、赤い瞳をギラギラさせたドヤ顔ネコを想像してみて欲しい。

 なんか、こう……。

 シリアス度が下がっているような気がするが。


「ったく、まあいいわ。で、あなたの恨みっていうのはなんなのよ。憎悪の魔性になるほどの恨みなら、とんでもない恨みだっていう事は分かるけど」

『人に転生する前の話だ、オレは――語る気はねえよ』


 あたしは、じぃぃぃぃぃ。

 黒髪を靡かせふよふよ宙を浮かび。

 イケザキキャットを脇から抱き上げ、くわっと叫んでいた!


「いいから! 話しなさいっての! そういう情報の積み重ねが大事なんだから! また時間をやり直したいわけじゃないんでしょう!」


 毛を逆立て、目をまん丸に広げた池崎さんも唸り返す!


『んな暗い話をしても仕方ねえだろうが!』

「あんたのせいであたしは何度も死んでるんでしょう! だったらそれくらい、男なら、カカカカっと話しなさいっての!」

『は!? こういう場面で男がどうかは関係ねえだろう。そういうのは最近問題になるんだからなっ』


 ぐぬぬぬぬっと眉間と眉間をぶつけるあたし達を見て。

 炎兄が、はぁ……と長男吐息。


『おめえらが仲が良いのはもう分かったから。ったく、魔力が飛び散りまくってるからやめろって』


 結界でヤナギさんと大黒さんを守ってくれながら、炎兄が話を続ける。


『池崎さんよ、あんたは語りたくねえのかもしれねえが。オレはもう知ってるんだ、どうせ分かっちまうことを隠していてもしゃあねえだろう。オレの口から語るか、あんたの口から語るか。ただそれだけの差だ。好きにしな、オレはどっちでも構わねえぜ』


 よーし、もうこうなったら炎兄の口から語ってもらおう!

 そう思った。

 その時だった。


 あたしと炎兄と、そして池崎さんの表情が一瞬にして変わる。

 ズン――!

 信じられないほどの衝撃が、周囲を突然包んだのだ。


 ただごとではない気配に、あたしの頬を汗が伝う。

 異変に気付いた、というよりはあたしたちの変化に気付いたヤナギさんが言う。


「どうかなさったのですか、三人とも――」

「動かないで!」


 叫びに近い声が、乾いたあたしの喉から飛び出ていた。

 炎兄も結界を張っている。

 それも最上位の結界である。


 どうするか、悩むあたし達の目の前。

 ウィッチクラフトの並ぶ部屋に、気配が突如――現れた。

 ウオォオオォオオオオオオォォォォン――と、轟いたのは狼の雄たけび。


 この声は――。

 あたしと同じく、炎兄も気配の正体に気付いたのだろう。

 肉球にびっちりと汗を浮かべ。


『まさか、ハウル師匠……ッ!?』

『騒々しいぞ、我が愛弟子よ――』


 おそらく――。

 あたしの父が池崎さんと協力して生み出した遺跡の結界を、素通り。

 直接転移をしてきたのは、白銀の獣毛を月光のように美しく輝かせる一柱の獣神。


 白銀の魔狼ホワイトハウルおじ様である。


 三獣神が一柱。

 神鶏ロックウェルおじ様と、あたしのお父さん大魔帝ケトス。

 二柱と肩を並べる強力な神性。


 その正体は異世界の主神にして、天界を統べるもの――そして、この方自身も聖なる存在でありながら邪悪なる存在。

 かつて魔王軍に在籍していた。

 嫉妬の魔性。


 ……。

 まあ、見た目は凛々しく巨大なシベリアンハスキーなのだが。

 厳格なるおじ様は、つぅっと瞳を細め――。

 咢もギシリと動かしてみせる。


『久しいな、赤き魔猫の異界姫。我が親友ケトスの娘、アカリよ――息災のようで何よりだ』

「お、お久しぶりでございます……ハウルおじ様。おじ様も変わらずお元気そうで、安心しましたわ」


 慌ててあたしは姫様ポーズで頭を下げる……。

 ちょっと声がドモってしまったが。

 まあなんとか猫被りは成功していた。


 超強力な炎兄の結界に守られている大黒さんが言う。


「えーと、アカリちゃん。こちらのモフモフかわいいシベリアンハスキーさんは……」

「な、なにを言っているのかしら大黒さん。こ、こちらの方は――シ、シベリアンハスキーじゃなくてっ、白銀の魔狼様よ!」


 ロックおじ様から聞いているのだろう。

 ヤナギさんがまともに顔色を変えて、メガネを輝かせる。


「白銀の魔狼!? では、こちらの方は異世界の主神様!? 三獣神が一柱たる……っ」

『ほぅ、汝は卿に付き従う使徒か――そう緊張せずともよい、ヤツともヤツの眷属とも争うつもりはない。今のところは――な』


 一人、三獣神とかその辺のヤバさをちゃんと知らない大黒さんは困り顔。

 ま、まあそれが普通の現代人の反応なのだろうが。


「あのね、大黒さん。この方は本当にあたし達の世界の主神、ようするに頂点に立つ神様で――直接の謁見ができるなんて、滅多にないことでね? で、できたらその、やんごとなき御方なんで、そんな感じの応対をして貰えると……ね?」

「ご、ごめんなさい! あまりにも美しくて気高いモフモフわんちゃんだから、見惚れちゃって」


 あ、ハウルおじ様。

 美人さんに褒められて、犬耳をぴょこんと立てて、しっぽをファッサファッサと振り始めてるし。

 こっちの緊張に構わず、炎兄がジト目で言う。


『で、ハウル師匠。いったい何をしに来たんだよ』

『何をではない。我は手を出すなと言いつけたのに、汝は……即座に言いつけを無視し、監視対象を焼き殺しおっただろう。師として、さすがに――な』


 と、ペカーっと後光を放ちつつ、おじ様。


 あたしはどうも、ハウルおじ様が苦手なのである。

 罪を公正に裁く、審判のケモノということもあるのだろうが……。

 こう、何も悪い事をしていなくても、全ての罪を見抜かれているようで、なんとも緊張してしまうのだが。


 その辺の心を見抜いているのだろう。

 おじ様はグハハハハハっと大きく笑い。


『案ずるな、姫よ。そなたの罪など汝の父の悪戯に比べれば、些事に過ぎぬ』

「い、いやですわおじ様、罪だなんて、ほほほほほ!」


 げっ。

 なんかやらかしたことがバレてるのか。

 あれかな。


 異世界に遊びに行ったときに天界の図書館に侵入し、禁断の魔導書とかを全部コピーして、にんまり!

 持ち出し厳禁って書かれてるけど!

 コピーだからオッケーって、収集してたことがバレてるとか?


『姫よ、そなたはそんな悪戯もしておったのか……』

「ほほほほ、嫌ですわおじ様。ほんの冗談、心をお読みになるなんて、あたし、恥ずかしいですわ――」

『はぁ……禁断の魔導書を複製など、技術的に数世代先の魔術だろうに。あいかわらず、規格外の娘よ。さすがは、ケトスの子といったところか。まあよい。それも些事だ』


 よっし!

 事後承諾完了!

 ならばと続けざまに、あたしは言う。


「さすがはおじ様、心が広くていらっしゃる。では。天界の宝物庫から伝説の魔剣聖剣を複製して持ち帰ったことも? 当然、把握なさって許してくださっていた……と。そういう事でしたのね」


 この言い方ならば、違うとは言えないだろう。


『う、うむ……構わぬが。のう姫よ……、おぬし、少々どころかかなり父親に似てきたのではないか?』

「そんな、お褒め頂くなんて……あたし、恐縮ですわ」


 いや、褒めてねえだろう――。

 って視線がヤナギさんと池崎さんから送られてきているが。

 気にしない!


 さて、あたしの聖剣と魔剣と魔導書の出典の罪もこれで了承を得たとして。

 あたしは気を引き締め――。

 すぅっと息を吸う。


「それでおじ様――直接顕現なされたということは、あたし達になにかあるのでしょうか? 謹んでお受けいたしますが――」


 まさかお兄ちゃんを説教するためだけに、この場に顕現するとは思えない。

 実はいま、結構ピンチ。

 ここで池崎さんを消し去ると言い出されたら――。


 いつでもこの遺跡ごと、ハウルおじ様を残し転移で逃げられるように……。

 魔術式がこだましている。

 緊張に耳の中まで汗を滴らせた三魔猫が――あたしの影の中から、大詠唱を続けているのだ。


 ハウルおじ様も当然、それには気づいている筈。


『三魔公を従えたか――強くなったようだな、姫よ』

「おじ様、あたしはあなたには敵いません。けれど、あたしが仲間と思った方々を傷つけるというのなら――あたしはあたしのできる限りを尽くします。どうか小娘の戯れと嗤ってくださいませ、けれど」


 告げてあたしは大魔帝ケトスの娘として。

 魔王の血筋を継ぐものとして。

 瞳を真っ赤に染め上げ、魔力を煌々と照らし言った。


「あたしはこの世界が好きなのです。おじ様がそれを奪おうというのなら――」

『グハハハハハッハ! まさか我に歯向かう気概まで身に付けたとはな。良いぞ良い、子どもはそれくらい元気があってこそというものだ!』


 って、こっちは本気なのに。

 おじ様、肉球をペチペチ叩いて拍手してるし。

 ……まあ、池崎さんを消しに来たわけではないようだ。


 これは助かった。

 はっきりと言ってしまえば、あたし達では勝負にならないほどの差があるのだ。

 悔しいが――あたしはまだ、この頂には届いていない。


『言ったであろう、此処には炎舞の師としてやってきたのだ。弟子の失態の補填をしに来たと言うてもよい』

『は!? 師匠、オレは失態なんてしてねえしっ?』


 あ、逆らった炎兄がハウルおじ様の肉球で、ペチンと沈められた。

 ていうか炎兄。

 ハウルおじ様の前だと、意外にヤンチャな感じなのか……。


 ぐぬぬぬぬっとなってる炎兄に構わず、ハウルおじ様が肉球を鳴らす。

 何かを召喚したようなのだが……。

 これは――。


『池崎ミツルよ、我が親友――大魔帝ケトスの使徒よ。汝の器を蘇生させてきた、速やかに戻るが良かろう』


 言って、おじ様はペカーっと主神たる後光を放つ。

 そこにあったのは、普段あたし達が知っている池崎さんの肉体である。

 炎兄が池崎さんを消し去った時に、慌てて保存して蘇生した。


 といったところか。

 炎兄の力で消滅した人間の肉体の蘇生ができる、その時点で既に差を実感してしまう。

 文字通りの神なのだ。

 やはりハウルおじ様は、お父さんと同じく、一線を画した非常識な力を持っているわけで。


 ともあれだ。

 あたしは言う。


「それで池崎さん、どうするの?」

『どうするって、そりゃあくれるっていうんだから。戻るに決まってるだろう』


 早くタバコを吸いたい!

 そんな顔をしている。

 ……。


「でも、そのネコのままってのもありよ? 縫いぐるみみたいですし」

『アカリの嬢ちゃんよぉ、そりゃあおまえさんが――縫いぐるみっぽいアニマルが好きなだけだろう……?』


 ヤナギさんとセットで行動!

 コンビ復活!

 ニワトリねこちゃん状態だったら、絶対に可愛いと思うのだが。


 妄想するあたしの横。

 イケザキキャットがおじ様に向かい、髯をピンと動かしていた。


『しかし、いいのかい。白銀の魔狼様よ。オレは憎悪の魔性、世界を滅ぼす災厄の能力者なことに違いはねえ。あんたはどっちかっつったら正義の神なんだろう? オレはおそらく、どっちかっつったら悪だからな。力を貸すことに問題はねえのか』


 問いかけに、おじ様はグフりと獣の息を漏らす。


『ふむ――違えるなよ、中世より刻まれし憎悪の災厄よ。我はけして正義の神ではない、人も魔も、そして神さえも許せぬ罪ならば裁くのみ。そこに正義も悪もない。我は厳格なりしもの、故にこそ――人は我を悪と呼ぶ時もあろうて』


 おじ様がドヤ台詞を述べられているが、それよりも!


 中世より刻まれし憎悪の災厄?

 これは――そうか! おじ様ならばお兄ちゃんよりも詳しく知っている!

 慌ててあたしが口を挟む。


「おじ様! 会話を遮ってごめんなさい! それでも、あたしは知りたいの!」

『あ、こら! 卑怯だぞ!』

「アカリさん、今です! こいつは僕が押さえておきますので、今のうちに!」


 騒ぐイケザキキャットをヤナギさんが抱え上げ。

 どうぞとあたしに先を促した。

 彼も池崎さんの隠していることが、気になっているのだろう。


 ふしゃぁぁぁっと威嚇するイケザキキャットを無視し。


 あたしは口を開いていた。

 ようやく、謎の多い男、池崎さん。

 憎悪の魔性だった男の全貌が明らかになる――!


 かもしれない!



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