第八十二話、災厄の顕現 ―二匹の猫はかく語る― 前編
戦いは終わり契約は完了。
炎兄は燃えるような赤とオレンジ色のネコ形態に変身!
一時的にあたしの眷属として契約!
ドヤ顔をした炎兄キャットが、ふふーん!
炎色の眉をぶわっと膨らませ。
遺跡で待っていた皆に、カカカっと宣言する!
『とまあ、そーいうわけで! 今回だけは協力してやらんこともない! ふははははは! 人類よ! オレ様に平伏し、感謝するんだな!』
『へえ、あの炎舞の兄さんと契約しちまったのか。すげえな、このルートのおまえさんは』
キシシシっとネコ笑いするのは、モフ毛を靡かせるここの主!
池崎さんが猫となったイケザキキャット!
そう! 炎兄に殺された公務員!
二人して、いや二匹してドヤ顔オス猫なわけだが。
……。
人間形態に戻っているヤナギさんと大黒さんも、二人の関係を気にして。
頭上に、「……」を浮かべている。
黒髪美少女に戻っているあたしが言う。
「お、お兄ちゃん……一応、お兄ちゃんが殺しちゃった相手なんだから、こう、なんかないの?」
『いや、ないぜ。決意も済んだ、覚悟も済んだ。その上でオレはこいつを殺したんだからな――悪いとは思っちゃいるが、それはお互い様だろう?』
まあ、池崎さんもいろいろ企んだ上で、全てを秘密にしあたし達に近づいていた。
それは事実。
イケザキキャットが、魔女の薬品が並ぶテーブルの上で座布団クッションに乗り。
呑気に煎餅を召喚。
殺されたくせにまったく気にせず、ネコの口を動かしてみせる。
『オレも殺されても仕方ねえ存在だしな。そこは否定しねえよ』
「殺され慣れてるってのも、考えものねえ。あなたを鑑定した時に見えた死にたがりの性質は、そこから来てたのかしら」
どこか人とは死生観がズレていた。
何度もループを繰り返す中で、死という概念への畏怖が既にロストしているのだろう。
あたしはそれを少し、寂しいものだと感じていた。
あたしの目線を受け、池崎さんが髯をピンピンに動かし言う。
『ま、あのお兄様が協力してくれるっていうんだから、いいじゃねえか』
「そりゃまあ、池崎さんが納得してるなら……あたしが口を出すことじゃないけど」
続けて隣のオレンジネコがハンサムボイスを上げる。
『つーかだ、アカリよ。オレの破天荒な妹様は、こいつの正体をどこまで把握してやがるんだ? 全部知ってるのか? それとも聞きかじってるだけか? その辺をオレは知らんのだが?』
と、池崎さんよりも高くなるようにクッションを三重に召喚し。
ドヤ顔でクッションに座るお兄ちゃん。
あたしは困り顔で――はぁ、と息を吐く。
「池崎さんが未来人、ようするに滅びの未来が確定する五年後からやってきているタイムリープ能力者だってこと。普段の肉体は、うちのお父さんが作り出していた仮の器だったってこと。その器は五年後の滅びの日から二十年前、つまり今から十五年前のあのターニングポイントの日に作られ、そこから何回も人生をやり直している事」
あたしはわずかに言葉を詰まらせ。
それでも言った。
「それでその……。タイムリープする前の池崎さん自身が、滅びを確定させる能力者だった――ここまではあたしも知ってるわ」
『なるほどな、全部を知ってるわけじゃねえのか』
やはりまだ何かあるのだろう。
「今この場にいるイケザキキャットさんじゃなくって、今を生きる十五歳の池崎さんも存在しているって事よね。――たぶん、その池崎さんを殺したり封印したりをしない手段で、どうにかしないとアウト。あたし達が知っている情報を簡単に纏めると、こんな感じかしらね」
多少の解釈の違いはあるかもしれないが。
まあだいたい合っているはず。
今この時代に生きる池崎さんについて詳しく聞く前に、炎兄が襲来したわけだが。
頬に手を当てお姉さんスマイルの大黒さんが言う。
「十五歳の池崎さん、ですか。ふふふふ、ちょっと興味があるかもですね」
『おまえなあ……大黒、男子高校生を食うんじゃねえぞ? 犯罪になるからな?』
「あら? うふふふふ」
イケザキキャットがジト目で、お姉さんの笑みを睨んでいるが。
あれ?
もしかして大黒さんって、年下が趣味なのだろうか。
意外な好みのタイプは別に置いとくとして。
「話を戻すわよ。それで十五歳の池崎少年について聞きたいんだけど――」
ここまで言って、再度あたしは言葉を詰まらせる。
これを池崎さん本人の口から聞いてしまって大丈夫なのだろうか、ふと不安がよぎったのだ。
時間逆行状態の本人から本人のことを聞く――それはまた、新たなパラドックスを生んでしまいそうな気もするのだが。
悩むあたしも美しいわけだが。
四重のクッションで座布団トップになっていた池崎さんの横。
五重のクッションを積み上げた炎兄キャットが口を開く。
『オレの口から語ってやるよ。知ってる範囲でだがな。その方がタイムパラドックスが起きねえ、そうだろう?』
兄の言葉に、座布団の高さで負けた池崎さんがムスーっとしながらも頷く。
んーむ……。
魂と心って、肉体の性質に影響を受けるからなあ。
んな、座布団の高さで張り合ってどうするのよ……。
いや、まあ平和でいいが。
兄の口が、真面目な口調で語りだす。
『こいつ……っても、今を生きるこいつの方だが。この野郎は、オレたちの親父達が異能力と魔術、いわゆるファンタジーを撒くことで封印した、世界崩壊現象の鍵。十五年前の災厄そのもの――それがこいつの正体だ』
災厄そのもの?
魔術師としてのあたしが口を挟む。
「いや、意味わかんないし……どういうこと?」
『ああん? 頭がちゃんと働いてねえのか? よくあることだろう。オレたち異世界人なら、聞いたこともある筈だぜ。風の力が妖精となり、大樹に力が宿りドリアードになるように、自然そのものが擬人化、あるいは擬神化される現象があるだろう。風から生まれた妖精は風の力を得意とし、大樹から誕生したドリアードは樹々と大地の力を得意とする。あれを研究者の中で転生と呼ぶものがいる、それと似ているだろうな――』
兄が言っている理論は正しい。
だがそこで池崎さんと、どう繋がるのか――。
あたしは、答えを見つけたくない……のだろうか。
分からないが……頭が上手く働かない。
そんなあたしに、兄が言う。
『十五年前、滅びを齎す災厄は滅んだ。けれど、人類を滅ぼすほどの災厄、ようするに力もつ概念が――そのまま消えるなんて考えられるか? 風が妖精になるように、大樹がドリアードになるように、どうだ? 言いたいことはもう分かっただろう』
兄がかつてあたしに魔術の魔の字を教えてくれた時の顔で、優しく告げていた。
あたしは誘導された答えに辿り着き。
静かに、噛み締めるように声を上げていた。
「つまり池崎さんは、災厄そのものが擬人化された存在、言っちゃえば転生者ってこと……?」
『そう、よくわかったじゃねえか。さすがオレ様の妹!』
どうだ、どうだと周囲を見て妹自慢をするドヤ猫を見て。
あたしは、ちょっと恥ずかしくなりつつあるのだが。
「って、お兄ちゃんがほとんど答えを言っていたようなもんじゃない。まあいいわ、続けて」
『強大なる滅び。災厄が魔術と異能世界になった影響で人間の形をとって、生まれ変わった存在ってこったな。自然から生まれた妖精が自然を守るように、大樹から生まれたドリアードが大樹を守るように。こいつもそれと同じだ、滅びから生まれたこいつは滅びを守る――つまりは滅びを齎す存在として活動するってわけだな。ま、あくまでも種族本能みたいなもんかもしれねえがな』
あたしは考える――。
災厄が擬人化され、人間として転生した存在。
そんなことあり得るかと言われたら……。
まあ、ありえるか。
お父さんたちが世界を救うために魔術の種を植えた。
その時点でここは、なんでもありな世界になっているのだから。
救うための手段で、新たな脅威が産まれてしまったというのは、なんとも皮肉な話だが。
それよりもだ。
「お兄ちゃんさあ、その情報どこから手に入れたのよ? 信用はできるの?」
『お前さんたちの冒険、物語だけが全てじゃねえ。こっちはこっちでずっと動いてるんだよ――まあ、詳しくは二ノ宮にでも聞くんだな』
あたしは片眉を跳ねさせる。
二ノ宮さん!?
白銀の魔狼ホワイトハウルおじ様の眷属、使徒ともいえるあの美人だけどちょっと変な、あの二ノ宮さんか。
まあたしかに。
お兄ちゃんはハウルおじ様の愛弟子。
罪を公正に裁く、裁定者。世界を正しく導く役割を持つ、あの方の力も受け継いでいるわけだが――。
「ロックおじ様が動いているのは知っていたけど、ハウルおじ様もあたしが思っている以上にこの世界に干渉しているって事ね――じゃあ、この襲撃もおじ様の指示なのかしら」
『いや、オレの独断だが?』
……。
あたしたち兄妹の中で一番まともと言われているお兄ちゃんだが、この”きょとん”である。
独断で池崎さんを殺しちゃうって……。
こういうところが、やっぱりお父さんの息子って感じなのよねえ。
あたしはジト目なのだが。
構わず兄が語りだす。
『オレはなアカリ。お前と一緒に冒険したあの事件の後……二ノ宮と共に、お前の死について探っていた――これから起こるだろうお前の死について調べてたんだよ。そうしたら、まあ困ったもんだ。調べてみりゃ、全部繋がってくるのは――池崎という男。じゃあこいつは何者だってなって。師匠と共に調べてみりゃあ、おっと不思議。その存在は突如現れ、戸籍も履歴もすべて偽装されてるものじゃねえか。その前を辿ってみても、見つからねえ。師匠が探ってでてこねえなんて、ありえねえ』
まあ三獣神が探しても見つからない。
その時点で明らかにおかしいのは事実。
『じゃあどこから現れた? 探ってみりゃあ、親父が絡んでるじゃねえか。見つからねえわけだよな、こいつは突然二十年後の未来からやってきたわけだ。親父が核心に迫る部分で動いている――そう気づいたハウルの師匠は手を引いた。直接的な接触を避けたわけだな。二ノ宮はそれでも……池崎ミツルという男を信じると言った。だが――オレは無理だった』
瞳に赤い魔力を灯らせ。
兄は言う。
『負けちまったから、おまえらに従うがな。オレは今でも、この男を屠ったことを悔いてはいない。この世界が災厄で滅びるっつーなら、それは運命だ。自業自得とも言える――オレ達、異世界の住人が手を出す権利も、意見をする権利もねえ。だったら、ループの度に何度も死を繰り返す妹、アカリ、お前が死に続けるのもかわいそうだ――そう思っただけだ。オレは兄として、間違ったことはしていねえ。そう、少なくともオレは思っているよ』
自業自得?
兄は、災厄そのものの正体まで辿り着いたということか。
どう滅ぶのか、なぜその災厄が発生していたのか――あたしは知らないのだ。
とりあえず真偽を確認したいので、あたしは池崎さんに目線を移したのだが。
そこには座布団の山。
見上げる先にいるのは――、十重のクッションを敷いて、ドヤ顔をしている池崎さん。
……。
「あの、話しにくいから下りてきてもらえる?」
『おっと、すまんすまん。どうもネコになるとアホな行動が増えちまってな』
トテっと肉球で着地!
イケザキキャットが言う。
『お兄様の話は、まあ概ねあってるぜ』
「そう――」
あたしは考える。
……。
「聞きたいんだけど、池崎さん。当時のあなたはこの世界を破壊する気で、行動をしているって事でいいのかしら」
『結果的には、そうなるだろうな』
ったく、何を考えてそんな事をしているんだか。
まあ、災厄が擬人化した存在ならば……。
思考に影響を受けるのかもしれないが――。
あたし達とは違う物語を進んでいた兄が言う。
『少年池崎の目的は単純だ。それは災厄が生まれた原因と一致する。人類と世界への復讐。ヤツは恨んでやがるんだよ、人間そのものをな』
「あんまり穏やかな話じゃないわね――で? 当然、優秀なお兄様なら、その原因の調べがついてるんでしょうね」
あたしはずっとそれが気になっていた。
そろそろもどかしい思いとは、おさらばしたい。
滅びの能力者の原因。
きっかけ、なぜ世界が滅びようとしているのか。
それをあたしは知っておきたい。
炎兄が言う。
『なあアカリ。親父が魔性と化した、その理由は知ってるよな』
「そりゃあまあ……なんとなくはね」
とあるファンタジーの世界。
不老不死のネコとして転生した父は人間に何度も殺され、愛する者さえ殺され。
人間を恨んだ。
その憎悪が力となり魔力となり、憎悪の魔性と化した。
魔性とは――。
感情を暴走させた者が、行き着く果てにある存在。
ラスボスのポジションになれるほど強力な存在、そう思ってもらえばいいだろう。
父という猫は、人間を強く憎悪したのだ。
その憎悪の心こそが父の力の源。
心は魔力の強さと密接に影響する。
父は愛する者を奪った人間を憎んで、憎んで。
憎んで……。
そして、人類にとって最恐の敵となったのだ。
『それと大体同じだ。池崎ミツル、今を生きる方のこいつは――人の皮を被った災厄。有史以来、人類史において初めて観測された人を呪い続けるモノ。異能力が生まれたこの世界、地球において初めて顕現した――人類の敵』
兄の口が、答えを告げる。
『史上初の――憎悪の魔性だよ』
うげ……っ!
ぞうおのましょう!?
あたしは露骨に嫌な顔をしていた。
ああ、そうか。
魔術や異能があるのだから、魔性が発生してもおかしくない。
うわぁ……っとなるあたしとは裏腹。
温度差のある大黒さんが言う。
「えーと、アカリちゃん……憎悪の魔性って、そんなに危険なの?」
まあ魔性を知らない人なら、こういう反応になるか。
「言い方は悪いけど。人を恨んで呪ってる魔術性の核ミサイルが、世界を破壊できる状態で、点火したまま歩いてるもんだって思っていいわ」
だが、聞きたい答えはこれだけではない。
なぜ、その災厄は。
いや池崎さんは人類を恨んでいるのか。
その恨みの理由が分かっていない。
あたしは言った。
「池崎さん――あなたも、まだ人類を恨んでいるの?」
『ああ、そうだな――それを否定したら、オレはオレでいられなくなるだろう』
告げた池崎さんの瞳が、真っ赤に染まり上がる。
その魔力に満ちた赤こそが証拠。
ただの赤い瞳とは違う、魔性の証。
ウィッチクラフトが並ぶテーブルの上。
獣毛を憎悪に揺らし。
その獣が、淡々と口を開く。
『オレは人間を許さない。いや、許せない……許したくても、一生、この憎悪は消えずオレの魂と心を燃やし続けるさ。お前さんたちの親父と同じく、な』
次の瞬間。
ざぁああああああああああぁぁぁぁっと音が鳴った。
魔力の音だ。
今まで、隠していただろう憎悪の魔力が解放されたのである。
あたしやお兄ちゃんほどではないが、その力は到底人類には届かないレベルに到達していた。
おそらく、本気になり、あたし達のような異世界人の邪魔がなければ――。
やるやらないは別として、可能かどうかの話ならば。
今の池崎さんでも、世界を滅ぼすことが可能だろう。
二匹のネコとの話は、まだ続く。