第八十一話、炎兄襲来、再び。 ~超マジモード~その3
戦場となった森林地帯。
その上空にて兄妹の戦いは続いていた。
紅に染まる夜空に、閃光が走る――!
ギシンギギギィ!
ジャギジャギィィィィ――ギン!
水蒸気爆発を聖剣で薙ぎ払い!
あたし、天才女子高生の日向アカリは今日も行く!
ビシ――!
「魔術で防げないのなら、剣で斬っちゃえばいいじゃない! シンプルイズベスト! 極めて美しい答えよ!」
ふっ、思わず空中で格好いいポーズをしてしまった!
本当に物理法則も魔術法則も捻じ曲げ!
ダダダダダっと、あたしはそのまま突き進む。
魔力爆発という現象を一つの敵と認識し、無理やりに固体化。
強制的に具現化させたエネルギーを聖剣で、ジャキジャキしているわけだが。
なんか気持ちよくなってきたかも!
「水蒸気爆発なんて、おそるるに足らず!」
対する炎兄はというと、額と腕に濃い血管をぶちぶちに浮かべ。
ギザ歯を、ぐぬぬぬぬぬ!
「がぁあああああああぁぁぁ! おまえといい、月影といい! 親父といい! なんでオレの周りには、こうやって、正攻法をねじ伏せてくる暴走野郎しかいねえんだ!」
空で器用に地団駄を踏みつつ。
奥歯をギリリ!
兄は慌てて、呪文詠唱。
浮かべた魔炎シミターで文字を刻みつつ、バッと長く隆々とした腕を翳し。
その唇が、聖人のような清廉さで動き出す。
森が鳴く、夜が鳴く、大詠唱に世界が揺らぐ――!
「其は忌むべきもの! 其は円環の理を断つ者――」
「させないって言ったでしょう!」
すかさずあたしの指先から飛ばした聖剣が、兄の頬を掠め飛ぶ。
「どわっ!」
「よっし! 妨害成功!」
薄らとした血を流し、炎兄は空間転移!
しかしあたしもすかさず、空間転移!
さらに追撃の魔術を発動!
「時よ! あたしに更なる猶予を!」
ぎぎぎぎぃぃぃぃい……っ。
あたしの魔性を示す赤い魔猫の幻影が、夜空を覆う。
世界の法則が――乱れる!
時魔術で時間逆行空間を再構築したのだ。
あたしの影の中では、三魔猫が一生懸命砂時計を傾け、詠唱を続けている。
これは眷属による詠唱の肩代わり。
ようするに、無詠唱に近い状態を作り出すネコ使いの裏技である!
モフ毛をぶわぶわに、真剣に詠唱する三魔公はとってもかわいいので。
あたしは、スマホで撮影!
ちゃんとこの子達も、撮影の瞬間に決め顔をしているので、余裕がある!
発動された時魔術の性質は、先ほどと同じ。
逆行効果で時間は戻るが、時間は進む。
その誤差があたしとあたしの周囲に猶予を与える。
結果的に、時間を加速させる――つまり、相手が一回動く間に、三回ぐらい攻撃できる特殊空間を作った中。
赤い瞳を輝かせたあたしは、ネコ使いの力を発動!
「ドライファル教皇! 炎兄の転移予測を!」
『承知いたしました――全ては姫様の御心のままに!』
錫杖を掴んだドライファル教皇の三毛モフが、ぶわぶわっと膨らむ。
カカカっと目を見開き、兄が転移してくる場所を把握。
割り出された転移座標に、あたしは先回り!
時が――元に戻った。
次の瞬間。
剣士としてのあたしの気迫が、空に火花を飛ばしていた。
「どおおおおりゃぁぁああぁぁぁ!」
炎兄よりも早く、加速し、時魔術の性質を利用しての先回りは成功!
狼狽した様子で汗を浮かべた兄が。
うなりを上げる。
「っ――!? ドライファル教皇の戦況観測能力か!?」
「貰ったわ!」
既にこちらが優位な間合い!
勝機をつかんだあたしの攻撃が、さく裂!
――が!
「ぬはははは、無駄無駄無駄! 甘い、甘い、甘すぎるんだよっ! てめえの考えなんてお見通し――オレの耐斬撃防御結界を舐めるなよ!」
キイィィィンと、空間が歪む。
兄とあたしの間に、目視できるほど強力な魔力結界が作られていたのだ。
あたしの聖剣対策に、斬撃を完全に防ぐ防御結界を構築していたのだろう。
だが、甘いのはそっちなのだ!
あたしはニヒヒヒヒっと邪悪に笑み、そのまま攻撃を続行!
「無駄だって言ってるだろうが!」
「あら! 物理攻撃が全て聖剣での攻撃だなんて、誰が決めたのかしら――っと!」
ガバギギギヴァヴァヴァギギギィィィ――ッ!
あたしの聖剣が、障壁で防がれる中。
夜空を切り裂くように、一陣の風が――吹く。
刹那!
お兄ちゃんの頭に、ずがん!
確実なダメージが入った!
「な――バカな……!?」
頭の上に、キラキラと星を浮かべて炎兄がこちらを見る。
そこにあったのは、あたしの影の中からウニョーン!
白き獣毛を輝かせる聖なる猫騎士――ヴァイス大帝。
そのモフモフな手が、ビシビシビシ!
連続攻撃を、炎兄の頭にペーチペチペチ!
叩き付け続けていた。
「っぐ――なっ、猫パンチだと!? てめえ! それは反則だろう!?」
「へへーん! 猫使いの能力です~!」
『油断されましたな、ご長男殿――ですが、これが戦い。吾輩は姫に従う騎士として、貴方と敵対する道を選びましょう!』
そう。あたしが、いや騎士たるヴァイス大帝が決めたのは――。
頭上からの手刀、肉球による唐竹割り!
まあようするに、肉球チョップ!
スイカ割を想像して貰えば、おっけー! むろん斬撃ではないので、斬撃に特化した結界を素通りできる。
ちなみに、手刀と言っても軽い手刀ではない。
ヴァイス大帝のレベルなら、大陸にヒビが入るランクの高威力攻撃だったりするのだが。
んーむ、お兄ちゃん、ふつうに耐えてるな。
ともあれ。
防げると思っていたモノが直撃した時の反動は地味にデカい。
これで詠唱時間を更に延長できるだろう。
「ヴァイス大帝! もう一度決めるわよ!」
『御意!』
だが、二撃目を決めようとあたしが駆けた――直後。
兄の目が。
髪が――。
燃える夜空を更に燃やすように、赤く染まり上がる。
再び太陽のような魔力球が召喚されたのだ。
『ニャニャニャ!? 影が……っ』
「あっ、影封じか――! 炎兄め!」
ヴァイス大帝が強制的に帰還させられる。
そのまま兄は太陽球を握りつぶし。
超範囲の遠隔攻撃を発動!
それは太陽爆発を彷彿とさせる、爆散。
四方八方に飛び散る、魔力弾が炸裂する!
「遊びは終わりだ――」
「きゃぁあああああぁぁぁ! っぐ、しまった!」
それはさながら太陽風。
エネルギーの風が、あたしのドレスをぶわぶわっと揺らす。
軽い悲鳴を上げたのは、物理的な魔力圧に押されたあたし。
影との接続を中断され、攻撃が緩んだ瞬間。
兄は魔術を発動させていた。
「スキル《緊急詠唱》発動、守りの御手よ。汝の花を、我に――アイギスの盾よ!」
兄の宣言が、世界の法則を書き換える。
あたしも初めて目にする詠唱だが――。
神話の防具、イージスの盾の防御力を兄なりに再現したアダムスヴェインと推測できる。
夜空には、結界による赤色の花が咲いていた。
それは――花と蝶が舞うような優美さを兼ね備えた、炎兄の炎熱結界。
ロボットアニメのビーム的なシールドを想像して貰えば。
まああんな感じである。
ただ、本当に緊急の防御結界だったのだろう、兄の肌には玉の汗が浮かんでいる――。
じゅぅぅぅぅ!
その都度、炎の大精霊の燃える身体の熱で、蒸発していくのだが。
魔力に乱れがある。
ぜぇぜぇと肩で息をし始めた兄に、あたしは挑発の魔術を発動!
ふふっと眉を下げてみせたのだ。
「余裕がなくなってきたようね」
「ああん? こんなもん、余裕なんだよ! フハハハハハハハ! 燃える、燃えるぜ! これが戦い! さあ、これからが本番。ショータイムだ! 結界に圧されて、簡単に死ぬんじゃねえぞ!」
兄が狂戦士化の魔術で、さらに身体能力を向上させる。
狂戦士化は精神を尖らせる効果もある。
強化と同時に、あたしの挑発による精神攻撃を防いだのだろう。
このターンはあたしの負けか……っ。
結界は強力であれば強力なほど、武器となる。
案の定だった――ラフレシアのように花開いた結界が、あたしに向かい襲い来る!
さすがにこれにチョップを試す度胸はなく、あたしは聖剣での攻撃に切り替える。
七色に輝く剣と結界が。
触れる!
ジイィイィィィィィィ……ッ!
結界と聖剣が、擦れ――魔力の焦げる香りがする。
赤と白――。
二つの魔力が弾けて、夜空に再び明かりを灯す。
あたしの口の端からは、重い息が零れていた。
「くぅううぅぅぅ……っ、固いっ」
「燃えろ! 燃えろ! 盾よ! もっとだ、もっと! オレの燃える魔力を糧とせよ!」
腕を伸ばし、紋様を輝かせ。
兄が結界自体を強化していく。
ジギギギグジジグググジジィィィィイィ!
法則を捻じ曲げられる世界が――魔力現象と物理現象を、再演算。
結界と聖剣の摩擦が、大気に悲鳴を上げさせていた。
結界破壊判定は――ちっ、貫通できない。
作戦変更!
空を舞ったあたしは、頭上に闇の魔力球を緊急召喚!
狙いは影の生成。
再出現した影に指示を出す!
「シュヴァルツ公! ネコ砂アタックでお兄ちゃんから魔術の記憶を奪って!」
『承知!』
記憶消去のネコ砂アタックなど、炎兄には効かない。
けれど一時的な魔術忘却なら?
おそらく、あたしのネコ使いの力とシュヴァルツ公の魔術ならば可能!
あたしの影から黒いモフ毛を靡かせ、クロことシュヴァルツ公が顔をだし。
うにゃ~♪
肉球の先から、忘却のトイレ砂をバッサァアァアアァァァッァ!
とりゃとりゃ!
っと、にゃんこが可愛くネコ砂を投げつける!
『炎舞様! ご覚悟を――!』
「黒き猫魔公――シュヴァルツ公の忘却能力……っ――か!?」
さすがに魔術忘却の状態異常を喰らう気はないのか。
大慌てで兄が退避。
そのままギザ歯を尖らせ、瞳も尖らせ唸っていた。
「てめえ! 魔術師相手に魔術忘却を狙うなんて、卑怯だろうが!」
「卑怯でけっこう! あたしは……っ、あたしは――それでも、この世界を守りたい! それだけよ!」
忘却状態にはできなかったが、炎兄の詠唱はさらに遅延。
再度転移をしようとする空間に干渉し、あたしは転移妨害!
「逃がさないわよ!」
「ちぃ……ッ――!?」
このまま三匹でネコ砂アタックを決めれば、あたしの勝ち!
三魔猫が影に潜み、散開する。
だがそれを見逃すほど、お兄ちゃんも甘くはなかったか。
紋様を浮かべ光る腕から放たれる魔力で、あたしを押し返し。
兄が再び指を鳴らす。
美貌ヤンキーの赤い三白眼が、闇夜の中で再びメラメラ燃え上がる。
精霊国の皇子としての貫禄で――。
朗々と告げる。
「見えてるんだよ、悪戯猫ども! シュヴァルツ公! ヴァイス大帝! ドライファル教皇! オレと敵対した、その勇気は褒めてやる。だが、これで終わりだ!」
なんだこの自信は――。
と、思ったその時、あたしは気が付いた。
さきほどから、兄の眷属がこの戦域から消えていたのだ。
油断していた。
兄の背後にあったのは、空を覆うほどの十重の魔法陣の群れ。
魔炎龍が大規模魔術詠唱を完了させていたのだろう。
炎を猛らせる龍たちが、グフフフフフっと笑んでいたのである。
そう。
あたしが眷属である三魔猫を使っているように、兄だって魔炎龍を使っている。
詠唱を肩代わりさせていたのだ。
魔炎シミターを装備し、兄が腕を掲げる。
相手の魔術規模は……。
駄目だ、防ぎようのない絶対不可避の極大攻撃。
これが直撃すれば、あたしも三魔猫も、当然、あの遺跡も終わり。
シミター、円月刀を握る兄の腕に魔力が満ちていく。
刃は鋭く尖りだす。
もはや、反射魔術も……おそらく効かないだろう。
「安心しな、全てを片付けた後で――ちゃんと蘇生してやるよ。だから、しばらく眠ってな」
詫びるような声だった。
あたしが時間を稼いでいたように、兄も時間を稼いでいたのだろう。
兄の作戦勝ちである。
……。
普通ならば。
悪いけど、これ。
こっちには仲間がいるのよねえ……。
おそらく、声は背後から聞こえただろう。
『失礼――あなたを銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕します』
その声の主は――。
バッサバッサと空を飛ぶニワトリさん。
アルカナの獣に変身した、ヤナギさんである。
その言葉が戒めとなり、兄の行動が封じられていく。
カチャリと手錠をはめられ。
呆然とする兄は、しばらくしてからこう言った。
「は!?」
――と。
間抜けな声を受けて、コケケケ。
ヤナギさんが冷静な声で言う。
『聞こえなかったのですか、逮捕です』
これはスキルでも魔術でもない。
ただの国家権力である。
いつかの事件の時。
あたしが聖剣を握れず、ものすっごい!
苦労していたことを覚えている人もいるだろうと思う。
それと一緒。
あたし達は魔族。
契約を重んじる存在。基本的に、法による影響をけっこう受けるのだが。
それを利用したのだ。
手錠に拘束され力を失う炎兄が、くわっと叫ぶ。
「いや、だってここは親父の土地だろう!?」
『いえ、先ほどとある石油王の息子が、この地域一帯を買い占めましたので――我々は許可を得て領空を飛んでいますが、あなたは違います。そしてあなたは剣を握っている。まぎれもない現行犯です。ご同行、願えますね?』
正論攻撃に、兄も正論攻撃を展開。
「いやいやいやいや!? ありえねえだろう! 土地の権利書だって、登記変更だって、すぐにはできねえだろう!?」
『あなたはまだ子供、何もわかっていないのですね。金は力です、書類や正規ルートでの手続きなど、オイルマネーの前では無力――! 覚えておくといいでしょう』
そう。
あたしが狙っていたのは銃刀法違反。
炎兄が魔炎シミターを握る瞬間を、ずっと、ずっと、ずぅぅぅぅっと待ち続けていたのである。
結果はこれ。
あたしの勝ち。
ニヒヒヒヒっとドヤ顔をして。
あたしと、あたしの影から顕現した三魔猫がニタリ!
「しゃぁぁぁぁ! 勝ったあぁああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
お転婆な声で、勝利宣言するあたしの横で。
三魔猫も踊りだす。
『あ♪ 炎舞様は~独りぼっち!』
『我らは仲間で行動し♪』
『勝利の肉球♪ われりゃの頭上~♪ あ、それそれ~♪』
手錠に繋がれた炎兄の周りを、くーるくる♪
モフ毛ダンスで煽っている。
炎兄は納得いっていないようだが。
「き、汚ねえぞ! 一対一、け、眷属込みだが――そういう戦いじゃなかったのか!?」
「あのねえ、これは世界を壊さないための戦いなのよ? 汚いもへったくれもないでしょう! それに、あたし、一度だって一対一の戦いだって、言わなかったわよ?」
確認をしなかった、相手が悪い。
「それとも、この場で暴れて恥の上塗りでもするのかしら? それとも魔導契約をした戦いなのに、逃げる? あたし、そういうお兄ちゃんはあんまり見たくないんだけどな~」
「ぐ、ぐぐぬぬぬ……っ、ち……っ! 分かったよ、オレの負けだ! 好きにしやがれ――っ」
これで決まりかな。
炎兄にしてみても、メンツがあるだろうが。
トップクラスの猫魔獣である三魔猫も敵対していたので一応、負けた言い訳もつく。
落としどころというヤツである。
というわけで。
チャチャチャ~、チャーチャー、チャッチャチャ~!
あたしは炎兄に勝利した――!
まあ、真面目な話。
人間を甘く見て、戦力に数えていなかったどころか、眼中にいれていなかった。
人間と、ちゃんと接してこなかった――。
兄の失態である。
人間とちゃんと向き合っていた。
それがあたしとお兄ちゃんの絶対的な差。
勝利に必要なピースだったのだろうと、あたしは――そう思うのだ。
……。
いまのセリフ、なかなかイケてるんじゃないだろうか!
えへ! あたし! お兄ちゃんに勝っちゃった!