第八十話、炎兄襲来、再び。 ~超マジモード~その2
前回のあらすじ。
お兄ちゃんに勝たないと、カビ掃除までやらされる。
そんなの絶対にありえない!
ここでもう一度、炎兄という存在を説明しよう。
お父さんは世界最強の魔猫で魔族。
戦闘力や破壊力に限れば、魔王陛下さえも凌駕する魔王軍最高幹部、大魔帝ケトスのご長男。
お母さんは、精霊国の女帝にして魔王軍幹部。
炎帝ジャハルお母さん。
精霊という属性を利用し、ありとあらゆる魔道具を自由自在に操り小回りも得意。
単純な戦闘力、火力も炎の大精霊という性質を利用してトップクラス。
知将にして猛将、魔王軍の要となっている”やんごとなき御方”のご長男。
炎舞兄さんは、その二人の性質を引き継いでいる。
あたしが勇者のお母さんから勇者の性質。
おばあちゃんとお爺ちゃんから、勇者と魔王の性質を受け継いでいるように、兄もはっきり言って、チート級の血筋になるのだ。
しかも厄介なことに、だ。
兄にもあたしが得意とする性質が含まれている。
その因子はずばり、勇者。
そう、あたしのお父さんはぶっ飛んでいるので、勇者としての資質も持っているのである。
ラストダンジョンがある異世界においての、真なる勇者。
この地球から異世界召喚されたネコ勇者。
ニャンヒーローなのだ。
それは英雄に授けられる称号としての意味ではなく、実際に戦闘力を発揮する職業としての勇者。
当然。
その息子である炎兄も勇者として、勝利を掴む性質を受け継いでいる。
炎兄になくて、あたしだけが継いでいるのは、ずばり!
祖父由来の魔王陛下の血筋。
魔を統べるものでありながら、その性質は尊き聖人だった者の直系にあたるのだが。
ただここで問題がある。
またまた同じような話で恐縮なのだが、お父さんも魔王陛下に対して”模倣する聖人”としての性質を持っている。
ようするに、模倣とはいえ聖人の性質を持っているのだ。
当然、兄にも受け継がれ聖人の性質を持っているので、この聖人であるという部分はあまり有利に働かない。
勇者としての側面も。
魔王としての側面も。
両方ともに、兄も持っているというわけである。
あたしは不利なのだ。
そして最後に、兄自身の能力。
炎兄が得意とするのは力を溜めての長距離砲。
連射できない代わりに超特大な一撃を与えるアタッカー……ゲームでいえば、いわゆる長距離火力枠ヌーカーにあたるのだが。
弱点は明白。
超特大の攻撃を放つのに、単純に時間がかかるのだ。
あたしのように接近戦も得意とする魔法剣士ならば、付け入る隙もある!
とまあ、事前の状況解析はこんなものだろう。
勝機があるなら、あたしだって諦めない!
こちらにも策がある!
◇
「というわけで、先手必勝! 勝たせてもらうわよ!」
こう見えてあたしは魔術も扱えるが本職は接近戦、いわゆる白兵戦を得意とする万能型。
俗にいう勇者。
聖剣の乙女なのである。
ま、まあ器用貧乏と言えなくもないが――。
機動力も跳躍力も瞬発力もこちらが上!
あたしの魔力と炎兄の魔力。
二人の間で燃える赤光で、夜空が真っ赤に染まる中。
ダダダダダダ!
炎兄の眷属――魔炎龍が固める、敵陣営。
魔炎龍とは、東洋の龍がそのまま炎となったような魔物である。だが、レベル差はかなりあるので問題なし!
その牙と爪のラッシュを避け――断続的な瞬間転移で突破!
群れ集う龍の隙間を潜り抜け、あたしは空を駆ける!
だが――!
眷属をぶつけ、後方に下がりながら。
炎兄が邪悪なる魔族顔で、口角を釣り上げる!
「ははははははは! いいだろう、きやがれ、きやがれ! 久々に猛ってきやがったぜ! 兄ちゃん舐めるんじゃねえぞっ!」
兄が月の光を浴びて、狂戦士化の強化魔術を発動させる。
ルナティック。
月なる狂気の魔力で身体能力を大幅に上昇させているのだ。
そのまま脈を浮かべた腕を掲げ、兄は追加のルナティック系の強化魔術を高速詠唱!
更に!
腕の左右に浮かぶのは、兄の神器。
魔炎シミターが自動で空に文字を刻む。
△△▽▽←→←→BA。
あれはスキルの一種。
魔道具を利用した自動文字による書記詠唱!?
ようするに、文字で書くことで魔術効果を発動させているのだ。
効果はやはり、自己強化。
ルナティックと同じく、自らの身体能力を向上させることを優先しているようだ。
あたしへの接近戦対策だろう。
早く妨害したいのだが、魔炎龍が邪魔でなかなか近寄れない!
「どうしたどうした! はーっははははは! オレはどんどん強くなるぜ! アカリ、てめえの剣技にも負けないほどにな!」
「強化しないと勝てないってだけじゃない! 偉そうに言えることじゃないでしょう!」
怒声を鼻で笑う兄は、めちゃくちゃドヤ顔である。
く、くそう!
状況は兄が有利、なにしろこちらは接近できていない!
その余裕を維持したまま、兄が詠唱を完了させる。
これは――。
明かりの魔術?
「出でよ、照らせ、汝は邪を払う光なり!」
案の定、周囲を熱で照らす魔術である。
天に伸ばした掌の上に浮かぶのは、魔力球。
まるで太陽のように輝く……というか、どっかの武闘家が使いそうな元気そうな玉を闇夜に浮かべる兄が、にひぃ!
更にスキルを発動させる。
さすがにこれ以上、好きにさせたらまずい!
兄はダンサーのような筋肉の凹凸に、青白い紋様を輝かせ。
宣言した――!
「神話再現、アダムスヴェイン!」
「させないわ――!」
あたしは影を伸ばし、詠唱を中断させようとする。
が――!
なぜか影が伸びない!?
「ちょっとっ、どうしたのよシュヴァルツ公!?」
慌てて下を向くと、三魔猫が困った顔でうにゃっと眉間にシワを寄せている。
しまったぁあぁぁぁ!
兄の腕の上のまんまる! 魔力球が太陽のような働きになって、あたしの影を消している!?
明かりの魔術はこれを狙っていたのか。
「影使いの力は三魔猫――偉大なるネコ魔将、三魔公の真なる信頼を得た力だろうが。甘かったな、オレは月影との戦いにも慣れている。二番煎じじゃあ、そんなもんだろうなぁ!?」
兄は貫禄を見せつけるように、燃える炎の髪を月夜と魔力光に反射させ。
ニヤリ!
ラスボスのような強者のオーラを纏い、筋張った指を鳴らしていた。
指の音が物理法則を捻じ曲げる。
太陽のように燃える熱源球から、魔炎龍が追加されたのだ。
敵が増えたぁあぁぁぁぁ!
眷属を無数に召喚し、時間を稼ぐつもりか。
だがこちらも高速詠唱には自信がある!
過去に戻ろうとする力、時魔術を発動!
砂時計を抱え、逆に傾ける猫の幻影を召喚!
ニャニャニャニャ!
砂時計を抱える猫が、にひぃっと謙虚に笑んでいた。
猫使いの力で、詠唱抜きにネコを呼んだのである。
魔術アイテムをもったネコに詠唱効果を肩代わりさせることで、詠唱を短縮させるのだ!
さすがあたし、賢い!
「三女神が一柱ウルドよ――! 我に猶予を!」
あたしの周囲の時間だけに、時間逆行空間を作り出す。
しかし時は勝手に進むもの――結果として時間は進むのだが、戻ろうとする分の誤差があたしに時間を与えてくれる。
超早口言葉!
池崎さんのタイムリープ能力とは規模が違うが、これでもあたしは魔術の天才。
時を操る力を、短時間なら維持できる。
あたしのインチキは神速詠唱となって現実に具現化される。
兄が魔術を解き放つ!
あたしも口を開いていた!
「屠れ、唸れ、顕現せよ! わが眷属――邪炎顕現:八岐大蛇!」
「枝よ、剣となりて我が敵を呪いなさい――レーヴァテイン!」
同時だった!
兄の召喚は以前月兄も使っていたアダムスヴェイン。
神話再現の系譜。
日本に伝わる八岐大蛇伝説を、龍と解釈し、自らの眷属として召喚再現してみせるつもりなのだろう。
近くの川が、姿を変えて魔法陣を形成しだしている。
しかし八岐大蛇は水神としての性質も持っている。
流れる川の擬神化とも考えられ、極めて上位の水龍神とされる説もあり――。
んーむ……炎を司る兄とは相性が悪い筈なのだが。
ともあれ。
対するあたしが放ったのは”木の枝”を神話再現で変形させたもの。
”枝”という属性を共有させた神器、炎の巨神スルトがもっていたとも解釈される”害なす枝の魔剣”を召喚。
魔剣の雨として、近くに落ちる枝の数だけ召喚してみせたのだ。
「どんな強敵も、呼ばせなければいいだけの話よ! この勝負、貰ったわ!」
「はん、どうかな!」
兄が急ぎ身振り手振りを交えた、高速儀式を開始。
八岐大蛇が顕現した!
その直後!
「我が剣よ! 遠慮はいらないわ、やっちゃいなさぁぁっぁい!」
ズガガガガアァアアアアアアアアアァァアァァァァ!
シュシュシュシュイィィィイイ!
ジャジャジャジャギギギギギジャジャジャジャジャジィィ!
神話の魔物とて、神話の武器ならば効くのが道理!
豪雨のごとく、あたしの放った神器の雨が降る。
降り注ぐ魔剣の雨で追加詠唱も妨害。
召喚されたばかりの八岐大蛇くんは、姿を見せることなく、その身を元の川の流れ。
つまり、大量の水へと姿を戻したのだが――。
……。
川の水は、戦闘フィールドとなった結界の中にちゃぷん。
超特大プールのように、空に浮かんでいて。
兄は既にその上で待機をしていた、その腕先には、先ほどの魔力太陽が浮かんでいる。
あ、ちょっと、これ。
まさか――っ。
兄はそれはもう、邪悪な顔でキシシシシシ!
ダンクシュートを決めるかの如く、兄は腕を振り下ろす!
「そぅら! 自然の力を舐めるなよ!」
掲げていた太陽のような魔力光を、ポイっと投下!
もちろん投げ入れる先は、八岐大蛇の残骸。
ようするに、魔力を吸いまくった大量の水。
ちなみに、大量の水の中に熱々の熱源を投下するとどうなるか。
答えは簡単。
水蒸気爆発が起きる。
更にちなみに。
これ、ようするに大規模な魔力攻撃である。
ズガズガゴゴゴッガァアアアアアアアアァァァァ!
魔力火山爆発ともいえる現象が、一瞬にして戦場を襲い狂う!
荒れ狂う魔力の水蒸気爆発が、あたしを襲う。
慌ててあたしは聖剣を握り、虹色の万能な光をペカー!
「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁ! やっぱしぃ!」
聖剣による防御!
更に、炎兄の魔炎龍への攻撃に使っていた魔導図書館を引き戻し、結界を構築。
二重の結界で、なんとか防いでいるが……っ。
「く、くそう……っ、最初からこれが目的だったのね!」
「戦いってのは頭を使ってやるもんだ。勉強になっただろう? これで終わりだ。諦めて、カビ殺しのスプレーでも購入するこったな!」
既に兄は勝利を確信している。
たしかに、逃げ場が一切ないこちらは――もう後がない。
ダメージを最小限に抑えるが、けっこうきつい……っ。
結界が、破られる?
このあたしの本気の結界が!?
思ったその時には、もう遅かった。
パリン。
音は鈍かった。
けれど、現実だった。
周囲を飛び回り迎撃する魔導書――魔導図書館が消失している。
剣にも、ヒビが入り始め……。
いや、もう何本かの聖剣は折れていた。
パリン。
今度の音は、結界が完全に壊された音。
光が見える。
炎兄の魔力だ。
愚かなあたしを戒めようとする、太陽の輝き。
熱い。
死ぬほどに熱い。
水蒸気爆発が、あたしを直撃する!
「ははははは! これで、おまえももう動け……って、普通に動いてるじゃねえか!?」
水蒸気爆発の波の中でも、あたしは元気。
聖剣をふりふりしながら。
ジト目で言う。
「いや、考えたんだけど……結界で防げないのなら、向かってくる魔力エネルギーを全て聖剣で斬り払えばいい、ただそれだけの話でしょう?」
そもそもあたし、剣使いなんだし。
わざわざ趣味の魔術結界による……ようするに魔術による防御を優先する必要もないのである。
見た目が野蛮だから、あんまし気に入らないけど。
そのままあたしはザクザクザク♪
ただ剣技のみで、水蒸気爆発を相手に対等以上の戦いをしてみせる。
湯気でもわもわっとしている豆腐を斬っている、そんな場面を想像して貰えばいいだろう。
カツンと空に、ハイヒールの波を立てて、くすりと笑んでみせる。
「あははははは! ちょろいわね!」
兄にとっては誤算。
水蒸気爆発と剣で戦うという発想がなかったらしく、あの爆発に斬撃への耐性はつけていなかったらしい。
構わずあたしは華麗なる剣技で、見えない魔力を次々と薙ぐ!
さすがにこう、ふつうに剣で返されるとは思っていなかったのか。
魔炎龍と共に、頬をヒクつかせ兄がうなりを上げていた。
「だぁあああああああああぁぁぁぁ! だからてめえと戦うのは嫌なんだ! この脳筋が!」
ムカ!
脳筋なんて、女の子にいっていいセリフではない!
「はぁ? 物理でなんとかされるような、雑な攻撃をしかけたそっちが悪いんでしょう!?」
「物理法則とか、魔術法則とか、そういうもんをあっさり無視して剣一本でどうにかしちまう、てめえの方が悪いだろうが!」
いいつつも、兄が次の詠唱を開始。
距離を取ろうと、空間転移!
あたしも水蒸気を聖剣で、とりゃとりゃ!
斬り払いつつ、前進する!
時間稼ぎは成功している。
こちらにはまだ、策があるのだ!
戦いは、更に”こうどなじげん”へと進展しようとしていた!