第八話、日常と非日常
現場に向かう道すがら。
周囲からの目を隠す隠匿状態で進む、歩行者天国。
あたしに呼ばれて。
奴らが来る。
闇の中から、にゃっはー!
いつもの三匹が顕現していたのだ。
クロシロ三毛!
『ぶにゃははははは! 我らお嬢様親衛隊ニャンコ! 見参!』
『歩行者天国、ここはグルメの匂い満開ですニャー~!』
『出番を待ちくたびれましたニャ!』
こいつら、本当に人生を楽しんでるわね。
いやネコだけど。
「はいはい、そういうのはいいから、仕事よ仕事」
モフモフな身体を綿あめのように膨らませ。
ニヒィ!
黒が代表して、スーツおっさんイケオジ未満ことミツルさんと。
巨乳秘書っぽい大黒さんに、慇懃に礼をしてみせる。
『初めまして人類諸君』
『これはこれはお嬢様、我らを人前で召喚してよろしいので?』
『ぶにゃはははは! 見ておりましたよ、お嬢様! こんなおっさんを助ける必要など、本当にあるのですかニャ?』
ミツルのおじさんが苦笑しながら、無精ひげをすりすり。
「これが例の、ドラッグストアでネコおやつを買い食いしてるって噂の、喋るモフモフどもか」
「ですね――都市伝説だと思われていたのですが、まさか実在したとは」
っておいこら、こいつら。
都市伝説になるレベルでやらかしてたのね……っ。
……。
まあ、説教は後にしよう。
ちなみに、こいつらの口元はカステラのザラメでべちょべちょである。
ちゃんと口とヒゲの汚れをハンカチで拭ってやりっと。
仕切りなおしてあたしは言う。
「この人たちを助けるってのは、”この”あたしが決めたからいいの! さて、あんたたちを呼んだ理由は分かってるわね?」
あたしとこの子たちの息は完璧である!
契約に従い、ネコ達がシリアスな顔を作り出し。
キリリ!
『承知いたしました、お嬢様』
『一切の抜かりニャく!』
『我らの奥義、ご覧にいれましょう!』
三匹のネコが取り出したのは、計算機。
すかさずあたしが、うるるんと美少女スマイル。
「でさー! 相談なんだけどー! あたし、新しい配信機材を買いたいのよね~! もしあなたたちを助けたら、ちょっと政府からおこづかいが下りたりしないかしら?」
そう!
商談である!
「って、金をとるつもりなのか嬢ちゃん!」
「それはそれ、これはこれ。労働には対価ってやつが必要でしょうが!」
『ぶにゃはははは! 我らのオヤツもお忘れなく』
あたしの眷属はあたしと結託し。
もっふもふなネコ手で、スマホをさささささ!
それなりに高い機材を買い物リストにセットして、チラチラ!
『お嬢様はこちらの!』
『スーパーハイグレードリミックスな!』
『ゲーミングパソコンをご所望のようですニャ~!』
ででーん!
これぞ必殺!
三匹のチラチラ攻撃である!
「はぁぁ!? 五十九万八千円!? さすがに高すぎだろ!」
おっさんの叫びをレジストしつつ。
あたしと魔猫達は同じ表情で、にひひひひ!
「なーにいってるの! レベルSSの美少女異能力者の力を借りられるのよ? 命に比べたら安いもんでしょうが!」
「と、とにかく報酬を支払うのはいいがこれはダメだ! いくらなんでも高校生に買い与えていい値段じゃねえ!」
高校生に買い与えて~のくだりは至極まっとうな意見である。
どうやら良識を持った大人なのだろう。
あたしを”普通の女子高生の範囲”で、ちゃんと考えてくれているのだ。
しかしやはり、これはこれ、それはそれ。
よし! 言質をとった!
「つまり、買い与えていい値段ならセーフなのね?」
「ん? あ! て、てめえ! 謀りやがったな!」
もうこれで相手は断れない。
あたしに報酬を支払うという契約。
いわゆる魔導契約を行っているのだ。
ちなみに魔導契約は一方的に破棄することができない。
裁判や、国同士の調印などで使う魔道具の一種である。
見たこともないアイテムだったからだろう。
さすがにおっさんは訝しんだ。
「ったく、抜け目ねえ嬢ちゃんだな。なあ、おまえさん――何者なんだ?」
系統違いの能力を見せすぎたかな。
この人たちはたぶん現実的な異能力者。
いわゆる現実世界がベースとなっている能力者なのだろう。
だから強いといっても常識の範囲内なのだ。
けれど、たぶんきっと、あたしたち兄妹は違う。
こっちは正真正銘。
ファンタジーなのである。
それでもあたしは――。
自分の力をこうやってちょっと見せて会話ができるってことを。
うん。
たぶん、喜んでいるんだと思う。
そんなセンチメンタルを隠しつつ、あたしは言う。
「何者って、失礼な言い方ねえ。あたしはあたし。普通の高校生よ」
「それにしちゃあ、こっちが知らねえ技術も魔術も習得している。まるでおまえさんは、アニメやゲームにでてくるファンタジーの世界の人間に見えちまうんだが……?」
おや鋭い。
けれど、あたしは誤魔化すようにニヒヒヒっと笑い。
びしっとブイサイン!
「あのねえ――あんたらの異能力だって、十分ファンタジーでしょうが! 言っとくけど! こっちからすると、そっちの方が新鮮に見えるんですからね!」
なぜだろうか。
ミツルさんはあたしの笑顔に目を奪われた様子で、じっと眺めていたのだが。
テレを隠すようにガシガシと首を掻き、はぁ……と溜め息。
「で? どういう機材が欲しいんだ。配信とかだろ? オレも詳しいから、聞いてやるよ」
「オレって? ああ、ワタシってのは外向きの言い方だったのね」
まあたしかに。
オレって言ってる方がワイルド、イケオジっぽいか。
いっそ、イケオジの英才教育を……ってちがーう!
「それじゃあ、お互いの妥協点を探りましょう♪」
「現実的な範囲の価格にしろよ、わりとマジで――」
あたしは値段交渉を開始した。
代金はおっさんのポケットマネーから支払われる事となったと。
一応、伝えておこうと思う。
あたしたちはそのまま、現場へと辿りついた。
◇
現場は廃墟。
歩行者天国を抜けた先の、人気のないエリアだった。
不良たちが夜中に集まって、スプレーでブシューっとやっていそうな場所である。
待ち合わせ場所に来たのはいいのだが――。
さて。
あたしは学生服の裾から、魔導書を取り出していた。
気づいていないのか、ミツルさんがあたしの魔導書を見て。
「なんだそりゃ、てかどこから出したんだよ」
「ゲームとかはするの? 知ってるならアイテムボックスっていえば分かるかしら。で、これは魔導書グリモワール。魔術の媒体にする魔道具よ」
「無から魔導書を取り出すねえ。おまえさん、なんでもできるんだな……」
なんでもじゃないわ、とは言わないでおこう。
外だからか。
イケオジ未満おじさんは、カチっと銜えたタバコに火をつけ。
「で? なんでそんなもんが必要なんだ。ここで公安クソ野郎と待ち合わせてるんだが」
「逆に聞きたいんだけど、その公安の人って悪魔使いだったり召喚能力者だったりする?」
その言葉で理解したのだろう。
ミツルさんは大黒さんと、あたしを守るように前に……。
「って! あたしより前に出ないでよ! 守れないでしょうが!」
「ふざけんなよガキ! てめえはオレに守られる側だろう!」
「はぁぁあぁぁぁ! 敵の気配に気づかないおじさんが、あたしを守れるわけないでしょう!」
しかし相手も怯まず、くわ!
「そういうことじゃねえんだよ! どんだけ強くてもてめえは十五歳で、未成年で、それを守るのがオレ達大人なんだっ!」
「臨機応変って言葉を知らないの! ステータスに従えばいいでしょう!」
ガルルルルルっと睨み合う中。
大黒さんが、ひっと掠れた声を漏らしていた。
「アカリさんっ、リーダー! な、なんなんですか! あれ……っ」
彼女の目線の先。
ソレは闇の中で、ギギギギギっと蠢いていた。