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第七十七話、公務員、《煙の魔術師》の軌跡その3



 タイムリープの回数を示すタイトルのない本。

 おそらく池崎さんが記しているだろう、破壊の道を回避する攻略ノート。

 一冊一冊がやり直した人生の数と思われるのだが。


 奥の部屋で大黒さんが発見したのは、図書館サイズの本棚の群れ。


 あたしは乾いた声を喉の奥から押し出していた。


「これが全部、タイムリープの度に記した二十年間の記憶の束なら――とんでもない人ね、彼」

「一つ、よろしいですか」


 ヤナギさんである。

 本当に驚愕しているのだろう。

 その額には脂汗が浮かんでいる――。


「タイムリープ、という現象がどのようなことを指すのかは分かりません。おそらく、僕には把握も理解もできないとも思います。けれど、少しおかしくないですか?」

「というと?」

「五年後の滅びの日に時間逆行をし、その時に歩んだ道程をこの本にまとめていたのなら――こんなに大量の本が残されている筈がないと思うのですが?」


 確かに。

 ここには無数の本がある。

 二十年前、あのターニングポイントの日に戻ってこれら全てをもう一度書き移すのは、物理的にも不可能だろう。


「いいところに気が付いたわね。それを可能にするのが、この空間よ」

「失礼、意味が僕には理解できないのですが」

「慌てないで、説明するから――」


 こんなに狼狽する彼を見るのは二度目か。


 一度目は、炎兄が学校に襲来した時。あたしを心配してくれた、あの時である。

 ようするにこの人もお人よし。

 自分の身近な人のことになると、こういう風にクールな仮面が外れてしまうのだろう。


「この空間自体が時間軸から独立しているのよ。二十年前に戻ってもここだけは、このまま維持される。ここに来る前にいろいろな魔術体系の痕跡があったでしょう? あれのおかげでね。たとえばだけど、今ここであたしがこの部屋の床にチョークで落書きしたとするわね、もし今回も世界が滅亡して池崎さんがタイムリープしてここに戻ってきたとしても――このチョークの落書きは維持されているってわけ」


 あたしはいつものように青白い文字で、魔術式を提示してみせる。

 異なる魔術の組み合わせによる相乗効果。

 その計算式を噛み砕いて説明したのだが。


「この遺跡の内部だけは、時間の概念から外されているというわけですか。その性質を利用して、ヤツは世界が滅亡しない道への攻略方法をメモし続けている、それがこのタイトルのない本。結果的に、タイムリープの度に本の数が増えていく……ということでしょうか」


 うわ、ヤナギさん結構勉強家だからか、ちゃんと理解してるな。

 正直、説明しているこっちもうまく言えている自信がなかったのだが。

 いやあ、他人にファンタジー現象を伝えるのって難しいわよねえ。


「でしょうね。さすがにこれだけの数を暗記しておくのは、どんな天才でも無理でしょう。一回のルートにかかる時間は最長で二十年、途中で死んだりしたらどうなるかは分からないですけど……。たぶん、なんらかの強制力が働いて異能力発生のターニングポイント……セーブポイントと言える、異能が発生したあの日に戻されるんじゃないかしら」


 言ってあたしは奥の本棚からランダムに書を選び。

 スゥっと魔力で引き寄せ、バササササ。

 中を閲覧する。


 あたしを横目で見て。

 次に並ぶ広大な本棚に目をやり、ヤナギさんが重い口調で言葉を投げていた。


「一冊が二十年と仮定して、本棚に入っている書の数は……」

「魔力反応の数からざっと計算してみたけれど、ここに収められている書の数は五万冊。二十年ですから、百万年。ちょっと現実的な数字じゃないわね、だから、たぶんなんらかの異能や魔術が介入している筈。そうじゃなかったら、彼、精神がとっくに壊れている筈ですもの」


 タイムリープを同時に行い。

 世界軸を二重に認識し、並列させて攻略をするとか……。


 しかし、そんなことが池崎さんにできるとは考えられない。

 それこそ、世界を複数作り出すのと同じ力がいるからである。

 誰かがループを繰り返す池崎さんに、こっそりと手を貸しているのだ。


 けれどそんな能力者がこの世界にいるとは思えない。

 あたしにも不可能な事を誰ができる?

 そう、そんな存在――この世界には居ない。


 しかし、あたしは知っていた。


 思い当たったのは――よく知る顔。

 なぜかこの件から手を引いている大物魔族。

 殺戮の魔猫にして破壊神。

 大魔帝ケトス……。


 お父さんである。


 正確な記憶ではないが……はじめ、お父様はこのようなことを言っていた。

 彼を信用するなと。

 逆説的に言えば、父は既にあの時点で池崎さんを知っていたのだ。


 あたしと道を違え、敵対することもあると。

 池崎さんがあたしを利用し、世界の破壊を食い止めようとする。

 その途中であたしが死んだり、深く傷ついたりした場合は――。


 きっと、それを父は許さなかったのだろう。

 世界は大魔帝ケトスに滅ぼされ、また最初からやり直し。

 ……。

 なかなか迷惑な父である。


「お父様は初めから知っていらしたのね、全部――」

「アカリちゃん?」


 ぎゅっとこぶしを握るあたしに近寄り、大黒さんが言う。


「大丈夫……?」

「ええ、あたしは平気よ。ちょっと面白くないだけ」


 どこまでいっても、結局あたしはお父様の娘なのだ。

 ま! その恩恵も存分に受けているし、あたしはお父さんが大好きなので!

 こればっかりは仕方ないが!


 あたしは攻略ノートに目を戻す。


「彼、本当にいろいろと試していたみたいね。この本の大半が、あの人からみた世界の歴史と重要ポイントについて書かれているんですけど……って、このルートでも大黒さん……やっぱり最初に事件で死んでるのね」

「あら。ふふふ。んー……あまりいい気分じゃないわね」


 と、大黒さんも困り顔で応じていた。


 おそらく最初の事件にあたしが介入しないと、絶対に死が避けられないのだろう。

 大黒さんが助かった回数は少なそうである。


「異能力者誘拐組織を放置したままにすると、異能を集めた裏組織の連中が異世界に手を出そうとして――ああ、このルートだと月兄に制裁されてるわね」

「ふむ――ペスを解放できていないと、荒んだあなたが人類を見限って帰ってしまうようですね。そして、三兄妹が帰ってしまうと封印されている厄災が目覚め、やはり滅びを迎える――詰みポイントが多すぎやしませんかこれ。いわゆる、なんでしたか、クソゲー……というのでしょう。こういうのは」


 石油王のイベントも通過しないとダメ。

 その息子、ホークアイ君も改心していないと駄目。

 連鎖的に、沢田ちゃんの記憶の一部封印も必須。


 一応はここまで、全てをうまく乗り越えているらしいが。


 そして、次に大きなポイントが……ディカプリオ神父。

 彼がなかなかに厄介な問題児のようである。

 ここで滅びを迎えることもけっこうあるようなのだ。


 なんつーか。

 この世界、滅びのルートありすぎじゃない?

 まあ滅びが確定しているわけだから、解決しないといけないイベントも多いのだろう。


 やっぱり、滅びを確定させる異能力者をどうにかするしかないのだろうが。


 なぜ池崎さんはそれをどうにかしようとしないのか。

 それが分からない。

 極端な話、ターニングポイントに戻ったその日に、まあ言葉は悪いが殺したり……はまずいけど、悪さができないように封印したりすればいいと思うのだが。


 何か致命的な問題があるという事だろう。


 そのヒントを探そうとあたしが更に本棚を探っていた時だった。

 ふと、一冊の書があたしの目に入った。

 ナンバリングがされていない攻略ノートである。


「なにかしらね、これだけ背表紙にナンバーが振られていないけど……」


 手を伸ばそうとするあたしが、ぐぐぐっと足を踏み込んだ。

 その刹那。

 渋い男の声が――あたしの髪をふわっと揺らした。


 本棚の上に、何かが顕現する。


『おっと、嬢ちゃん。それだけはダメだ――読むんじゃねえぞ』


 池崎さんの声である。

 しかしなぜかそれは魔力が込められた、いわゆる翻訳声。

 ニワトリモードのヤナギさんが人語を話す時と同じなのだが。


 胸がズキンと鳴っていた。

 鼻の奥がわずかにスンとなった。

 そっか、やっぱり無事だったのか。


 安堵の次に出たのは、もちろんイライラ。

 どうして連絡しなかったのよ!

 と、そう思ってしまうのはあたしの我儘ではない筈だ。


「ったく! あのねえ! 無事なら無事だってちゃんと連絡しなさいよ!」


 と、見上げたあたしの目に入ってきたのは――。

 カラスの濡れ羽色をした。

 一匹の黒猫だった。


 その太々しい顔は、ちょっとネコの時のお父さんに似ているか。


 この空間の主なのだろうが。

 どーみても池崎さんである。

 そのネコの口がキシシシシっといつもの笑みを作る。


『そう怒るなっての、こっちだって色々と事情があるんだよ』

「ってことは、やっぱり池崎さんなのね、あなた。なにがどうなってそんな姿になってるのか、それから、これはいったいどういうことか。ちゃんと説明してくれるわね?」


 こんな大事なことを一人で抱え込んで。

 ……。

 心配しちゃうのも当然じゃない。


 ヤナギさんがカツカツカツと近寄ってきて。

 本棚の上にいる黒猫を、脇から抱き上げ。


「これが、あの池崎なのですか?」

『あのってなんだよ、あのって。あと、とっとと降ろせ。仏頂面で睨むな、糞公安』


 ネコ足をびにょーんと伸ばして、不機嫌そうにしっぽを揺らし。

 イケザキキャット、渾身のジト目である。


 ヤナギさんが安堵したような顔をしつつも、クールな声で淡々と告げる。


「この腐った口調、間違いなくヤツですね」

「ふふふふ、次、こっちに貸して頂戴ね。ほら、池崎さーん、いい子にしてましょうねえ。こちらで抱っこして安全かどうか確認しないとでしょう?」


 猫もモフモフも大好きな大黒さんが、脳内抱っこで手をワキワキしている。

 そういやこの人、三魔猫にも声かけてたしなあ。

 色々とツッコミたいところなのだが。


 あたしは二人から池崎さんを回収し、くわ!


「あぁぁぁぁぁ! もう、話が進まないでしょう! で、池崎さん。そのネコの身体はなんなの?」

『しゃあねえだろう。オレの本体はこっちの時間軸にも残ったままなんだ。同一存在が同じ時間に存在することは色々と問題を発生させるんだとよ。んで、同時に存在するための身体と魂を用意するって、ウッキウキでこの身体を用意したのが、お嬢ちゃん――おまえさんの父上なんだぞ』


 本体がこの時間軸に残ったまま?

 じゃあいつもの池崎さんの姿は……。

 それも気になるが、それよりも。


「はぁ……やっぱり、五年後のお父さんがあなたに力を貸しているってわけね」

『そういうこった。公安クソ野郎には神鶏ロックウェル卿殿が。元自衛隊上がりの正義女、二ノ宮には裁定の神獣、白銀の魔狼ホワイトハウル殿が――それぞれ力を貸してやがるんだ。おまえさんの父上様が、この件に首を突っ込んでないなんて、おまえさんも本気で思ってたわけじゃねえんだろ?』


 その通りである。

 しかしだ。キシシシと濡れ羽色を輝かせて豪胆に笑う黒猫の、まあ偉そうな顔。

 この人、ネコの姿が本当に似合ってるな。


「もう単刀直入に聞くわよ。今回のルートでは世界を救えそうなの? それとも無理? どっち?」

『さあな、なにしろ今回はまったく初めての手段をつかったもんで。オレも先をよく知らねえんだわ』

「初めての手段、ねえ」


 あれほどの試行回数の中で初めて――か。

 いったいなにをしたんだか。

 同じことが気になったのだろう、ヤナギさんがツゥっとメガネを指で上げ。


「具体的にはなにをなさったのですか」

『簡単なことだ。今回は嬢ちゃんと出会う前から接点を持った。それは大きな変化だ、いままではあの交差点で会うか、えーと……お前さんたちの記憶だと、第一の事件にお嬢ちゃんが首を突っ込んでくる時点で初めて接点を持つわけなんだが』

「それよりも前に――人気配信者ジョージ尼崎として、あたしに配信者になるように促した。ってことね。まあ予想はしてたけど」


 満足げに髯を揺らし、彼が言う。


『そう、このルートは日向アカリ。世界滅亡の原因ランキング二位、赤き魔猫の異界姫がアカリンとしての側面も手に入れた、初めてのルートなんだよ』


 めちゃくちゃドヤ顔をしているが。


 んーむ。

 正直、アカリンが誕生した初めてのルート!

 と言われても、あたし達はどう反応したらいいのか、困るところではある。


 世界崩壊の原因となる、滅びを確定させる異能者をどうにかしない理由。

 今、目の前のイケザキキャットがどういう存在なのか。

 どうして姿を消していたのか。


 それらを聞きたいところなのだが――。

 再会した池崎さんとの会話は、まだ続く。


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