表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/123

第七十四話、選択イベント:《魔導契約》



 無限にかけ続けるあたしによる呪い。

 呪いにかかったら、主人を殺せと命令されているガジガジくん。

 まあこの口だけ天使の名は、ギシリトールという名らしいが。


 ともあれだ。


 んーっと頭を悩ませるあたしは、ドライファル教皇を腕に抱き。

 なでなでなで♪

 既にこの光景にも慣れていたので、わりとのんびりとした空気が流れていた。


 ヴァイス大帝に捕まっているジブリール君なんぞは、積極的に主人を助ける気などなく。

 白き猫手から受け取ったお煎餅を頬張って、ガリガリしちゃってるし。

 苦しんでいるのは、死と再生を繰り返す神父のみ。


 再び骨と神経と肉と皮膚を再生させた、金髪イカれ男。

 ディカプリオ神父くんが、なにやらいいたげに、ぜぇぜぇ……。

 肩を揺らし、荒い呼吸になっているが気にしない。


「こ……、このままでは互いに埒が明かないでしょう。ど! どうでしょうか、こちらから一つ提案があるのですが!?」

「いや、よく考えたんだけどさあ。このまま呪いを継続し続ければいいんじゃない?」


 こっちはそれでも構わないのだ。

 あたしが呪いをかけなくても、呪い専門の呪術猫を派遣してもらい。

 シフトを組んで交代しながら維持し続ければいいんだし。


 自動呪いマシーンの魔術式を組もうとしていたあたしに、声が届く。

 天使ジブリールくんである。


「きひゃはははは! 個人的には愉快で悪くねえが、残念だな。タイムリミットがある」

「えぇ……やっぱりそういうパターンなの?」


 既にふつうに会話できるレベルには打ち解けているので。

 会話が続行される。


「しゃあねえだろう、この糞野郎はしつこいんだ。きっと、復帰したはずのこいつがいつまでも帰ってこねえってなったら、他の天使が動き出す。オレたちは胎内に埋め込まれた強制命令のせいで、いざとなったら逆らえねえ。ずっとこのままってわけにもいかねえだろうさ」


 あいかわらず口は悪いが。

 情報漏洩をしてくれる彼の言葉を受け、あたしは神父をジト目でじろり


「なるほどねえ。本当に面倒な男なのねぇ……こいつ」

「だろぅ? みーんな内心では死ねって思いながら従ってるからなぁ?」


 直接的な揶揄に、イラついているのだろう。

 ディカプリオ神父の糸目の片方がぎろっと開かれる。


「死んだところを救われた手駒の分際で、随分と大きく吠えましたね――ジブリール」

「ああん? 勘違いするんじゃねえぞ? 助けてくれなんて願ったことなど一度もねえんだよ、糞神父様。てめえがしたことはやっと眠れたオレへの冒涜だ。勝手に蘇生して、勝手に命令を組み込みやがったてめえの顔をぶん殴りてえとは思うが、へへっ、感謝なんてするわけねえだろ。バーカ!」


 険悪な関係を続行する中。

 あたしは淡々と告げる。


「えーと、そろそろいいかしら?」

「っと、すみません。アカリさん。とりあえず休戦にしませんか? 互いにこうしているだけで何も話が進んでいない。先ほど提案をするといったでしょう? まずは話を聞いていただきたいのですが」


 と、白い肌に、指で伸ばしたような血痕とギシリトールくんの涎を浴びて、ディカプリオ神父。

 まあ実際。

 こいつがプッツンして、他の天使に地上攻撃を命令してきても面倒なのは事実。


 警戒を怠らず、けれどあたしは対話を開始した。


「で? 提案ってなによ」

「わたしはいまあのモグラの聖女と召喚契約を結んでおります。各地の地下に異能力者の地下街を作り出すためにね。あなたは彼ら、異世界人を守る立場にある者。そうですね?」


 その通りである。

 制約のある義務ではないが、上に立つ者としての義務であるとあたしは感じている。


「なにが言いたいの」

「ふふ、モグラ聖女の契約をまだ解かれていない所をみると、見えてくるのですよ。あなたほどの力があるのにです、なぜか契約はそのまま。それは少しおかしい。ならばこう考えます。あなたは力が強すぎる、加減が苦手。強制的に解除した場合のリスクを考え、今は控えている。違いますか?」


 これも正解である。

 こいつ、気持ち悪い癖に頭は回るな。

 じぃぃぃぃぃぃ。


「ふーん、なに? 脅すつもり?」


 掴んだ呪いのヒルをべしべし。

 頬に押し付け、あたしが言ってやったのだが。

 さすがにビクっとなりつつ、彼が言う。


「いえいえ、違いますよ。ただ、あなたがこの場でわたしを見逃す、しばらくの間は追跡もしない。そう魔導契約、でしたか? 強制力のある契約を結んでくださるのなら、彼女を無条件で解放いたしましょう。そういうご提案です」


 なるほど。

 ここで逃げてもあたしに追跡されるのは、目に見えている。

 しばらく時間を稼ぎたい、といったところか。


 時間をかければモグラ聖女の契約も強制解除できるとは思うのだが。

 ……。

 その時間をかけるというのが問題だ。


 あのモグラの騎士ロミットくんは聖女を取り返しに来たのだ。

 そして彼らはおそらく恋仲。

 契約が解除されていない中で、長時間を過ごすのは正直言ってかなりしんどいだろう。


 まあこっちとしても、ここで足止めをずっとすることは不可能。

 天使ジブリールくんはわざとこちらに情報を漏洩している。

 その言葉に嘘がないのはヤナギさんのチェック済み。


 その彼が言っているのだ。

 このまま呪いで足止めしても、天使たちが動き出す。


 結局はこの神父を、ここでは逃がすことになるのだろうと思う。

 だったら、条件を引き出した方が賢いか。

 姫たるあたしが言う。


「こちらからも条件があるわ。構わなくて?」

「お聞かせください」

「モグラ聖女ちゃんだけではなくて、あなた及び、あなたの関係者が異世界から召喚したモノ、連れてきたモノ全員を解放するのなら――その条件をのんでもいいわ。あなたを見逃してあげる。もちろん、期限付きですけれどね」


 異世界召喚による誘拐が増えてしまうと色々と不味いのだ。

 あまりに度が過ぎると、この地球自体を敵対世界と認識するモノもでる可能性がある。

 そしてもし。

 もしもだ――戦争や戦いになったとしたら、あたしはおそらく姫として異世界側につくだろう。


「異世界のみでよろしいので?」

「こちらの世界も含めてしまうと、あなたが使役する天使も条件に含まれてしまうもの。あなた、そうなったら絶対に頷かないでしょう? 堂々巡りは嫌いなの」


 互いの妥協点を探る。

 そういう駆け引きも重要なのである。

 もっとも、時間をかけていいのならやり方も他にあるのだろうが。


 はっきり言おう。

 あたしは時間をあまりかけたくなかったのだ。

 おそらく無事とはいえ、連絡が途絶えている池崎さんの安否はやはり気になる。


「受け入れましょう。契約書などは――」

「こちらで用意するわ」


 告げてあたしは魔の炎を手に浮かべ、ぼぅ!

 魔導契約書を作成して、提示してみせる。


「期限は一週間よ。時間にすれば百六十八時間。その間、あたしやあたしの眷属はあなたを追ったりしない。ただし、警察やあなたに騙されているこの組織の人たちはこの契約外。あたしの知るところではないわ。あたしと関係ないのですから、制御する権利もする気もないわ」


 契約書に目を通す青い瞳が、不気味に輝く中。

 白い肌を血塗れにする神父が眉を下げ。

 苦く笑ってみせる。


「わたしは組織の皆を騙しているわけではないのですが」


 本当にまあいけしゃあしゃあ、と。


「あたしに話を持ってきた悪魔使いの亜門さんは、地上世界の破滅なんて話を知らなかったわ。総帥のモグラ聖女ちゃんもあなたに召喚され従っていただけ、十分騙していたのではなくて?」

「世界を平和にするために力ある者が集っている。国に管理されることを拒む能力者のための箱舟となる、そこに偽りはないのですが――考え方の違いでしょうね」


 交渉は成立とみてよさそうか。

 あたしは言う。


「そうそう念のため、契約前に注意事項を口にしておくわ。こちらはあなた達を追えない――ただし、そちらが更なる対話や行動を望み、”そちら側”から接近してきた場合は例外よ。例えばだけど、あなたが降伏宣言するためにあたしに接近することもできるわ。逆に、あなたを追えないという性質を利用してこちらに危害を加えようとしてきたら、こちらはちゃんと反撃もできるし――あなた達が腹いせに街を破壊でもするつもりなら、街を守るという行動もできるから、そのつもりでいて頂戴ね」

「確認済みです、構いませんよ」


 こいつ、ちゃんと説明書は隅から隅まで全部読むタイプか。

 あたしとは真逆かもしれない。

 契約は完了した。


 これ以上の会話をするつもりはない。

 あたしは退席を促すように片手をあげてみせる。

 ……。

 腕に抱いてるドライファル教皇が、あたしの手にジャレ始めているが気にしない。


 狂った男は目線でジブリール君を解放するように促した。

 白猫ヴァイス大帝があたしに目線をよこすので、頷いてみせる。


 これでこいつを逃がすことになってしまうが――。

 まあ仕方がない。

 捨て台詞なのか、コートを羽織り血塗れの身を隠す彼が言う。


「わたしは既に異能力者達の命を何度も救っている。政府に管理されていない異能力者達は、あなたとわたし――どちらを信じますかね」


 ようするに、まだ自分についてくる者が多いと言いたいのだろう。

 だが。

 なんつーか、うん。


 忘れているわけではなく、彼はスヤスヤ寝ていたから知らなかっただけだろうが。

 あたしの影の中で、組織のみんな……全員が聞いてるのよね。

 当然、全部のやり取りを目撃している。


 それでもあたしは格好つけた言い回しで。


「人間はそこまで愚かじゃないわ。あなたがそこまで腐った人間だと知れば、まあ八割ぐらいはあなたを見限るんじゃないかしら。あたしは人間を信じるわ」


 問答は終わった。

 頬についた血を拭い、シュっと床に散らしながら――。

 ディカプリオ神父が告げる。


「ジブリール。行きますよ――使えないあなたでも、いないよりはマシですから」

「いいや、帰るのはてめえだけだぜ。糞神父ディカプリオ様」


 ジブリールくんは、ニヤリと微笑し。

 あたしに向かい叫んでいた。


「おい貧乳ブス女! 要領はあいつが呪いを解いた時と同じだ。オレを殺せ! そして蘇生させろ! できるんだろう! そうすりゃ契約も解除される、即座にオレと契約しろ! てめえもぶっ壊れた女だが、こいつよりはマシだ! いいな!」

「あんたの口調は気に入らないけど、いいわ! あんたと契約してあげる!」


 そう、人徳のない男ならば当然こうもなる。

 あたしが合意するや否や、ドライファル教皇が肉球を鳴らす。

 ぷにん♪


 音はコミカルだった。

 けれど彼もまた異界の大物魔猫。

 魔族なのだ。


 その肉球音が破壊のエネルギーとなり、ジブリール君の腹を貫いていた。

 これは相手側からの要請、契約違反ではない。

 震える天使の喉から、くくくと声が漏れる。


「くはははは……! くく、うまく、やりやがれ……よ!」

『我らの姫は本物の天才である、抜かりはせん。安堵して、死すが良かろう』


 ドライファル教皇が凛とした声で、ネコ髯をピンピンに揺らしていた。

 完全に死んだジブリールくん。

 その死を確認し。


『姫様、儀式のご準備を――蘇生は我が執り行いましょう』

「よしなに――」


 同意したあたしも準備を開始。


 原形が保たれた遺体。

 魂の把握。そして、元から高レベルな者。

 その条件が整っているのなら、ダンジョン内で死んだ者の蘇生はわりと容易い。


 まあドライファル教皇は、というか三魔猫は回復魔術が苦手なのだが。

 これくらい条件が揃っているのなら、話は別。


 ドライファル教皇が猫の経典を広げ。

 三毛色のモフ毛をモコモコモコ!

 肉球型の魔法陣を地に展開する。


『祈りなさい、念じなさい、願いなさい。猫こそが至高なる存在と』


 異世界ネコ――猫魔獣による高位蘇生魔術が発動する!

 当然、蘇生は成功。

 普段はおちゃらけているが、うちの猫……本当に強大なネコの神性だしねえ。


 すかさずあたしが、契約の印を再生した腹に刻む。

 一瞬なので、ヤナギさんもディカプリオ神父も呆然としている。


 念のためだろう。

 あたし達の前には、ヴァイス大帝が凛とたたずみ。

 白きモフ毛をぶわぶわ!


 騎士としての守りを展開している。

 こちらは考える時間も準備する時間も取れていた。


 だからこうした連携も可能だったのだ。

 ま、ディカプリオくんは死んでたしねえ。


 流れるような早業で契約を完了したあたしが、にひぃ!

 いつもの口調で言う。


「よーし、これで完了よ! ジブリールくん、悪いけど――しばらくはあたしの命令を遵守する契約をさせて貰っているから、そのつもりでね」

「はは! 構わねえよ、糞よりはマシだからなぁぁあ!」


 一連の流れで呆けていた神父も、ハッと現実に戻されたのだろう。

 その喉の奥から、くぐもった声が飛び出ていた。


「裏切るのですか、ジブリール!?」


 睨むかつての主人に、粗暴なる天使が言う。


「なあ大将。オレは何度も警告したぜ? あんま調子に乗るなってな」

「アカリさん、これは契約違反では――」

「いいえ、あなたの不始末の責任をあたしに押し付けられても困るわ」


 言うならば、あたしは逃げてきた伝書鳩を拾っただけに過ぎない。

 相手が逃がした天使をこちらで再契約してはいけない。

 そんな内容は契約に含まれていない。


 普通の契約ならここで相手がキレて、モグラ聖女ちゃん達解放の件をなかったことにされかねないが。

 生憎と魔導契約は絶対遵守。

 必ず遂行される。


 実際にだ。

 既に、追わないという契約が履行されているので、彼女たちも解放されている。

 こちらが圧倒的に優位な条件を掴んだ後。


 ジブリールくんが、嘲笑しながら告げる。


「さて、元大将。最後のよしみだ。外には送ってやるよ、オレの空間異能でな!」

「ジブリールっ――この、裏切り者がぁあぁぁあぁっ」


 叫びが途中でかき消される。

 ギシリトール共々、神父が空間を跳躍して消えていったのだ。


 ただし。

 相手に再契約される前にとこちらが即行で契約したせいで、ジブリールくんは既にあたしの眷属判定。

 残念ながら魔導契約により、彼は元主人を追って殺しに行く事は出来ない。


 そして。

 ここにいるのはあたしの関係者や眷属のみ。

 聖女モグラちゃん達の解放を条件に契約をしているので、こっちもまだ追えない。


 一週間が過ぎれば、動きもあるが。


 相手を逃がしてしまったが――情報源のジブリールくんは確保できた。

 戦力も削れた。

 こちらの勝ちと言えるだろう。


「ま、こんなもんでしょ――」


 と。

 あたしは若干重い疲れを感じ、ふぅ……と大きく息を吐いた。

 池崎さんを追う前に――やるべきことがある。

 とっとと、ここの組織の事後処理を済ませるっきゃないわね!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ