第七十一話、メシアは語る。あたしはうなる。
前回の聖女的なあらすじ。
相手があたしの美貌に見惚れ、妻とか言ってきた。
まあおそらく、あたしに助けられた副作用だろう。
もちろんあたしの対応は決まっている。
「妻とか聖女とか、そういう戯言はどーでもいいとして」
一蹴である。
部屋の四方はあたしの聖剣による結界で覆っている。
ここから逃げるのは、なかなか難しいだろう。
「あなた、異世界からモグラの女性を誘拐したわね? それにこの組織を作らせたのもあなたと聞いたわ、いったい何を企んでいるの?」
「戯言でもどーでもいいことでもないのですが、まあいいでしょう」
金髪をわずかに揺らし。
糸目をさらに細め、ディカプリオ神父が告げる。
「世界を救うために、わたしは動いている。それだけの話ですよ」
ヤナギさんによるチェックは続いている。
ウソではないという事だろう。
あたしは懐疑的な瞳で、神父を見る。
「世界を救うねえ――」
「疑われるのは仕方ありません。荒唐無稽な話だとは、自覚しておりますから」
「具体的にあなたはどこまで把握しているのよ」
告げたあたしの言葉に神父が、わずかに片目を開く。
「その言い方から察するに、あなたも滅びの未来がくることを知っているのですね」
元から知っている人に隠しても仕方がない。
ディカプリオ神父の近くでつまらなそうにしているジブリール君が、ふあぁぁぁっとあくびをする中。
あたしは頷いていた。
「一応はね」
「失礼ですが、お名前をうかがっても?」
そういや名乗っていなかったか。
名を使った呪いなども存在するが、あたしには効果がないし。
そもそもそれを理由に拘束もできる、あたしは名乗ることにした。
「日向、日向アカリよ。どこにでもいる、ふつうの女子高生……とは言い切らないけど、まあ一般人よ。一応ね」
「日向、アカリさん……太陽のような名前なのですね。ふふ、あなたにとても似合っている」
なんか……。
この人、きっついなあ……。
「ではアカリさん。十五年前、この世界を救うために異世界から三柱の強大な神獣が降臨した、それはご存じですか?」
「……まあ知ってるわ」
お父さんたちだしね。
「どんな手段を使ったのか分かりません。そもそも何者なのか、それも詳細は把握できていません。Cと呼ばれる大物だということは、政府も把握しているようではありますが……ともあれ、彼らは善意でこの地球を救った。けれど、世界は再び滅びの危機を迎えようとしています。それはなぜだと思いますか?」
「滅びの未来が確定しているからよ」
神父の眉が跳ねる。
「どういうことですか」
「滅びの能力者がいるらしいのよ。あなたに他者を助ける力があるように、あたしに猫を使う力があるように。世界を滅ぼす、そういう異能がね。まああたしもそういう仮説を聞いただけだから、事実かどうかは分からないけど――信頼できる筋からの情報よ」
ある程度の情報を提供したのだ。
今度はこちらの番だとばかりにあたしが言う。
「それで、具体的にあなたたちは何をしているの。言っておくけど、異世界から聖女を誘拐した――モグラとはいえ、彼らは知恵ある種族。異世界でも誘拐は犯罪なのよ、看過できないわ」
「なるほど、では貴女は異世界人――ということですか」
否定はしない。
けれど、赤い髪をサァァァっと揺らし。
雪女帝ともいえる冷徹な声で、あたしは告げていた。
「問いかけているのは、あたしです。答えなさい」
空気が凛と引き締まる。
「わたしはただ世界を救いたいと動いている。この美しい世界を誰よりも愛しているのですから――それだけではダメですか?」
「ダメよ」
魔の姫たる存在としてのあたしが告げるのは――。
警告。
「もし異世界人には人権がないのだから、ましてやモグラには人権がないのだから。そういう論法で言い逃れをするつもりなら、構わないわ。あたしが今ここで、あなたを処断します」
あたしの影が、ネコの形となって部屋を包みだす。
瞳の位置にあるのは、赤い輝き。
咎人を裁定する聖剣も、姫たるあたしの横で唸り始めていた。
あたしは本気だった。
故にこそ、魔力の流れを感じたのだろう。
――!
天使が動いていた。
「ちっ――大将! 会話なんて無駄無駄無駄だ! 所詮この世は力こそが正義、情報を引き出してえのなら――やっちまおうぜ!」
契約や呪いで強制されているのだろう。
主人を守るようにジブリール君が、三対の翼を広げたのだ――。
「死にやがりな!」
「騒々しいわね――」
発動されたのは空間を揺さぶる異能。振動が周囲を包み始める。
だが――。
あたしが騒々しいと告げた、それだけで全ての異能がキャンセルされる。
「んだと……っ、てめえ! なにをしやがった!」
「あなたの異能を逆算して、物理現象を捻じ曲げている部分を補っただけよ。結果として全ての異能はなかったことにされる」
「はぁぁぁ!? そんなこと、できる筈がねえだろうがっ」
あたしは露骨な息を漏らして。
捻じ曲げた魔術式を青白い文字に変えて表示する。
それこそが、現実を書き換えた計算式である。
「できる筈がない、どうしてそう思うのかしら。ありえないことを起こすのが異能なのよ? だったら、その時点で前提が全て崩れているのよ。簡単な証明。ありえないことなんて、なくなっているわ」
緊迫した気配に構わず、糸目の神父は余裕の笑み。
拍手であたしを讃えていた。
「アカリさんの言うとおりだね。この世の法則が崩れているのですから、今までの常識で考えると足を掬われる。ジブリール、もうそれくらいにしてください」
「だがよ大将! この貧乳ブス女っ、ぜってえこっちの計画を台無しにするに決まってるぜ? オレは嫌だぜ、あんた、また無駄にイライラして、八つ当たりしてきやがるだろう」
こいつっ。
また貧乳と言い切りおった。
だがこちらは冷静に、淡々と返していた。
「あなたの声――少し、不快ね。次はないわよ」
告げたその言葉に従うように、あたしの影から出現していたのは白き猫。
ヴァイス大帝だった。
ここに来ているという事は、向こうの仕事は終わったのだろう。
白の獣毛を戦闘モードにし。
騎士たる魔爪をジブリールの首にかけ。
ギャグと戯れを捨てた猫騎士の口が――静かに語っていた。
『動くな、下郎よ。姫様がそう仰せなのだ、次はない。汝の首がそのままでありたいのなら、おとなしくみていると良かろう。羽毛の一つを動かした時点で、終わり。我が動く』
「て、てめえ……っ。いつのまに」
ごくりと、粗暴な天使の喉が鳴る。
彼も理解していたのだろう。
動けば確実な死が待っていると。
緊張の中。
部屋の隅から、ぷにぷにぷに。
魔力肉球音を立て、三毛猫が顕現する。
ドライファル教皇である。
『姫殿下、魔物の魂の回収が済みました。魂の維持はペスが行っております』
「そう、ありがとう」
『今宵はローストビーフをご所望なさっているようですが――』
告げるドライファル教皇の口元に、わずかな涎が浮かぶ。
ようするに、自分が食べたいのだろう。
まあ、構わないけど。
「そ、そう……考えておくわ」
よーし、シリアスをギリギリたもった!
こちらのやり取りを観察していたのだろう。
神父が穏やかな声で言う。
「姫様、ですか。察するにあなたは異界においても重要な人物、ということでしょうね」
「想像にお任せするわ」
そっけなくいうあたしに、ジブリールくんはいまだにガルルルル!
狂犬のように睨んでいる。
それが気になったのか、ディカプリオ神父が目線を向け。
「君はまったく、そういうところが男のままでいけないね」
「オレは男だっ――」
神父はその言葉を鼻で笑っていた。
微かな性的な揶揄さえ含んだような嘲り声で、神父の唇が上下する。
「毎晩あれほどに翼を蠢かせる君が――男ねえ」
「……。それ以上を口にしたら、てめえを殺す」
憎悪と殺意が混じった声が、神父の顔面に突き刺さっているが。
なんだこりゃ。
あんまり、こどものあたしが首を突っ込んではいけない場面なような気もする。
まあ、ようするに。
なんつーか……。
そ、そういうことをさせているのだろう。
彼を拘束するヴァイス大帝も意味を理解したのか。
困り顔でモフ頬をポリポリしていた。
「ふむ、まあそう思いたいのならそれでも構いませんが。これは命令です。これ以上、彼女に喧嘩を売るのは止めて下さいジブリール、わたしはまだ、彼女との対話を望んでいる。その意味は分かるね?」
「……ちっ……」
強制的な命令だったのだろう。
異能を発動させようとしていた天使の翼が、治まっていく。
どうやら主従関係はあくまでも契約や義務。
魔導契約による束縛に近そうである。
ジブリール君にとって、この関係は最悪なようだ。
相手の事情に興味はあまりない。
あたしは言う。
「それで神父、あなたの目的は? この組織はなんのために存在しているの」
「ここが地下に作られた異能力による空間だということは――」
「ええ、知っているわ」
もっとも異能ではなく。モグラ聖女の魔術なのだが。
その辺は割愛。
ソファー代わりの寝具の上で前かがみになり。
膝に肘を置いて、顔の前で指を組む神父。
その口が語りだす。
「ノアの箱舟をご存じですか」
「そりゃあね」
動物のつがいを船に乗せ、大洪水から逃れるというアレだろう。
神父は曇りのない言葉と表情で。
言った。
「ここは最後の楽園。もし世界が滅んでも、この異空間ならば話は別。滅びゆく世界からわたしは命を選定する。わたしが選び、わたしが助け、わたしが望む者だけをこの地に招き、その種を救う。清らかな者だけが生き残る理想郷を作ろうと――そう思っているのですよ」
なにやら独裁者的な発想であるが。
「選ぶといっても、どういう基準で選んでるのよ」
「様々ですよ――わたしが美しいと思う者、知恵に優れた者、武力に優れた者。後はわかりやすく、異能力者――でしょうか。異能を持っているのなら、常人よりも優れていますからね、彼らも合格です。この機会に弱い者、醜い者、要らない者は消えて貰いましょうと、そういうわけです」
語るその口に偽りも迷いもなさそうだ。
なるほど。
とりあえず狂人だという事は、なんとなく理解した。
「神父、一つ聞いてもいい?」
「ええ、どうぞ」
「あなたの基準だと、心の醜い者はどうなのかしら? 今、近くにいるんですけれど」
あたしが言いたいことが伝わったのだろう。
神父は皮肉に応じようとはせず、飄々と口の端に笑みを刻んでいた。
「さて、アカリさん。あなたもとても優秀な存在なのでしょう。楽園に住まう権利がある。どうでしょうか? ここでわたしに協力しては頂けませんか?」
まだ何かを隠している気配がするが。
ともあれだ。
あたしは、伸ばしてきた握手には応じず。
くすりと妖しく笑んでいた。
「残念だけど。その計画には致命的なミスがあるわよ」
「おや、なんでしょうか。未来の妻よ」
戯言を聞き流し、あたしは言う。
「悪いんですけど、あなたが楽園にしようとしている地下街。あなたがスヤスヤしている間に崩落してるわよ?」
そう。
まあようするに、あたしたちがぶっ壊しちゃってるのよね。
やや間を置いて。
冷静を貫いていたディカプリオ神父が糸目を崩し。
「は?」
と、間抜けな声を漏らしていた。
まあ、異世界から誘拐した聖女を助けにやってきたモグラ騎士。
その騒動のせいで破壊されたのだから、完全に自業自得である。
やはり本質的には関係が最悪なのか――。
どひゃひゃひゃひゃ!
飄々としていた神父の崩れた表情に、ジブリール君は大笑いである。
この神父。
どー考えても邪悪そうな相手だし。
あたしはなにも悪くない!