第七十話、狭い部屋での攻防戦! ~天使降臨~
ニワトリさんの提供するスマホ資料を見て。
あたし、日向アカリは口をあんぐりと開けていた。
呆れ、というやつである。
「メ、メシア……とは、大きく出たわね」
あたしの周囲が面白おかしい神とか魔族とか、これでもかって属性を盛りまくったファンタジー大集合!
となっていることは、そこはかとなく伝わっていると思う。
詳しく説明できないのだが……。
実はあたし、親類に、いわゆるメシアって呼ばれてる人がいるのよねえ。
まあ、おじいちゃんなんだけど。
だから、まるでオレオレ詐欺ならぬメシアメシア詐欺に遭っている気分なのだ。
まあ救世主なんて、それこそ職業や称号もあるので。
メシアを名乗ったからといって、あたしが想像しているメシア様とは別という可能性もある。
意味も変わってくるのだろうが。
ともあれ。
その辺の感情を知らないヤナギさんが言う。
『真意は分かりませんが、彼は善行として死刑囚を救っていた可能性もありますね。まあ、憶測の領域をでませんが――彼自身の、実際の罪状は極めて軽い。捕まってもすぐに釈放されてしまうのも、問題でしょう。罪としては非常に軽く、不法侵入、及び死体に対する取扱いに触れる程度……死者を蘇らせてはいけないという法律は、海外でもないでしょうからね』
死刑囚を異能で蘇生させてはいけません!
なんて法律も、たぶんない……と思う。
「そりゃしょうがないわよねえ――この世界はまだ現実に囚われている。異能力社会にはなっていないもの」
これから異能がどうなるかは分からないが。
まあ、罪にならない犯罪は多く存在するだろう。
『ともあれです――証拠画像もありますので、ディカプリオ神父がそのような行動をしていたのは間違いないでしょう。まあ、直接的な裏取りはできていませんが、この資料を作ったのはあの二ノ宮。彼女の調査は信頼できるとだけは――述べておきます』
裁定の神獣。
法と秩序を守る白銀の魔狼、ホワイトハウルおじ様の使徒だしねえ、二ノ宮さん。
あたしはディカプリオくんに目をやった。
「善意か金目当てか。それとも誰かに依頼されたか。ともあれ、刑が執行された死刑囚を治癒能力で治していた……か。人の命を救う事、自体は間違いなく善行なんでしょうけど。この場合は、どうなんでしょうね」
国や州、法律によって違うだろうが。
一度刑が執行された後。
何らかの事情で蘇生してしまった者は、そのまま解放されることもあると耳にしたことがある。
最近の法律や制度だとどうなっているのかは知らないが。
……。
このスヤスヤお眠りの金髪兄ちゃん、なかなか面倒なことをしてくれていたようだ。
『どうしたのですか、露骨に嫌そうな顔をして』
「いやあ、ね? 一度死んだ人間って蘇生された時に、けっこう能力が上昇する時があるのよねえ。よくある異世界転生で能力が上昇する現象も、これが原因の一つかもしれないって仮説もあるくらいなんだけど」
そういう連中の相手は、あんまりしたくないな。
と、思ったその時だった。
ギシシシシ!
音が鳴った。
次元の揺らぎが、大きくなり始めたのだ。
なにかが――くる。
「タイムリミットとは違うけれど! そろそろ時間みたいね!」
『敵、でしょうか』
あたしはしばし考え。
開き始めた次元に向かい、すぅっと手を伸ばす。
キラキラキラ♪
赤と雪色の魔力結晶が、周囲の空気を凍てつかせていく。
あたしの散らす魔力を見てだろう。
ニワトリ顔の眉間にグググっと皺をよせ、ヤナギさん。
『って、あなたはまたいきなり何を――! 絶対にろくでもないことを考えていますね……っ!』
「とりあえず、先手必勝! もし関係のない人だったり、実はまともな人達だったとしたら! 吹っ飛ばした後に謝れば良し!」
生存者は全員あたしの影の中。
三魔猫とペスの位置も把握している!
ゆえにこそ――。
「周囲を巻き込む心配はなし! たとえ巻き込んだとしても、無事で済む範囲状態攻撃にすれば問題なし! てなわけで! でてきたところを、一網打尽にするわ!」
あたしは毛先に雪色の魔力結晶を浮かべ。
指でピストルの形を作り。
相手の転移を確認。
今だ――!
ふふふふっと姫様微笑。
「《諸人よ、凍てつきなさい――!》」
やはり、宣言そのものが魔術名として登録され。
発動!
指先から猛吹雪を凝縮した魔力閃光が放たれる。
刹那。
ジャガガガギシィイイィィィィィイン!
広範囲の氷雪攻撃を発生させていた!
ビームに触れると存在が変質。
一時的に雪ダルマになるという、なかなかファンシーな状態異常である。
羽毛をもふもふっと蠢かすヤナギさんが、ものすっごい顔で抗議しているが。
気にしない――!
冷凍ビームを受けた相手はというと。
……。
あれ? そこにあったのは、寒さで顔を青白くさせ呻く、ディカプリオくんのみ。
「いない――!?」
『アカリさん、上です!』
タロットの力でほんの少し先の未来を見たのだろう。
ヤナギさんの、コケコケ声が脳を揺する。
あたしは瞬時にヤナギさんを抱え、壁を破壊!
隣の部屋に入り込み――得体のしれない何かと距離をとった、次の瞬間。
衝撃が、空間を揺さぶっていた。
ざぁあああああぁぁぁぁ!
あたしとヤナギさんがいた空間が、裂けて消えていたのだ。
ディカプリオくんは無事。
というよりは、あきらかに攻撃の対象外にされている。
『異能攻撃!?』
「さあどうでしょうねっ――。異能か魔術か、あるいは神の力を借りた奇跡か。判断はできないけれど、間違いなく殺意のある攻撃よ。このあたしに先制攻撃してくれるなんて、やってくれるじゃない!」
ふふふふっと、聖剣による結界を展開しつつあたしは姫様スマイル。
攻撃されて、やる気満々なのだが。
ヤナギさんの冷静な言葉の吐息が、あたしの腕に触れる。
『いえ、あなたが先に仕掛けたのですから、相手は反撃しただけなのでは?』
「そうともいうかもしれないけど。あたしの攻撃を避けた相手よ、油断はしないでね」
言いつつも、そのままあたしは行動開始。
魔導書の結界という名の拘束空間を、ディカプリオ君の寝具に展開。
聖剣と魔導書による同時結界、いわゆる二回行動というやつである。
ゲーム中盤のダンジョンボスとかがやってくるようになる、アレと思っていただきたい。
「出てきなさい! さっきは手加減してあげたけど、今度は手加減してあげないわよ!」
「ああん? 手加減だと、糞女がぁあぁぁ」
なんか品のない声が響き始めた。
男とも女とも取れる声だが――。
裂けた空間に、空気がしゅぅぅぅうぅぅっと流れ込んでいく中。
それは顕現した。
◇
天使の降臨を見たことのある者は、いるだろうか?
パァッァァァァァっと。
天から地上へと、威厳ある存在が降ってくるアレである。
まあ見たことのない人は、そういう絵画を想像して貰えばいいだろう。
今起こったのは、まさにそれ。
空間にあった揺らぎから、ぎしり。
白い翼をはやした天使が光と共に降臨してきたのだ。
相手の見た目は――いかにも人間が想像した天使、といった感じだろうか。
背中から生やすのは三対の仰々しい翼。
その翼から流れるように身を包むのは、白のローブ。
情欲のなさそうな中性的な顔立ちをした、けれど鋭い目つきをした人型の存在である。
男なのか女なのか、見た目では判断できない。
ただ外見だけは本当に荘厳である。
実際、ヤナギさんが思わず言葉を漏らしていた。
『天使……っ、とでもいうのですか』
「いえ、おそらく偽物よ。装備欄に天使の輪と、後光っていう、それっぽいものを装備している形跡が確認できるもの。天使の形を真似た、異能力か魔術、なんらかの外部からの影響で具現化された魔物。ってところじゃないかしら」
おそらく、元は人間である。
まあ、面倒になるのでそれを口にする気はないけど。
魔眼による鑑定で見える称号に、元死刑囚の項目がある。
おそらく、ディカプリオくんが蘇生させた犯罪者だろう。
目的は分からないが……。
ちょっと試してみるか。
ヤナギさんをむぎゅっと抱いたまま、あたしはビシっと相手を指さし吠えていた。
「で! 人のうちに勝手に上がり込んで。いったい、なんのようなの!」
「ああん!? 人のうちだと、コラ!? ははは! おかしなことを言ってくれるじゃねえか!」
あ、こいつバカだ。
簡単にあたしの話術にかかっている。
これもあたしの扇動による、情報引き出しのスキルなのだ。
「ここは我らがメシアで大将! 救世主ディカプリオさまがおつくりになられた、世界救済のための組織の一つだろう!? 侵入者はてめえら、オレらはむしろ善人ってことだ、わかったか、このカスども!」
世界救済?
それがそういう名目の新興宗教なのか。
それともあたし達も把握している滅び――遠からず起こる、世界滅亡の事を指しているのか。
答えによって事情は変わってくるのだが。
ともあれだ。
とりあえず相手を男と想定して、あたしは言う。
「うっわ、口が悪いのねえ。それじゃあ生前もさぞや女の子にもてなかったでしょうね?」
うわぁ……っと露骨に口元を押さえ、あたしは挑発の魔術を発動してやったのだが。
効果はてきめん。
中性的な顔立ちにイカリマークがびしっと浮かび始めていた。
歯ぐきを剥き出しにし、効いちゃった事を隠せず。
ぐぬぬぬぬぬぬ!
「んだと、こらっ。もういっぺん、言ってみやがれ、このアマがぁぁああぁぁ!」
「あらあらあら~? 効いちゃったのかしら!? ぷぷぷー! 図星をつかれたからって、そんなに怒っちゃうだなんて。あなた、本当にモテなかったのねえ」
ブチブチブチ。
血管が沸騰する音が響く。
「殺すっ、殺して、バラして豚の餌にしてやらぁぁ!」
告げて粗暴なる天使が、腕を薙ぐ。
ガリ!
何もない空間を爪で裂いたのだ。
まあ、たぶんこいつが空間能力の使い手だろう。
ならばこの後やってくるのは。
案の定、空間自体を歪ませる遠距離攻撃。
あたしは敢えて避けずに、真顔のまま佇んでいた。
空間が、軋む。
ぐじゅ!
……。
まあ無傷なんですけどね。
「ひゃっはぁぁぁぁっぁ! メス豚の八つ裂き完成だ!」
勝利を確信していたのだろう。
こちらを見ずに喜び勇み、ぐひっと微笑む天使に向かい。
あたしは言う。
「で?」
一言である。
天を見上げていた天使が振り返り。
鼻梁に黒い線を刻む。
「ああん?」
「あの……もしかして、これで終わり?」
「てめえ、なんで死んでねえ」
声は鋭く尖っていた。
これでこちらが素人なら、足を震わせ恐怖し。
ナイフを向けられたような感覚に襲われていただろう。
けれどあたしには当然、通じない。
「死んでないかですって? ……そう、ごめんなさい。あなたの中では今のが、必殺の攻撃だったのね。蠅でも撃ち落としてくれたのかと思ったから、勘違いしちゃってたの」
自尊心を敢えて傷つけるように挑発!
困った顔をしてみせてやる。
挑発は今度も成功、相手が顔を真っ赤にさせて三対の翼を羽ばたかせる。
「調子こいてんじゃねえぞ、三下があぁぁぁあ!」
あたしは観察する。
翼の先で空間を操作しているようだ。
分類は異能とみるべきだろう。
異能が発動され、あたしの周囲を襲うが。
また無傷。
ため息を漏らし、あたしは鑑定を中断。
「やっぱりこれで、終わり?」
「てめぇ……いったい、何者だっ」
興が削がれた。
そんな表情を意識して作ってやり、あたしは魔導書をしまう。
聖剣も解除し、あきらかに戦闘終了の合図を出したのだ。
意図は明白。
あなたと戦うのは時間の無駄。
そういう嫌味である。
ここでトドメの挑発をひとつまみ。
「そう、終わりなの。あなた――つまらない人なのね」
「人……だと? オレ様を、オレを……っ、人と呼ぶんじゃねえ」
空気が。
変わる。
怒声ではなく、憎悪の声だった。
おや、なにやらスイッチが入ったようである。
もっと情報を引き出したい所なのだが――。
シーツに肌を滑らせる音とともに、うぅ……っと呻き声が響いた。
ディカプリオくんのお目覚めである。
ちっ……っと舌打ちをし、粗暴な天使が攻撃を中断する。
起き上がったディカプリオ神父が、青い瞳を細め傲慢な天使を睨む。
「ジブリール。これはいったい……なにごとですか」
「それはこっちのセリフだぜ、大将。預言書の予定とだいぶ違うじゃねえか。なーんで、こんなところでおねんねしてやがったんだ? ああん?」
やはり顔見知り。
ジブリール……と呼んでいたし、どうやら仲間のようである。
目線だけを向け、あたしが言う。
「ディカプリオさん、どういうことか――説明して貰えるかしら」
「構いませんよ、わたしもあなたと話し合いがしたかった。その前に――まずは呪いを解いていただき、礼を言います。ありがとう、人の子よ」
人の子、ねえ。
いかにも上位存在が使いそうな言葉なのだが、そういうわりには……。
んー……どっからどうみても、この神父さん、人間にしか見えないんだけど。
ともあれだ。
呪いを解いてくれた。
その言葉に粗暴な天使、ジブリール氏の眉が跳ねる。
「へえ、あの呪いを解いてくださったのか。そりゃあ悪い事をしちまったなっ、貧乳ブス女」
「外見を指して攻撃するなんて、あなたのお友達は随分と品性がないのですね。神父ディカプリオ」
ムカムカムカっとしていたが。
そこでキレずに、つーんと上司っぽい方に返してやったあたし。
とっても煽り耐性が高いわね?
ディカプリオくんが非礼を詫びるように深々と頭を下げ。
「彼女は良い子なのですが、少々人間不信な上に攻撃的で。すみません、後で叱っておきますので」
「彼女?」
「ええ、ジブリールの肉体は女性ですよ。魂は男性ですけどね」
糸目でにっこり微笑む神父に、ジブリールとやらはかなりイラついているようだ。
だが。
どうやら絶対に逆らえない、呪いのような契約がされているのだろう。
男性の魂と心で、肉体を女性にされているか。
……。
なかなか業の深い存在である。
しかしこの神父、本当に何者だ。
この余裕は少しおかしい。
この部屋は滅茶苦茶になっているし、なんなら最初の攻撃を避けた時に壁を破壊して隣の部屋に逃げている。
冷凍ビームでいたるところは南極状態だし。
それに、ジブリールとやらの空間攻撃で辺りは歪んだまま。
明らかに異常事態。
なのにだ。
男はニコニコニコ。
ベッドをソファーがわりにして、不気味なほどに微笑んでいる。
サイドテーブルに置かれていた上着を取ろうとして。
……。
だが、あたしの氷雪攻撃で……凍り付いていたので諦め。
ディカプリオ君が言う。
「一つ確認させていただきたいのですが、構いませんか?」
「ええ、一つならね」
寛容を示し、あたしは頷いていた。
互いに距離や相手の行動目的を探っている。
いわゆる高度なやり取りが開始されているのだが。
彼はあたしの美貌に目を奪われるように真剣に眺め――糸目を薄く開き。
言った。
「あなたこそが、新たなわたしの天使。世界を救えと、天がわたしに遣わせた聖女様ですね?」
勘違い男が、頬を赤くして。
あたしの手を握ろうとしていた。
ジブリール君が、なっ……っと仰天し吠える。
「な、なにやってんだよ大将! こいつ、いきなり襲ってきやがった卑怯者だぞ!?」
「これほど可憐な聖女なのです。多少卑怯なぐらいで、この愛は消えません。なにしろあの呪いを解いてくださり、死の運命にあったわたしの命を救ってくださったのですから。それにです。あの時、貴女を見た時から確信しておりました」
神父男が迷いも曇りもない顔で。
あたしに言う。
「ミス。あなたこそがわたしの天使。メシアたるわたしと世界を救う未来を歩む、伴侶。すなわち、妻。正解ですね?」
▽余裕に満ちた顔が。
あたしをみつめていた。
この男、自信満々である。
う、うわぁ……。
どーしよ、このパターンは想像していなかったぞ。
なんか使命に目覚めちゃった系の、狂人っぽいのは理解できたが。
あたしは助けを求めるべく、ヤナギさんをちらり。
ヤナギさんが嘘を見抜くタロットを発動させていたが。
あたしを見上げて、残念そうに首を横に振る。
少なくとも、この男がそう信じ切っている、というのはウソではないようだ。
つまり。
助けられたからとはいえ、初対面の女子高生に妻とか言い出す。
ガチでヤバい奴、である。
……。
たぶん、三魔猫がこの場に居たら。
大爆笑していただろうなあ。




