第六十八話、総帥ちゃんの秘密 ~扇動と情熱の狭間~
前回のロイヤルなあらすじ。
解呪の依頼を達成したが、謎は山積み。
以上!
てなわけで!
場所をあたしの魔術で復元させた会議室に変えて、現在我らはお話し中。
高級なお茶と和菓子が出されているが、これは姫様であるあたしへの接待というやつだろう。
ここにいるのはあたしと亜門さんと総帥閣下、後は幹部が数人である。
呪いが解けたディカプリオくんは、現在まだお休み中。
解呪したばかりで、本調子ではないから仕方ない。
はぅ……っと、アニメみたいな声を出す、清楚で綺麗な異邦人。
盲目の聖女と呼びたくなるほど透明感のある彼女は、異世界からの来訪者。
総帥閣下が語りだす。
「あのぅ姫殿下――」
「アカリさんとかでいいわよ」
親しみを込めて穏やかに告げるあたしの顔を、じっ。
総帥閣下は、光の通っていない魔力を込めた瞳で見て。
生まれたての小鹿のように、全身をあわわわわ!
「あわわわわ! さ、さすがにあの方のご息女様に、そ、そのような失礼な呼び方はっ。って! 亜門さん、なんですかぁ!?」
「総帥……、緊張し過ぎよ。わたくしには異世界の事情は分からないですけど、アカリお嬢ちゃん、こう見えてかなり親しみのある娘よ? そうやって、畏まりすぎるのは逆に失礼にあたるんじゃなくって?」
亜門さん、正解である。
ただ相手の気持ちも分からないでもないのだ。
いやあ、あたし……。
魔王軍どころか、最高幹部とか魔王陛下の関係者だしねえ。
ファンタジーモノのアニメか何かで、うっかり素性を隠している王族と出逢ったパターンを想像して貰えばいいだろう。
大抵、跪いたり敬意を払ったりするだろうと思う。
めちゃくちゃ面倒なイベントが発生する、アレである。
まあ、あたし側が王族なのだが。
完全に委縮させちゃってるし……。
栗ようかんと熱いお茶で口を潤し、歩み寄るようにあたしが言う。
「心配しないで、総帥さん。あなたが悪さをしていない限りは、あたしも暴れたりはしないから……それで、えーと、あなた名前は?」
「うぐぅぅぅぅ、そ、総帥ということじゃあ、だめですか?」
「ん~……ダメじゃないけど、どうして?」
彼女はぎゅっと膝の上で拳を握り。
「あ、あのぅっ……き、基本的に、申請を出してからでないとっ、この世界への干渉が禁じられているのは――ひ、姫様もご、ご存じでしょうか?」
「ええ、お父様が禁じているとは聞いているわ。まだこの世界は不安定だからという理由でしたけれど」
姫様モードの声で応じるあたしに、総帥ちゃんが言う。
「じ、自分にはその申請書が、ないのです」
「ふーん、密航者みたいなものということかしら」
たしかに、許可なくこの世界に入っているのなら。
名前を語りたくないという理由も分からないでもない。
だが――。
あたしは声のトーンを変え、瞳をスゥっと細める。
皇族としての硬質的な声音を刻んだのだ。
「あなた、おどおどしているのに大胆なのね。この地球への無許可干渉なんて、内容次第じゃあ処刑もありえるんじゃないの? まあ無辜なる人を無意味に殺していたりした場合ですけど。少なくとも、このままってわけにはいかないわ」
「ふ、不可抗力なのです!」
くわっと前のめりになり叫ぶ彼女に、皆がぎょっとする中。
あたしだけは冷静に、ようかんを一口しながら告げる。
「事情を素直に語りなさい。納得のいく理由でしたら、あたしが許可書を特別に作成するわ」
「ほ、本当ですか!?」
「だってあなた、悪い人には見えないもの。ま、それでも内容次第ってところね」
心の広さをみせるあたしにほっとした様子で、彼女が言う。
「実は、自分も、この世界に来たくて来たわけではないのです」
言って、立ち上がった彼女はうなじをみせるように長い髪をたくし上げ。
肌に浮かぶ召喚紋様、いわゆる被召喚者の証をみせつける。
「なるほどねえ、こっちの世界の誰かに呼ばれちゃったのね」
「はい……もぅ! ほ、ほ、ほんとうに心細かったんですよぉ! ち、朝食にみ、みずと、ホットケーキを食べていたら、いきなり足元に召喚円が出現してっ。ぴかぴかってなったら、噂の地球にいるじゃないですか!? これっ、絶対に異世界転移だって理解しちゃったんですけどっ、戻る手段もなくてっ、自分は、自分はっ」
水とホットケーキを食べ? 魔力による自動翻訳ミスかな。
あたしなら牛乳とか、ミルクティーが欲しくなるところだが。
ともあれ。
ぷるぷると震える彼女を宥めるように、ふむ……と、頷き。
あたしは《鑑定の魔眼》を発動する。
召喚者は……。
「ディカプリオって、あの呪われてた金髪君じゃない!」
「は、はい……自分はぁ、あの方に呼ばれてこの世界に留まっているのですがっ。あのまま呪いで死なれてしまうと、一生、召喚されたままになっていたので、本当に、ほんとうにっ、姫様には感謝しているんですっ!」
うわ、なかなか現実的な問題である。
そりゃそうよね。
なーんか、事情が色々と変わってきたなあ。
「ふーん、それでなんであなたが総帥なんてやってるのよ」
「あ、あのぅ。自分はぁ、扇動者の職業をやらせていただいているのでぇ。それで、皆をまとめろって、ディカプリオさんに命令されて。仕方なく」
再び、拳をぎゅっと握って、うぅぅっとなる総帥ちゃん。
言葉を詰まらせた彼女に代わり、亜門さんがあたしに問う。
「扇動者?」
「アジテーター。日本語で書くと扇動者。職業の一つなのよ。戦士とか魔術師とか、そういう分類のね。能力は話術による行動の誘導。本人の戦闘力は大したことないけど、言葉によるカリスマがなかなか強力でね。教団の教祖や、町長や、そういった指導者に向いている非戦闘職よ」
ふむと考え、亜門さんが指で唇をとんとんと叩きながら言う。
「つまり、異常に口が上手くて、カリスマがある人ってことかしら」
「ま、大体そんな感じね。ただスキルによって扇動力も倍増するから――一種の強制力が働くわ。口が上手いってのとはちょっと違うかもしれないけど。たしかに、こうした組織を束ねるには最適な職業なのよ。まあ扇動の能力ってのが結構レアだから、珍しい職業なんですけどね」
ちなみに、あたしにも扇動者としての職業適性があったりするのだが。
その辺は割愛。
「そもそもの発端があなたじゃない、巻き込まれただけっていうのなら――あのディカプリオくんに話を聞きたい所だけど」
「妥当だけれど、無理ね。まだ眠っているわ」
肩をすくめてみせる亜門さん。
その横で、自らの人差し指同士をちょんちょんしながら、総帥ちゃんが言う。
「あ、あのぅ……お、畏れ多いのですが……っ。ひ、姫様の力でっ、自分に掛けられた召喚契約を解除できないでしょうか?」
「やろうと思えばできるけど、召喚者と被召喚者には魔力での繋がりが作られちゃってるから……下手すると、内臓とかがパーンってなっちゃうけど、いい?」
脅したくはないのだが、そういう事も本当にありえる。
「え!? いや、パーンはちょっと……」
「んじゃ、悪いんだけど彼が目覚めるまではこの話は保留ね。片方の事情だけで判断するのはフェアじゃないもの。構わないかしら?」
こっくりと頷く彼女に、あたしは慈悲ある笑みを浮かべていた。
「大丈夫よ。あたしが関わった以上は、ちゃんと解決してあげるから」
「あ、ありがごうごじゃいましゅ!」
めちゃくちゃ緊張しているのは、そのままなのね。
あたしの影の中からウニョ!
三毛ことドライファル教皇が、もふもふな顔を出し。
『それで! 姫様! このモグラの件はいかがなさいますか? 要らないのなら、是非とも吾輩にくださいませ。今晩の献立にしようかと思っておるのですがニャ?』
「あんた、まーだ諦めてなかったの……? さすがに言語を理解している相手を食べるのは、ちょっと……ねえ?」
あたし達を見て、総帥ちゃんがギョギョギョ!
色素の薄い眼に魔力を灯らせ。
ダダダダダっと駆けよってくる。
「って! ひひひ、姫様! なんで自分の従者を捕縛なさっているのですか!?」
「自分のって――ああ、あなたの一人称か。従者って……ことは、この異能力モグラ、あなたの従者なの?」
告げてあたしは、ことん。
巨大モグラさんを捕らえていた籠を置く。
モグラさんの渋い声が響く。
『せ、聖女様! ご無事でしたか!』
「ああ、ロミット――魔物が襲ってきたとは聞いていたのですが、あなただったのですね!」
泣き崩れるように総帥ちゃんが籠に近づき、扉を開け。
ポン!
清楚で美しい胴の長い、モグラに……って!?
モグラとモグラの感動シーンを眺めるあたしの黒目が、ぎょっと膨らむ。
「総帥ちゃん。あ、あなた! モグラだったの!?」
『え、ええ。名は明かせませんが、自分はモグラ族の聖女ですよ? あ、あれ? も、もしかしてっ、姫殿下、気づいていらっしゃらなかったのですか?』
「ごめんごめん、先に人間っていう先入観があったから」
モグラ同士が、互いの存在を確認するようにひしっと抱き合っている。
するってーと。
あたしは肩をすぼめて。
「じゃあもしかして、この秘密結社が魔物とそのモグラに襲われてたのって……」
『ふむふむ。おそらくはこういうことでしょうな』
ドライファル教皇が食用油を影に戻し。
醬油差しも隠して、肉球の上に絵本を表示してみせる。
『こちらの総帥さんは、この世界から見れば異世界モグラ。おそらくモグラの聖女たる彼女は、地下に空間を作る能力にも長けていたのでしょう。そこに目をつけられたのか、そういう能力者を呼ぶ召喚術なのかはわかりませんが――あのヒーラーの神父、ディカプリオ青年に召喚された』
それが始まり、と丸っこいネコ文字で絵本に書き足し。
ドライファル教皇がしっぽの先を揺らしつつ、続ける。
『異世界召喚という形で聖女を誘拐されたのが、こちらのモグラ騎士、ロミットさん。彼は聖女を求めて次元を渡り――ここまでたどり着いた。おそらくあなたの御父上や、ロックウェル卿様の次元転移で生まれたわずかな次元の隙間を、掘り進んでいったのでしょうね。この様子を見ていると、お二人はそういう関係だったのでしょうニャ~』
亜門さんが言う。
「あら、ふふふふ。けっこうロマンティックじゃない」
『ロマンティックかどうかはさておき。モグラ族の彼らにしてみれば、聖女を誘拐されたわけですから……取り戻しに来るのは必然。やはり正当な理由による奇襲だったのでありましょうな。はてさて、この場合はどうしたらいいのか、悩むところではありますニャ』
んーむ、とあたしは考える。
うへぇ……モグラ聖女誘拐事件ってことよね。
これ。
完全にこっちの世界側が加害者じゃない……?
異世界召喚なんて、ぶっちゃけ誘拐みたいなもんだし。
「じゃあやっぱり正当な攻撃だったんじゃない。どーしよ、あたし……邪魔しちゃったわけね」
『姫様。とりあえずではありますが――この地で死んだ魔物を蘇生させねばなりますまい。おそらくモグラ族の使役眷属でありましょう。我らで魂の回収をしても?』
ドライファル教皇の提案に、あたしは頷き。
「頼んだわドライファル教皇。ダンジョン内で死んだ魔物ならば、魔の血族たるあたしが契約すればすぐにリポップできるはずですから――シュヴァルツ公、ヴァイス大帝。あなたたちも頼むわ」
『御意!』
『承知いたしました――!』
あたしの影から、うにゃにゃにゃ!
三魔猫が飛び出し肉球ダッシュで駆けていく中。
モグラ騎士ロミットくんの声が響く。
『聖女様っ、もう離しませぬ』
『あぁ、ロミット……っ』
ひし!
なかなかお熱い抱擁である。
ぽぅっと頬を赤らめモグラ聖女ちゃんが、乙女な顔をみせていた。
渋い男の声だったロミット君もまた、彼女に対して、それなりに情があるのだろう。
周囲に、ほわほわなハートが浮かんでいる。
聖女と騎士。
感動の再会を果たしたモグラ劇は、なかなかにロマンティックなのだが。
んーむ……。
取り残された亜門さんと幹部連中が、困った顔で。
「ねえ、お嬢ちゃん……」
「なによ、その顔は――」
頬をぽりぽりしながらシスター姿の亜門さんが、ぼそり。
「ええーと、わたくしたち、どうしたらいいのかしら――まあ、わたくしは雇われだから、それほど問題はないのだけれど」
目線は、茫然自失となっている幹部に向いている。
あたしが言う。
「そーよねえ、異能力者の秘密結社に入ったと思えば、総帥が異世界から召喚されたモグラ聖女で。しかも、無理やりに働かされていた感じっぽいって」
「反応に困るわよねえ」
総帥ちゃんこと、聖女様の力で作られただろうこの地下街。
なかなかに強力な異能だと思っていたが、なんてことはない。
モグラの聖女なら、そりゃあ地下に空間を作るのは得意だわな。
盲目にみえたのも、正体がモグラなら納得である。
話を聞いていたのだろう。
影渡りでやってきたペスが影から顔を出し、やはり困った顔で言う。
『して、どうするのだ娘よ。この状況』
「んー、この場合どっちに味方したらいいのかしらねえ」
呟くあたしに、亜門さんが仰天。
「ってお嬢ちゃん!? 当然、人間の味方をしてくれるんじゃないの!?」
「あのねえ、あたしはこれでも異界の皇族よ。うちの縄張りからの誘拐事件を見過ごせるわけないでしょう! それに、モグラも人間も大差ないわ。同じ命よ――あたしは種族で差別したりはしないわよ」
意外に突っ込み役に回りがちなペスが、やはり話をまとめるように冷静に告げていた。
『やはり、あのディカプリオなる男を逃がさぬように拘束し。事情を聞くしかあるまいて。なに、焦ることもあるまい。総帥の秘密とここを襲っていたモグラと魔物の正体は判明したのだ! 事態はちゃーんと進んでおるという事よ』
ペスって、黒幕をやってただけあって。
けっこう場を仕切るの、上手いのよね。
というわけで――。
金髪碧眼ヒーラーのディカプリオくんの目覚め待ち、ということになった。
筈だったのだが――。
ざぁぁぁぁぁぁ……。
ペスが、垂れ耳をわふんと動かし。
あたしもまた、気配を察して目線を向けた。
亜門さんがあたし達の反応に気付き、探るような声で言う。
「ちょっと、なによぉ……またトラブル? 今度はどうしたっていうのよ?」
あたしとペスが立ち上がり。
お茶をぐぐっと飲み干し告げる。
「どうやら、お客さんが来たみたいなのよねえ――」
『転移の波動がこの周囲にノイズを走らせておるのだ。まったく、人の子はそーんなことも分からんのか』
幹部連中にも、亜門さんにも。
総帥ちゃんとモグラ騎士ロミットくんにも、心当たりはなさそうである。
ってことは、新たなお客さん確定。
ったく。
次から次へと!
なんなのよ! 今回の事件!
まるであたしを足止めするかのように、問題が起こりすぎでしょう!