第六十七話、状態異常回復スキル:《姫たる聖女の祝福》
魔物に襲われていた異能力者達は、全員無事!
不幸な事故であったが、奇跡的に死者はなし!
犯人モグラは籠の中、後で事情を聞くことになっている。
とりあえず、扉の奥にあった秘密結社の跡地に作った仮設キャンプにて。
天才女子高生なあたし日向アカリは、聖書を片手に意識を集中させていた。
いわゆる解呪の奇跡の準備をしていたのだ。
周囲の様子は――。
まあ重傷者のいない、静かな野戦病院を想像して貰えば遠くはないだろう。
もちろん、このあたしが緊急で用意した施設なのだが。
ともあれ!
あたしをここに連れてきた依頼人、露出度の高いシスター服の姉ちゃん。
亜門さんが心配そうな顔で唇を動かしてみせる。
「どう? お嬢ちゃんの力で治せそうかしら?」
「とりあえず――試してみましょう。総帥閣下、でしたっけ? 異能を使うけど構わないかしら? で、その前に――ここにサインをして欲しいのよ。もちろん、お互いに同意のうえで契約ってことになるけど大丈夫?」
契約書を顕現させ、こっそりと、ニヤリ!
あたしが問いかけるのは、心配そうにキャンプを覗きに来ていた清楚な淑女。
野良異能力者を束ねる女性総帥である。
文字通り、ここのボスらしいのだが。
魔力の反応が強い。
――この人、たぶん……異世界人よね。
見た目の年齢は二十代前半。
外見イメージは、盲目の聖女。
背は高くないが――かわいいというよりは、綺麗という言葉が似合いそうなタイプである。
色素の薄い瞳には、光が通っていないようだった。
目が見えないながらも魔力で周囲を察知しているようではある――。
皆は気づいていないようだが、うちの三魔猫も。
じぃぃぃぃぃ。
こやつ、我らの同胞。異邦人だニャ~……と目をやっていた。
ちなみに、ペスとヤナギさんは別行動中。
あたしが教え込んだ童話を再現する魔術、童話魔術で、大きなお菓子の家を大量生産している。
実際に難民となっている能力者が一時的に住むためと、食用。
二つの用途を満たす緊急手段である。
ヤナギさんはペスのサポートのついでに眼鏡を輝かせ、コケり!
異能力者達をチェックしているようだ。
公安本来のお仕事。
というやつだろう。
ま、犯罪異能力者も少なからず紛れているだろうし、イケオジには頑張ってもらうしかない。
はてさて。
とにもかくにも、あたしは当初の予定を果たすのみ。この異世界人の総帥さんにも何やら事情があるようだが、まずは”呪われ人”の治療が先決。
許可が欲しいのだが――。
さきほどの問いかけに答えがないのである。
総帥は見えぬ眼で、じぃぃぃぃいっと魔力を滾らせこちらを凝視。
あたしが言う。
「あ、あの。治療してもいいか、聞いてるんですけど? 契約してくれないと、行動できないんですけど?」
「あ、あわわわわ! しゅ、しゅみましぇん! ちょ、ちょっとかんがえこちょを、していてっ!」
なんぞ?
総帥閣下、めちゃくちゃオタオタしてるし……。
「だ、大丈夫? あの、呪いを解くわよ?」
酷く緊張しているのか。
開かぬ眼であたしを眺めて、あたふたあたふた。
手と口をあわあわさせて、可憐だが上擦った声を漏らしていた。
「は、はひ! よろしく……お願いできますでしょうか!?」
「はひって……まあ、いいって事ね! じゃあ契約完了! ささっと治してあげるわ!」
よーし!
これで依頼は完全に成立!
契約書に同意のうえで、互いの魔力が刻まれていく。
実はこの契約書、細かい文字でもし失敗して損害が起こっても!
こっちは責任を取りませんよ!
と、書いてあるのだが、これは先ほどの地下街半壊にも適用される。
もしバレた場合の保険、というやつだ。
卑怯とは言うなかれ。
契約書を確認しなかった相手が悪い。
ま、どっちかというとこれは保険みたいなもので。
もしこの人が悪い人だった場合や、悪意がなくともこちらと敵対した場合を想定しての、自衛みたいなもんだとご理解いただきたい。
長くなってしまったが! 準備は完了である!
あたしは黒髪をサァァァァァァっと拡げる。
「それじゃあ、解呪を開始するわ。詳しい話とかは彼を治した後にしましょう!」
解呪相手はもちろん、呪いを受けていたというヒーラーの能力者。
聖職者特有の、清廉な波動を放つ青年。
瞳の色は分からないが、金髪の外国人の若者である。
モグラと戦闘になってしまったから忘れていたが、本来の依頼は、これだけだったのよね。
皆が息を呑み始める。
あたしの魔力に、異能力を持つ者が反応しているのだろう。
ここに集っているのは、いわゆる幹部と呼ばれる者達らしいが……普通の人間で、異世界人はいないようだ。
総帥閣下だけが特別と見た方がいいだろう。
寝具に横たわる青年に向かい、あたしは手を翳す。
「静かにしてちょうだいね――精神を集中させるから。それでは、解呪の儀式を開始します」
外向け姫様モードの、凛とした声をだしてやったのだ!
皆の注目を集める中。
あたしは祈り、念じ、詠唱する。
「魔力解放――儀式術式展開!」
魔力波動によって生じる風が、周囲を荒ぶらせる。
あたしの髪と、横たわる青年の金髪がふわふわっと浮き始めたのだ。
言葉が、刻まれる。
「主を信頼せし敬虔なる信徒よ! 汝、その名は――その名は……! ……」
この奇跡、相手の名前を知らないとうまく発動しないのよねえ。
……あたしは詠唱を中断し。
総帥さんに目をやって。
「ねえ~! この倒れてる神父? さん、名前は~?」
「デ、ディカプリオですわ」
なんか俳優さんみたいな名前なので、覚えやすい。
「おっけー! ディカプリオね。いやあ、この奇跡って名前が分からないと対象がランダムになっちゃうのよねえ。あははははは! ごめんごめん、先に聞いておけばよかったわね!」
汗を周囲に飛ばしつつ総帥閣下が、口をあわわわわ!
おたおたと頼りない声を漏らす。
「はわわわわ! だ、だいじょうぶ、なのですか?」
「大丈夫、あたしに任せなさい! それでは、儀式を再開いたします」
コホンと咳ばらいをし。
キリリ!
空気を再び引き締め、すぅっと詠唱を再開。
「汝、その名はディカプリオ。我が声が届いているのなら――祈りなさい、願いなさい。念じなさい――」
対象を選択。
次に解呪効果を発動するべく、この世に存在する神の力を引き出すターン。
魔術や奇跡、祝福といった力を発動させるには強大な神性から力を借りるのが手っ取り早い。
今、あたしが力を借りているのは、この地球にも滞在している、偉大で慈悲深い”とある神さま”である。
クリスマスで祝ったりするので、メジャーな神様と言えるだろう。
もっとも、偉大なるその存在の名を口にはするなと、ごくまれに超シリアスモードになるお父様から、固く禁じられているので、口にしないが。
あたしの口が、神から力を授かるべく、祝詞を刻む。
「主を頼る汝に祝福があるように――汝に取り巻く邪悪を、我が取り払いましょう。清き水、清廉なる流れ、畔に育つ大樹のように、流れゆく畔に根付き、育ち、命を育むように。汝の救いを祈りましょう。いかなる邪悪が来たりても、汝の清廉さが邪を払うであろう。故に、ここに結集する。命の葉は茂り、邪悪なる日照りに狼狽することなく、汝の命は大蛇にも負けぬ永遠――ディカプリオ。汝の実は、汝となりて、今再び地上に光を授けるでしょう」
聖なる言葉。
長文詠唱により、発生した祈りが魔術式となり、横たわる青年を淡い光で包んでいく。
あたしは聖書を捲り、ゆったりと瞳を閉じる。
「我はアカリ。日向アカリ。神の御手を代行する者。さあ、目覚めなさい。汝の魂に、清き乙女の祝福があらんことを――」
スキル名。
《姫たる聖女の祝福》が発動する!
効果は単純、状態異常回復である。
きいぃぃいぃぃぃぃぃぃん。
光の柱が、天を衝く。
……。
あ、これ地下だから、今頃地上だと謎の光の柱が地面に向かって落ちた。
みたいに噂されてるかも……。
まあ、いいけど。
横たわっていた金髪神父の眉が、ぐぐっと揺らぐ。
多少神経質そうな顔だし、まだイケオジには程遠いが、まあ悪くはない顔立ちである。
乾いていた唇から、掠れた息が漏れる。
「ぅ……っ――ここ、は……わたしはいったい」
「あなた、呪いを受けていたのよ。あたしの顔が見えるかしら?」
金髪神父が薄らと青い瞳を覗かせ。
唇を動かす。
「聖女、様?」
これは一種の一時的な錯乱だろう。
魔術やスキルによって治療を受けた人は、治療者を神格化しやすい傾向にあるのだ。
看病してくれる看護師さんにときめいてしまう、そんな原理と似ているか。
三魔猫が、モフ毛を膨らませ床を肉球でペチペチしながら。
せ、聖女!?
と、モフモフお腹を抱え、肉球あんよを投げ出しながら爆笑しているが――。
あたしは構わず、額のイカリマークを隠し。
ふふふっと穏やかな聖女の笑みを落としてやる。
「どうやら、成功したようですね」
「あなたが、聖女様が……助けて下さったの、ですね」
無事は確認できた。
会話もできている。
あたしは聖女としての仮面を、ぽいっと捨てて。
もはや呪いが解けた男に用はなし!
支払いをしてくれるだろう総帥さんに、にひひひっと太陽な笑みで!
「いやあ! さっすがあたし、大成功! これで呪いとはおさらば! 解呪成功よ、目覚めたのが何よりの証拠ってことで、依頼は達成ね! 依頼料、後で振り込みよろしくね~♪」
と皆に向かい、ブイサインをしてみせるあたし。
とっても商売人ね?
成功を告げるその言葉に、総帥閣下はそっと自らの胸に指を当てる。
安堵の息に言葉を乗せていたのだ。
「あ! ありがとうございますっ。えーと……」
「アカリよ。日向アカリ――」
聖女風総帥は、綺麗な顔立ちに微笑みを乗せ。
「本当に感謝いたします、日向……ん? 日向!? 日向アカリ!?」
「あのねえ、年上だろうから呼び捨てでもいいけど、そう連呼されるとなんか変な気分なんですけど?」
睨むあたしを凝視。
あぁああああああああぁぁぁぁぁっと、あたしを不躾にも指差し。
あわわわわわっと喉の奥まで覗かせていた。
「ももも、もしかして! やややや、やっぱり! 姫殿下であられますか!?」
「あら、あたしを知っているって事はやっぱりあなた、異世界人ね」
慌てふためく総帥閣下に、幹部の皆さんは頭上にハテナを浮かべるのみ。
一応、あたし。
やんごとなきお方と呼ばれる立場の、重要な存在だからなあ。
そのまま総帥閣下は綺麗な聖女顔を、あわわわわで埋め尽くし。
「じゃ、じゃあ! こちらのドヤ顔をしたネコ様たちはっ、まさか! 猫魔獣が三傑。三魔公さまっ!?」
クロシロ三毛が、胸のモフ毛をぶわぶわっと更に膨らませ。
『ほう、我らの存在を知っているとは』
『まことに異世界人であったか』
『いかにも、我らこそが赤き魔猫姫様の護衛。公爵の位を賜った高位魔猫である』
ででーん!
めちゃくちゃ偉そうな顔をしていたりもする。
あわわわわ!
いまだにぷるぷる震えている総帥閣下が、混乱のあまりに声を失い。
解呪によって一命を取り留めたディカプリオくんが、なぜかキラキラとあたしを見つめる中。
カオスな状況でも動けるのは、カオスな人のみ。
幹部の皆さんから視線を受けた、愉快なシスター亜門さんがあたしに問う。
「ねえ、お嬢ちゃん。よく分からないのだけれど、まさか総帥と知り合いだったの?」
「知り合いというか、向こうが勝手に知ってるだけというか」
こっちは相手を知らないしなあ。
「お嬢ちゃん……悪いのだけれど、ほんとうに意味が分からないのよ。どういうことか、説明願えるかしら?」
「んー……たぶん言っても信じて貰えないと思うのよねえ」
でも、まあ言うしかないか。
「あのね、たぶんあなたたちの総帥って、異世界人なのよ。なんか普通の異能力者とは違うなあ、とか思ったことがないかしら? 異能使いってよりは、たぶん魔術使いの筈なんだけど」
「冗談……ってわけじゃなさそうね」
思い当たることが多々あったのだろう。
どうやら納得してくれたらしい。
そのままあたしは説明を続ける。
「でね。あたしも異世界の関係者っていうか、分類すると間違いなく異世界人なんですけど。これでも、なんつーか……異世界でそれなりに権力を持ってる存在の血筋、正真正銘の皇族なのよね」
総帥閣下が、あたしと亜門さんの間に割りこみ。
土下座する勢いで、頭をペコペコ。
「あわわわわ! こ、この子達はっ、姫殿下だって知らなかっただけなのですっ。どうか、どうかご容赦を!」
「分かってるわよ。あたしもちゃんと身分を名乗っていなかったから、あなた達は悪くないわ」
ここで、優雅でロイヤルな余裕をみせつけてやる。
しかし、異世界の皇族と言われても実感などないのだろう。
前と変わらぬ口調で、亜門さんが興味津々に、くわっ!
「はぁぁぁぁ!? じゃ、じゃあお姫様とか異世界とか、あれって妄想じゃなくて本当だったって事!?」
いい! なかなかいい驚きである!
いわゆる正体ばれに通じる、心地よさ!
内心ではよーし! ドヤれたと思いつつ、あたしは冷静な顔で応じていた。
「そーいうこと。まああの赤雪姫モードを見たんだし、なんか常人とは違うなってのは分かって貰えたでしょ?」
苦笑してみせるあたしに続き。
シュヴァルツ公達が、声に凄みを利かせ。
邪悪な翳を眉間に刻む。
『もしここで得た姫殿下の情報を漏らすつもりならば、覚悟せよ人の子らよ』
『我らは悠久たる時の中で、戯れに生きる自由なる魔猫。なれど』
『姫様に害をなす相手ならば、容赦はせぬ。我らが魔術、我らが爪、我らが聖典による猫罰が下るモノと心せよ――』
ここぞとばかりに、シリアス声である。
猫毛の先からも、ぶわぶわ♪
姫様を守る公爵オーラを全開にしているご様子。
ちなみに――。
本気の警告でもあったからかギャグが一切ないので。
皆、かなり本気でごくりと息を呑んでいた。
まあ、これでだいぶ話もすすみやすくなったかな。
あたしは姫様スマイルのまま、総帥さんに告げる。
「そんなわけで。詳しく話を聞きたいのですけれど、構わないかしら?」
「は、はひ! 喜んで!」
あわあわ総帥さんは、綺麗な顔でこくこくと頷いてくれた。
だがやはり、その色素の薄い瞳はずっと泳いだまま。
あたしの名前って、そんなに畏怖の対象になるのだろうか。
モグラの件もあるし、なぜ異世界人がここにいるのかも聞きたいのだが。
どーしよ。
総帥さん、まだ、あわわわわってなってるな……。