第六十六話、土駆ける竜の煌めき! ~岩石砲の恐怖~
砂煙が舞い散る地下街の跡地。
……。
い、いえ! 跡地ってほどは壊れていない筈!
と、思いつつも振り返ると、そこには崩れたガレキの山。
死者はいないが大損害。
剥き出しになった大地の影響か、耕したような土の香りがあたしの鼻を撫でていた。
しかし、これで周囲を巻き込む心配がなくなったのも事実!
あたしはカツンと前に出る。
見えぬ敵を目で追って、ふふんと赤雪姫スマイルを決めてやったのだ。
「これで安心して戦えるわね!」
毛玉にゃんこトリオが、紙吹雪を召喚して扇子でパタタタタ!
『さっすが姫様!』
『外道戦術を使わせたらラストダンジョン随一!』
『これで実戦でも強いというのだから、まさに性悪姫!』
褒めてるんだか、けなしてるんだか、微妙なラインの三魔猫のモフモフ声援を受け。
あたしは勝利の笑みを浮かべているのだが。
亜門姉ちゃんが言う。
「あ、あなたたち――随分と戦い慣れていたけど、いつもこんな外道な戦法をとってるわけ?」
「いつもじゃないわ。たまによ、たまに。勘違いしないで欲しいわね」
いわゆるサディスティックな笑みで、あたしは応じていた。
ともあれこれで相手の動揺を誘う作戦も成功。
明らかに、気配が変わっている。
キラキラキラと白い粒状の魔力結晶を浮かべ、あたしは赤い唇を動かしてみせる。
「さあ! でてきなさい! 街を破壊した、外道さん!」
「だからっ、人のせいにしようとするんじゃないと言っておろうがっ! もうこうなったら勘弁ならん、このまま始末し、我が無実を証明してくれるわ!」
街を破壊した責任を押し付けられ――。
思わず声を漏らしてしまったのだろう、渋い男の声が響いていたが。
それもある意味でこちらの作戦通り!
声は地面の中から響いている。
赤髪の先端に耳をピョコンと立て!
瞳を、獲物を捉えたネコの目に切り替え――そこだ!
シュっとあたしは魔力を伸ばす。
「地面の中ね! あなたが魔物を使い襲っていたのはウソじゃないんだし、セーフ! 現行犯で逮捕してあげるわ!」
魔力による鞭を想像して貰えばいいだろう。
しかし!
不意を狙った攻撃を読んでいたのか、相手は――寸前で、土の中を駆ける!
「甘いわ――っ!」
モゴゴゴオ!
手加減しまくってるとはいえ、あたしの攻撃を避けた!?
「なっ、器用なやつね――」
「フハハハハハハ! 大地を駆ける竜の名を持つワタシに、そのような雑な攻撃が効くはずなかろうがっ!」
大地を抉って進む能力者か。
あるいは月兄のように、影や闇を渡る能力者か。
アスファルトを進む能力があるかは分からないが――。
岩がガシガシとこちらに向かい飛んできている。
ひらりひらりと、華麗に避けつつ!
あたしは周囲に目をやる。
戦場は荒れ地フィールド。
さきほどのナイトメア砲が直撃――表面を抉っているので、土が剥き出しとなっている。
相手が有利といえるだろう。
魔導書を握り――。
胸をぷるんと揺らす亜門さんが叫ぶ。
「お嬢ちゃんっ! 大丈夫なの!?」
「負けはしないんだけどっ――まずいわね」
ごくりと息を呑み、彼女がシリアスな声で言う。
「どう、まずいの――あなたを巻き込んだのはこちら。本当なら、解呪だけだったのに戦闘をさせてしまっているのもこちらの落ち度。わたくしも、できるだけ対応してみせるわ」
相手の攻撃は――というと。
土の中から飛ばしてくるただの岩石。
シリアスな顔であたしも言う。
「心配しないで――魔力も込められていないただの物理攻撃だから、当たってもダメージはほぼ皆無よ。もちろん、あたしにはですけど。でも……赤雪姫モードのこの服って、元の制服を魔力で変形させているのよ」
更に飛ばしてくる岩石を、聖剣で一刀両断!
左右に分かれた岩が、あたしの横をシュゥっと通り過ぎる。
赤い髪を揺らしながら、剣を構え真剣に奥歯を噛み締めるあたし――とっても凛々しいわね?
シリアスな場面にふさわしい声で、亜門さんが胸元を魔導書の光でテカらせつつ、口を開く。
「つまり――お嬢ちゃんのその服が攻撃を受けると、問題があるって事ね?」
「ええ、そうよ。制服が土で汚れてしまうと。あたし……っ」
くっ……っと心臓を掴むように、赤い魔力ドレスを掴み。
「お兄ちゃんに怒られちゃうわ! だから――! 絶対に防がないといけないのよ!」
「ふはははは! 何か知らんが、女よ! 服が弱点なのだなっ!」
再び地面の中から飛んできた岩を弾き。
あたしは赤髪をバサっと翻すが、亜門さんがジト目で言う。
「お兄ちゃんに……怒られる? それだけ?」
「それ以上になにがあるっていうのよ!」
額にイカリマークを浮かべ、姉ちゃんが唸る。
「はぁあぁぁぁぁ? 怒られるだけ!? そんなんでいちいちシリアスな顔をするんじゃないわよ!」
「あのねえ! あなたはお兄ちゃんが本気で怒ったところをみたことないから、そんな間の抜けた声を出せるのよ! こっちは真剣なのっ!」
こちらの真剣な表情に構わず。
亜門さんが、シスター服を震わせ叫んでいた。
「まじめにやってちょうだいよ! こっちは女子高生を戦闘に巻き込んでっ、気を揉んでたんですからね!」
「ええーい、こなくそ!」
プロも通うバッティングセンターの豪速球のごとく。
ズガズガドゴゴ――!
地面から直接生み出された岩石が、とんでもないスピードでガゴガゴ飛んでくる。
これも相手の異能力なのだろう、普通の人間なら死んでるわよ、これ!
まあ全てを華麗に切ってみせる、あたしの剣技が冴えわたっているわけで。
ある意味でドヤシーンなのだが。
大地の中から、渋い男の勝ち誇った声が響く。
「なーはっははははは! 手も足も出まい! どこの誰かは知らぬが! この件に首を突っ込んだ、その愚かさを呪うがいい!」
周囲に浮かべた聖剣でも岩石砲を迎撃!
岩を切り刻みながら、あたしは頬に汗を浮かべてしまう。
倒すのは簡単なのだ。
地面ごと空間を虚無の彼方へ転送したり、聖剣の雨でも降らせて、ドカーン!
地面全てを攻撃すればいいだけなのだから。
しかし、そんなことをしたら異能力で作られたこの空間はたぶんアウト。
あたしの魔力に耐え切れず消滅。
下手すれば、ここを維持している能力者ごと消えてしまうだろう。
だから力を抑えて、敵を見つけないといけないのだが。
……。
イライライラ。
……。
イーライライライラ!
もうさ。
いっそ一回、めちゃくちゃにぶっ飛ばして、後で蘇生すればよくない?
あたしほどの腕だとダンジョン内なら、蘇生できるし。
ぶすーっと目をすわらせ始めたあたしを見たのだろう。
こほんと従者の声で咳払い。
クロことシュヴァルツ公が、忠臣の顔で瞳をつぅっと細める。
『姫様、面倒になったからといって周囲全てを攻撃するのはお控えくださいませ』
「だぁああああぁぁぁぁ! 分かってるわよ! だから、遠慮してるじゃないっ」
そう。
あたしは手加減が苦手である。
あの扉の破壊を亜門さんに頼んだのも、そのせい。
うっかり調整をミスって、秘密結社ごと吹き飛ばしましたなんて状況になる可能性もあったのだから。
それを知らず、亜門さんが訝しむようにあたしを見て。
「ねえニャンコさん、どういうこと……?」
『ふむ。ニャーが説明いたしましょう。お嬢さん――』
白ことヴァイス大帝が、紳士な口調で説明し始める。
身振り手振りで肉球を輝かせ。
うなうな、うなんな♪
『我らの姫殿下は、手加減と我慢が大の苦手。敵を倒すだけなら簡単なのです。遠慮せずに力を解き放つだけで全てが灰燼と化すのですから。なれど、地面の中の相手を殺さず引き摺りだすとなると』
『上半身だけが、ずぼっと抜け出て内臓がドバァァア……っとなっても、困りますからニャ~』
三毛ことドライファル教皇も、ぶにゃははははっと笑いながら観察している。
三魔猫は人間を守る結界を張っているので、サボっているわけではないのだが。
ないのだがっ。
「あんたらだって手加減が苦手でしょうがっ!」
『姫様ほどではありますまい!』
いつのまにかいなくなっているペスとヤナギさん。
その代わりなのか。
ナイトメアを追加召喚した亜門さんが、珍獣を見るような顔で、露骨に眉を顰め。
「お、お嬢ちゃん……あなた、宇宙怪獣的な存在なの……? 実はその姿はまやかしで、中にスパゲッティが詰まったモンスターだったりするわけ?」
「だぁぁぁぁ! 人を面白新興宗教のご神体みたいに言わないで!」
言いながらもあたしは真剣!
常に四方八方から飛んでくる岩石を薙ぎ払い続ける。
だんだんと相手もつかれてきたようで。
ぜぇぜぇっと荒い呼吸と共に、声が再度響き渡る。
「というかキサマ! いったいどんな技量をしておるのだ! 超高速で飛び交う弾丸を斬り続けるなどっ、ファンタジーじゃあるまいにっ――!」
「あら、どうしてファンタジーじゃないって思うのかしら? あなただって、地面に潜って攻撃を続けているのでしょう? それって、剣で撃ち払い続けるよりもファンタジーなんじゃなくって?」
これだからファンタジー素人は困る!
「もうよいわ! これで終わりにしてくれる!」
あたしの剣技による回避を、一気に打ち破るつもりなのだろう。
土の中から、魔力反応が膨れ上がる。
抉れた大地全体が、悲鳴を上げるかのように揺れる。
蛇のようにのたうち回り始めたのだ。
仕掛けてくる――!
「さあ、これを避けられるかな!」
「いいわよ、やってごらんなさい。あなたの遊戯に付き合ってあげる」
ふふっとあたしは視線を引き付けるように、挑発!
大地が応えるように、弾けた!
刹那――!
ズバババババダバゴゴゴバシュシュシュ――――ッ!
ジャゴガジョギジョガガジャギグググァァァァァン!
敵の異能が発動していた。
それはさながら人間に向かって突撃してくる岩石の砂嵐。
砂の一粒一粒が、人間サイズとなった岩石砲。
名づけるなら岩石豪雨といったところか。
その岩石の数は百を超えるだろう。
「そのまま潰れていなくなるがいい――! 人に罪を擦り付ける、卑怯者め!」
「いくらなんでも無理よ! 逃げてっ、お嬢ちゃん――!」
亜門さんの悲鳴に近い声が響く。
まあ、結界を張れば何の問題もなく解決なのだが。
あたしはあえて!
その岩石の豪雨を聖剣でことごとく、斬り払う!
だんだんと気分も乗ってきて。
赤い魔力に彩られたあたしは、不敵な笑みを浮かべ始める。
「無理と言われることをやってこそ、天才と呼ばれるのね。ふふふふ、あははははは! いいわ! いいわ! さあ、あたしの舞台を輝かせなさい!」
そう!
雨のような岩石を、全て華麗に斬って対処してみせているのだ!
並み以上の達人でなくとも、この卓越した剣技を理解できるだろう。
地面から、より大きな声が響きだす。
「当たれっ! 当たれ! 当たれっ、くそう、なぜ当たらん――っ!」
「ほいほい、ほほほい! っと!」
あたしは余裕綽々!
岩石を彫刻代わりにし、三魔猫の彫像まで作ってみせてやったのだ!
ああ、技量を自慢できる機会って最高ね!
我らの像ですニャ!
と、喜び鼻を膨らませる三魔猫が肉球拍手をする中。
亜門さんがジト目になり、ぼそり。
「って、ぜんぜん大丈夫じゃない……」
「だーかーらー、言ったでしょう。あたし、そこそこ強いわよって」
「いえ、言われてないのだけれど?」
そういえば、そうだったかもしれない。
ちょっと魔力酔いの状態に近くなっているので、思考がアッパラパーになりつつあるのかもしれないが。
そろそろかな。
声は突然、聞こえただろう。
ペスの支援を受けて、地面をコカカカッカ!
翼で指さすのは、ニワトリモードのヤナギさん。
その姿は隠れる者を探す、隠者ニワトリさん!
『探索異能:《 隠者の鶏冠 》――発動完了です、ではどうぞ。ペスさん』
『隠者とはそういう意味ではないと思うが。まあよいっ、ガハハハハハ! 我が主に意識を集中し過ぎたのが、汝の敗因よ!』
翼で示された先に、ビーグル犬のペスが行ったのは。
犬の得意技!
土堀り!
『ぬはははははは! 掘り起こしてくれるわ!』
扇風機のように揺れる尻尾が、とってもプリティ♪
周囲をナイトメアの精神波が覆っているので、敵は逃げられないのだろう。
大地の中から、慌てふためく渋い声がする。
「なっ! こら! バカ犬、やめーい! だから犬という種族はワタシは好かんのだっ、ほ、本当にヤメ! 光が、光がぁぁぁぁぁぁ!」
『声を出すとは愚かなり! 目標捕捉、もらったぁぁああぁぁぁ!』
わふわふわふ~! ペスの爪が、大地を抉る!
掘られた土の中から発見されたのは。
……。
土竜……いわゆる。
「って、モグラじゃない――」
思わずあたしは肩を落としていた。
そう巨大なモグラさんである。
異能力を持った、土竜なのだろうが……。
えぇ……。
サングラスを慌てて装備したモグラさんが、あたしをキリっと睨み。
『モグラで何が悪い!』
「ああ、もしかして……これって。地下に秘密結社を作ったから、そこに住んでた異能力モグラの逆襲にあったってオチなの?」
どーしよ、これ。
もし本当にあたしの予想通りだと。
わりと正当な理由による逆襲なんだけど……。
ドライファル教皇が、じぃぃぃぃいっとペスの掴むモグラさんを見て。
じゅるり♪
スンスンと鼻を動かす、かわいい三毛猫ちゃんが一言。
『姫様、食しても?』
「いや、いいわけないでしょう……」
ドライファル教皇って……、この三匹の中だと一番の変わり者なのよねえ……。
とりあえず、勝利――ということで!
犯人を押さえて、魔術で眠らせ魔力籠の中にイン。
あたし達は人命救助に勤しんだのだった。
後でお偉いさんに事情を説明する予定だけど。
モグラが犯人でしたぁぁぁ! って、これ、信じて貰えるのかなぁ……。




