第六十二話、恐怖! 男子悩殺スリット女の怪
某日早朝。
場所はいつもの学校也。
今日も今日とてあたし、天才美少女で女子高生な日向アカリは元気いっぱい!
平穏な日常を送っていた。
さてさて、いきなりで大変恐縮なのですが。
ここから、ちょこっと近況報告となります!
今朝の登校時間。
どこの駅弁が一番おいしいか!
と話題となり――あたしは即座に行動開始。
あたしの使い魔でお目付け役ともいえる三魔猫。
クロシロ三毛も、以前の事件の黒幕犬ペスも駅弁には興味があったのか。
空間転移を駆使し、全国を回り駅弁を購入してくれて。
今現在、ランチタイムとなったお昼休みの教室に、大量の駅弁を並べていたりもするのだが。
いつもの光景だからか。
クラスメイトは特に気にした様子もなく、むしろ駅弁をみんなで食べ始めてご満悦。
紐を引くと温まるシウマイ弁当の香りが、教室中に広がっている。
しあわせのかおり。
というやつだろう。
ま、まあ……。
顔を包帯でぐるぐる巻きにした不審な男が?
各地の駅で同時に目撃されたとSNSを賑わせているが?
ペスの召喚した包帯男”マフィアマミー”が駅弁を購入して回っていただけなので、うん。
これも問題なし!
そのうちに日本の方があたしの行動に慣れてくれるだろう。
だんだんと異能力についても、情報が漏れ始めているみたいだし?
いつか異能力者が当たり前の時代になるかもしれないし?
マミーがお弁当を買うくらい、そのうち日常となるだろう。
さて、些事はともあれ。
肝心な事件の方はというと――進展は少ない。
石油王とその息子、ホークアイ君から受け取った情報を提供され――大人たちは動いているらしく、異能力者学校の職員だけは大慌て。
元刑事の池崎さんや公安のヤナギさん、軍人風女性の二ノ宮さんはそれぞれが別行動。
悪魔竜化アプリ事件の犯人を追っているらしいが。
やはり結局、のらりくらり。
犯人を追跡できずにいる。
これはおそらく、未来で滅びを発生させる異能力による影響で、運命が固定。
今は絶対に捕まえられない状態になっているのだと推測されているが。
はてさて……。
まあそれでも追わないわけにはいかず、天気はこんなに良いのに警察組織は忙しそうである。
あたしが直接手伝ってもいいのだが。
赤雪姫が動くと天地も動く!
とにかく、動くのはもうちょっと待ってくれと言われ――。
こうして、普通に学校生活をエンジョイしているのだ。
長くなってしまったが!
近況はこんなもんでいいかしら?
とりあえず、あたしが天才でかわいい美少女だと伝わってくれればオーケー!
てなわけで! 高校生たるあたしは元気いっぱい!
教室で、のんびり。
友達の沢田ちゃんと、ダラダラと過ごしていた。
小さく持ちやすい透明容器から、グリンピースの真ん中に醤油を垂らし、いただきます!
あつあつホクホクなシウマイを一口♪
醤油と絡み合った肉汁が――っ♪
じゅわっ~!
喉の奥を支配する!
ぐぐぐっとこぶしを握り――思わず声が漏れていた!
「くぅぅぅうううううっぅう! これよこれ! この味よ! やっぱ駅で買えるお弁当の中でも、シウマイ弁当は上位に君臨してるとあたしは思うのよね!」
机の上で投げ出した足の真ん中で、お弁当を抱える三魔猫。
彼らもそれぞれに駅弁を頬張って、くっちゅくっちゅ♪
髯を揺らし、幸せそうに微笑んでいる。
そんな、あたし達の斜め前。
机に身体をぐでーんとさせ、駅で買えるロースかつサンドを味わうのはヤンキーの梅原君。
彼は三魔猫に目をやって、ぼそり。
「つーか、日向ぁ。いいのか? こんなに堂々と魔猫を出しちまって」
あたしは口いっぱいに幸せを噛み締めているので、答えられない。
ご飯とシウマイに占領されたあたしの頬を見て――。
あたしの前に座っていたギャル沢田ちゃんが、ふぅ……。
ネイルに塗った光沢ジェルを乾かしながら、代わりに応えてくれるようだ。
「別にいいっしょ? どーせ、アカリっちの猫使いの能力はみんな知ってるしぃ? さんざん暴れまわってるから、今更って感じ?」
「そりゃそうだがよぉ。一応、能力はなるべく隠しておいた方がいいんじゃねえのか」
「大丈夫っしょ! 梅原っち、あーたの超絶技巧の能力だって、たぶんみんな知ってるっしょ?」
超絶技巧。それは手先が神がかり的に器用! という能力。
その力を活かし、かつては荒れて極道事務所と繋がりのあるグループに出入りしていたヤンキーの彼が、動画配信で稼いでいるらしい。
というのも、結構有名な話。
そしてギャルの沢田ちゃんは、《ザ・フレンドリー》いつのまにか友達になっているという結構便利な能力者。
最近は、この三人でこうして行動を共にしていることが多い。
ちなみに、ペスことビーグル犬の死霊召喚術犬は今あたしの影の中でお休み中。
駅弁購入行脚の最中に、たくさん食べ過ぎて――お腹をぷっくら♪
良い気持ちなのか、人の影の中で高いびきを上げているようである。
あたしはスマホのTLを確認しながら。
んーっとちょっと唸ってしまう。
唸るあたしも当然、可愛いわけだが。
「どったの? アカリっち?」
「ジョージ尼崎さんが最近配信してないのよね~」
スライドする画面に情報はなし。
「ああー、いたいた! そんな人! アカリっちとコラボしたこともある人気ゲーム配信者だったっしょ?」
「あのねえ、声が大きいわよ? 一応アカリンの正体は秘密! あの美少女声の中身はどんな美人か! この胸がもうちょっと成長したら顔出し配信をして、世界デビューするつもりなんですから! あたしがアカリンってことは内緒なの!」
まったく、これだから沢田ちゃんは。
けれど彼女は困った顔をして、あははは……っと顔を背けるのみ。
はて?
なんだろう。
いつもなら、明るいツッコミで返してくれるのだが。
「どったの? 沢田ちゃん」
「え!? い、いや、なんでもないっしょ?」
「そんなことないでしょう! 沢田ちゃんがそんな顔をするのは珍しいし、何が言いたかったのか! さあ! はっきりと言いなさい!」
告げてあたしは瞬間転移で彼女の背後に移動し。
こしょこしょこしょ!
「ぶははははは! ちょ! 擽るのは反則っしょ!?」
「隠してる方が悪いんじゃない!」
「隠してるんじゃなくて! 気遣っただけっしょ! あひゃひゃひゃ! 分かった、分かったから! ストップ、ストォォォップ!」
顔を真っ赤にする梅原君と、その他大勢の男子生徒が、前かがみになる中。
涙さえ浮かべて、ずり落ちかけた制服を直す彼女が言う。
「あーたが言いだしたんだから、怒らないでよ~?」
「怒らないわよ」
「じゃあ言うけどさあ……アカリィ、胸が育つまで待つって言っても……。もしよ、もし育たなかったら――、一生顔出し配信できなくない?」
なっ……!
首筋にでっかい球の汗を浮かべつつ。
あたしは冷静に、告げる。
「いいいい、いや、そそそそ、育ちますし?」
「そ、そうよねえ――な……なんかごめんね、アカリっち」
会話が止まってしまう。
こういう時に話しだせるのは、デリカシーがない者だけ。
ヤンキーの梅原君が言う。
「お、おれは、む、胸が小さくても別に問題ねえと思うぞ!?」
「あなたの好みに興味はないけど。へ、へぇ。そ、そうなんだ。あたしには関係ないですけど?」
まだあたしの事を言われているわけではないので、耐えるべし。
認めたら負け。
なのにヤンキー野郎は、必死にあたしの目を見て。
精一杯、心を伝えるべく奮闘する。
「そ、それにだな! 日向にはいっぱい感謝してるし、胸が中学生並だったとしても、人間性に問題さえなければ……って、いや、人間性にもちょっと問題があるかもしれねえがな? そ、それでも胸が中学生で、性格がぶっ飛んでても、おれは良いと思ってるからな! 安心しろよ!?」
目をバッテンにして、ついでに顔を真っ赤にして梅原君。
首筋までかぁぁぁぁっとさせつつも。
渾身の擁護である。
擁護が空回りしている。
それは分かる。
分かるのだが。
「ちょ! バカ、梅原っち、あんた地雷を踏みまくってるっしょ!?」
慌てて止める沢田ちゃんの前。
あたしは、ゴゴゴゴゴっとお兄ちゃんのように物理的に発生した魔力の炎を背に抱き。
腕を組んで、般若顔。
「だぁあああああぁっぁあ! それって、あたしの胸が小さいって言ってるようなもんじゃない!」
怒りの気配を察した三魔猫が、周囲の生徒を守る結界を張った。
その時だった。
あたし達は、一斉にある一点に目をやっていた。
バチバチと、火花を指先に浮かべたあたしの魔力閃光が放たれるよりも先に、教室の扉が開いたのだ。
「ここがあの小娘の教室ね――!」
高飛車な言葉と共に入ってきたのは、たぶん二十代、半ばから、三十代手前ぐらいの女性。
その姿はコスプレなのか、中途半端な聖職者。
いわゆるシスターの姿である。
まあどこかが背徳的で淫靡。
腿まで見えるスリットに、胸元もそれなりに開いているし――露出度が無駄に高いのだが……。
あたしも知らないゲームや漫画キャラの衣装なのかな?
なぜか、彼女は駅弁が並んでいるあたしの席までやってきて。
仁王立ち。
あたしの目の前には、二つの桃が並んでいる。
ちなみに、胸は大きいが。
我らの巨乳代表選手、大黒さんの方が上である。
そんな彼女が無駄に大きな胸を張り。
ふふーん!
びしぃっと指差し、弓なりとなってのけぞる程に偉そうに宣言していた。
「久しぶりね、小娘!」
「沢田ちゃん、この変なおばさんと知り合いなの?」
問いかけに、沢田ちゃんは肩を竦めてみせ。
「いやいやいや、こんな変な人。ぜったいあーたの知り合いっしょ」
「えぇ……知らないけどなあ、こんな面白おかしい人」
梅原君に視線を送ってみるも、サボテンプリン頭を横に振るのみ。
男子用制服の下。
いかにもヤンキー御用達でーすと言った感じのパーカーを着ているせいで、その紐部分に三魔猫がじゃれついているが。
それはともかく。
あたしはシスター服の変人さんに言う。
「あのう、本当になんなんです、あなた?」
「え……いや、まさか本当にわたくしの事、覚えていらっしゃらないの。お嬢ちゃん」
どうやらあたしの知り合いのようである。
実は異界の有名人とかだったら、後でお父さんに怒られる。
しょーがない。
ここはこちらが折れてやろう。
お姫様モードの口調で、あたしはロイヤルオーラを纏い。
《皇女のカリスマ》を発動!
ペカー! っと美貌を輝かせ。
周囲をカリスマオーラで魅了しつつ言う。
「申し訳ありませんわ。本当に覚えていなくて……どこかの異世界の方、かしら? それとも魔王城でお会いしたことがあったとか……」
「魔王城って、お嬢ちゃん。あなた、頭でも打ってるの? ファンタジーとかゲームじゃあるまいし……」
あ、異世界関係じゃないのか。
なら、気を使う必要なんて皆無。
あたしはカリスマを解除し、シウマイを齧りながら言う。
「ええ、じゃああなたなんなのよ? 悪いんですけど、まったく覚えてないわよ?」
縋るような瞳で、彼女があたしをじっと見る。
「あのぅ……お嬢ちゃん、本当に覚えてないの?」
「覚えていない方を覚えていると言えるほど、あたしは厚かましくないわよ?」
と、厚かましく言い切ってやる。
シスター女は頬をヒクつかせるも、咳払い。
「ま――まあいいわ! そう――きっと、わたくしの才能と美貌を恐れるあまり、忘れてしまったのね! なら今ここで、思い出させてあげる!」
頬にジト汗を浮かべつつ、机に乗り上げた彼女はビシっとポーズを取り。
スリットの入ったシスター服を、大胆に揺らし。
ふふん!
聖書を開き、周囲にナイトメア――。
馬面マッチョ悪魔を召喚し、高らかに宣言し始めた。
「わたくしこそが、全国全世界の悪魔のしもべ! 悪魔様だったら夜のお供だって即日GO! かつて、異能力者犯罪組織に捕まり、強制契約させられ従っていた! 悪魔使い、亜門セリカとはわたくしの事よ!」
記憶のどこかに、ビビっと光が走るが。
ど、どうしよう。
思い出せない……。
そんなあたしをサポートするべく、白猫紳士なヴァイス大帝があたしに耳打ちする。
うなんな、うなうな♪
ネコ髯が触れる擽ったい感触で伝わったのは――。
『ほら、覚えていませんか? 池崎氏と出逢った最初の事件。たぶん、お嬢様が廃墟をモンスターハウス化させた事件の時にいた敵ですよ』
言われてあたしは思い出し!
「ああ! いたいた、そんな人もいた!」
彼女も大黒さんのように、犠牲者の一人。
呪いか何かで呪縛され、命と引き換えに無理やりに従わされていた異能力者だったのだろう。
既に自由の身となっていても、おかしくはない。
梅原君が言う。
「日向ぁ。おまえ、よくこんな愉快なおばさんを忘れることができるな」
「まあ、異世界ってけっこうこういう人、多いわよ?」
よくあることなので、忘れてしまったという悲しい事情である。
亜門セリカさんとやらがよいしょ!
と、机から降りて眉にシワを作る。
「さっきから異世界とか、なにをいってるのお嬢ちゃん」
「知らないんすか? 日向って異世界人の関係者らしいっすよ」
亜門おばちゃんは、ものすっごい残念そうな人を見る顔で。
同情的な吐息を漏らす。
「ああ、そういう妄想設定なのね……若い子にありがちよね」
完全に、あたしが痛い子扱いである。
梅原君のパーカーから紐を盗んだ三魔猫が爆笑しているが、ここで怒り出したらこちらの負け。
ここはぐっと我慢の時なのだが。
なんかさあ。
あたしに失礼な人、多くない?
これでも正真正銘の姫なんですけど……。
さてそれよりも。
この人、あたしに何の用だろう?